第八卯 脱獄中
大学受験の関係上12月まで月一投稿or不定期更新となります。
キンコーンカーンコンと学校のチャイムが鳴る。
時刻は5時45分、ゲーム部の活動終了時間だ。
夕陽と暗闇が空を支配し、どうやら夜のカーテンがもうすぐ閉まるらしい。
「あ、部活動終了です!! 皆さんお疲れ様でした!!」
「お疲れ様ー」
「お疲れ様っス」
全員やっていた作業を辞めて、片付けを始める。
俺は狼夏からノートパソコンを貰うと保管場所である棚に入れて戸を閉めた。
「友継、この後少し付き合え」
振り返って見てみると、どうやら声の主は水雪のようだった。
真剣な眼差しで俺を見つめる鋭い目。
しっかし……水雪って何で片目だけ割れている眼鏡を着けているんだ。せっかくのイケメンが台無しだ。
「ん? 何をやるんだ?」
「俺と一本タイマンしてくれ」
「え……暴力反対!!」
「うなわけないだろう、ゲームの話だ……お前も薄々察しているだろう? 久しぶりに『ロボットファイト』をやるぞ」
数台のゲーミングパソコンとデバイスが置いてある机の椅子に座る水雪。
「お前も早く座れ」と目線で俺を誘導する。
「薫、俺達は少し残る。鍵はそこら辺に置いとけ」
「わかりました!! じゃあ、お先に失礼します」
「オイラも帰るッスー」
天化と薫の二人が部室から出て行く。
残った狼夏は、俺を待っているのか鞄を手に持ち、片手で本を読んで待っているようだ。
「……ごめん水雪出来ない。俺にはそのゲームをやる資格は無──」
「──あるさ。まだ、アイツの事を気にしているのか?」
少し声が震え声になりつつも言葉を返す。
『貴方が……貴方が私に期待をするから……期待をするから負けたのよぉ!!』
過去の記憶が蘇る。あの一年前の夏の記憶。
かつて俺がこの部活でeスポーツの大会に出ていた時の出来事。
空は青空、しかし暗闇が支配をしていた部室に俺と……彼女は立っていた。
涙を流し、怒りの表情でこちらを見つめる一人の少女。
白髪の綺麗なロングの髪を肩まで掛かり、四角いパズルのアクセサリーを着けたゲーム好きの俺の友人だった人。……俺が……俺が人の気持ちを考えずに起きた心の交通事故。
あの夏のトラウマを忘れている訳が無い。
心のイップス……だから俺はあの日以降、eスポーツを辞めたんだ。
「気にするも何も……」
「まぁ、座れ……コントローラーを握れ」
……座ろう。椅子に座り、パソコンの電源を入れて、机の上に置いてあった黒いコントローラーを握ろうと手を伸ばす。プルプルと震え始める手。過去のトラウマの電流が流れ始めたようで、あの夏の記憶と共にスイッチが入る。
モニターが光り始めるとゲームタイトルがデカデカと表示される。
爆音で流れるBGM、懐かしいな。
『ロボットファイト』、プレイヤー六人は三対三に別れ、両手に剣を持った攻撃重視の人型ロボット『ソードロボット』、両手に大盾を持った防御力重視の人型ロボット『シールドロボット』、両手に銃を持った遠距離攻撃でサポートをする人型ロボット『ガンロボット』をどれか一体を選択し、操作して戦う対戦ゲームだ。
操作の高難易度、マップの戦略性の高さとゲーム内の物理法則のリアルさがこのゲームの強みで多くのゲーマーを沼へ誘った魔性のゲームである。俺を……暗闇の沼に誘ったゲームでもある。
「はぁはぁ……」
過呼吸になり始めた。肺の底から泥臭い空気が逃避しようと蠢くような気持ちの悪い感覚だ。
「……やっぱりごめん」
立ち上がり、鞄を背負う。足を速く動かして扉まで向かった。狼夏も無言で起立して同行する。
早く逃げたい……早く……逃げたい。
逃げたい……逃げたい!!
「俺は信じているぞ。お前と……いやお前らと大会に出ると」
体中の血管が静止し、足が止まる。
振り返ると水雪は拳を握りしめ、黒雲を浮かべた表情をした。
「……どうして……お前は#¥から逃げている? どうして……わかってくれないんだ」
心が水雪の方向へ疼き始める。なぜだかわからないが水雪の言葉に動かさられたようだ。
でも……でも……俺は……逃げたい。
──っ!?
狼夏が強く手を握りしめる。無色の顔で俺を闇の方へ連れて行く。俺の心の声が漏れているのか、彼女は何も言わず手を引っ張る。
「霞石……鍵閉めお願いね」
「……あぁ…………すまな……かったな」
煮えきらない言葉を発言した水雪を横目に教室から出る俺と狼夏だった。俺なんて……煮る言葉さえも出てこなかったのに……水雪ごめん。
*
「あの……狼夏さん?」
「……何?」
「いつまで俺の手を握っているのかな?」
「……いつまでも?」
「いやいやお互いに困るでしょうが」
「……? 私は困らないけど」
教室から退出した後は、狼夏はゆっくりと歩き始める。廊下は闇に満ちており、コツコツと上履きが地面を弾く音が小さく響いていた。
幽霊がいそうで怖いが、狼夏が側にいるおかげで怖くも何ともない。
「……友継」
「どうした?」
「……嫌なこと……全部忘れようよ。何かに振り回されていたら、何も進めない。どうしても進めない人がいるんだよ。だったらさ……全部捨てて別の自分として生きていこ?」
「……捨れられない」
「私がいるよ」
腕を広げてハグ待ちの体勢、闇に支配された顔色になる狼夏だった。
そうだったな、目の前には……先駆者がいるんだったな。昔からずっと俺の横にいてくれて、逃げる時も俺の側にいた共犯者が。
「……恥ずかしいからやめてくれ」
「じゃあ、また今度でいっか」
体温が伝わる距離まで近づき、耳元で小言を放った狼夏は再び前に向かって歩いていく。
不意に窓から見える星空が見えた。
夜空はなぜそんなにも豪華絢爛に光っているんだろうか。その後ろに無限に広がる闇があると言うのに。
俺とは全く違う星々にこれには感銘を受けるものだ。
…………逃げるよ。脱獄するよ。
俺の後ろにある灰色の牢獄から。




