第77話 四大幻獣の恐怖
『大阪地下火山』の下層。
整備されていない自然系のダンジョンなので、もちろん階段などないため、崖や植物の蔓などを伝って上り下りしなければならない。
それが下層のモンスターが上層に現れにくい、ある種の防波堤となっているのだ。
探索者にとっては面倒なことだが、正直、ウチらにとっては特に障害にもならない。
身軽だったり力が強いので、簡単に行き来できる。この移動を簡単にできるかどうかが、『大阪地下火山』での生死を分けるという。
「良かったな、火喰い鳥に突かれずにすんで」
「ヒクイドリ?」
「ああ。火や炎系モンスターが主食のモンスターだぜ」
すると、遠くでピーヒョラーと鳥の鳴き声が聞こえた。
もしかすると、あの鳴き声は火喰い鳥なのかもしれない。
「もしかしたら不死鳥かもしれぇなぁ」
「一回見てみたいなぁ」
不死鳥は特定のダンジョンに住むというS級モンスターだ。
その姿を見れば幸運になると言われているが、出会えば大体死ぬしかない強力なモンスターでもある。
まるで中身のないことを喋っていると、前方から何かが走ってきた。
「おっ、来たねぇ。要注意モンスターのモノトロス」
「バウッ! バウッ!」
「ま、また犬か……」
「ダンジョンって大体犬系モンスターいますよね」
狂気的な赤い眼に全力の殺意を滾らせて走ってくる、大きな黒い犬。
奴らはモノトロス。ケルベロスでもオルトロスでもない、モノトロスである。
問題は群れを成して襲ってくるので、大きさや耐久力、火を吹く能力が合わさってとても危険だ。
「俺が……出よう……」
「私もだ」
名乗りを上げたのはガーランドとグレゴールだ。
ガーランドはその身を生きた機械鎧『ガイスト』に包み込み、万全の戦闘態勢だ。
グレゴールは変身こそしていないものの、オードソックスな構えで迎え撃つ。
「フ……ッ」
ガーランドが金砕棒にも近い棍棒を振るうと、飛びかかってきたモノトロスは粉砕されて壁の染みとなった。それでもまるで怯まないのは流石、B級ダンジョンのモンスターというに相応しい。
だが、ガーランドは次々に襲い来るモノトロスを、暴力的で荒々しい攻撃とは裏腹に最低限の動きで避けながら反撃していた。
「どうした犬ころ、お前の目の前いるのは虫だぞ。自慢の炎で燃やし尽くせよ」
空気が破裂するほどの速度で拳を振るうのはグレゴールだ。
身長だけならガーランドすら超える長身の彼女が繰り出す拳や蹴りは、的確にモノトロスのリーチの外から頸椎を粉砕している。
彼女の動きはガーランド以上に攻撃的で容赦がない。その上、磨き抜かれたマーシャルアーツがその一撃一撃を必殺へと昇華していた。
二人の活躍によって、モノトロスの群れは瞬く間に殲滅された。
「他愛なし」
「グム……」
自分を含めた生命にまるで敬意を払っていないグレゴールと、物言わぬモノトロス達に短く黙とうするガーランドが対照的だった。
いや、ウチも黙とうなどしないし、誰がどのような思想を持っていても仲間と合わせてくれるなら何でもいいのだが。
「モノトロスはなぁ、毛皮が火耐性のマントとして加工されるんだよ」
「へぇ、じゃあ剥いどくか」
モノトロスの毛皮をドンに突っ込むと、また道を進む。
火成岩でできた地面は固く、他の探索者やモンスターの足跡などつかない。
だが時々、運悪くマグマに突っ込んだ後に冷えて固まってしまった探索者の亡骸らしきものが見える。
「油断するとオレ達もああなっちまうのか」
「油断していなければ、いいさ……」
「何奴!?」
まるで気配がしなかった。
全員がその声がした方向に得物を向けつつ、ポジションを整える。
「あんた、探索者か?」
「油断してな……」
オレンジや赤といった、炎のような装飾の豪華な全身鎧を身に着けた人物。
しかし、煌びやかなフルプレートアーマーは見る影もなくボロボロで、引き裂かれた金属の隙間からは血が流れている。
「ヤバいやん、早く脱出せなアカンわ。ほら、ウチが手ェ貸したるから……」
「いや、それには及ばん。それよりも頼みがある……」
どうにか手を貸そうとしたウチの手をやんわりと押し返し、兜で性別すら分からない騎士風の人物は続けた。
「この奥にいるモンスターを倒してくれ」
「モンスター?」
騎士が死にかけだったからかもしれないが、まるで気配も感じなかった探索者が敗北したモンスターを、ウチらが倒せるのだろうか。
「ああ。この先にいるのは、何を隠そうあの『四大幻獣』の一角だ」
「『四大幻獣』!? 嘘だろおい! こんな場所にいんのかよ!」
「何やその四大幻獣って」
聞きなれない言葉に、ウチはブロワーマンに聞いた。
「ああ。世の中にはいるんだよ……精霊とかの力を使ったり、あのドラゴンの遠い遠い血脈だったりするめちゃくちゃ強ぇモンスターってのがな」
「それが、四大幻獣?」
「その通り。あの穴の奥を見ろ」
騎士に言われて、目の前に合った人が通れるほどの穴の奥を覗く。
そこにいたのは、全身から炎を噴き、のしのしと広い空間を我が物顔で歩く――
「トカゲ?」
「『サラマンダー』四大幻獣の一角にして炎を司る精霊とも、竜の血脈とも言われる存在だ」
やけに鮮やかな色をしたトカゲの名前はサラマンダーらしい。
別に見た目は強そうにも思えないのだが……膨大な魔力が正真正銘の怪物であることを表している。
「奴は最近、この火山に住み着いた。奴によって不死鳥も追いやられ、ここよりも下層にモンスターが増えてきている。今は許容範囲内だが、これではいつスタンピードが起こるか分からん」
スタンピード。
ダンジョン内にモンスターがあふれかえり、一斉に外へ飛び出してくるダンジョン・バーストに伴うモンスターの大行進。
探索者協会や政府はこれを非常に危険視しているが、現状は中々探索者の数が増えず、質だけ良くなっていくのが現状である。
世界に無数に存在するダンジョンでモンスターを狩るには、多くの探索者がいる。
しかし、まともな人は命の危険がある探索者になることはない。なっても副業という形が多く、専業というのは珍しい。探索するのもE級からD級のダンジョン、それも安全な階層だ。
だからこそ、スタンピードに繋がるような異変は解決しなければならない。
解決すれば協会から報酬金ももらえるし、何より多くの人々が死ぬ危険を放っておけるかという話だ。
「ウチはサラマンダーを倒そうと思う」
「オレも賛成だ。幸いここにるのはフルメン。やりようはあるはずだ」
「私も賛成だな。たかが燃えるトカゲ如き、粉砕してくれよう」
「グム……」
「アタシもだ。けど帰ったら弾はたっぷり補充してくれよ」
「同意する」
「ジャア!」
満場一致のようだ。
正直、個々の目的は全くと言っていいほど不明なメンバーだが、危険モンスターを倒さない選択肢はない。
「ありがたいな……ゴホッ」
「ああ、無理したらアカンて。ほら、ポーション」
「いや……できるだけリソースは取っておけ。どの道、この傷では致命傷だ……それよりも、サラマンダーを倒してくれ」
息の荒くなってきた騎士からは、確かな信念を感じた。
己の命を投げ捨ててでも、秩序を守ろうとする騎士道精神だ。
「おう! 分かった! ウチらがサラマンダーなんかしばきあげたろうやないかい!」
「フフフ……命が輝いているな。名も知らぬ探索者よ、幸運を祈る……」
それを最後に、騎士は沈黙した。
ウチは軽く黙とうを捧げると、皆に向き直った。
「さあ、作戦を決めよか」
「よしきた!」
こうして、ウチらのサラマンダー討伐作戦が始まった。
【モノトロス】
・一つ首の大きな黒犬。
体内に火炎袋を持ち、炎を吹くことができる。さらに群れで活動することによって生存率や狩りの成功率を上げている。
身軽で素早く力が強いので、それに対応できなかった探索者が負傷したり死亡した。
弱点は大きな音で、轟音が鳴り響くと立ち止まってしまう。
【火喰い鳥】
・炎を食べる鳥。
卵や雛を守るためにマグマや炎の中に巣を作る習性を持つ。しかし、彼らが生息する地域のモンスターの多くは炎への耐性を持っているので、襲われにくい本当の要因は高い所に巣を作るからである。
その姿から初発見時は不死鳥とも言われたのだが、残念ながら別種だった。
しかし、美しい外見から不死鳥と間違える探索者は後を絶たない。
【ダンジョン・バースト】
・ダンジョン内にモンスターが大量発生したり、何らかの外的要因でダンジョンが破裂するように崩壊すること。
多くの場合ダンジョンは元通りに修復されるが、中にはダンジョン・バーストによって永遠に失われた、貴重な素材を産出するダンジョンもある。
政府や企業はそういった希少な素材の採れるダンジョンに目を光らせており、他のダンジョンは比較的放っておかれるのが現状。
しかし、探索者協会はダンジョン・バーストの危険性があれば、すぐさま高位の探索者を派遣し対応している。
【スタンピード】
・ダンジョン外にモンスターが大量に出てくること。
ダンジョンのモンスターは基本的に外へ出ることは無いが、ダンジョン・バーストが起こったり、一部のモンスターが外へ出てくることがある。
このモンスター達は無差別に市街地の人々を襲う上、建物や避難民に配慮して大規模な破壊や攻撃手段は使用できない。
また、スタンピードから数年後、討伐漏れのモンスターが下水道で密かに生きていた事例も存在する。
ダンジョンが増えてきた時代、一般人と言えど死と隣り合わせなのだ。




