第四卯 いつもの学校
ガヤガヤと話し声が所々聞こえる。
現在、教室で朝のHRが始まるまで椅子に座って外を眺めているところ。
しばらく眺めているとガラガラと扉の開く声が聞こえてくる。
その音がした後、教室中に広がっていた声が静かになり椅子に座る音が響く。
音からして担任の先生が来たのだろう。
窓に向けた姿勢を黒板の方へ変えた時の事だった。
「ばぁ!!」
「──うわ!?」
「おはようッス、友継君」
体が一瞬飛び跳ねる。
目線の先にはある男が机の下から立ち上がり、姿を現す。
ダボダボな天パ、雑に着た制服。
両手に四角形のパズルの玩具を持ったこの男。
「びびった……天化か」
「やっぱり、友継の反応は面白いッスねぇ」
彼の名前は暗条天化。
俺がこの高校に入った時に、初めて出来た友人だ。
性格は自由気ままでのんびり屋。
天化を一言で言えば天才変人。
天才でもあり、変人でもある感じ。
成績は授業態度以外全て最高評価。
天才はやはり凡人とは違う者で、前に学校中の教室にあるチョークの色を虹色にする事件を引き起こしたヤバいヤツだ。
ヤバい奴ではあるが、悪いやつでは無い。
「──あ」
ふと、声を出す。
何故笑ったか? それはニヤニヤと笑いパズルを高速で解く天化の後ろに先生がいたからだ。
髪の毛一本も無いツルツルな頭に眼鏡かけたジャージ姿のインテリヤンキーのような大男。
「……ん? あ……ヤベ」
天化も気配に気づいたのか後ろを振り向く。
それはまるでガタガタと壊れかけたブリキ人形のように。
先生は持っている竹刀をトントンと肩に叩き始める。
──ッ!?
クラス全体に覇気が走る。
覇気と言うなの空気の圧力だ。
これには教室の窓ガラスに映っている虫も鳥も思わず屈服しそうなほどの大きな無言の圧力を感じる。
段々と先生の顔が、真っ赤に染まっていき、ゆっくりと口を開く。
「あ? 何がヤバいって? ヤバいのはお前だろ、朝のHRが始まってるぞ、ゴラァ!!」
鬼門時雷光、それが俺のクラスの担任である。ちなみに月花さんの親戚だ。
雷光先生は怒鳴ると手を伸ばして天化の持つ玩具を取った。
「あぁ!!!! オイラの立体パズルがぁ!!!! オーマイガー!!!!」
「一週間没収だゴラァ!!」
明は地面に倒れ込み絶望。
クラス中に笑い声が飛ぶ。
「ァァァァァァ!!」
「うるせぇな!!」
「待ってください、先生。これはそう、友継の陰謀です!! オイラに逆立ちしながら立体パズルを解けって言ったンスよ!!」
「……俺かい!?」
「人のせいにするじゃねぇよ、ゴラァ!!」
始まりました、雷光先生と天化のコント。
コントと言っても本人達は至って真面目なのだが天化のリアクションがオーバーリアクション過ぎて他の生徒から見たらお笑いにしか見えない。
真面目な雷光先生と天才変人な天化は混ぜたら危険だ。
「──逃げるッス」
その場でクラウチングスタートの姿勢を取る天化。
数秒の間が生まれると、天化は思いっきり走り始め、教室の扉を開けて出て行ってしまった。
「ちょ……待てや、コラ!!」
さすがの『憂花の山鬼』という異名で知られている雷光先生も困惑の表情を浮かべながらも、天化を追いかけて行く。
「改めて化天……停学とか退学とかされないの不思議だな」
「ね、山岳部の件も含めてこの学校の定員割れが起きてる理由がはっきりわかるね」
右隣で小説を読んでいた狼夏と顔を合わせる俺達であった。
*
キンコンカーンコーンと学校中に今日の終わりを告げる鐘音が響き渡る。
新学期が始まって数日経っても一年生の頃と景色は変わらず、あっという間に時計の針は進んでしまった。
「幼なじみが負けヒロインって即決めつけるのよくないと思うのだけど、友継はどう思う?」
「それは確かにそう、幼なじみとか負ける要素ないだろ」
暗い影に染められた教室に狼夏と俺だけがポツリと雑談をしていた。
僅かに曇が空を漂っているオレンジ色の空のゆるやかな光がカーテンを通して、教室中を照らし、ゆったりとした風が入って揺らしている。
そんな透き通った空気の中、狼夏の口が再び開く。
「そういえば……今日部内会議があるってよ」
「そっか、もうすぐアレがあるんだっけか」
窓際の席、俺の机に座った狼夏がそう言う。
緩やかに揺れる短髪の髪からラベンダーのような華やかさでは無くて爽やかな安心感を与える匂いが漂う。
「ん?」
彼女の遠くへ長く鍛えられた足を伸ばしており、妙な色気を感じ取れる。
アレ……なんか今日の狼夏……雰囲気が違う気がする。
「友継、どうかしたのかな?」
声のトーンがいつもよりも高く、口角が少し上に上がりつつも、彼女は小さく笑い首を傾げる。
狼夏は普段、クラスメイトに見せているクールな狼夏とはまた違う素の性格を急に出していて、そのギャップに俺の心臓はビクリと跳ね上がる。
「何でもない、行こう」
狼夏の体から目線を窓の外へ逸らして言葉を発した。
何を考えているのやら俺、気を確かにしろ。
鞄を持ち立ち上がると狼夏は、少し悲しそうな顔をして小言を言い始める。
「……気づいてくれないんだ」
「──シャンプーと前髪数センチ切った……だろ? 気づいてるよ、狼夏」
「正解」
「……こんな事言うなんてキモいだろ」
「キモくないよ」
彼女の口元が微かに緩む。
冷気を漂わせた氷の溶けるような微々な変化。
……ここまでされたらわかる。
狼夏は俺に対して、何か重い感情を抱いているのだろう。
それはどこか歪んでいて、いつかその歪みが爆発してしまいそうな気がする。
でも、何も言えない。
そんな勇気は俺には無いんだ。
「よっし、行くかぁ」
「うん」
「俺達の部活……ゲーム部へ」
暗闇に包まれた教室を出て行く、狼夏と俺であった。