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はじめては誰のもの

 「森をまわって、何か収穫はありましたか?」


 レイに寄り地図をのぞいた。彼はペンを置き首を横に振る。


 「いや、最近魔物の行動が変なんだ。この間まで近隣の村に頻回に出没して個体数もかなり多かったのに、今はほとんど見かけない。たぶん森の奥に潜んでいるとは思うが……」


 魔物は普段好戦的で人間や動物の魔力を奪い、時には血肉を食する事もある。森は魔物たちの狩場なのだ。そのためここまで森が静かなのは珍しいそうだ。

 ふとお茶を飲みカップを置いたレイがこっちを向いて固まった。


 「その髪は、」

 「え? あ、ああこれは、そのイメチェンてやつですね!」


 問われてはっと自分の髪をさわる。


 「ずっと家にいて退屈なので、ちょっと気分を変えてみようと思って……に、似合わないですかね?」

 「いや、そうじゃない。いいと思う」


 この世界に来てマナの容姿は随分変わった。顔の造形こそ、そのままだが元々濃茶色だった髪は色素が薄くなり、いつの間にか金色になった。肌質も以前と比べ信じられないほど、艶々である。


 (……まぁ肌は今まで不摂生してたから仕方ないとして。でも目の色まで変わるのはちょっとね)


 どう考えても異常だ。けれどレイはその辺りの疑問を口にすることはなかった。魔物調査の間、この家を借りている以上、マナの機嫌を損ねたら追い出されるかもしれないと思い、追求することができないのだ。


 「でもちょっとは突っ込んでほしい。どうしよう、魔物と思われてたら……」


 裏庭で育てている野菜に水をやりながら、疑われたら討伐されるかもとマナは震えた。憂鬱な気持ちでいると屋根の風見鶏からフェルが舞い降りてくる。


 「沈んだ顔をして、どうかしたんですか」

 「ううん。私の外見、変わりすぎでしょう。変、だよね」


 不安げなマナにフェルは「いいえ」と言った。

 

 「変だなんてとんでもない!そんな不安そうな顔をしないで。その変容は女神様の力が流れている確かな証拠です。……まったくあの男が余計なことを言ったんですね」

 「何もいってないよ。大丈夫。私が勝手に考えてただけなの」


 妖精フェルはレイモンドの事をよく思っていない。また印象を悪くしたくなくて、自分が原因だと主張した。


 夕刻、今朝干した洗濯物を取り込んでいると奥庭から風を切る音がした。そっとのぞくとレイモンドが剣を構え打ちおろしていた。彼は騎士だというのを思い出す。職業柄、鍛練をしなければならないのだろう。


 マナの気配に気づいた彼は剣の動きをとめ、頭を振りその体につく汗を飛び散らせた。マナは乾いた洗濯物から布を手に取り持っていく。


 「お疲れ様、これ使ってください」

 「ありがとう」


 額から流れる汗を拭い、レイモンドは布を受け取り微笑んだ。その仕草にドキリとする。


 薄いシャツが汗で体に張りつく、それがレイモンドの肢体を綺麗に浮かび上がらせていた。さらに恐ろしいのは、胸板と程よく引き締まった腹筋がはだけたシャツの隙間から露になっていることだ。


 (め、目のやり場に困る)


 何とも言えぬ光景に思わず目線をさげた。するとちらりと腰の辺りが目にうつった。

 汗で湿ったシャツから透けて見える肌に、不可思議な模様が刻まれていた。


 「その模様」

 「ああ、これは昔から……というか、子供の頃からある痣なんだ」


 魔術刻印にも見えるそれはマナがもつ女神の刻印と似ているが、どこか異質に感じた。奇妙な力の流れと蛇が棘のある蔓に絡まる紋様で、レイモンドは痣だという。本人はこれが何なのかよくわかっていないようだ。


 「不思議な痣ですね」


 興味深くまじまじと眺めていると、急にレイモンドがマナの肩を掴んで離れた。その顔は赤い。

 紋様に触れようと伸ばした手が止まった。


 「レイさん?」

 「その、若い娘がみだりに男の体に近づくな。……君だっていずれ結婚するだろう」

 「え、結婚?」


 きょとんとするマナにレイモンドは顔を逸らした。常識のないことをしてしまったのかと気づいて手をおろす。


 「すみません」

 「いや、謝らなくていい。こちらこそ女性の前で申し訳ない」


 痣を隠すようにさっとシャツの乱れを整えた彼は、明日の準備をするからと家に入っていった。


 「なんでも臆せず接するのは良いことですが、あなたの場合、少し鈍感ですね」

 「フェル」

 

 「人間達は異性の肌を直視したり触れるのは、余程懇意な間柄でなければ、誤解を招く行為です。未婚ならその意味はさらに強くなるんですよ」


 誤解とはどういう意味だ。フェルにたずねたが返事の変わりにため息を吐かれた。


 「もう、そういう反応ですか……。まだまだこの世界を学ばなくてはいけませんね。この時代の生活様式、常識、習慣に関する書物をあとで渡しますね」


 異性の肌を直視。失礼な態度。知らなかったこととは言え、申し訳ないことをした。


 「そうね、私ももう一度ちゃんとこの世界を勉強する」

 「はい」


 しおらしく返事をするマナにフェルは頷いた。



 ーーその夜


 夕食を終え各々部屋に戻り、寝静まったのを確かめてから、マナとフェルはレイモンドに気づかれぬようそっと外に出た。


 闇に溶ける色のフード付き外套を着た自分はまるで魔術師のようだ。耳元でフェルが囁く。


 「少しだけ、ですからね」

 「うん。ごめんね、フェル」


 覚えたての魔法で体を浮かばせた。フェルは羽根があるので自由自在に空を移動することができる。二人で闇夜の空へ舞い上がり、フェルの横に並んだ。


 マナの魔法に満足したのか、フェルが笑った。


 「すごい。前より魔法が上達してますね」

 「うん。すごい練習したもの」


 女神の家にいるとやる事がほとんどなく、日々をもて余していた。だからレイモンドが探索に出ている間、図書室にある魔術関連の本を読み、密かに魔法の練習を重ねていた。


 この森で気になっている事がある。

 それは魔王の居場所と現在の状況についてだ。


 前日に相談し、今日こうして案内してもらった。森の北に向かってひたすら闇夜を進む。


 「魔王はどんな姿をしているの?」

 「見ればわかります。ほら、あそこにあるのが魔王の居城です」


 新月の夜だからか城の輪郭が朧気だ。けれどとても大きな城なのはわかる。


 フェルに促され、城の最上階の一つ下のバルコニーに静かに降り立った。バルコニーから窓へ、偶然にも空いていた窓から城へ入った。


 僅かな月明かりと星の輝きが室内を優しく照らす。角に魔法で灯されたランプがあった。


 「フェル、この部屋は……」

 「静かに。……ほら、あそこを」


 耳元でフェルが小声になる。視線をやるとまるで王様が使うような、大きく立派な天蓋付きベッドで眠ている人がいた。


 (もしかして、この人が魔王?)


 フェルが止める様子がないので、私はもっとよく顔を見ようと近づいていった。掛布を剥がしてまでは確認すると危険なので、きちんと見れないが、本当に見た目は人間みたいだ。


 (……にしても、なんか異様に綺麗な人。キラキラしてる)


 容姿は人間そのもの。黒髪のたぶん男。そもそも魔王に性別なんてあるのだろうか。


 (なんかこうしてみても本当にフツーの人というか)


 「どうです?」


 黙って立っているマナの隣でフェルが言う。


 「人間そっくり、というか怪獣じゃないってことはわかった」

 「カイジュウ?」


 何ですかそれ、と首を傾げられ、マナは曖昧に笑って誤魔化した。けれどこんなやり取りをしていても、魔王は微動だにせず目を閉じたままだ。それはそれで気持ちが悪い。


 「んー。とりあえず起こしたら不味いから、帰ろうか」

 「いえ、おそらく今は目覚めないと思います」


 「え?」


 神妙な顔になったフェルを見つめる。


 「どういうこと?」

 「実はあなたがこの世界に呼ばれる少し前、人間の王と魔王が停戦条約を結ぶため、急遽話し合いの席が設けられたんです。ですがそこで人間側の魔術師が、魔王を騙し呪詛をかけたそうです」

 「呪詛って呪いでしょ。なんでそんな物騒なことをしたの」


 (仮にも魔王という存在なら、人程度の呪詛なんて跳ね返して無効化しそうだけど、相当強い魔術師だったのかな)


 「人間が用意した魔術師は今流行りの聖魔術師だったそうです。あれは厄介で禁術を好み積極的に使う。それによって得た人外の力で強力な呪詛を編み出したのでしょう」


 ほらよく見てください、とフェルが魔王の首もとを指差した。


 「首の周りが黒く変色しています。おそらく下も同様です。これは魔力を喰らう呪詛。無理に活動すれば魔力がさらに喰われるので、魔力と生命維持するため極力眠っているんです」


 つまりそれは、このままだとこの人、すごくまずい状況なんじゃ……。

 マナは眉を寄せた。


 「呪詛までかけて、この人を倒したいの?そこまでするほど、悪いことしたの?」


 レイモンドは前まで村に魔物がよく出没していたが、最近は少なくなったと言っていた。

 マナも魔の森で暮らすようになり、魔物の襲来を警戒していたけれど、遭遇するのは小さな魔物ばかりで傷つき恐怖することはなかった。


 ただ、女神の結界に護られているので、魔物の凶暴化がうまく防げているのかもしれないが。


 「もしかして魔物が村を襲ったのは何か理由があるとか?」

 「魔王にかけられた呪詛を解呪するために襲撃、もしくは主人を騙し傷つけた者に報復するため、かもしれませんね」

 「……」


 辺りを見渡す。魔王の部屋は殺風景で、家具や物が極端に少なかった。この部屋から主の心は見えてこない。ただとても寂しい、そんな気がした。


 「……私には、この人が本当に人間に憎まれるほどの人なのかわからない。だから話をしてみたい」


 この世界やそこに生きる全ての命は創造神たる女神メルディアーナと他二神がつくった。それは人間のみならず、魔王や魔物も同じだ。


 もっとよく魔王の顔を見ようと、寝具に手をおき近づいた。するといきなり周囲の空間がぐわんと揺れた。床下に不可思議な文字が走り円陣が浮かび上がった。


 「え?何!?」

 「これは、防御結界の発動です!いけない、マナそこから手を離して!」

 

 寝具に触れたのが原因か、結界が発動してしまった。フェルに言われ急いで離れようとするが、地が振動し見えない力で背を押され、寝具に沈みそうになる。


 ぷにゅ、と柔らかいものにふれた。


 「マナ!」

 「わっ、……ひえぇっ!」


 ひゃあとマナが奇声を発した。飛び退いたマナをフェルが静かにと窘めた。


 「だっ、だって……今、口が」


 ついた。魔王のと自分のが。

 こうみえて、元の世界にいた頃はまだ誰とも付き合った事がなかった。当然キスだってまだだ……。


 「うう、私のファーストキスがぁ」


 なんてこと、半泣きだ。こういうのは好きな人と決めてたのに。


 「は?今はそれどころじゃないでしょう! ーーえ、マナ……目が」

 

 「目? なんともないよ。フェルどこ見てるの」


 フェルは自分を見ていなかった。彼の視線を辿るとその先には魔王がいた。


 たしかに目がーーしっかり開いていた。


 宝玉のような藍色の双眸が無感情にこちらを見ていた。


 (め、目が合ってしまった)


 「…………お前、」

 「ひえぇっ、ご、ごめんなさい!失礼しましたっ!」


 一刻も早くこの場から逃れたくて、思いきり魔力を放出してしまった。その衝撃でパリンと石畳の床と魔方陣に亀裂が走った。


 高位魔術師でも扱える者はそうそういない、難しく高度な転移魔法を瞬く間に発動させ、マナはフェルを連れ女神の家に戻った。

 


 

  

 

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