第78話 四大幻獣『サラマンダー』
サラマンダーの気分は有頂天だった。
何せ、この『大阪地下火山』のボスであるフェニックスを撃退し、あまつさえ瀕死の重傷を負わせることに成功したのだ。
フェニックスに与する有象無象のモンスター共も消し炭にしてやった。もう怖いものなしだ。サラマンダーはそう思っていた。
とは言っても、フェニックスは不死鳥と呼ばれるに値する、強靭強力な生命力と死んでも雛鳥となり再生する不死性が存在する。
なら、どうやってサラマンダーはフェニックスを追い込んだのか。
答えは簡単だ。このサラマンダーが、不死を殺す手段を持っていたからである。
『不死狩りの剣』というアーティファクトがあった。
それがどのような形状だったかは、もはや分からない。
なぜなら、サラマンダーがこれを飲み込み、鋳溶かしてしまったからだ。
不死を殺す剣の力はサラマンダーと一体化し、もはや身体そのものが不死殺しの力を備えたのだ。
これにより、サラマンダーはフェニックスを撃退せしめたのである。
「グエッ、グエッ」
カエルとも取れない独特の鳴き声と共に、サラマンダーが嗤う。
フェニックスに打ち勝ったのはつい先日。昨日の今日で、新たな犠牲者達がやってきた。
サラマンダーはその気配を感じていた。
「グエ~」
ギョロギョロとした目を、四方八方に動かす。
どこだ、どこにいる。体長十メートルほどのサラマンダーにとっては、探索者などネズミも同然。
しかしその分、すばしっこくて隠れるのが上手い。それが分かっているサラマンダーは、一分の油断もなかったと言えるだろう。
だが、今回に関してはしくじった、と言わざるを得ない。
いくら探索者やモンスターとの交戦経験が豊富であったとしても、彼らは個体によって千差万別の能力を持つ。
結局のところ、サラマンダーは調子に乗っていたことで、初見殺しの可能性が頭からすっぽりと抜けていたのである。
「装甲化現象ッッッ!」
「裂空斬!」
「フェイタル・キィィィィック!!!」
「ゴガアアアアッッッ!!!」
前衛四人による、一斉攻撃。
いかに視野の広いサラマンダーとて、対応できるものではなかった。
それでも致命傷を避けたのは、サラマンダーの生存本能か、あるいは戦闘経験のなせる技か。
「グエ~ッ!!」
サラマンダーは精霊にも近いモンスターで、ドラゴンの遠い遠い血脈でもある。
極薄いとはいえ竜の血が流れた肉体は痛みに強く強靭。精霊としての身体は物理的な攻撃に高い耐性を持つ。
そんなサラマンダーが重症を負ったのは久しぶりである。フェニックスは相性が悪く、サラマンダーに何の痛痒も与えられなかった。
だが、それ以前。遠い昔の記憶がサラマンダーの脳裏に蘇る。
悪夢のような強さ、どうあがいても勝てない絶望、気まぐれに見逃され命拾いした屈辱……そして何より、最強である竜の血脈であり高貴なる精霊の子孫たる自分が、ボロクズのように扱われた。
「効いてる……効いてるぞっ!」
「騎士のオッサンの仇やッ!!」
なぜ目の前の矮小な人間共が、あの恐ろし存在と被る。
自分はあのダンジョンに名だたるS級モンスター・フェニックスさえも退けた強者であるはずなのに。
結局のところ、サラマンダーがフェニックスを退けられたのは『不死狩りの剣』による恩恵が大きい。
不意打ちじみた致命の一撃がフェニックスの力を大きく削いだのだ。
「ゲロローッ!!!」
「ドン!」
「ジャアアアア!!!」
しかし、不意打ちが勝利の要因だったとはいえ、サラマンダーは強い。
サンショウウオじみた大きな口から業火が放射される。そんじょそこらの火耐性ごときなら、一瞬で焼き尽くせる炎だ。
だが、その荒れ狂う炎は矮小なトカゲに命中する。しかし……炎はそのトカゲを消し炭にすることなく、トカゲは何事もなかったかのよう前進してきた。
「ゲロロー!?」
サラマンダーが知る由もないが、ドンと呼ばれたコモドドラゴンには【環境適応】というスキルが存在する。
あらゆる環境に適応するドンは、戦闘前にマグマの中へ身を投じ、溶岩遊泳を試みた。
結果として、炎への高い耐性を備えたのだ。
無論、これだけで防げるほどサラマンダーの炎は温くはない。
耐えられた理由にはもう一つの要因……ブロワーを噴かす男の存在が大きかった。
「炎ってのは酸素がないと燃えないんだ。ちょいと二酸化炭素濃度を高くさせてもらったぜ」
【風の祝福】というスキルは、風魔法ではないが風を操るスキルだ。
魔法で操るというよりも、風そのものを操ると言った方が近いかもしれない。
このスキルによって、ブロワーマンは空気の濃度を操り、炎を鎮静させたのだ。
「グゲゲェ~ッ!?」
ガラガラと崩れ行く自信、自尊心、自己肯定感。
動揺している間にも、身体には傷が増えていく。虫のような人間と鎧を着た人間が肉を削り取り、大きな刀が身体に深々と突き刺さる。
ああ、チクチクと途切れない礫を撃ち出してくる者達も鬱陶しい。
だが何より厄介なのは……鉄の拳を持つ少女だ。
「グ……ゲェーッッッ!!!」
「なっ!?」
せめてお前だけは道連れだ。
拳をわざと顔面の柔らかい場所で受け、ズブズブと拳が肉に入り込む感覚すら無視し、拳を引き抜こうとする隙をついて噛みつく。食らいついたのは胴体だった。
グシャリ、と骨や肉を噛み潰す感覚と、口内に広がる血と生肉の味。両生類的なサラマンだーだが、その咬合力は非常に高い。
そして、曲がりなりにも『不死狩りの剣』を持つサラマンダーには分かる。
こいつは『不死』、あるいはそれに準ずる尋常ならざる再生力を持っていると!
直観とも言えるものは、『不死狩りの剣』がもたらす効果だった。
「ガハッ!? さ、再生せぇへん!?」
「おい! やべぇぞ!」
「グゲゲ……」
人間共が必死になっているがもう遅い。
自分の生命力が尽きるまでに、この人間を焼き尽くすなど造作もないこと。
――予定ではスタンピードの混乱に乗じてこのダンジョンを出て、地上に進出するつもりだったがまあいい。人間を多く殺せないのは残念だが――はて、自分はなぜ人間を殺そうとしているのだろうか……まあいいかそんなこと、疑問に思うほどではない。
「うおおおおぁぁぁぁッッッ!!!」
「ゲロロ~ッ」
決死の炎と決死の拳がぶつかり合おうとしたその時だった。
あの、忌々しい気配が広間にやってきたのは。
「あのサラマンダーを一方的に……不意打ちというものは凄いな」
派手な暖色のフルプレートアーマーを着こんだ、騎士のような存在。
サラマンダーには見覚えがある。なぜなら、それは自分が致命の一撃を叩き込んだ――
「私の頼みを聞いてくれた者達の危機だ。私が行かねば誰が行く……この『大阪のフェニックス』以外の誰が!」
「ゲェーッ!?」
騎士が、盾で剣を研ぐような構えを見せた。
その瞬間、騎士の身体が聖なる炎に包まれ――巨大な炎の鳥が現れた。
「ふ、フェニックスだ!」
「ま、マジモンかよ!?」
騎士は『大阪のフェニックス』が変じた仮の姿だった。
自分には戦う力が残されていないことを悟ったフェニックスは、道行く探索者に頼んだ。
だが、探索者の一人が死にそうなことを知り、最後の力を振り絞ってやってきたのだ。
荘厳な声が響く。
聞くだけで首を垂れ、服従したくなるような神聖さを含んでいる。
しかし、優しさと慈悲に包まれたその声は、同時に怒気をはらんでいた。
「真なる清浄なる炎というものを教えてやろう――これが『シン・フェニックス』だ!」
空中でフェニックスの炎がさらに燃え盛る。
そのまま空中で高速回転しながらの体当たり……バカめ、それが当たればこの人間も死ぬ。
どちらにせよ道連れだ――フェニックスがサラマンダーと衝突する。
「グゲ?」
「こ、これは……!?」
熱さはない。当然だ、自分に火など効かないのだから。
だというのになぜ、自分の身体は崩壊し、人間の身体は再生している。
一体なぜ……
――荘厳な声が響く。
怒りよりも、哀しみを含んだ声。
どうしてなのかと、薄れゆく意識の中でサラマンダーは疑問に思う。
「ああ、哀れなる精霊の子よ、古々しき竜の末裔よ。せめて安らかに死ぬがいい……」
なぜお前が慈悲をかける。
疑問に思う間もなくサラマンダーの身体が崩れ行く。
死の間際の思い出したのは、ある人間との出会い。
そこで自分は妙な術をかけられ――ああ、操られていたのか。
サラマンダーは最後の力を全て出し切り、この戦いを見物していた不埒な者へぶつけ……二度と目覚めぬ眠りについた。
◇
「あのマヌケのサンショウウオめ、やられやがって」
戦いを物陰で見ていた不埒者。
それは、サラマンダーを何らかの方法で洗脳した者だった。
「チィッ、上司に何て報告する。それにあのガキどもは厄介だな、消すか……え?」
【隠密】スキルで姿を消しつつ、踵を返して帰ろうとしたその時。
『ゲロロ』
「サラマンダーの……炎?」
黒く燃える、サラマンダーを形どった炎。
男がそれを認識した瞬間――
『ゲロッ』
「うが――」
絶叫は響かなかった。
ただ、一瞬で喉まで焼き尽くされ、炭化して死んだ。
それだけのことだった。
ダンジョンには様々な陰謀が持ち込まれるが、得てして上手くいくとは限らない。
現実でもちょっとしたミスで計画が崩壊するのに、イレギュラーだらけのダンジョンでは何が起こるか分からないのだから。
【サラマンダー】
・個体にもよるが、S級に近いとされているA級モンスター。
十数メートルもあるサンショウウオのようなフォルムと、全身から燃え盛る炎が特徴的。
『四大幻獣』の一角に数えられ、特に危険度の高いモンスターとされている。
実体を持たない魔力で構成された『精霊』と、ドラゴンの間に生まれた種族の遠い祖先であると伝わっている。
火属性の攻撃は一切無効化される。そのため、皮は非常に高価な火耐性防具の素材として超高額で取引されている。
【フェニックス】
・有名で危険度の低いS級モンスター。
血は万病を癒し、羽根はいかなる重症からも復活するという。
そのため、フェニックス目当てで火山系ダンジョンをさまよい歩く探索者は後を絶たない。
中でもとりわけ『大阪のフェニックス』は気さくなようで、友好的なモンスターや交流のある一部の人間からは慕われている。




