第64話 祝賀会
「……んお? ここは……?」
知らない天井……というわけではない。が、ウチにとってはなじみがあるわけでもない。
ここは病院だ。【超再生】のスキルを持ってからは、あまり縁のなくなった施設。
「……?」
「ジュア~」
ベッドの下ではドンが寝ていたが、ウチが起きた気配を感じたのか目を覚ました。
つぶらな瞳がウチを見つめる。爬虫類ながらも、どこか笑顔を浮かべているような気がした。
「ドン!」
「ジャッ、ジャッ!」
ウチはドンに手を伸ばす……そう、手を伸ばした。
「おおっ! ウチの手足が生えとる! あ! 目も耳も聞こえる!」
「ジャア! ジャア!」
「そうか……皆が仇討ちしてくれたんか」
皆がどうにかして、あのパンツァー・ベーゼをぶちのめしてくれたのだろう。
そう思いながらドンを撫でていると、病室の扉が開いた。入ってきたのは、見慣れた面子。
「よっしゃあ! ソラが起きたぜ!」
「良かったぁ!」
「グムグム」
「身を削った甲斐があったというものだ」
屈託のない笑顔を見せるブロワーマン。
安堵した様子のマコト。
満足げに頷くガーランド。
ニヒルな笑みのグレゴール。
細かい傷が目立つ。
彼らは、ウチのために頑張ってくれたのだろう。
「み、皆ァ……!」
思わず目頭が熱くなる。
涙が溢れそうになったが、ウチは何とか笑み浮かべた。
きっと酷い顔をしているだろうに、皆は何も言わずに寄り添ってくれた。
「う、ウチが退院したら……たこ焼きたらふく食わせたるわ!」
「ああ、楽しみに待ってるぜ!」
美味いたこ焼きを山ほど作ろう。
新たな決意を胸にしつつも、今は仲間との交流を喜ぶことにした。
◇
「さあ楽しいタコパ(たこ焼きパーティーの略)の始まりや!」
数日後、ウチは戦いのあった鉱山へ来ていた。
目の前には超巨大なたこ焼き器が。巨大といっても、業務用のたこ焼き器をいくつも並べただけなのだが。
背後に山ほど積まれたたこ焼きの材料を見て、虎の穴が心配そうな顔をしていた。
「ねえ、諸星さん。そんなにいっぱい焼けるの? 病み上がりだし」
「心配してくれてありがとうな。けど、ウチは不死身のソラ様やで、もうピンピンしとるわ」
実際、【超再生】のおかげで体調は元に戻っている。
とういか、目が覚めた時点で調子は万全だった。数日入院していたのは、経過観察のためだった。
「さ、準備すんで」
ウチは巨大な鍋に、たこ焼き粉や水を大量にぶち込んだ。
ここに天かすやらネギも入れてかき混ぜる。まだまだ材料はあるので、味の微調整は後からやればいい。
「いやぁ、楽しみだなあ。ソラちゃんのたこ焼きが食えるなんて」
「お前にゃもったいない娘さんだぜ、諸星よぉ!」
「なにィ~? ……まあ事実なんだがな。ワハハハハ!」
デカいテーブルに座る、ウチの親父を含めた鉱夫のおっさん共が何やら話している。
その隣では、ブロワーマンと屈強な人達……風雲団のメンバーが一緒にいた。
「すみませんね、兄貴。あんまり役に立たなかったのに呼んでもらって」
「いやいや、数の暴力を数の暴力で食い止めてくれたじゃないか。あの数のリビングアーマーは……ヤバいんだぜ。ヤバいんだ。ヤバすぎるんだ」
「や、ヤバい……ですか」
「具体的には数に押されて持久戦苦手なガーランドとグレゴールが先に力尽きるリスクがあったんだ」
たこ焼きの生地をたこ焼き器に流し込む。
虎の穴も火力を調整したりして手伝ってくれている。
「諸星さん大丈夫? この量を焦がさずにひっくり返すなんて……」
「まあ見といてや」
しばらくして生地が焼けてくると、ウチはたこ焼きピックを手に取った。百均で売ってた金属製のタイプである。
「それって千枚通し?」
「いや、似てるけど違うねん。これたこ焼き用のピックや」
「たこ焼き専用なんてあるんだ」
「ピックなかったら千枚通しでもええけどな」
「千枚通しも無かったら?」
「アイスピックでもええで」
「アイスピックも無かったら?」
「箸でもええねん」
「お箸も無かったら?」
「長さがあって尖ってたら何でもええんや」
「そんな雑でいいんだ」
「ひっくり返せたらそれでええねん」
ウチはピックを4本、両手と触手でつかんだ。まさに四刀流である。
「しゃあっ」
「は、速いッ!」
探索者として鍛えられたウチの速度は、めちゃくちゃ速い。
具体的に何と比較できるかと言われたらちょっと分からないが、まあ原付くらいなら全力を出さなくても走って追いつける。
そして、瞬発力も目にもとまらない速さ! ウチは実質腕が四本。百個以上のたこ焼きも瞬く間にひっくり返すことができるのだ。
「さあそろそろ焼けたかな。ほい、お待ち!」
大きな皿の上に、山のように盛られたたこ焼きをドスンと置く。
「うおおおお!!! 美味そう!」
「まだまだあるからどんどん食えや!」
「いただきます!」
ガツガツとたこ焼きを食べる皆。
そういえばこの状況、肉体労働者100パーセントやな。
くだらないことを考えつつ、たこ焼きを一つ口へ運ぶ。
うむ……味が薄いか? もっと出汁とか足してみよう。でもソースやマヨネーズを使うならちょうど良いか?
悩みどころである。
「ジャア~」
「ドンも食うか?」
ドンは首を横に振った。
そう、ドンは料理されたものは食べない主義である。
代わりにタコをあげると、もっちゃもっちゃと食べていた。
「たこ焼きは美味ぇなぁ……あっ、ブロワーに吸い込まれたッ」
「グム……美味イ」
「これがTAKOYAKI……初めて食べたな」
満足してくれているようで何よりだ。
生地を型に流し込んでいると、虎の穴が言った。
「退院もしたし、どこか行きたいダンジョンってある?」
「あー、あんま考えてへんかったな。ま、しばらくはゆっくりするわ」
それが終わればまたダンジョンへ。だがまずは、この平穏を謳歌しよう。
ウチは、焼けてきたたこ焼きをひっくり返した。
 




