第四話 志道家の太陽
「その……呑姉さん、これはその……」
「その?」
「わらわとコイツは勇者と魔王の関係じゃ」
「魔王? 勇者?」
テーブルの椅子に座る三人。
何かと適当に説明しようとするが声が出ず。
呑姉さんはスズランの言葉に頭の上に大きなハテナを掲げて首を傾けた。
ややこしいことを言うのを辞めなさい。
軽く平手でスズランの頭をトンとやると「痛!」と目を細める。
こうなったら……正直に話すしか無いよな。
考える事がめんどくなってしまった。
あいにく学校に帰って来てから、飲み物を一滴も飲んでいないせいか、頭がクラクラとする。
呑姉さんに全てのことを話すことにした──絶対頭のおかしい子って思われて終わりだ……。
全ての事を話し終えると呑姉さんは口元に手を付けて感心した表情を浮かべる。
「はえ、ゲームの魔王様ってこと?」
「そうじゃ!! 我こそ魔王スズランじゃ」
「なるほど……めっちゃ面白いね!! とりあえず、状況は把握したよ!!」
──え? なんか凄い納得しちゃっけど何で?
いーや理解早。
ウンウンと呑姉さんは頷く。
「……呑姉さん? こんな馬鹿げた話、信じても大丈夫なのか?」
呑姉さんは優しく微笑み口を開く。
「だって、友継が言ってるからね!! 家族が言ってることを信じられない人なんてそんなの家族なんかじゃないよ」
家族だから……か。
ふと、魔王を見ると、ちぇと言いたそうな表情を浮かべ、ブドウジュースを飲む。
おい魔王。
「そうだ!! しばらくスズランちゃんが住むとなると、お洋服やら必要になるね。て、ことでも姉さんは買い物に行ってくるねー」
呑姉さんは財布を片手に玄関へ走って行く。
何かどこか嬉しそうな表情を浮かべる姉であった。
「ったく、どうしてこんなことをしたんだよ」
「お主をどうしても煽りたくてつい……煽り本能がの」
「帰巣本能みたいに言うんじゃーない」
横に座っていたスズランは俺の顔を見つめ、一言放つ。
「しかし、お主の姉はやっぱりお主の姉じゃな」
「どういうことだ?」
「いや、気にしなくて良いぞ……羨ましい」
顔を下に向けて暗い顔をするスズラン。
……そういえばスズランには家族がいるのだろうか。
ゲームでは魔王がなぜ街に攻めることになったのか詳しいバックストーリーの情報は深掘りはしなかったからあまりわかっていない。
機会がある時に聞いて見るとしようかな。
「おい、ジュースをもう一本寄越すのじゃ」
「……飲み過ぎじゃね?」
「うるさいのじゃ、はよせい!」
……良いことを思いついた。
呑姉さんの件も飲み物の件も含め、全てお返しをしようではないか。
そう決心した俺はスズランに話しかける。
「スズラン今から勝負をしないか? 勝ったら好きなジュースを飲み放題にしてやるよ」
スズランが目を光らせてこちらを見る。
俺は知っているこれは彼女がのる気満々の意思表示。
まだ何も言っていないのに勝つのを確信したその顔を今、粉砕してやろう。
勝負……俺達の中ではゲームと呼ばれている。一種の遊びだ。
ゲームの世界で一緒に過ごしていた時にやっていた一種の遊び。
内容を決めて、両者が同意したら、開始。勝者になった者は相手の言うことを何でも一つ聞くと言うルールである。
「おぉ〜懐かしいの。受けて勝つぞ」
「別に受けなくてもいいんだぞ? 情けなく勝負を捨ててもいいんだよ?」
「どうせわらわが勝つからいいぞ」
スズランの同意を得た。
では、ゲームを始めよう。
「やる勝負は何じゃ?」
「あっち向いてホイだ」
「あっち向いてホイ?」
スズランが首を傾げ、疑問の顔を浮かべる。
あっち向いてホイ、それは二人が向き合い、じゃんけんをして勝った者が「あっち向いてホイ!」と指を指してその方向を向いたら負けと言う、日本人なら小さい頃にやったことがある人がほとんどのゲームだろう。
「二本先取で負けたらこれを舐めてくれ」
スズランにじゃんけんやあっち向いてホイのルールを教えた俺は冷蔵庫からウキウキで激辛ソースをスプーンで掬い見せる。
スズランはニヤニヤとした表情を浮かべ、小さい口が開く。
「ほほぉ、負けたらそのちっぽけなスプーンで掬った液を舐めれば良いんじゃな? 楽勝じゃな」
椅子に座りスズランと向き合い、ゲームを始める言葉を伝える。
「いくぞ、スズラン」
「こい、勇者よ」
『最初はグーじゃんけん──』
スズランの手の指の動き、位置を見た俺は脳内の中で計算を始める。
じゃんけんと呼ばれる者は幼稚園から高校までずっと纏まりつく儀式のようなもの。
給食の当番、席替えの位置、全てのイベントに置いて決めごとで使われやすい方法。
俺は長年、じゃんけんについて研究してきており、数多くの難所を越えてきた男だ。
演算の結果──スズランはチョキを出すだろう。
『──ぽん!!』
俺はグーを出し、スズランはチョキを出した。
その隙を逃さず、言葉を話して攻撃だ。
「あっち向いてホイ!!」
指をスズランに向け、右に向ける。
彼女はそれに釣られて右を向く。
「あれれ……スズラン、君弱くない?」
「負けたじゃと!? ぐぬぬ」
笑みがこぼれつつもスズランを煽ると歯を噛み締め悔しがる顔を見せる。
言っておこう、魔王スズランは勝負事はめちゃくちゃ弱い。
これでもかと弱いのだ。
ゲームの中でも色々な勝負をしてきたがスズランが俺に勝ったことは一回も無い。
雑魚雑魚の雑魚魔族だ。
「次で負けちゃうよ?」
「……ふん、最初の一本は花を持たせたのじゃ、せっかくの勝負じゃから手加減したのじゃ」
「へ〜、そんな嘘ついて大丈夫? 逆に手加減してあげようか?」
「あ〜〜コイツ!! ムカつくのじゃ!!」
適当に煽ってスズランの思考を鈍らせて置いて、第二ゲームと行こう。
『最初はグーじゃんけんポン!!』
彼女はまたチョキを出して、俺はグーを出して勝つ。
俺がニヤリと笑った時、スズランの目は一瞬、紫色に輝く。
来たね、使うと思っていたよスズラン。
それは魔王の魔眼と言う力。
魔王にしかない目で魔力を使い、見た物を分析し、弱点、強みを把握する魔眼だ。
これがスズランの心理戦における切り札である。
現実世界に来て、俺の姿を見た彼女なら分かるだろう。
俺はゲームの世界のように魔力やスキルは持っていない。
しかし、スズランはゲームの世界から現実の世界に来た。
つまり、彼女は魔眼や魔法を使える。
使えない俺と使えるスズラン、この差があり勝ちを確信したのだろう。
だが別にスズランが魔法やら魔眼を使おうが別に変わらない。
「……スズラン」
「何じゃ?」
「綺麗だ」
一言、彼女を褒めると発動した魔眼の光が無くなっていき、顔が真っ赤になる。
「……………………………………友継、なな、な何を急に言ってお──」
「──はい、あっち向いてホイ」
魔王スズランの弱点の一つ、褒めに弱い。
褒めれば褒めるほど、顔が真っ赤になり思考が停止する。
その隙を付いていわゆるゴリ押しであっち向いてホイをやったのだ。
「……勇者よ、やりおったな!!」
「いやいや、夕陽が綺麗だなって言っただけだよ」
「ズルいぞ!! ズルいのじゃ!!」
「おい、魔眼とか言うズルを使ったのは誰だ」
スズランがプクーとフグのように頬を膨らませ、机をバンバンと両手で叩く。
そんなことを気にせず、俺は立ち上がり激辛ソースを掬いスズランへ差し出す。
「ま、まぁその程度の液じゃ、舐めても何とも無いじゃろう」
パクリと口の中に入れ込み、スプーンを引っ張り出す。
スズランはプルプルと震えだして舌を出した。
「辛い!! 何じゃこれ辛いのじゃ!! こんなのがあるなんてこの世界は狂っておる!!」
バタバタとおもちゃ屋さんでおねだりをする子供のように腕をブンブン振り、苦しむ彼女を確認した後、急いでコップに水を注いで飲ませる。
ゴクゴクと飲んだ後、目の色を変えたスズランはポコポコと俺の腹を叩き始めたのであった。
でも、その顔色はどこか嬉しそうな気が。
もしかしてこの勝負の流れ……全部、俺の気を良くするためにわざと行動してくれたのか?
……そんな訳無いよな。