第五話 志道家の月
「こんな勝負をわらわに受けさせた責任として葡萄ジュースを飲み放題にするんじゃ!!」
「何でだよ!!」
「くうぅぅ…………こうなったらわらわが魔法でここら一帯火の海にしてやる」
「待て待て!!」
スズランが口を開き、聞いたことのない言語の言葉を言う。
次第に部屋の天井に赤い光の粒子が現れ始める。
これ──本物の魔法じゃねーか。
しかも、俺ならわかる、これはかなり大きな破壊魔法だ。
まずい、このままだと被害がこの街──いやこの国がただじゃ済まない。
嫌だ、「爆発オチなんてサイテー」って言いたくないぞ俺は!!
何とかスズランを止めようと彼女の口を手で押さえた。
彼女はバタバタと動き、俺の手を離そうと動く。
「むぅぅ!!」
「やめろぉ!!」
『あ!!』
スズランと俺は声を揃えて地面に倒れる。
どうやら椅子に引っ掛かり体制を崩してしまったようだ。
魔王の頭が地面に触れる瞬間。
咄嗟に彼女を庇うため力強く引っ張る。
ゴン!! と音が床に響く。
スズランは体が小さいためか簡単に庇うことが出来たようだ。
彼女に怪我はないようでひとまず安心だが……代償として頭が思いっきり地面にぶつかった。
じわじわと頭に痛みが走る。
絶対たんこぶが出来た……痛い。
「友継よ、大丈夫か?」
胸の上に倒れていたスズランはお互いの吐息がぶつかる程の距離に顔を近づける。
彼女の冷たい手が頭の痛い所を優しく触った。
心臓の鼓動が激しくなる。
やばい、この状況はヤバい。なんというかその。
……近くで見るとやっぱりスズランは可愛いな。
その顔がこんな近距離まで近づかれると俺の心臓はすぐにお陀仏だ。
即座に顔を別の方向に向けると魔王は気にせず耳元で魔法の詠唱を行う。
彼女の手に緑色の魔法陣が現れると段々と頭痛の痛みがなくなっていく。
確かこれは……回復魔法か。
「痛みが無くなったかの?」
「あ、ありがとう」
「すまぬな、ちょっと勇者を驚かそうとしただけなんじゃが」
──嘘つけ、発動手前だったぞアレ。
「……魔王、俺の体から離れて貰っていいか?」
「いーやーじゃ」
「なんで??」
「だって勇者が恥ずかしそうな表情をしておるから、さっきから心臓がバクバクと鳴っておるし、わらわが喋ると耳がピクピクしておるではないか」
クスクスと耳元で笑う魔王。
彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、体温が良く伝わり、更に心臓の鼓動がさらに増す。
「……あれれ、お邪魔しちゃったのかな?」
スズランの顔の横からひょっこりと顔を出す一人の男性の姿。
「に、兄さん!?」
──もう兄さんの帰宅する時間になったのか。
ふと、時計を見てみれば、針が6時を指していた。
この人は志道海月、俺の兄だ。
黒い短髪に海の深淵に吸い込まれそうなほどの美しい青い目を持つ男性。
黒いスーツに鞄一つのイケメンだ。
現在、執事として様々な家へ家事や物品の管理を行う仕事をしている。
性格は冷静沈着で時にボケまくる男。
「兄さん違うんだ……その…………」
「その?」
「あの……」
「あの?」
「ほぉ……お主がこの友継の兄か? わらわは魔王スズランじゃ!!」
スズランは立ち上がり、腰に手を当て仁王立ち。
「あぁ……スズランさんかこんばんわ。私、志道海月と言います以後お見知りおきを」
海兄さんは左手を前にして腹部に当て、右手を後ろに回し挨拶をする。
スズランは「くるしゅうないぞ」と言葉を放つ。
あれ、この流れさっきも見たような気が。
「兄さん、一応言うんだけどさ……コイツ、魔王なんだけど」
スズランを指を差すと海兄はんは平然とした顔で頷く。
「あぁ、詳しい話は陽葵から聞いてるよ」
……あれ、海兄さんも幽霊やUFOを絶対信じない人だったと記憶してるんだが。
「……え? ゲームの世界から──」
「──この世界に来たんだろ?」
「そんな当たり前みたいな表情……こんな馬鹿げた話信じるの?」
「いや、だってさっき魔法使ってたの見たからね」
「……兄さんっていつから見てた?」
「賭け事をしている時からだね」
……めっちゃ、見られてたじゃねーか。
──あれ、勝負中そんな人の気配を感じなかった気がするが。
スズランの方を見ると、首を交互に振り、「知らぬ」と言った表情をする。
「なるほどのぉ、お主は我が気づかないほどの気配を消す技量を持っているのか!! 面白い、わらわが元の世界に戻った暁には魔王城の執事として雇ってやろう!!」
ニヤリと笑い、口を開く魔王に頷きながら返事をする兄であった。
「お褒めに預かり光栄です。ですが、家族が居ますのでお断りさせて頂きます」
「勝手に人の兄を誘うんじゃない」
「痛!!」
もう一度平手で頭をポンと叩くと目を細めて地面に蹲る魔王であった。