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1話

「私......死ぬんだ。ちょうど1年後くらいに」

「ああ、知ってる」

「じゃあ、何で死ぬか知ってる?」

「さあ......しらね」


 嘘だ。

 優弥(ゆうや)は、何故シオリが死ぬのかを知っている。しかし、優弥はあえて知らないフリをした。

 別に、シオリに気を使ったわけではない。ただ自分の口から説明するのが、なんとなく嫌だった。そんな自分本位な理由である。


 それを知ってか知らずか、シオリは面白そうに優弥を見て笑った。


「......何笑ってんだよ」

「いや、別に。変わってないなぁと思って、優ちゃんは」

「なんだよ、それ」


 とある病院の一室。

 横たわるシオリの傍で、優弥は小説を読んでいた。病院においてある恋愛小説。それは、前にシオリがはまって読んでいたジャンルの本の一つだった。


 優弥がそれを読んでいることに驚いて、シオリは少し意外そうな顔をした。


(優ちゃん、漫画以外も読むようになったんだね。......やっぱり、少し変わったかも)


 優弥とシオリは、共に幼稚園の頃から同じ学校に通っていた幼馴染である。


 といっても、物語で描かれるような仲ではない。幼馴染というには、あまりに希薄な関係だった。

 家が近所でもなければ、親が友達同士なわけでもない。同じ幼稚園、同じ小学校。同じクラスの、時々遊ぶくらいの友達の友達。そんな関係のまま、小学校を卒業し、別々の中学校に進学。

 そして、たまたま同じ高校で再会をした。そんな、どこにでもあるようなありふれた関係性だった。


「ねぇ、優ちゃん。その小説面白い?」

「いや、ビミョーだな。ヒロインが死ぬ系の小説は、なんつーか面白いんだけど、ちょっと重くね?」

「えぇ~、感動するし設定も面白くない?」

「面白いんだけどさぁ」


 やっぱ合わねぇ。と、優弥は小説を畳んで、今週号のジャンプを開いた。


「やっぱ、優ちゃんにはジャンプが合ってるねぇ」

「おうよ、ジャンプのキャラはかっけえからな」

「ガキっぽいってこと!」

「うるせぇ!......お前も後で読むか?」

「今週、ワンピある?」


 今度は、優弥が面白そうにシオリを見て笑った。

 少し悔しそうに、眉を潜めたシオリは優弥が置いた小説を手に取った。


 病気で死んでしまうヒロインと、そんなヒロインが好きな幼馴染の主人公のラブストーリーを描いた小説。久しぶりに手に取ったその小説の内容を、頭で思い出しながら、少し中を覗く。


 元気で活発、クラスの中心で友達も多いヒロインと、真面目で友達も少ない、でも誠実で優しい主人公。そんな二人が、放課後誰もいない図書室で、関係を育んでやがて秘密のお付き合いを始める。

 クラスの人はおろか、ヒロインの親友さえ知らない二人だけの秘密の関係。そんな秘密の関係は、順調に進んでいく。

 図書室を飛び出して、誰も自分たちのことを知らない場所まで旅行をして、楽しい時を過ごす。ありふれていて特別な日常。しかし、その日常は突如として一変する。

 ヒロインが重い病気を患っていたこと、それによって一緒にいられる時間が少ないことを主人公は知る。深く絶望する主人公。それに付随するように、今までヒロインと仲良くしていた友達たちやクラスメイトたちも、ヒロインと距離を置くようになる。

 気丈に振る舞うヒロイン。焦りと混乱から、病気のことを隠していたヒロインに対して八つ当たりしてしまう主人公。そうして、二人は一度別れてしまう。

 どうしようもない現実と、自分へのやるせなさと嫌悪感で胸がいっぱいになる。そんな主人公と、無理に笑い続けるヒロインを陰ながら一人見ていたヒロインの親友が立ち上がる。二人のお互いへの気持ちを引き出して、見事復縁させるのだ。そうして、二人は残された時間の中で、愛し合い自分たちの時間を過ごす。

 変わらない現実とそれを受け入れて進む、感動と青春の物語。


 シオリは、冒頭を少しだけ読み返して優弥が挟んでいた栞の部分を見る。

 そこのページは、二人が付き合ってから旅行に行った、濡れ場が描かれたシーンだった。


(やっぱ子供だなぁ、優ちゃんは)


 ページをなぞる。そこには、まだ暖かい優弥の手の温もりが残っているように感じた。


「優ちゃん、私たちさ小学生の頃、別に仲良くなかったよね?」

「ん? ああ、というか高校入ってからも、最初の方は別に仲良くなかったけどな」


 確かに。とシオリは笑った。


「でもね、高校で優ちゃんを見たとき、私すぐわかったよ。優弥くんだって」

「俺は......どうだったかな」


 ジャンプを読みながら答える優弥。しかし、ジャンプからはみ出て、真っ赤に染まった耳が露わになっていた。


「ねぇ、優ちゃん。私のこと好き?」

「はあぁ!?」


 優弥は、ジャンプを閉じてシオリを見つめる。

 からかってんのかと、恥ずかしさ交じりに怒ってやろうと思った優弥だが、どうやらシオリには、そんなつもりはない。それは、優弥の耳よりも赤く染まった顔と、指を絡めてもじもじした様子を見れば一目瞭然だった。


「そりゃ、まあ......好きだよ」

「......嬉しい」

「お前なぁ!」


 少し照れた表情をしながら、からかうようにシオリは笑った。それを見て、耳どころか顔も真っ赤にする優弥に、シオリは楽しそうにはしゃぐ。


 たまたま同じ高校で再会をした。そんな、どこにでもあるようなありふれた関係性。それが、変わったのは高校に入ってから少し経ってからだった。

 高校での再会を機に、シオリの猛アタックによって優弥とシオリは付き合うことになった。それによって、ただの偶然はまるで運命かのような出会いに変わったのだ。


「この小説ね、私ちょっと好きなの」


 シオリは小説を畳んで、表紙を見つめた。


「......なんで?」

「なんか、この二人私たちに似てない?」


 似てねぇよ。そう言おうとして、優弥はやっぱりやめた。


「どこが似てんの?」

「ん~、二人の関係性と境遇とか」


 付き合っている二人の関係性と、逃れることのできない『死』によって、いずれ(はな)(ばな)れになってしまうという境遇。確かに似ている。

 しかし、優弥には似ていると思うことはどうしてもできなかった。


 自分たちの運命を受け入れて、懸命に生きる二人。そんなこと、自分にはできないと思った。

 シオリと離れ離れになったら、きっと泣くし、喚くし、みっともなく引きずることは目に見えて分かっている。かといって、小説のクラスメイトみたいにすんなり離れることもできない。

 きっと、シオリもそうだから、お互いになぁなぁなままこうして会っている。

 優弥には、それが分かっていた。


「なぁ、シオリ。生まれ変わりって知ってるよな?」

「え? うん、知ってるけど」


 優弥は、手に持っていたジャンプを置いて演技がかった口調で続けた。


「ああ......なんて可哀そうなのでしょう! こんな死に方をするなんて」

「なに? それ」

「なんだよ、知らねえのかよ。可哀そうな死に方したやつはな、慈悲で生まれ変わっちまうんだよ」


 シオリは、分からないと言いたげに首を傾げた。

 それを見た優弥は、安心させるようにシオリを見て笑う。


(離れ離れになってしまうのなら、その現実を受け入れられないのなら......最後まで抗おう)


「病気とかで死なないでさ、最高の死に方をしよう......そんで、笑ってまた会おうぜ」

「最高の死に方?」

「ああ、そうしたら生まれ変わらずに、天国でまた会えるだろ?」


 これは、最高の死に方を探す物語。そして、最高の殺し方を探す物語。

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