第72話 拳と銃とラプターと
恐ろしい、恐ろしい少女だった。
壊蔵は痛感した。この少女は今までの探索者とは格が違う……それこそ、かつて出会ったA級探索者にすら匹敵するかもしれない。
異様とも言える気配を漂わせた男だった。ダンジョンを目にもとまらぬ高速で移動しながらモンスターを鎧袖一触のもとに虐殺していく様は、同じ人間とは思えなかった。
――壊蔵が、馬倉瀬壊蔵という男が。人間の冒涜的な改造という狂った行為に及んだのは何が切っかけだったのか。
【改造】というスキルを手に入れた時か。長年連れ添った仲間達をその手にかけた時だったか。あるいは、初めて参加した空手の大会で、対戦相手を完膚なきまでに破壊した時かもしれない。
ただ一つ分かっていることは、壊蔵が悍ましき外道を働いたということ。
その結果、探索者やモンスターの視点から見てたとしても怪物の如き力を振るう少女を相手にしているということ。
「地獄に送ったる」
「ッ!?」
鉄の塊で構成された剛腕が、壊蔵へ向かって振るわれた。
スピードすらも据え置き。当たれば確実な死が待っている。
壊蔵はすんでのところで避けた。だが、鉄拳が地面に衝突すると、土はめくれ上がり、激しい風圧が壊蔵を打ち付けた。
「ぐあっ!?」
風圧によって巻き上げられた土や石でも、何の防具もつけていない壊蔵にとっては痛手となる。
いくら探索者として身体能力――それこそ、頑丈さすら上がっていると言っても、彼のレベルでは土や石を完全に防ぐことはできなかった。
完全なる危機。そして、鉄腕の陰からわずかに見えたミニラプターが、ショットガンを構えているのが見えると、壊蔵はたまらず叫んだ。
「クマモドキ共、俺を守れええええ!!!」
ショットガンの銃口から弾丸が発射された瞬間、メガクローが壊蔵の身代わりとなる。
それも一体や二体ではない。全てのメガクローが壊蔵の元へ集結し、文字通りの肉壁と化したのだ。
「せっかく増強した兵力だったが……やむを得ないな。【改造】」
壊蔵がメガクローへと振れる。
変化は劇的だった。異音を立て、骨肉を捻じらせ、数十体にも及ぶメガクローが互いに融合し――一体の、巨大なメガクローへと変貌を遂げた。
「GHOOOO!!!」
骨格はより太く強く、筋肉量は以前よりも増して。最大の特徴である爪も、まるで手から五つの斬馬刀が生えてるのではと錯覚するほどの威容だった。
全体的にみると、まるで武装したビルが一棟、意思を持って動いているかのようである。
「ヒューッ! デケぇクマだなぁ!」
「好都合だ。的が減った上に大きくなったのだから」
だが、一般人……いや、武装した軍隊ですらも絶望するほどの巨大モンスターを前にしても、彼らは余裕だった。
そもそも、K2とラプターが苦戦していたのはその尽きない数と、急所でなければ即死しない耐久力のせいである。
数という利点を捨て去ったならば、もはや鴨撃ちにすらならない。至近距離からのクレー射撃だ。
「待て、弾の無駄や。ウチがやる」
「お、弾代節約させてくれんのか? ありがとよ」
「助かる。あの個体、仮称『ギガクロー』を討伐する頃には赤字になる計算だった」
『対モンスター弾頭』の値段は高い。
その高価さは銃を持っているソラ自身も痛感している。だからこそ、ソラは気を遣ったのだ。
「GHAAAA!!!」
異常発達した剛腕と、斬馬刀のような爪が振るわれる。
その威力は、戦車やビルすら粉々に叩き切ってなお余りあるものであったが、ソラの鉄腕はそれを受け止めた。
「GHOOッ!?」
「ううぅぅおおぁぁぁぁッ!!!」
剣と防具が激突する。まるで手四つだ。
驚異的な威力を誇る爪は、圧倒的な硬さの両腕によってねじ伏せられた。
度重なる死闘によって強くなったソラの膂力は、ビルのようなギガクローを力づくで押さえつけるほどまでに成長していたのだ。
「しゃあっ」
「GHAAAAッ!?」
ソラが、組み合った腕を強引に引っ張る。
全力を以て行われたその行動は、ものの見事にギガクローの両腕を引きちぎった。
荒々しい断面から鮮血が噴き出る。多量の血を浴びながら、ソラは鉄拳を振り絞る。
「オラァァァァッッッ!!!」
「GHOA――」
ギガクローの断末魔は途中で中断された。
なぜなら、鉄拳が彼の頭部を粉々に粉砕したからである。
司令塔を失った肉体は全ての機能を停止……地響きを立てながら倒れ伏した。
◇
「よっしゃあ! ウチの勝ちや!」
「すげぇよアンタ……って、あのクソ野郎はどこだ!?」
ラプターが辺りを見回す。
壊蔵の姿は、綺麗さっぱり消えていた。
「瓦礫、そして土煙に乗じて逃走したようだ」
「今から追っても追いつくんか?」
「任せろ、追跡ならアタシの十八番だ」
「ん? 【追跡】スキルでも持って――なにっ」
ドヤ顔を浮かべるラプター。
すると、ラプターの下半身が変形する。
ガシャリと機械音を立て、関節の向きが変わる。太さを増し、より強靭な脚へと変形した。
鋭い爪、強靭な太さの脚、そして――腰から生えた尻尾。
ウチはこのフォルムを知っている。小さな頃、図鑑で見たそれは……
「アタシはミニラプター……ミニ・ヴェロキラプターだ」
「マジ? めっちゃええやんそれ」
下半身がヴェロキラプトルのように変化していた。
ミニラプターという自称は、自称でも何でもなく事実だったのだ。
「これで奴をブッ潰……ブッ殺してやる」
「何で言い直した? まあええわ。これで安心やな」
「――って言いたいところなんだけどよう」
猛ダッシュで森の中へ駆け出す……と思いきや、ラプターは銃をプラプラさせた。
それをカメラアイの一つで認識したK2が苦言を呈する。
「銃で遊ぶな、ツキが落ちる」
「ロボットがツキ(幸運)を信じるってのかよえーっ。そうじゃなくてよ、ほら。もう弾切れなんだよ」
対モンスター弾は高いので、数が揃えられなかったようだ。
哀しい話だが……ウチもその気持ちが分かる。
「じゃあ、これ持ってけ」
「おっと……いいのか?」
ウチは、自分のショットガンを投げ渡した。
アーティファクトなので魔法的なセーフティがかかっているかもしれないが、まあウチが大丈夫と言えば大丈夫だろう。
「弾は二発しかないけどな。後で返してや」
「十分だ。吉報を待ってろよ」
ラプターが森へと消えてゆく。
機械の技術で作られたハンターだが、そのホームグラウンドは森なのかしれない。
「諸星ソラ、助力に感謝する」
「お互い様やな」
K2の態度も、最初と比べてどこか柔らかい気がする。
「ところで質問なのだが」
「ん? どないしたんや」
「ドンはどこへ行った?」
「……あれ?」
いつの間にか、ドンも消えていた。
ドン、どこへ!




