第八話 寝る子は良い子
「友継~起きておるか」
風呂に入浴後のこと、部屋で寝る準備をしている所にノック音が聞こえ、疲れ切った体をベットから起こす。
「スズランか、どうした?」
ドアノブを握り、ドアを開くとパジャマ姿のスズランがいた。
所々目を細め、今すぐにでも眠たい雰囲気を感じ取れる。
そりゃそうだ、目覚めてみれば、見知らぬ場所で一人きり。
引っ越しや旅行先で疲れやすいのと同じだ。
「ちょいと、わらわと話をせんか?」
「わかった」
スズランがベットに腰を掛けると、その小さな体が沈み始める。
彼女の華やかな匂いが鼻腔を擽る。同じシャンプーを使っているはずなのにどうしてだろうか。
「アレは何じゃ?」
尻尾をブンブンと振り、ある台の上に置いてある銀のトロフィーへ指を指す。
「アレはゲー厶大会の景品だね」
「ほぉ……優勝したってことかの?」
「いや、準優勝だ」
部屋の照明によって、輝く戦いの結晶。
それには、「eスポーツレジェンド中学大会」と書かれていた。その横には、写真立てが置かれていた。
中央に立つ笑顔の俺、ふんと言いたそうな余裕そうな顔をしたイケメン男子に泣きそうな顔をした女の子が映っている。
……懐かしい、アレからもう二年くらい経ったのか。
この大会は、eスポーツ──ゲーム大会の中体連のような大会だ。
俺は中学校の時にeスポーツ部に所属にしていて、そんな中、あの二人と出会って数々の大会を勝ち進んで行った。
最後に優勝を狙えなかったのは悲しいが、悔いは無い。全然ゲームが下手くそだった俺が皆と協力して、準優勝まで勝てた、それだけで嬉しいのだ。
……まさか、あんな結果になるとは、思わなかったが。
「うらやましいの」
スズランの寂しそうな表情を浮かべながら、小さく呟く。尻尾がダランと力が抜ける。
「スズランは学生時代とか無かったのか?」
「あいにくじゃが、わらわにはそんなのは無い。生まれてから、城の地下に閉じ込められ、魔術や体術、作法をこれでもかと叩き込まれたのじゃ」
「……王族って大変だな、俺だったら絶対に気が狂うよ」
「そうじゃな。でも、わらわは狂う事なんて無かった。お主と出会えたからの。お主がわらわを城から連れ出して、世界の美しさ、優しさ、楽しさを教えてくれた。それが何よりも嬉しかったのじゃ」
「……嬉しかった」
「うむ、とってもじゃ……だから、今この瞬間お主に恩返しをしたいのじゃ。お主はわらわの勇者じゃ」
「スズラン…………尻尾がめっちゃ腕に巻き付いてるよ」
「──っわ!? すまぬ!!」
スズランは顔を真っ赤にして、縛り付けていた尻尾を解く。
「そ、そんな事よりも大事な事を言いに来たのじゃ」
「なんだ?」
「わらわと寝る前にわらわと勝負するのじゃ」
「うーん無理」
「──何でじゃ!!」
「だってお互いに疲れているだろ。お前が一番よくわかってるはずだ」
スズランはしょぼくれた表情で口を開く。
「……夕方の事が気がかりなんじゃよ」
「めっちゃ根に持ってるなぁ」
「寝る……そうじゃ!! こういう勝負はどうじゃ?」
魔王は部屋に入ると、ベットに飛び込み布団の中に入る。
「勝負の内容は友継かわらわ、どんな方法でも良い、どちらかが寝たら負けじゃ。これでどうかの?」
脳の思考回路が働かない。
もう考えるのを止めよう。
「良いよ、それでいこう」
「ほほぉ、では勝負を始めようではないか」
部屋の電気を消して、布団の中に入る。
中は温かく、すぐに寝てしまいそう。
スズランはニヤリと笑い、俺に向かって青い魔方陣を展開する。
……なるほど、さすが魔王、やる事が汚い。
この魔方陣は睡眠魔法の類だ。
魔法を使って一瞬で勝利のフラッグを取る。
うん、汚い。
でもそんな事はどうでも良い。
俺の今の状態は眠すぎて無敵モードになっている。
思考が出来ず、寝る事しか脳内に無い。
だったら、この勝負にどう勝つか。
寝よう。
「はぇ!? 友継よ、何をしてるのじゃ!?」
スズランの頭を優しく撫でる。
ゆっくり撫でるとスズランの顔が赤くなり、展開していた青い魔方陣が消えた。
尻尾をブンブンと振り、顔を下に向ける
腰に手を回し、ゆっくり押し倒す。
布団をしっかり掛けて優しくトントンする。
暴れる子供を眠らせるように。
ゆっくり、ゆっくり。
これぞ必殺トントンだ。
幼いころに姉さんが俺によくやってくれた技さ。
精神年齢が幼いスズランに効かない訳がなく、しばらくトントンすると彼女の目がとろんとすると目を閉じる。
効果は抜群だ。
スズランは寝息を立てたのを確認。
……俺の勝ちだ。
よし、スズランを他の寝室に持っていくとする──
──ってあれ?
体を起こそうと動いてみるが動かない。
よく見てみれば、スズランが俺の服を握っていたようで動けない。
スヤスヤと寝息を立てて、無意識に動いたのだろう。
──って、ヤバい、本当に眠い。
もう限界らしい。
視界が見えなくなっていく。
…………完全に視界はブラックアウトをした。