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第ニ卯 いってきます

「──っ!?」


 体温を帯びていた掛け布団を力強く剥ぐ。

 さっきの出来事は夢だよな……それにしてはリアルだったような。


 心臓が鐘音を鳴らす。激しく、激しく音が鳴り、心臓部を手で抑える。

 はぁはぁ、と息を漏らし、過呼吸になった体を止めるため、深呼吸をして落ち着かせていく。


 周りを見てみれば、いつもと変わらない俺の部屋。

 少し暗く優しい光が照らしていた。


 体が安堵を求めているのか、その光の道筋を辿るとある景色が見えてくる。

 

 それは春の景色だった。

 庭に植えてある小さな桜が揺れており、桃色の花びらが空高く飛んでガラスに付く。


 ……春の季節。

 それは出会いの季節。


 出会いというのは怖い物だ。出会いがあれば終わりもあるわけでそこで悲しさが生まれる。


 だが、終わりも悪いことでもない。

 それがあるからこそ、人は前に進んでいく大切な力となるのだろう。


 心が落ち着いたな。

 さっきのは、きっと悪い夢だ。忘れてしまおう。


「……すぅすぅ」

「む?」


 ……入っていた布団がモゾモゾと動き出す。

 全て捲ってみればそこには天使──魔王がいた。


「はぁ、何でまた一緒に寝てるんだ!? 昨日確か……ベランダで話してそこから解散したはず……だよな」

「ピィーピィー」

「『ピィーピィー』って言うの漫画でも見たことがないぞ」

 

 ……スズランを起こそう。

 彼女の小さな体を揺さぶると仄かな温かさが手に伝わる。

 

 無防備に寝るスズランの姿に再び心臓が鳴り始める。

 って、変な事を考えるな俺……。

 

 コイツもコイツで……男子高校生のベットに勝手に乗り込んでスヤスヤしやがって許さねぇ。

 

 っと思った俺は再び布団を掛けると彼女の尻尾がビクリと動く。

 やっぱり辞めた……揺さぶって起こそうと思ったけど……この顔を見たら無理だ。 


「──目覚めたのじゃーーー!!!!」

「うーん、起き方特殊過ぎだろ!!」

「おはようなのじゃ!! 友継」

「…………おはよう、スズラン」


 ツッコミをしてもスズランは顔色変えず、立ち上がり体を伸ばす。

 

 ……俺も立ち上がるとするか。

 立ち上がり、机の上に置いてあったスマートフォンを取って現在の時間を確認。


 ん、8時!??

 朝のSHRが8時半だから──残り30分か!?


「──ヤバい、学校に遅れる!!」

「いきなり、うるさいのぉ」


 呆れた顔をしたスズランを横目に走り、部屋を出て行く俺であった。



 キッチン近くの長机に着き椅子に座る。

 年季の入った机、その上には温かな料理が並んでいた。


 箸を握り、急いでご飯を口の中に詰め込んでいく。

 ふと、机を良く見てみれば、綺麗に食べられた後の食器が置かれており、少し前まで誰かご飯を食べたことがわかる。


 ……もしかして、


令咲れいさだよ」


 その声の方向へ顔を動かす、台所に立つエプロン姿の兄さんが立っており、食器を洗っていた。


「おはよう、兄さん。令咲は生徒会関係?」

「そうだね。挨拶運動やら会議だって、生徒会長って大変だな」

「なんか、最近更に無理をするようになった気がするんだけど……大丈夫かな」

「……さぁね、まぁ大丈夫だろ」


 妹の心配をしつつ、箸を進めていく。

 その後、スズランと姉さんが起きて来て、ご飯を仲良く食べている姿を横目に学校に行く準備をしていくのであった。




 ええっと今日は確か、数学の課題の提出だっけか。

 自室にて、机の引き出しをあさり、プリントを手に持ってファイルに入れる。

 

 忘れ物は……無し。

 指差し確認をして部屋から出て、玄関へ足を進めていく。


 玄関の前にはスズランが立っており、どうやらお出迎えのようだ。

 彼女はソワソワと手を動かしている。

 何か企んでいる顔だ。


 手を後ろに組んだスズランが近づくと、その手を前へ動かす。

 何か俺にプレゼントをするのだろうと直感的に思った俺は彼女の手に応えるように手を前にやり開く。

 

 スズランの手が開かれて、ある物がポヨンと手に着地をする。

 それは冷たくて……緑色で……ネチョネチョしている透明な球体。生きているかのようにプルプルと震えている。

 ウルウルと潤った白色の目に濃い眉毛がチャームポイントの──


「──ってスライムか、コレ!?」

「名前はシールドスライムじゃ。ソイツがしばらくボディーガードとなるのじゃ。昨日の夜も事もあってな、お主に迷惑を掛けずに守れる者が必要だと思っての」

「まぁ確かに液体に変化出来るから、水筒とかに入れれば人目に付かないね」

「本当はわらわが遠目から守ってやりたいところじゃが、わらわはわらわで調べたい事があるのでの、よろしく頼むぞシールドスライムよ」


 シールドスライム……昔、スズランから話で聞いたことがある。

 スズランの使役している眷属だ。


 普通のスライムは見境も無く人を襲う凶暴で感情の無い魔物だが、シールドスライムは違う。

 自立した感情を持ち、言葉は喋れないが主に絶対的な信頼を持っている存在である。

 

「ッポロポロ!?」


 その声にスライムは体をぐるりとスズランへ動かす。

 「え!? そんな事言われても」、と言いたそうな程困惑した表情でスズランを見つめる。


 って、主への絶対的な信頼はどこに行ったんだ。

 まぁ、普通に考えたらいきなりいらない男の敬語を任せられるなんて疑問に思わないほうがおかしいか。

  

 それにしても…………

 

「可愛い!!」


 シールドスライムの柔らかボディを激しく触り始める。

 すまないシールドスライム……俺の中のにあるゲーム好き本能が目覚めてしまった。


 この夏夜の祭りで売っている水風船のような感触たまらないのだ。

 心地よい、心地よいぞ、これがスズランの世界にいる生物……スライムなの──


「──ぐはぁ!!」

「ポロ!!!!!!!!」

 

 激しく触ったことに顔を真っ赤にしたシールドスライムは細い手を持ち前の柔軟な体で生成し、その伸びた長い手をムチのように使い、思いっきり俺の頰をビンタした。

 その衝撃により、俺は玄関扉に吹っ飛ばされ、地面に倒れ込んでしまう。


「……っく!? 呑姉さんや海月兄さんにもビンタされたこと無いのに」

「自業自得ってやつじゃろ」


 腕を組んで呆れた顔をするスズラン、そしてプイと頰を膨らませて汽車のように怒るシールドスライムの姿が見えるのであった。


「ま、シールドスライムよ、コイツはゲームって言うヤツに関わると興奮する変態じゃが、根は誰よりも優しい良い奴じゃからしっかり守っての」

「……ポロ」

「ごめんね、本当に……」

「そうじゃった、くれぐれもわらわ達の事を隠して過ごしてな。何があるかわからんからの。それがどんなに親しい友人でも……の」

「わかった、気をつけるよ」


 ため息をついたシールドスライムは体を縮こませ踏ん張ると飛び跳ね、俺の頭の上に乗る。

 ──って、こんなことをやってる場合じゃ無かった!! 学校行かねぇと!!


 鞄を一度地面に置き、靴を履き替え学校へ向かって全力で走る準備を終える。

 立ち上がり、朝日の出ている扉のドアノブを握った。


「行ってらっしゃいなのじゃ」


 穏やかな春の陽だまりのような笑顔を見せる。

 その笑顔を見た瞬間、心の花畑が色鮮やかになって行くような感じがして、やっぱり彼女は美しいと改めて思った。


「行ってきます!!」 


 小さく手を振る彼女。

 俺は光り輝く世界へ進んでいくのであった。

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