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レイモンド・マーシュリーの過去

 魔の森を出て裏寂れた村にたどり着いた。ここはナトリ村といい、レイモンドが目的地としていた場所だ。


 村を囲う塀を鬱々とした気持ちで見上げる。この村はレイモンドの幼い頃と少しも変わらない。寂れた、貧しい少数の村人と魔術師で形成されたところだ。

 それでもまだ昔は人がいた。村人の数が減少した理由は周辺に休みなく出没する魔物の存在があった。村の内外含めた魔物の脅威、被害が続き疲弊していく。そのため、ナトリ村を出ていく者があとをたたなかった。


 また村にいる魔術師は正式に国から派遣された者ではなく、二流三流の格下の魔術師が数人いるだけだった。このような辺鄙で貧しい村に高位の魔術師がやってくることはない。


 そのせいか魔術師の代わりに聖魔術師と呼ぶ者達がナトリ村に住み着くことになる。彼らは破格の低賃金で依頼したにもかかわらず、よく働いた。魔物から人、田畑、荷馬車を守り、村を助けた。


 村の安全を守ってくれる、村人は彼らに感謝し崇めた。こうしてだんだん聖魔術師達が増えていった。


 だがこれはのちに、この村においての聖魔術師の地位を高めることとなる。影響力が強くなった彼らは、今ではもう、なくてはならない存在になり、支配力を高めていった。


 この聖魔術師の支配する村でレイモンドは育った。親を早くに亡くし、孤児であったが幼少から見目良い容姿と地頭の良さ、高い運動能力があり、すぐに上に目をかけられた。


 さらに聖魔術師の薦めでヘイデン王国の騎士団に入団し、様々な能力技術を身につけた。騎士団の遠征で魔物を倒し、武勲をあげた。


 そんなふうに日々を過ごしていたある日、ナトリ村の村長から一通の手紙が届いた。

 十三歳から見習いとして騎士団に入り、十年経つが一度も帰っていない、たまには顔をだすように、そんな内容だった。


 レイモンドが手紙を読み終えた瞬間、手紙は魔法によって炎に包まれ消失した。それと同時にレイモンドの体に刻印された紋様が、急に熱をもった。

 不快感に顔を歪ませる。


 聖魔術師は普通の魔術師と違い、変わった魔術を使う。特に奇妙なのは、村の住人は全員この刻印を体のどこかに刻まれる。


 王国中で学んだが、これはおそらく契約印だろうと思った。だが聖魔術師に関する詳しい資料がほとんどなく、一体どのような契約内容なのか不明だった。


 手紙もそうだが昔世話になった者もいる。ふと懐かしさが先立って、騎士団に久々の長期休暇をもらい、故郷に帰ることにした。


 だがのちに、このことを後悔する事になろうとは、この時のレイモンドはまったく思いもしなかった。



 ナトリ村の中心には周囲を高く見渡せる塔がある。そこがレイモンドの目指す場所だ。


 昔は何の変哲もない、魔物を見張るための物見台程度にしか思っていなかった。


 だがそれは違う。


 塔の本来の役割はナトリ村の人間を監視すること。聖魔術師が長い年月をかけて作り上げたものだった。


 レイモンドが塔の入り口に着くと、両側を守るように衛士が対になり立っていた。衛士は虚ろに前を向いていた。彼らも村の人間だった。


 聖魔術師に意思を奪われ、命令を忠実にこなすよう魔術で洗脳された者たちだ。手紙によって村に帰省したレイモンドは村の人々が奴隷のように奉仕させられている姿を目の当たりにし、蒼然とした。


 そしてこの瞬間、はじめて自分の身に刻まれた刻印が隷属の契約印だと知ったのだ。


 内部に入り、上階へいく。本来であれば直ちにヘイデン王国騎士団に連絡をとり、村の聖魔術師達を捕縛しなければならない。

 だが村に一歩足を踏み入れた途端、外部との連絡をとることができなくなった。隷属印があると術者を害そうとする者には強烈な痛みが返る。そうなるとしばらくの間、体が麻痺し痛みと熱で苦痛に苛まれる。


 塔の最上階にある部屋についた。そこは赤い天鵞絨の絨毯に立派な調度品があり、豪奢な椅子には魔術師のローブを着た女が足を組み座っていた。

 両脇は杖を手にした聖魔術師がいて彼女を守るように立っている。


 「ふふ、待っていたぞ」


 女はレイモンドの訪れを知っていたかのように言った。フードを取り、見えなかった顔が露になる。彼女は白銀色の長い髪をゆらし、杖をもち立ち上がった。


 「ただいま戻りました。エリザ様」

 「遅かったな。お前が私の呼び声に応えぬなど、一体どうしたことかと思ったわ」


 「はい。任務の途中、不覚にも森で魔物に魔力を奪われ負傷し動きがとれませんでした。エリザ様にご心配をかけ、連絡がとれず申し訳ございません」


 この女王のような雰囲気を漂わせる女はエリザという。ナトリ村の村長らを排除し、代わりに支配者となった聖魔術師の長である。


 エリザはひどく気難しい性格だが、容姿を誉めたり敬う態度をとると機嫌を良くする。美しくも毒々しい女だが、奇妙なことに彼女はレイモンドがまだ年端もいかない頃から、容姿がまったく変わっていない。


 「レイモンドよ。もっと近う寄れ。その美しい顔を見せておくれ」

 「はい」

 「ふふ、相変わらず綺麗な肌と顔よのう」


 エリザはこの顔をいたく気に入っている。レイモンドが近くに寄ると、濃い化粧と香水の匂いに思わず吐き気をもよおしそうになったが、表情を崩さず涼しい顔でエリザの手をとり口づけた。


 見目麗しい王国の騎士が目の前で膝を落とし、恭しくかしずいたのだ。すぐにエリザは上機嫌になった。


 「それで私が持たせた種はしっかり蒔いてきたのか?」

 「はい」


 「……うむ、そうか。ご苦労であった」


 エリザから渡された種は魔術によって変異させた魔種という。一度蒔けば、その土地にある生命力、魔力を吸収し、花を咲かせ実となりさらに増殖していく。

 この実は強力な魔力、不老の効果をもたらす妙薬とされ、裏社会では非常に人気があり高値で取引されていた。


 エリザは人を使い、あちこちの土地で魔種を増産することで多額の金銭を得ていた。そのせいで辺り一帯の土地はすっかり荒廃してしまい、もう良質な土地は残っていない。


 そのため魔力が豊富にある魔の森にまでエリザの手が及んだ。


 「それはそうと種はどこに蒔いた?私は魔王の根城にしろと言ったが」

 「勿論、魔王城にーー」


 「ほう、だが私の感知魔術は魔種が土にある気配は感じられなかったがな。……のぅ、レイモンドよ

、お前、私を謀っておらんか?」

 「!」


 魔種はエリザの魔力を染み込ませているので、分身のようなもの。彼女の意思で位置や状態が手に取るようにわかるのだ。

 エリザが疑惑を宿した目でレイモンドをみる。

 するとエリザの喉元に鋭い切っ先が突きつけられる。至近距離まで迫ったレイモンドが剣でエリザを狙ったのだ。


 「貴様!エリザ様になにを!」


 脇にいた聖魔術師二人がすかさず杖をかざした。魔法障壁を張ったレイモンドは二人の術を防ぐ。


 「何をする気だ」

 「お前を倒し、村の者達を解放する!これ以上お前の好きにさせてたまるか!」


 叫んだレイモンドはエリザに向けて、躊躇いなく剣を振り下ろした。

 だがエリザは愉しそうに笑っている。


 「何がおかしい!」

 「馬鹿な男だ。魔力量のある者はもう食らいつくしてしまった。だからお前を呼び寄せたのだ。だがまだ殺すには惜しいと思わせる、良い容姿。もう少し使えるだけ使ったあと、お前の魔力を食おうと思ったのに……どうやら時期が早まったようだ」


 「なっ、これは!」


 レイモンドの体を見つめ残念そうに呟いたエリザは、目を開く。すぐに苦悶の表情を浮かべ、レイモンドは腹部をおさえ、のけ反るように倒れた。


 腰に刻まれた刻印が熱く、そこから猛烈な痛みが広がっていった。


 「くくっ、憐れなものだ。その隷属印がある限り、お前は私から逃れられん。……それでは、いただくとしよう」


 エリザが舌なめずりをした。

 倒れたレイモンドの体がふっと浮き、エリザの前に寄せられる。彼女の顔が近づいていき、そしてそのまま重なった。

 レイモンドの目が大きく見開かれる。


 ーーそれは接吻、だった。


 同時に部屋のすみの窓がなにもないのにパァンと砕け散った。衛士が慌てて辺りを見回すが、原因となるものは何も見つからなかった。


 唇を離したエリザは、脱力し床に転がるレイモンドをみる。満たされた表情になったエリザは唇の端を舐めた。


 レイモンドは目を閉じたまま、動かなかった。


 「なかなかに美味であった。たっぷり食ったからな、この男は放っておけばじきに死ぬだろう。それまで地下牢にでも連れていけ」

 「はっ!」


 衛士二人に抱えられ、レイモンドは地下牢へ連れていかれた。


 

 

 


 

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