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第71話 カラテが足りない

 「戦闘開始」


 開戦の合図は、K2の無機質な合成音声だった。

 それと同時に、まるでチェーンソーのようなけたたましい銃声が鳴り響き、目の前の肉塊とも言うべき怪物を引き裂かんと銃弾が放たれた。


 「あばあああああぶううううう」


 常人なら血煙へと変える高威力の銃弾が肉塊へ食い込む。

 命中した場所ははじけ飛び、無数の肉と骨、そして黒々とした血が地面を汚す。

 だが、肉塊の怪物は死なない。その身が光輝いたかと思うと、負傷した場所がみるみる内に回復してしまったのだ。


 「回復魔法か」

 「正解。やー、いい拾い物だった。まだ初心者っぽかったのにこんな良い魔法を持ってたなんて……おっと。まだ話してる途中じゃないか」

 「そのクッセェ口を開くんじゃねぇよクソゲロタンカスが」


 ラプターがショットガンを乱射し、壊蔵の話を強制的に止める。

 しかし、壊蔵は銃弾を避けている。見てから回避しているわけではなさそうだが、銃口や視線を見ているのか。

 回避行動をさらに先読みし、命中させられそうなK2は肉塊と戦っている。


 「しゃあけど生身の人間殺すのに拳で十分やわ」

 「ッ!」


 銃口を避ける壊蔵を追い、殴る。

 それも一発や二発ではない。途切れることのないラッシュである。

 硬化した拳の一発一発が、大きなクマであるメガクローですら一撃で即死させる威力を秘めている。


 「ハッ!」


 壊蔵はそれを打ち払うことで身を守った。

 だが、ウチの拳は金属。打ち払ったとはいえ、そんなものが直接手に当たったらどうなるか。


 「痛っつ~……」

 「あぁ? たかがウチの鉄拳防いだ程度でそのザマか? ()()()が足りへんなぁ」


 壊蔵の手が赤くなっている。

 今ので確信した。空手という武術の差を差し引いても、素手ならウチの方が強い。

 虎の穴と組手をしたことがあるが、その時は奴のような無様は(さら)さなかった。また組手してみるか……


 「空手が足りないってなんだよ」

 「平たく言えば……」


 ラプターに突っ込まれる。

 ウチは的確に急所を狙い打ち、防御を切り崩す。

 フェイントを織り交ぜてやると、奴は簡単に引っかかって隙を晒した。


 「基礎がなってないってことやっ」

 「フッ!」

 「なにっ」


 確かに壊蔵の体勢は崩れていた。

 それどころか転倒する寸前だった。だというのに奴の姿が目の前から掻き消えたのだ。

 そして次の瞬間――


 「ん゛お゛゛っ゛!?」

 「!? 何だよおい今のクッソ汚ねぇ声!?」

 「すぐに消せ、記憶媒体(メモリー)が侵蝕される」


 凄まじい衝撃と痛みが股間に響く。

 患部を押さえて転げまわりたい気持ちを堪え、がむしゃらに蹴りを放つ。

 その蹴りは空を切ったが、奴を後退させることには成功した。


 「お……あ、あの変態カラテマンが! 道場破りに首持ってったる!」

 「取りあえず下がれ下がれ!」


 ウチが壊蔵を育てた道場にその首を持って道場破りをするという誓いを立てると共に、ラプターが援護してくれる。

 だが、壊蔵はクマの死体や怪物から散らばった肉片、崩れた遺跡の一部を遮蔽物として利用して上手いこと隠れた。


 「俺、空手だけじゃなくて躰道(たいどう)もやってるんだよね。お前のパンチも喧嘩慣れしてる程度で基礎なってないじゃん。典型的な叩き上げの探索者……そんな奴は俺の相手じゃないんだよね」

 「ハッ、雑魚がダンジョンで対人技術誇ってイキっとんなぁ!」


 格闘技をバカにしているわけではない。しかし、ダンジョンでは人型ではないモンスターの方が多いので、格闘技を習っていても打撃はともかく関節技が役に立たないことは多い。

 だが、何に対しても言えることだが、『(きわ)めれば強い』。奴はその域に達していないだけだ。


 「確かに対人技術だな……じゃあこれはどうだい?」

 「なにっ」


 奴が指を鳴らす。

 すると、ウチらを取り囲まんとするメガクロー達に異変が起こった。


 「グルルルル……ガアアアア!」

 「グアアアア!!」

 「な、なんやクマ共の様子が……」


 メガクロー達は、先ほどまであった同士討ちしない程度の理性が失われ、手あたり次第に暴れまくるようになっていた。

 それに、肉塊の怪物も活性化し、速度や攻撃の激しさを増した。


 K2は的確に対処しているようだが、多勢に無勢なのだろう。

 徐々に押し込まれているのが分かる。それを見たラプターは悔しそうにしている。


 「……ラプター、ウチはええ。行けっ」

 「いいのか? だが……」

 「確かに無様は晒したが……ウチの力はこんなもんじゃない」


 まだ見せていない【超再生】も、【触手】を使った技の数々も存在する。

 それに、壊蔵などタイマンでブチ殺せる存在だ。わざわざ銃持ちで対処する必要はない。


 「……ありがとよ」

 「ええってことや。さあ、未だに白帯の腰抜け野郎! 今なら楽に殺したるわ!」


 遺跡の破片やクマの死骸を粉砕し、壊蔵を追う。

 奴は地面を転げ回りながら、何とかウチの拳を回避しているようだ。

 だが、それも時間の問題だ。


 「これはどうや!?」

 「そ、それ動くのかあっ!?」


 ついに動き出したウチの触手が壊蔵を捕らえた。

 しかし、すぐさま握り潰して殺そうと思った瞬間――一筋の光がウチの触手を両断した。


 「は――」

 「しめた! 今だ!」


 意識外からの攻撃。思考がそれに追いつく前に、奴が、肉塊の怪物が動いた。

 何らかの魔法なのだろう。機敏な動きでウチに肉薄した怪物が、ウチの全身を取り込もうと肉々しい触手を伸ばした。


 「うおおおおん」

 「は、離せ……うぷっ」

 「こ、ころししししししてててててててて」

 「そ、ソラァァァァーッ!」


 全身を拘束され、口もふさがれたウチは、ゆっくりと肉塊の中へ取り込まれた――


 「ククク、このまま溶かすか、別のモンスターに改造するか。楽しみだなぁ」

 「て、テメェ~!!」


 壊蔵の顔が邪悪に歪む。

 いや、自分のやっていることを悪とも思っていない。ただやりたいことをやっているだけだという認識なのかもしれない。いずれにしても、滅ぶべき邪悪であることに変わりはないが。


 壊蔵という司令塔が自由になったことで、クマの動きはますます活性化。

 どうやら、壊蔵は人やモンスターを改造するだけでなく、どういうわけかある程度の命令を出すこともできるようだ。


 このまま数で押せば勝利は確実。あとはゆっくりと改造先を決めるとしよう――などという楽観的にすぎる、戦場において愚かな思考が長く続くことはなかった。


 「……? どうした? お前もついてこい」


 壊蔵が肉塊に命令する。

 しかし、肉塊の怪物は動かない。


 「なんだ、どうしたって――!?」


 いつまで経っても動こうとしない怪物に、痺れを切らした壊蔵が近づいた時だった。

 巨大な、巨大な鉄の腕が肉塊を引き裂いた。


 「な、なんだありゃ」


 引き裂かれてなお、(うごめ)く肉塊を踏み潰し。

 襲いかかろうとする肉塊を触手によって斬り飛ばし。

 驚愕する壊蔵を指さし、その女は言った。


 「地獄へ送ったる」


 戦場を、殺意が支配した。

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