第三卯 春の麗しき登校
憂花高等学校、約300人の生徒が毎日通っている高校。
豊かな山、涼しく美しい河川が流れる自然が特徴。それが俺の通っている高校だ。
現在、河川前の道を歩いていた。
木々の匂い、川の匂いが鼻腔を擽り、心地よさが体中に広がって情緒を感じる。
一方、シールドスライムは透明なペットボトルの中に避難させ、鞄のペットボトルホルダーで過ごしてもらう事にした。
異世界とこの世界、やはりシールドスライムは感激しているようで、「ポロロロ〜」、と声を時折漏らすのが耳に入る。
しかし、意外と本気で走ってみれば、すんなりと学校に付いたのが良かった。
朝のHRまではまだ時間が残っているからのんびりと歩いて行こうではないか。
道端に生えてある木々を眺めつつ、歩いてく。
後ろや前には俺と同じく登校中の学生が多数。
部活動や委員会などで急いでいるのか焦っている者もいれば俺と同じくゆっくり歩いている人がいる。
見知らぬ人が何人かいるな……そりゃそうか、今は四月の始まりの時間帯。
入学式を終えてワクワクした感情を身に纏った一年生達が居るのだったな。
もう高校二年生か、時の流れは早いね。
そんなことを心で思っていた中──ツンツンと背中を突かれる感触を覚える。
振り返ってみれば、一人の少女がいた。
深海のように暗く青い髪、狼のように鋭い目。
容姿はクールな印象を与えている。
「狼夏か、おはよう」
「……おはよう」
泡沫狼夏、俺の幼馴染だ。
小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた関係で小学校から高校まで同じ学校で過ごした仲である。
周りの人と比べて、彼女と過ごした時間の砂は誰よりも高く積もっている自信がある俺だが、未だに狼夏の考えている事はわからない。
普段の九割ぐらいが無表情で、何を考えているのか読むことが分からないのだ。
それに、何故か俺以外に冷たい態度を取り、俺にだけ距離を詰めてくる距離感を持っている。
不思議であって、不思議では無い、狼夏は魅力に溢れた俺の大切な友人だ。
「そうだった、これ返すよ」
鞄を開けて中から一冊の小説を取り出して彼女へ渡す。
この小説はいわゆるライトノベルってやつで狼夏から先週に借りていた物だ。
「……感想は?」
「やっぱり主人公とヒロインの関係が良かったね。後、ヒロインが雪崩に巻きこれた時に主人公が咄嗟に庇う展開が面白いね」
「だよね。やっぱり友継にこの本を紹介して正解だった」
狼夏はラノベオタクである。
そんな彼女と一緒にいる内に俺もラノベが好きになり、定期的にラノベを読み合い感想を言い合うのを良くやるようになった。
ラノベは面白い。色々な発想が読めて作者によって文章の書き方に違いがあり、それが良い。
「じゃあ行こうか」
「うん、行こ」
狼夏は俺の渡したラノベを大切そうに手に持って歩き始める。
それに合わせて俺も足を進めた。
「そう言えば友、最近やってるゲームはどうなの?」
「ゲーム?」
「前に言ってたでしょ? 『どうしてもこの魔王が倒せないのだ!』って言うゲーム」
「あ〜アレね……チョットイロイロトオカシシコトニナッタナー」
「おかしく? なんか致命的なバグが見つかったとか?」
うん、その次元の話じゃなくないんだよな。
ていうか、マジでゲームの魔王が現実世界に来るってなんだよ。
「別に気にしなくて良いよ」
「ふ~ん、センシティブなゲームならそう言えば良いのに」
「──センシティブじゃないよ!! まぁ、名前がそれっぽいけどさ」
クスクスと本で顔を隠して笑う夏森の結晶。
……笑ってくれて嬉しいな。
冗談を交えながら、歩いていると後ろから妙な熱意を感じ取れる。それにドシドシと地面が悲鳴を上げているような音が──
「──君達、新入生かい? 良ければ、大木破壊部に入らないか?」
タンクトップに制服のズボンを着た屈強な四名の男性達が長く太い一本の丸太を背負いながら迫ってくる。
鼻息が荒い、山岳部の連中は噂でヤバいヤツって聞いたことがあるが、こんなにもクレイジーなヤツだったのか?
視線を丸太へ向けると彫られた文字が見える。
「山岳部」、と文字が彫られていた。
って山岳部じゃないか、山に登れ!! 破壊行為を辞めるんだ!!
「えぇ!? 何だ、その訴えられそうな部活!! てか、俺ら二年生です!!」
プルプルとペットボトルが震え始める。
──っ!? シールドスライムか? やめてくれ、今飛び出たら、皆から視線を浴びてしまう。
戻れ、シールドスライム!!
「──友、ここは、私に任せて」
狼夏は俺の前に立ち、持っていた本を空高く投げた。
すると、くるりと丸太を持って突っ込んできた男達を避けて、そして……股間部に蹴りをお見舞いする。
運動部に入っている狼夏、つまり鍛え抜かれた足で蹴られたと言う訳だ、そこらの一般人とは威力が違う。
つまり……クリティカルヒット、会心の一撃だ。
「ぐぅぉぉ、オンノー!!!!」
地面に倒れ込み、必死に股間部を押さえている筋肉男。
他の男達は、「大丈夫か? ブラザーぁぁ!!」、と心配の声を上げている。
「や……やり過ぎだ!! 狼夏、なんてことを!!」
情動的共感ってやつだろうか、何故か自分も食らったような感覚を覚える。
これは絶対痛い。男して共感申し上げる。
もしかしたら、世の中には美少女からのキックを褒美だと思う人がいると思うが、こんな男が苦しんでいる状況を見たら、絶対にそんな考えは吹っ飛んでしまうだろう。
「……だって、丸太持って突っ込んできたから、自己防衛だよ」
「過剰防衛だぁ……でも、ありがとう」
彼女へ微笑みを渡すと再び表情を本で隠す。
……狼夏って俺の笑顔無理なんだっけか、ごめん。
「お前ら、何してるんだぁ!!」
「「「姉貴ぃぃ!!!!」」」
どうやら山岳部のボスがご登場のようだ。
一生懸命土を掘り、金銀財宝を手にしたような歓喜の顔をするタンクトップ集団。
声の方向を見れば、学校のフェンスを棒高跳びの要領で華麗に飛び越えた一人の女性が目の前に着地する。
ひらりと揺れる漆黒のツインテール、右耳だけ月型のピアスを付けた筋肉質の女性。
右手に握った竹刀を風車のように回しながら、こちらに向かって走ってくる。
「ふはははは、残念だったな!! ウチの姉貴が来たからにはお前なんてイチコ──ぐはぁぁぁ!!」
彼女の空中蹴りが筋肉男へ当たる。
何とも素晴らしいキックだったと思う。
仮面のヒーローを名乗っても、全然問題ない。
「馬鹿野郎が、昨日はアレだけ新入生への勧誘方法について話したのに……お前ら、脳まで筋肉が詰まっているのか」
二年生山岳部部長の鬼門時月花。
高校に入る前から、俺と縁があるの古い友人だ。
「だってよぉ、姉貴ぃ……めちゃくちゃイケメンな金髪男が『あそこに山岳部に入りたい男がいるぞ』って教えてくれたから」
「何だよその言い訳、ウチの高校で髪を金髪に染めてる奴なんて居ないぞ」
「「「「あれ、俺らと同じ制服を着ていたよな?」」」」
顔を合わせて、疑問の声をぶつける四人の男達。
全く何を言ってるのやら。
「友継と狼夏、すまないな。ウチの部員が危ない事を……この事は先生に相談して生徒指導を……」
「──別に大丈夫だよ、むしろ俺らの方がワルイトイウカナントカドッコイショ」
「謝る必要は無い、まぁ……ここで起きたことは無かったことにしよう。……お前らぁ!! 罰として放課後にグランド40周だぁ!!」
「「「「わかりやした!! 姉貴ぃ!!」」」」
丸太を持ち上げ、早足で走り去って行く山岳部であった。
……過剰防衛、狼夏の方を見てみれば、プイっと顔の向きを変えて空を見る。
休み明けの学校、結構カオスだったけど、これはこれで良さがある。
…………………明日はプロテインを箱買いして謝罪するか。
そう硬く決意する俺であった。