01 異世界転生望んだら実現した
どこにでもある公立の中学校の、三階の東側にある男子トイレ。そこに立っているのは、3人の少年。その奥には押し倒されたのか、尻もちをついている赤に近い茶髪の少年がいた。俗に言う、いじめというやつだ。
「おい、てめぇ!今どんな気分だよ!!いっつも見下してる俺等に見下される気分はよォ!!!」
「トイレの床に座ってるとか、きったな!あらあら、せっかく使用人さんがキレイにしてくれた制服が台無しでちゅね〜」
「ハッ、惨めだな!!優等生君ッ!」
「ッ!」
少年の1人が、茶髪の少年の腹を思い切り蹴った。それをきっかけに、少年達は罵詈雑言をあびせながら次々と暴力をふるった。
しばらくしたら満足したのか、はたまた飽きたのか。理由はともかく、少年達はどこかに行った。3人の姿が見えなくなったのを確認したら、茶髪の少年はゆっくり立ち上がって制服についた埃や汚れをできるだけ手ではたき落とす。ゴミ捨て場に捨てられたカバンと靴を取りに行ってから帰路についた。その顔は、とても暗い。
(あいつ等、ほんとに馬鹿じゃないの。てか、被害妄想激しすぎだろ。キッショ)
そう強気には思っているが、本当のところ、少年にとっては結構ツラかった。
少年は、いじめられていることを大人に話さなかった。先生に話したら、親にも連絡がいくだろう。それは、絶対に避けたかった。 というのも、少年の両親が立ち上げた会社が今すごく繁盛していて、社長である父親や補佐役の母親は寝る暇がないほど忙しいのだ。そんな状況なので、自分が迷惑をかけるわけにはいかないと思っている。少年には使用人がいるが、両親の前では猫を被っているだけで、少年と2人のときは特に何かしてくれるわ けではない。なので料理も掃除も洗濯も、全部少年が自分でやっている。
いじめられている理由。それは、少年が完璧すぎたことだった。勉強も、運動も、人一倍できた。親は金持ち。容姿も整っていて、性格も良く、明るい少年だった。そんな少年に向けられたのは、残酷にも、嫉妬や恨みなど。最初は陰口を言われただけだった。だが、それはいつしか物を隠されたり、暴力をふるわれたりといういじめに。いじめがひどくなるにつれ、明るい性格もどんどん暗くなっていった。
そんな少年がハマったのは、漫画。特に、学園もの。その中でも特にお気に入りの作品の2巻目は今、手に持っていて、読みながら帰っていた。
(俺も、この漫画みたいな学校に行きたかった。クラスメイトがみんないいやつが……いや、こんな残酷な世界に、いいやつだけが集まるクラスなんてあるわけがないじゃないか。…なら、違う世界なら?漫画の世界に生まれ変われたら……夢ばかりをみるのはやめろ。現実的になれ)
少年は、色んな意味で賢かった。幼少期の頃から、夢はサラリーマン。スーパーヒーローなどという非現実的な職業どころか、小さい子供に人気な夢であるスポーツ選手でさえ一度もなりたいとは思ったことがなかった。それが叶う事はごくわずかだと当時から理解していたので。
(ありえないことは分かってる。でも、もしも。…もしも──)
いじめのため最近はメンタルがやられていたからだろうか。そんな少年が非現実的なことを考えたのは。
(……もしも、この漫画の世界に、魔界に転生できたら──ッ!)
ドゴバンッ!!
漫画を読みながら歩いていたので、周りがよく見えていなかったのだろう。気づいたときには、トラックにはねられていた。
(っ…ぅあ)
少年は全身に今までで感じたことのない痛みのせいで、何も考えることができなかった。だが、幸か不幸か。すぐに気を失った───みたいだ。
みたいだ、というのも少年には分からない。なぜなら、ふとした時には知らない顔の女性に抱かれていたからだ。
直前にあんなことを考えていたおかげか、すぐに結論を出すことができた。これはおそらく転生。
(最悪だ……こんな世界にもう一度生まれたなんて……)
少年は絶望していたとき、今世の母親だろう女性に優しい声で語りかけられた。
「甘井勇翔。それがあなたの名前よ。勇翔、私のもとに産まれてきてくれて、本当にありがとう。勇翔のために、お母さん、いっぱい頑張って働くから。頑張るからね」
(……)
少年もとい勇翔は、不思議な気持ちになった。
前世では両親は小さな頃からとても忙しく、たまにしか家に帰ってこなかった。会社が繁盛してからはなおさら。決して、愛されていなかったわけではなかった。帰ってきたときは疲れているだろうに、全力で遊んでくれた。けれど、いくら達観しているとはいえ、子供は子供。寂しかった。両親がたまに注いでくれる愛情を上手く受け取ることができず、いつも空っぽだった。でも、今世の母親の言葉で──
──満たされた。会社のために働くのではなく、息子のために働くと、頑張ると言ってくれた。勇翔にとって、それがとても嬉しかったのだ。
〔おい、お前なんで……〕
勇翔にはそんな声が聞こえたが、赤ん坊の体であるからか、急に襲ってきた眠気に抗えず、眠ってしまった。
勇翔は目を覚ました。目の前にいたのは母親ではなく、真っ赤な髪の男。これにはびっくりして大泣きしてしまった。すぐに泣いてしまう赤ん坊の体は実に不便だ。
「あら、ゆうくんどうしたの〜?お腹すいた?」
勇翔はこっちにやってきた母親に驚いた。なぜなら、母親は赤髪の男に気づいていないのか避ける素振りも見せず、まっすぐやってきたのだ。そう、まっすぐ。男の体が透けたのだ。
「び、びぇぇぇぇぇぇぇん゙!」
(ゆ、幽霊!!!!??)
「よしよ〜し」
母親が勇翔をあやす。が、そうじゃない。そうではないのだ。
〔なっ、お前まさか!〕
「びゃゃ゙ゃ゙ゃゃぁぁ゙ぁ゙ぁ゙!」
(喋っったぁぁぁ!?)
「新しいおむつにしたのが嫌だった?」
「びゃ゙ゃ゙ゃ゙ぁ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙」
(違ーう!!)
「…困ったわ〜ゆうくんがこんなに泣くの始めて。どうしたのかしら…」
一度泣いてしまったら止まらなかった。カオス。その一言につきた。
〔………おい、いい加減泣き止め。親が困っているだろう〕
「ぅ゙ぅ゙ぅぅうう」
(へ?)
〔いい子だ〕
そう言いながら赤髪の男は勇翔の頭を撫でた。撫でようとしても透けてしまうので、実際には撫でる動作をしているだけだが。
「あぅう」
(この人……)
会ったことがなく、見たこともない知らない男の人。しかも、透けている。なのに勇翔には男の手から、あたたかいものを感じた気がした。
「てなこともあったな〜」
〔えぇい!!いい加減忘れろ!〕
「いーや、忘れないね。お前をいじれるネタこれくらいしかねぇもん」
〔チッ、生意気なガキに育ちやがって〕
勇翔は人の少ない住宅街を歩いていた。第三者から見れば、1人で話している変人だ。
「………シツはさ、本当に俺の父さんじゃないんだよね?」
シツ。勇翔が話せるようになったとき男に名前を聞いたら、少し間をあけてシツと答えたのでシツと呼んでいる。だが、偽名なのはたしかだ。シツ自身がそう言っていた。
なぜ偽名を名乗ったのか。本名を名乗れない理由があるのか。勇翔はその理由はシツが自分の父親だからだと考えていた。
勇翔の今世の父親は、勇翔が産まれる直前に死んでしまった。母親が怪妖という化け物に襲われたときに、妊娠中の母親を庇ったらしい。しかも、父親と母親の携帯電話が両方壊れてしまったんだとか。この世界は技術が発展しており、紙の写真はよっぽどの写真マニアしか持っていない。両親どちらの家族も全員死去しており天涯孤独の身だったため、父親の写真が残っておらず、勇翔は父親の顔を知らなかった。
それだけでは、勇翔もシツ父親説は考えつかなかっただろう。それに、シツはファン界について詳しい。元々はファン界関係者だったに違いない。ならば、怪妖に対抗する術を持っていたはずだ。おめおめと怪妖に殺されはしないだろう。それでもなお、その考えにたどり着いたのは、自分の顔とシツの顔が似ているからだ。顔だけではない。髪の癖なども同じと言っていいほど似ている。
〔違うと何回言えば分かる。そもそも、死んだ人間が自我を持ったまま十数年も魔界に留まり続けることなど普通できない〕
「じゃあなんでシツはできるんだよ」
〔……知らん〕
「絶対に知ってるやつじゃん!」
勇翔は、以前シツに聞いたことがあった。シツは幽霊なのかと。それを聞いたシツは少し悩んだあと、たしかに一度死んでいるし似てはいるが幽霊ではない、と答えた。では何なんだと聞いたが、それは答えてくれなかった。
グガァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙グガァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙
勇翔がシツに文句を言っていると、カラスに似た、しかしカラスよりも凶暴な鳴き声が聞こえた。
〔おい、そこの角を右に曲がったところにカラスの怪魔がいる。幸い、近くに人はいない。思い切りやれ〕
「あぁ、分かった」
勇翔は全力で走り出し、角を右に曲がった。そこにいたのは、目が赤い、成人男性ほど大きい、カラスのような、ナニカ。
グァ゙?
そのナニカが勇翔の存在に気がつき、振り向いた。
〔Bランク怪魔といったところだな。俺にとっては雑魚だがお前では気を抜けば死ぬだろう。頑張れよ〕
「あぁもう!シツいちいちウザい!!」
そう言いながらも、勇翔はカラスのようなナニカ──Bランク怪魔に向かっていった。
甘井勇翔、15歳。異世界転生を望んだら、化け物のいる魔界に転生したようだ。
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甘井勇翔
現在中学生3年生。前世よりも長生きした。シツが見えるし話せる。今世の髪色はピンク。母親から遺伝した。今世はいじめられないように気をつけたので、元々の明るい性格。好きな食べ物は和菓子。
最後の紹介はおまけのようなもの。見なくていいですが、たまに見ておいたほうがいいやつもあります。