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ファンタジー

魔王、まだここにいる。

作者: めみあ

前作『クワイエット家の令嬢、黙っていない』の後日譚です。前作のあらすじを本編の冒頭に短く書いたので、前作を読まなくてもわかると思います。


【前作を読まなくてもいいあらすじ】


卑怯者の家とバカにされてきたクワイエット家の令嬢セシリアが、家に転がってたペンダントから建国神話のウソを知る。

本当の英雄は自分の先祖で、王が裏切り者だと。


家族と魔王の力を借り、あの手この手で真実を暴き名誉を回復。王は失脚し、王子は更生した。

そして新しく建てられた英雄ジブランタ・クワイエットの銅像にペンダントを置き、全てが終わった。

    

そのときに魔王の魂も昇天した……はずだった。



 


「ニャルティメット、そこにいたか」


 フシャーッと威嚇してみると、ゼビエル王子は笑顔で頷いて頭を撫でた。仕事の合間に愛猫を探しにきたらしい。


(悪いやつじゃないが好きではない)  


 ニャルティメットと呼ばれた猫の中身には、魔王の魂のカケラが入っている。元はペンダントに入っていたのだけれど、強制的に追い出され、近くにいた猫の身体を借りた。


 魔王はここにいると示すのは簡単だ。

 けれど、卑怯者と呼ばれていたジブランタ・クワイエットの名誉が回復したことで、魔王の魂も昇天した――みたいに語られて、出るにでられなくなったのだ。



(ペンダントが砂みたいに砕けて、ジブランタの銅像にペンダントがかかる光景を見せられて、出られる奴いるか? 俺だって空気くらい読める)



 確かに俺はあのまま浄化されてもよかった。元よりそのつもりだった。けれど土壇場で未練が生じた。

 

 それは、魔王の銅像も建てたいという声のせい。流石に無理だと却下されたが、それが心残りになった。


 別に俺は感謝しろと言いたいわけじゃない。だが俺も何か爪跡を残したいと考えてしまったのだ。


(クワイエットめ。余計なことを言いおって)


 

 城内でクワイエット家の面々を見かけることが増えた。呑気な一家に見えてそこそこ仕事ができるようだ。


 今、城内は慌ただしい。

 王が玉座を追われ、ゼビエル王子はまだ正式に立太子していない。そのため暫定で重臣たちが政をしきり、王子を急ピッチで教育している最中だからだ。


 反省を見せたとはいえ、王家への不信感は強い。矢面に立つ王子の心労は相当だろう。 


 なのに唯一の癒しである愛猫のニャルティメットの中身が俺。さすがにちょっと気の毒に思う。



 魔王にまで同情されているとは露知らず、王子は休憩中も書類をパラパラとめくり、明日の建国記念式典の段取りを確認していた。

 

「ニャル、明日は大事な式典だから大人しく部屋で待っていろよ」


 王子の無駄に麗しい顔を寄せられ、(誰が留守番などするか)と猫パンチをお見舞いする。王子はまたうんうんと頷き、マントを翻して部屋をあとにした。

 

 しばらくして王妃と侍女長が話す声が聞こえてくる。


「殿下はお疲れの様子ですね。お声かけをしなくてよいのですか?」

「必要ないわ。明日の式典のことを思うとわたくしの方が心労で倒れそうよ。王さえ戻ればいらぬことに頭を悩ませなくて済むというのに」


 王妃の父は保守派の代表で、王の失脚により立場が悪い。高慢な王妃には今のような扱いは耐えられないだろう。今一番の危険分子は王妃一派だというのが城内での認識だ。


(王妃を王と共に幽閉できなかったのが痛いな)


「殿下の勤勉さを讃える声が大きくなっています。今朝の朝議でも厨房からの意見書にまで目を通して対策を講じられていました。今は静観するときでは?」  


「あなたは苦言も呈してくれるから重宝しているけれど、それは踏み込みすぎよ。控えなさい」



(おーおー、ドロドロだね。俺の出番が来なけりゃいいけど)


 

 

 ♢





 式典当日、天気は今にも雨が降りそうな曇天。数日前から異常な数のカラスが飛んでいるとか、大量のネズミが走り回っているという奇怪な現象が確認され、「王家が天にも見離された」と国民たちの間で不穏な噂が飛び交っていた。

 

 何か起こるのでは――そんな不安をよそに式典は粛々と始まった。


 

 王子は壇上に立つと王家の失態を改めて謝罪し、今ここに立つ理由を、クワイエット家より王家の存続を願われての地位だと説明した。


 そして真の英雄はジブランタ・クワイエットであると声高に宣言した。

 クワイエット卿が目頭を押さえ、妻はハンカチで目尻をぬぐう。子供達は真っ直ぐに王子を見据えていた。


 

 警備の都合上、今回は城の中庭での式典となり、出席者は貴族が大半を占めていた。まだ割り切れない者もいたはずだが、それでも彼らは、王子とクワイエット家の未来に惜しみない拍手を贈った。


 

 そのとき。

 数羽のカラスが頭上で旋回しながらカアと鳴いた。


 

(あーあ、やっぱり来たか)


 木陰から現れたフードの男が迷いなく弓を構え、放たれた矢が一直線に王子の胸元に刺さる――前に俺の猫パンチが矢を弾く。


 見ていた者には猫が飛び出した拍子に偶然弾いたように見えただろう。


 王子は呆然としながら、胸元に手を当てた。何が起きたのか理解が追いつかないようだ。

 

 クワイエット卿が、皆に伏せるよう指示し、息子のエンリケが王子を庇うように立つ。フードの男は逃げようとしたが、カラスの大群に襲われ、足元はネズミに齧られ、あえなく捕縛。


 フードをとると知らない顔だが不敵に笑っていた。


「俺は時間稼ぎみたいなものだ。すぐにお前らが逆の立場になるだろうよ」


「何を……」


 王子が更に聞こうとすると、護衛騎士達が慌ただしく駆け寄ってきた。


「報告します! 西門に侵入しようとした不審な集団を捕えました! カラスに襲われて怪我を負っています!」


 さらに重臣の1人が血相を変えてくる。


「ディアス家にて爆発騒ぎがありました。地下に大量の武器や火薬を隠し持っていたほか、私兵を集めて決起寸前だったようです」


 ディアス家の当主は王妃の父だ。誰もが先程の暗殺未遂と無関係と考えないだろう。

  

「クーデターか」誰かが口に出した。


 重臣は続ける。

「地下にはネズミの死体がたくさん発見されました。松明か何かを倒し、炎が燃え広がったのかもしれません」


「そうか……最近ネズミが大量発生したと聞いていたが……」


 王子が視線をこちらに向けた。先ほど矢を弾いたことや、動物たちの不自然な動きで、動物たちによりクーデターが未然に防がれたのかもと考えているのだろう。

 けれど王子は軽く頭を振り、「まさかな」と呟いた。


 同時にクワイエット家の娘、セシリアの視線も感じた。こちらは完全に中身が魔王とわかっている目だ。


(気のせいってことにしておけ)


 尻尾をパタパタすれば、セシリアは肩をすくめた。


 



  

 王妃の父は、王子とクワイエット家の面々を亡き者とし、また王を玉座に戻す計画を立てていた。

 自分達の権力を維持するために、邪魔なクワイエットの血を絶やすのが目的で、そちらに与した王子も敵とみなした。


 王妃ははじめは関わりを否定していたが、侍女長やディアス卿が王妃の関与を肯定した。誰も庇う者はおらず、王妃は絶望のまま毒杯を賜った。他の者たちも罪に応じて罰をくだされた。

 


 何も知らない王は、いまだ悪夢に苦しむ日々を送っている。



  

 



 王子は辛い決断をしたが、政務は前よりも精力的にこなしている。

 

 今の王子なら大丈夫だろう。

 もう道を外すこともない。



(さて、この身体からも離れるときがきたか)



 魔王の銅像。

 やはり建てたいとクワイエット家が望み、今回は許可された。クワイエット家の庭に建てたという。


 セシリアにこっそり連れ出してもらい、銅像を見た。



(…………チェンジで)



 

 そこにあったのは、立派なツノを持った異形の魔王ではなく、ツノは何故か熊のような耳で顔はのっぺりとしていた。硬い筋肉でおおわれていた身体は雪だるまのように丸みを帯びている。


 セシリアの兄、エンリケが呆然とした俺の頭を撫でた。


「言いたいことはわかる。全然違うんだろ? セシリアは壊滅的に絵が下手なんだ。でも魔王様の姿を見たのはセシリアだけだから俺たちにはどうにもできなかったんだ……こんな結果になってしまってすまない」


(……泣きたい)



 俺は、もう去るつもりだった。

 でもこれじゃあ去れない。


(力をまた蓄えて、絵を描ける力をつけて、本物の魔王の銅像を建てる)


 そう決意していると、


「ニャル、迎えに来た。勝手に出たらダメだろう」


 と王城にいるはずの王子が俺を抱え上げた。 


 セシリアが小声で「やっぱり王家の猫を勝手に連れ出して不敬罪に問われたら嫌ですもの」と笑う。



 王子も笑ったので、そのニヤケ顔にむかついて猫パンチをお見舞いしてやった。


 なんでだよ、と半べそをかく王子を見て、

(まあ、しばらくいてやるか)とふて寝することにした。





 


 


 

 


読んでいただきありがとうございました。


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