第73話 賞金首が首になった日
「はあっ……はあっ……」
馬倉瀬壊蔵は森の中を逃げていた。
モンスター達の蔓延る『危険な森』の中であると言うのに、迷いなく木々の隙間を走り抜けていた。
「ど、どこまで追ってくる!?」
ソラが巨大なクマ……ギガクローを絶命させる前から、壊蔵は逃げ出していた。
彼等は必ず追ってくるだろう。しかし、その前に遠くへ逃げなければならない。
今までの探索者達は、賞金首とはいえ人間相手に躊躇したり、そもそも賞金首とは知らずに不意打ちで殺せた相手だった。
だからこそ、壊蔵は彼らを生きたまま捕獲し、【改造】というスキルによってつなぎ合わせて怪物へ変えることができたのだ。
だが、先ほど相手にした者達は違う。
相手が賞金首であるとはいえ、人間相手であろうと殺すという意志を持っている。
今まで散々人の命を弄んできた壊蔵だったが、それがたまらなく恐ろしかった。何とも自分勝手な思考であろうか。
ダダダダ……
「はっ!?」
草木が揺れる音、そして何かが走り抜ける音。
『危険な森』のモンスターではない。そのどれとも一致しない足音だった。
壊蔵は、このダンジョンのモンスターや構造を知り尽くしている。だからこそ、それが追手であることを理解できたのだ。
「ば、化け物ぉぉぉぉ! 俺を守れぇぇぇぇッ!」
「おおおおおおころしししししししにたたたたいいいいいい」
機械のように冷徹な殺気を感じた瞬間、壊蔵は叫んでいた。
彼の前に現れた魔法陣から、肉塊の怪物が出現する。無残にも身体の各所が引き裂かれたそれは、先ほどの個体であると一目で分かるだろう。
この肉塊は、探索者を繋ぎ合わせたものである。その探索者の中には【転移】のスキル、あるいは魔法を使える者がいたのかもしれない。
転移についても様々な種類がある。
短距離をランダムにワープするものや、決められた地点へ転移するもの。
今回の場合は、決められた地点……つまり壊蔵を目標とすることによって、ワープを可能としたものだった。
「チィッ、肉壁を出しやがったか」
木の陰でミニラプターは独りごちる。
ソラから借り受けたショットガンの装填数はたったの二発。
あくまでソラのメインウェポンは拳、銃はサブウェポンにすぎないとはいえ、あまりにも心もとない数字だった。
だからこそ、弾は無駄にはできない。必ず二発の内に仕留める。
「まずは一発であのバケモノを仕留め、残る一発であのクソ野郎を殺す」
それにはまず、肉塊の怪物を突破しなければならない。
いや、壊蔵を先に狙っても良いのだが、怪物が文字通りの肉壁になるリスクを考えれば、怪物を先に処理した方が確実である。
「問題はどう突破するかだが……」
「――あの木の裏だ!!!」
「あああああああ」
「チィッ、勘のいい奴め!」
豪速で振るわれた肉の腕によって、容易く両断された大木。
だが、素早く動き回るラプターを捉えられるほどではない。即座に離脱したラプターは、改めて肉塊を観察する。
(あの分厚さを一発で突破できるのか……そもそも弱点はあるのか? あるとしたら、ソラが出てきたあの傷か……)
傷の中にわずかに光るものが存在したことを、ラプターのオプティック・センサーは見逃さなかった。
その正体は、魔石。一部のモンスターに宿っている、第二の心臓とも呼べる弱点である。
「よし、狙うはあそこだ」
だが、魔石は激しく脈動する肉によって覆い隠されている。
これを狙うのには、狙撃用のライフルが必要だ。散弾銃で狙うのは至難の業だった。
しかし、とにかく行動に移さなければ何も始まらない。そう思い、獣脚類のごとき脚を進めようとした時だった。
「ジャアアアアッッッ」
「えっ」
「ああああうああああ」
まるで大型トラックの正面衝突のような事故。
何者かが肉塊の怪物に突撃し、あまつさえその巨体を引きずり倒してしまった。
そして……
「あっ……う、うああああッッッ!?」
壊蔵の右腕が、肘から消失していた。
断面は荒々しく、まるで食いちぎられたよう。
「ドンか! よくやったぞ!」
「ジュア」
それを成した者の正体は、コモドドラゴンのドン。
ドンは、壊蔵を仕留める瞬間を虎視眈々と狙い、気配を殺して追跡を行っていたのだ。
だが討伐対象は壊蔵だけではない。肉塊の怪物も含まれている。それを殺すためのチャンスを、ドンは作り出したのだ。
体勢が崩れた怪物の傷から、コアとなる魔石が露出する。
「よくやった!」
ガァン!
怪物の真上に跳んだラプターが、ショットガンの引き金を引いた。
放たれた超強力弾頭は魔石を粉々に砕き、肉塊の怪物の、歪な生命を終わらせた。
「ああ、ああ……ありがとう……ありがとう」
「礼はクソ野郎をブッ殺してからにしな!」
ラプターがショットガンを壊蔵に向けるが……壊蔵はすでに逃げた後。
後には血だまりが残っているだけ。
「ジャア」
「馬鹿な奴。血痕を残して逃げられるワケねぇだろ。それに……」
二人はゆっくりと、しかし確実に壊蔵を追った。
「コモドドラゴンには毒と殺人バクテリアがあるんだよ」
壊蔵に生き残る術など存在しない。
◇
「ううああ、し、出血が止まらないぃ……!?」
身に着けていた黒帯で、どうにか傷を縛り付ける。
だが、出血は全く止まらず、むしろ激しさを増している。
「そ、そうだ……この近くに止血の薬草が群生しているはずだ……」
壊蔵は、ある地点まで進もうとした。
そこは止血の効果を持つ薬草の群生地。ここにある薬草は以外にも効能が良いために、度々探索者協会が採取の依頼を出している。
そして、壊蔵の絶好の狩場でもあった。ノコノコと採取にやってきた探索者を攫い、改造していたのだ。
「宝箱もあるのか……後にしよう……」
ダンジョンに宝箱があるのは珍しいことではない。
中には、この状況から逆転を狙えるものが入っているかもしれない。だが、先に止血が先だ。
壊蔵は宝箱の横を通り過ぎようとしたのだが……
ベェッ
「えっ? は?」
何ものかに足を取られ、転倒した。
足にはピンク色のロープのようなものが絡みついている。
その先を辿ると、牙の生えた宝箱。
「み、ミミックだとぉぉぉぉ!?」
ミミックだった。
この個体は、ソラを食べたエロミミックと呼ばれた者と同一の個体だった。
彼は先ほどの地点から頑張って移動し、ここまでやってきたのだ。
プシュー……
そして、舌によって壊蔵を引き寄せたミミックは、桃色のガスを噴射する。
「こ、これは……!?」
元探索者である壊蔵もその正体を知っている。
「は、発情ガス!?」
一部の卑猥なモンスターが持つという発情ガス、または媚薬ガスとも呼ばれるもの。
その正体は、一時的に全身の血行を活性化させることで快楽物質の分泌を促し、淫らな気持ちにさせるガスなのである!
そう、血流を活性化させるのだ。
「ああああ!?」
ドクドクと心臓の鼓動が増し、全身に血液を送るスピードが速くなる。
つまり、腕から出る血液の量が先ほどの倍以上になった。
「や、やめろ! 俺のバックにはあいつらがついてるんだぞ!? モンスター如きが、俺を殺すんじゃあない!」
ジタバタと抵抗する壊蔵だが、舌はびくともしない。
その姿をミミック……エロミミックは、不気味なまでの静寂を以て睨みつけて――彼に目はないが、そう表現するのがただしいほどの怒気をまとわせて――いた。
「お、俺はこんな場所で終わるわけには――」
「いいや、ここで死ぬことになってる」
「はっ!?」
声がする。目の前には、いつの間にかラプターとドンが立っていた。
「テメェはいくら死んでも足りねぇが、まあそこで無様に死んどけよ」
「た、頼む……助けてくれ……もう二度とこんなことはしない! お、脅されてたんだ! あ、あいつらに利用されて――」
「そいつは」
壊蔵の必死の命乞いは、ラプターによって遮られた。
果たして、彼女の顔はどのようなものだったか。それは彼女と目を合わせる壊蔵しか知り得なかった。
「そいつは嘘だ」
「え……」
「テメェらのバックも知ってんだよ、全部。虫のクソ以下の集まり、この世の全ての廃棄物の集積所」
彼女が口汚く罵る。
「テメェも楽しんでたんだろ?」
「そ、それは……」
「だから」
壊蔵は気づかない。流れる血の量が少なくなってきたのを。
発情ガスのせいで、アドレナリンが多量に分泌されたため、自らの死に気づかない。
「アタシが全部殺してやるよ」
「や、やめ――」
ナイフが壊蔵の首を切断し、胴体と泣き別れにした。
「ま、アタシにも色々過去ってモンがあるんだよ」
「ジャア」
絶望の中で壊蔵は死んだ。
彼らの手に残ったのは。高額賞金首の首級だった。
【ギガクロー】
・メガクローよりも巨大な爪を持ったモンスター。
等級に換算するとA級相当の身体性能を持つが、無理やり合体させられたために不安定で、同等級のモンスターと戦うと勝率は1割を下回るという。
また、内臓は複数あるものの、強引な融合のため機能不全に陥っており、長時間の生存や繁殖などは絶望的という他ない。
だがその攻撃力は非常に凶悪であり、防御系のスキルを持っていなければ、(人にもよるが)A級探索者ですら掠っただけで両断されてしまうだろう。
【肉塊の怪物】
・複数の探索者が融合させられた、うごめく肉塊。
生前のスキルや魔法の一部を使用可能であり、わずかながら探索者の意識があると考えられる。
最悪なことに、壊蔵はこの怪物へ探索者を融合させ、より強力に、より巨大にすることを楽しんでいた。
弱点は魔石。これは壊蔵が仕込んだ核ではなく、死を願う探索者達がその魔力を結晶化させ作り出した弱点だったのかもしれない。
今となっては、その真実も知ることはできないが。
【馬倉瀬壊蔵】
・元B級探索者。
強力なスキル【改造】を得たその日、彼は仲間の探索者を実験台にしてしまった。
彼が何を思ってその凶行に走ったのかは不明だが、自身の悦楽のためなど、邪悪な意思によって人々を毒牙にかけてきたことは疑いようもない。
かつては空手の全国大会で準優勝を果たした輝かしい成績を持つのだが……彼の対戦相手は、ことごとくが身体を破壊されていたという。
【エロミミック】
・不用意に自身を開けた者へ、わいせつな行為を働くモンスターの一種。
通常のミミックは喰い殺すのみ、通常のエロミミックは凌辱するが、このミミックは一味違う。
ただ侵入者をベロベロと舐め回し、その対価として自身の中の高価なアイテムを譲渡するのだ。
――かつて友がいた。性癖を語り合う友が。
しかし、彼はいなくなった。邪悪な意思を持つ人面獣心の輩によって攫われ、人としての尊厳を破壊し尽くされてしまったのだ。
故に復讐を誓った。奴の根城の近くで、チャンスを待つ。そして幾年――その時は訪れた。




