03 実力試験
「うおー!でっけー!!」
あれから数ヶ月後、勇翔はファン学に来ていた。ピンク色の制服に、赤色のネクタイ。そう、今日は入学式。そのことを母は知らない。
本当はファン学に入学するということを母に言おうと思った。が、世間からのファン界の評価はあまり良くないため、ファン学に通わなければいけなくなったと知れば母に心配をかけてしまうだろう。そう考えた勇翔は、もともと運動神経が良かったことを利用して超遠い全寮制のスポーツ強豪校にスカウトされ、もし来てくれたら学費など諸々免除してくれるためその高校に入学することにした、という嘘を話したのだ。都合が良すぎる話だが、母は簡単に信じてくれた。入学式に来ようとしてくれていたが、うちにはそんなところまで行くお金がないだろうと必死に説得したため、今も母は地元で働いているだろう。
〔やはり、ここも変わらないな〕
「シツ来たことあるの?」
〔まあ、一応な〕
「へ〜じゃあファン学ってどんなかんじなのかとか、知ってる?」
〔ファン界のイベントを全てここで開催できるようにひたすらデカく造られている。生徒達が確実に強くなれるように訓練施設や武器などが豊富に用意されているのも一つのポイントだな〕
「へ〜ファン学に詳しいんだな」
〔フンッ、まぁな〕
「なんでそんなに誇らしそうなの…」
そうやって駄弁りながらグラウンドを歩いていると、他の施設に比べると小さめな校舎についたみたいだ。中に入ると、下駄箱の近くに看板が立てられていた。それを見て、勇翔は思いっきり顔をしかめた。
「…ウソだろぉ」
〔…まぁこればっかりは仕方がない。そもそも、あいつが勧誘してきた時点でこの可能性は頭に入れておくべきだった〕
“右手の階段から3階にあがったら一年組の教室があるで!よかったなぁ〜!お前らの担任ボクやで!“
「あのチャラい人が担任なのはちょっと嫌なんだけど…」
〔まぁ、頑張れ〕
「他人事だからって…!」
「お前、何一人で話してんだ?頭やばい奴?」
ギギギギ
勇翔が固まりながらも顔を後ろに向けると、そこには紺色の髪をした青年がいた。紺色の制服に黒のネクタイをつけているので、生徒。しかも、この時間帯にここにいることからおそらく同じ新入生。
(やっべぇ!普段は気をつけてるのに!!)
シツは勇翔にしか見えないし話せない。第三者から見ると、一人で喋っている頭やばい奴に見えるのは当然のことだった。
「ええと…その……」
「なんだ?」
「…………………アタマ、ヤバクナイカラ、ダイジョブ」
〔はぁ……こいつ、やはりズレてるな〕
そんな返し方するか、普通。
「……そうか、なら良かった」
スタスタ
〔…こいつもかよ〕
そのまま右手の階段をあがっていった青年を見て、シツは呆れた。
「俺も行こ」
そうして、勇翔も教室に向かっていった。
◇◇
「やぁやぁ勇翔、久しぶりやなぁ」
案の定教室には回遠大獅…大獅先生がいた。
「お久しぶりですね」
「ないやねん、勇翔まで冷たいやん。みんなそんなにボクが担任なん嫌なん?」
「嫌じゃないやつ、逆にいないと思うぞ」
「それな」
「同じく」
(おっ)
このとき、勇翔は教室内に3人の男女がいることに気がついた。橙色の髪の少女と黄緑色の髪の青年、もう一人はさっきの青年。
「そんなはっきり言わんでいいやん傷つくで」
(このやり取り俺も前にしたな)
「勇翔は!?勇翔はそんなこと思ってへんよな!?」
「………」
ちゃっかり目をそらす。無言は肯定。
「勇翔ォ!!」
「そんな茶番はどうでもいいとして────────────貴様ら、私を待たせるなんぞ言語道断だ!!この無礼者め!!!」
そう叫んだ少女。最初はみんなポカンとしていたが、次第に不満の意をあらわにしていった。
「べ、別にいいじゃないか。みんな時間内には来ているんだし」
「そんな怒ることでもないだろ」
「ほらほら、お前ら落ち着いて──」
「─てかお前、何様だよ」
「あっ、それは──」
黄緑色の髪の青年が何か言うよりも先に、少女が答えた。
「─廿日家当主の娘、Bランクのライカだ。以後、お嬢様と呼べ、下僕共」
「あ?下僕だぁ?ふざけんじゃ──」
「落ち着けって言ってるやん」
ビリビリビリ
喧嘩になりかけていたとき、大獅がみんなに圧をかけた。しかも、特大の。
(───ッ!!まずい!!)
(何だこの圧!?半端ないぞ!!!)
(動けねェ!!)
(これ…………殺されるッ!!!!!)
パンパン
「ハハハハッ!!一年組は偉いなぁ、静かになれて!!じゃあ、次行こか!」
「…へ?」
「……」
「次って…」
「次は次や。教室に集まってくれたとこ悪いねんけど、グラウンド行くで」
(い、…生きてる…)
「ほら、はよし」
「「は、はいっ」」
少し先に出ていった大獅を急いで追いかける生徒達。シツもその後ろをついて行った。勇翔以外には見えていないので問題ない。ついでだが、シツは大獅には全く興味がなかった。ファン学に来てから考えているのは、ある人物のこと。
(〔…やはりいるな、現代のが〕)
いつの日か、その人物に会えることを、密かに楽しみにしているのであった。
◇◇
「なぁ、そろそろ自己紹介しようぜ!」
グラウンドに出たはいいものの何かあるわけでもなく、大獅聞いてもニヤニヤされるだけ。先程あんなことがあったばかりなのもあり、険悪ムードになっていた。それに耐えきれなかった勇翔が声をかけてみた。
「たしかにな。いいんじゃないか」
「フンッ私は下僕としか呼ばんぞ」
「そんなこと言うから──」
「はい!俺、甘井勇翔!よろしく!」
「「…………」」
(…なんで誰も反応してくれないのぉ!きまっずいしはっずいんですけど!!)
「…黒土廻流。よろしく頼む」
(神だ!!!)
「僕、杉馬イダ。よろしくね」
「…廿日ライカだ。先程言った通り、お前達は私の下僕になってもらう」
「はぁ?だから──」
「だが、安心しろ。私は…その……げ、下僕を大切にする主義だ!」
そういうライカの顔は、赤かった。
「……ふーん、なるほどねぇ。そういうことなら」
「ツンデレか」
「よろしくな!お嬢!」
「お嬢様と──」
ライカの後ろに急に出現した気配。ライカと向き合っていた3人はその正体をはっきりと目で捉えていた。朱色の髪の、でかい人。その人が、目に見えないほどの速さでライカを蹴ろうとしているが、誰も間に合わない。
(まずい!!ライカ!!どうしよう、どうしよう!……………シツ!!)
(なんだ、今年のはこの程度か。つまんねぇ…)
ビュン
蹴りが放たれたところに、ライカはいなかった。
「!?なに!」
でかい人が後ろを振り向くと、そこにはライカを抱えた勇翔がいた。
間に合わないはずだった。現に、誰も間に合っていなかったのだから。一年組は。
「次は、ねぇぞ」
勇翔から殺気が放たれていた。
「「「…!!」」」
「…ハッ!!望むところだ!!俺と戦えぇ!!」
でかい男が勇翔に肉薄する。強く拳を握っていた。
シュン
「そこまでや」
パンチが勇翔達に当たる直前、男と勇翔達の間にどこからかやってきた大獅が割り込んだ。大獅の左手には男の拳を、右手には勇翔の爪が尖った手を掴んでいた。
「なぁ大晴、どうや?今年の一年組は」
「最初はつまんなかったが、ピンクのはなかなか面白かったぜ」
「そ、じゃあ後でレポートにまとめといてや」
「嫌だね、めんどくせぇ」
「そう、やったら後で凪央先生に言っとくわ」
「分かった!やるから!凪央先生にだけは言わないでくれ!」
「分かったから頼むわ〜」
「へーい」
そうしてやっと手を離した大獅。男はすぐに校舎へ戻っていった。
「2人とも無事か?!」
「大丈夫?!」
「あ、…大丈夫!!お嬢は?」
全員の顔がライカに向く。
「……あ、ありがとう…」
「〜っ!おう!」
勇翔は嬉しかった。前世では何かすれば嫌味だと言われ、罵倒された。
感謝されるのはやはり嬉しいものだ。
パンパン
「実力試験はこれで終わりや」
「「「「………」」」」
「…はい?」
「やから、実力試験終わり。はよ教室戻り」
「実力試験って!」
「どういうことだ!」
「あーそういうことね。ボク教室で殺気放ったやろ?あれは格上相手の怪妖にどれだけ動けるかっていうのを試す試験やってん」
「じゃ、じゃあさっきのも?!」
「そ、そういうことや」
「なっ!試験って…勇翔が助けていなければライカは死んでいたんだぞ!」
「はぁ?私があれくらいで死ぬと思っているのか?怪我はするだろうが死にはせんぞ!」
「そうか、なら良かった」
「な、なんだ貴様!?」
「でたツンデレ」
「でたねぇ、ツンデレ」
「あ、ツンデレで思い出したわ。勇翔と廻流にずっと言おうと思ってたことがあってん」
「なんでツンデレで思い出すんですか…」
「勇翔も廻流もボクにはツンデレかましてくるからさぁ」
「いや、ツンデレじゃないから」
「キッショ」
「そういうの結構ガチで傷つくからやめてまじで」
「………で、なんですか」
「無視されたし!!…そう、ずっと言おうと思っててんけど」
花壇のレンガに左足だけおき、その上に左手をのせた。その顔は、気持ち悪いくらいにニヤけている。
「ようこそ狂った界隈へ」
しばらく静寂が続く。
「……は?もしかして二人ってパンピー?」
最初に声を上げたのはイダだった。
「そうだけど…勇翔も?」
「廻流も?」
「ちょっと待て!?ファントはファン界に産まれた人間しか…」
「そうや。やからこの二人はすっごい稀なケース。特に廻流なんか入学決まったの2週間前とかやしな。人数が例年より少なくて四人しかおらんのにその半分がパンピー上がりときた。他の二人も二、三年組のときに比べたらあんまパッとせえへんし、実力試験もあんまりやったし……うん、お前ら落ちこぼれの代やな!」
「そんなにはっきり言わなくてもいいじゃん………」
「む、…これから強くなっていくのだ!落ちこぼれ扱いするにはまだ早いぞ」
「そう、ライカの言う通りや。お前らはこれから強くなる。ここはそのための場所や。」
「ファン学へようこそ。好きなだけ暴れまくりや」
◇◇
カタカタカタカタ
ファン学の職員室。大獅は試験のデータをパソコンに打っていた。
「うーん、最初の評価どうしようなぁ」
「おい大獅 そろそろタバコやめろよ。早死にすんぞ」
「これないとやってられへんのんですよ、彰先輩。それに、ファントは基本早死するんやからあっても無くても変わりませんわ」
「チッ、久々に正論で返された」
「彰先輩、超常識人やもんな」
「常識人、ねぇ……たしかに、お前ほど狂ってはないわな」
「ハハッ!そんな回りくどい言い方せんでいいですよ」
「…じゃあ聞くが、お前なんでパンピーをこっちに引き入れた?あの子達が見るのは地獄だぞ?」
「廻流に関してはしゃあないんですよ。居場所が回遠家にバレるのも時間の問題やった。あいつらより先にボクが見つけられてんから、むしろ感謝してほしいくらいですわ」
「……じゃあ、もう一人の方は?」
「…勇翔には、何かがある」
「その何かってのは?」
「分かれへん。けどあいつは、ボクの夢を叶えてくれる気がするんですよ。それに……あの子には、才能がある。しかも…」
「しかも?」
「あの子、父親がおらんらしいんすよ。母親は一般人やったんで、父親がこっちの人やったんかな思て、勝手に採取した血液を検査してみたんですよ」
「…へぇ?」
「そしたら、地衆の血筋やってのは分かってんけど、地衆の誰かまでは分からんくて」
「はぁ?そんなことあるのか?」
「実際あったんですよ。…何か手がかりになるようなモンが置いてないかと思て家行ってみてんけど、父親の物どころが写真すらなかったんですわ」
「………それで?」
「もう無理矢理調べたろ思て、知里に例の血液渡してめっちゃ細かい検査してもらってん。あそこにはファン界創設以来のデータが全部揃ってますから」
「結果は?」
「クククッ、それがですね、びっくり仰天なんですよ。なんてったって勇翔の父親───
───地衆孤漆やってんから」
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廿日ライカ
本作ヒロイン(予定)でぱっつん橙髪のお嬢様。実は次女。姉が次期当主で、廿日家は他の家よりも権力的にも能力的にも安定していたのでいろいろないざこざに巻き込まれることなく、超甘やかされて育った。