第62話 逃げられない
「ジャアアアア!!!」
「くっ……うわっ!?」
ソラのスキル、【シン・硬化】は発動すると体重も増加する。ゆえに、そんな重量物を背に乗せたドンの動きは必然的に遅くなる。
確かに、一般人や初心者の探索者にとっては脅威となるスピードだろう。だが、ベーゼを脅かすほどではなかった。
では何故、ベーゼが悲鳴を上げて無様に転がったのか。それは、縦横無尽に動く【触手】にあった。
「ぐ……なんて無茶苦茶な……」
イカの触腕にも見えるそれは、ぬらぬらとした粘液を纏いながらも、金属質へと硬化していた。
高速で振るわれる鞭のようにしなる触手が、岩や地面、リビングアーマーの残骸を破壊しながらベーゼへと迫る。
「うわ――」
『ズモォォォォ!!!』
「がッ!?」
前方には破壊の嵐、後方には暴虐の鞭。
いくらベーゼの反射神経が良かろうが、広範囲に及ぶ攻撃に挟み撃ちにされては、なすすべもなく絡め取られた。
「うっ、うっ……!?」
ベーゼが、太い触手によって首を絞められる。
リビングアーマーは呼吸をしないが、生物と同じように頭部は弱点である。頭部に近い首を狙われては、防御に徹するしかなかった。
だが、足元が留守になっている隙をドンが見逃さなかった。
「ジャアアアア……」
「ウェ!?」
ベーゼの足へドンが噛みつく。
戦いを経て強化されたドンの咬合力は、ベーゼをとらえて放さない。
『ズモォォォォ!!!』
「が……っ!?」
サドンは、数多のリビングアーマーを殺害したことによって強くなっている。
このサドンというモンスターは、キルスコアに応じて強さが上昇していく悪夢のモンスターである。
A級でも上位に位置するモンスターの猛攻を受ければどうなるか。
「お、俺の鎧が……ボロボロに……」
不壊ですらない、硬いだけの金属などズタズタに引き裂かれてしまう。
C級ダンジョンに引きこもって粋がっていただけの存在が、生まれながらの化け物にかなうはずがない。
かなうことはないが……一矢報いることや、命からがら逃亡することは不可能ではなかった。
「こうなったら仕方ない――奥の、さらに奥の手だ」
「ジャ!?」
ドンがそれを聞いた瞬間、後方へ後ずさった。
ソラは耳が聞こえず、サドンが人語を理解できるはずがない。ブロワーマン達も、大量に湧き出たリビングアーマーの対処に精一杯だ。
「マギア・バースト!」
「ジャア――」
『ズモォ――』
ベーゼの鎧がガシャリと展開し、内部から純粋な魔力の爆裂波が放たれた。
かつて『中級者の洞窟』で、ベーゼはコツコツと魔鉱石や魔石をかき集めていた。
その集大成こそが、このマギア・バースト。
純粋魔力を対象に叩きつけることで、ある程度の防御なら貫通し、さらに相手を遠くへ吹き飛ばすことができる。その隙に、ベーゼは逃げることを画策していた。生きてさえいれば、何度でも立ち上がれるのだから。
ソラ、ドン、サドンがそれぞれ遠くへ吹き飛ばされ、地面や壁に叩きつけられるのを横目にベーゼは逃亡を開始した。
「生きてさえいれば! 俺は諦めない!」
バラバラになった身体を再構成し、ベーゼは坑道へひた走る。
入り組んだ道はベーゼの独壇場。すぐにルートを構築し、逃げることができる。
今度は人前に姿なんて現さない。もっと力をつけ、一気に都市や国を滅ぼしてやる――
「待てや」
「――」
だが、大きな目標には大きな困難が待ち受けている。
バカな。手足を無くし、盲目聾唖の身体であの距離から追いつけるはずがない。ベーゼが、恐る恐る後ろを振り返る。
ソラがいた。両手足を失い、焦点は合わない。
だが、先ほどと一つ違うところは――
「何だ……その腕は……?」
右腕。
失われたはずのソラの右腕には、巨大な腕があった。
金属で構成されたそれは、巨大に、異形に、強力に肥大化している。
ただ、殴ることにのみ特化した拳に、力が込められた。
「お前を殴る」
轟音と共に空気が破裂する。金属とは思えない速度で迫る。
光を失ったはずの目が、ベーゼを見た。その瞬間、ベーゼは身動きが取れなくなった。
恐怖に足がすくんだ、と言うべきだろう。
「あ――」
恐怖に支配され動けないベーゼは、怒りを込められた拳に叩き潰された。




