第13話
電話を切った後、私はすぐに「掃除」に取り掛かった。
教授の査定は迅速かつ残酷だった。エレナが送り込んだ「革命青年同盟」上がりの幹部たちは、尋問のイロハも知らず、書類の整理すらまともにできない素人集団だった。彼らは即座に拘束され、地下の独房へと送られた。彼らの代わりに、かつて父の部下で、エレナの粛清によって閑職に追いやられていた古参の実務家たちを呼び戻した。
彼らは、私の帰還と、私が纏う「軍部の後ろ盾」という新たな権威を見て、忠誠を誓った。彼らにとっても、素人のガキどもに顎で使われる屈辱の日々は終わりたかったのだ。
数時間後、中央総局は再び、冷徹な効率性で稼働する巨大な暴力装置としての機能を取り戻し始めていた。
夕暮れ時、教授が報告書を持って長官室に入ってきた。彼の顔は険しい。 「……状況は予想以上に深刻だ。首都の食料備蓄は、あと三日も持たん。郊外の穀物倉庫からの輸送が完全に滞っている」
「原因は?」
「輸送局の局長だ。エレナの元愛人で、詩人上がりの男さ。トラックの配車もできなければ、燃料の確保もできない。そのくせ、現場のドライバーには『革命的精神で走れ』と精神論を説いているらしい」
私は冷笑した。「素晴らしいわ。彼らは自分たちの首を絞める縄を、自分たちで編んでいる」
その時、デスクの上の直通電話が鳴った。赤の城塞からだ。 呼び出しだ。
「……行ってくるわ。飼い主様たちにご挨拶をしなくちゃね」
私は教授に目配せをし、再び「従順な令嬢」の仮面を被り、部屋を出た。
赤の城塞の空気は、中央総局以上に澱んでいた。 廊下を行き交う官僚たちは皆、怯えた目をしており、ヒステリックな怒鳴り声がどこかの部屋から響いてくる。かつての威厳ある「赤い帝都」の中枢は、今や沈没寸前の船のブリッジのようだった。
書記長執務室の重厚な扉の前で、衛兵が私を止めた。だが、私の黒い制服と、その背後にある「国家治安人民委員部」の威圧感に気圧され、すぐに道を開けた。
部屋に入ると、アレクセイとエレナが待ち構えていた。
アレクセイは、巨大な執務机の後ろで、まるで小さくなったように見えた。美しい金髪は乱れ、目の下には深いクマがある。かつての輝くような理想主義者の貴公子は、疲労と不安に押し潰された中年男になりかけていた。
その隣に立つエレナは、対照的に攻撃的なオーラを放っていた。彼女は以前のような質素なブラウスではなく、プロパガンダ写真で見るような、仕立ての良い人民服を着ていた。だが、その瞳の奥には、隠しきれない焦燥と、パラノイア的な猜疑心が渦巻いていた。
「……カテリーナ」 アレクセイが、亡霊を見るような目で私を呼んだ。
私は部屋の中央まで進み、完璧な角度で敬礼をした。 「アレクセイ書記長同志。エレナ同志。……ただいま帰還いたしました」
「よくも抜け抜けと顔を出せたものね、『人民の敵』が」 エレナが第一声を発した。彼女の声は尖っており、ヒステリックな響きがあった。 「軍部の爺さんたちをたぶらかして、恩赦を勝ち取ったそうじゃない。汚い手を使うのは相変わらずね」
彼女は私を挑発し、マウントを取ろうとしている。私はそれを柳のように受け流した。
「滅相もございません、エレナ同志。私は極北の地で、労働の尊さと、党への忠誠を学び直しました。……今の私は、同志の理想を実現するための、ただの道具に過ぎません」
私は殊勝な態度で頭を下げた。エレナの鼻が少し高くなるのが見えた。彼女はまだ、自分が優位に立っていると信じている。
「道具、ね。……まあいいわ。それで、のこのこ帰ってきた目的は何? またブルジョワ的な舞踏会でも開きたいのかしら?」
私は顔を上げ、アレクセイを見た。彼はエレナの陰に隠れるように視線を逸らしている。
「いいえ。……書記長様がお困りだと聞き、馳せ参じました。首都の食料危機についてです」
アレクセイがピクリと反応した。 「……知っているのか?」
「はい。国家治安人民委員部の情報網によれば、事態は深刻です。市民の暴動は、もはや『外国のスパイの扇動』という言い訳では抑えきれないレベルに達しています」
「黙りなさい!」エレナが叫んだ。「暴動は反革命分子の仕業よ! 私の指導が間違っているはずがないわ!」
彼女は現実を直視できていない。自分の無謬性を信じ込むことで、精神の均衡を保っているのだ。哀れなこと。
私は冷静に続けた。 「エレナ同志のおっしゃる通りです。ですが、現実問題として、市民の腹は満たされていません。……原因は、輸送局の機能不全です」
私は懐から、教授が作成した報告書を取り出し、アレクセイの机に置いた。 そこには、輸送局長(エレナの元愛人)の無能さと、横領の証拠、そして郊外の倉庫で腐りかけている穀物の写真が添付されていた。
アレクセイは報告書を読み、顔面蒼白になった。 「……これは、本当か? エレナ、君が推薦した男だろう?」
エレナは報告書をひったくり、目を通すと、顔を赤くして叫んだ。 「捏造よ! カテリーナ、あなたが仕組んだんでしょ! 私を陥れるために!」
私は静かに首を横に振った。 「いいえ、エレナ同志。これは事実です。……書記長様、ご決断を。このままでは、三日以内に首都は火の海になります。理想を語る前に、市民にパンを与えなければ、革命は崩壊します」
アレクセイは、私とエレナを交互に見た。彼の優柔不断な性格が、極限状態で露呈していた。彼は理想と現実(私)の板挟みになっている。
「……カテリーナ。君なら、どうする?」 アレクセイが、縋るような目で私に尋ねた。
私は、心の中で昏い笑みを浮かべた。かかった。
「簡単なことです、書記長様。……私に、輸送局の指揮権を一時的に預けてください。二十四時間以内に、首都にパンを届けてみせます」
「で、でも、どうやって? トラックも燃料もないのに」
私は、かつて父がそうしていたように、冷酷な実務家の顔で言い放った。
「『反革命的なサボタージュ』を行っている無能な局長を排除し、軍用車両を徴発し、銃口を突きつけてでもドライバーを走らせます。……奇麗事ではありません。ですが、確実にパンは届きます」
それは、アレクセイが最も嫌う「暴力的な解決」だった。 だが、今の彼に選択肢はなかった。
「アレクセイ! ダメよ! そんなことをさせたら、この女が軍部と結託して何を始めるか……!」 エレナが必死に止めようとする。
しかし、アレクセイは震える手で、私の報告書に決裁のサインをした。
「……頼む、カテリーナ。首都を救ってくれ」
「かしこまりました。……すべては、党と書記長様のために」
私は深く一礼し、報告書を受け取った。 エレナが憎悪に満ちた目で私を睨みつけている。私は彼女に、ほんの一瞬だけ、極寒の収容所で培った「狼の目」を向けてみせた。
エレナが息を呑み、一歩後ずさるのがわかった。
私は踵を返し、部屋を出た。 背後で、エレナのヒステリックな抗議の声と、アレクセイの力ない弁明が聞こえてきた。
亀裂は入った。あとは、それを広げていくだけだ。 私は廊下を歩きながら、ゾーヤに無線で指示を飛ばした。
「……輸送局長を拘束しろ。容疑は国家反逆罪。地下室で、たっぷりと『詩的』な尋問をしてあげなさい」
首都での最初の夜。私の「掃除」が始まる。




