第61話 ツインテール
ベーゼへとにじりよるA級モンスター達。それぞれが重戦車すらものともしない超級の怪物共。
C級探索者達や負傷したA級探索者に追い詰められる程度のベーゼは、彼らにとっては役不足であると言っても過言ではなかった。
『ギッ、ギッ』
ボルトスパイダー。
感電能力を有する糸で、獲物を絡めとる悪辣な狩人。
かつて、彼らの生息するA級ダンジョン『不思議のジャングル』では、攻略に来た同じくA級パーティ『黄昏の騎士団』を単独で壊滅したという記録がある。
そこからついた異名が『鎧殺し』。
全身金属鎧のリビングアーマー族にとって。また、C級モンスターにすぎない彼らにとって、出会うはずのない天敵だった。
「うおおおお!?」
幸か不幸か、ベーゼには電撃耐性ともいうべきものが存在した。
だからこそ、肉を一瞬で黒焦げにする高圧電流にさらされても、糸から抜け出そうともがくことができるのだ。
だが、抜け出せないということは死が迫ってくるということ。その死は、単細胞生物の形をしていた。
「リビングアーマー共! そいつを止めろ!!!」
強酸性スライムへ、大量のリビングアーマーが向かう。
しかし、彼らはスライムから放たれた強酸弾によって瞬く間に溶かされた。
重装備、金属鎧をこよなく愛する特定の探索者達から、ボルトスパイダーなどと並び恐れられるのが強酸性スライムだ。
剣や鎧は錆びつき、並の弾丸では核に到達する前に溶ける。彼らは意思を持った未知の強酸なのである。
『ズモォォォォッッッ!!!』
「や、奴が来る!」
サドン。
両腕が鞭のようになったモンスター。
性格は残虐で残忍、相手を痛めつけることしか考えていない生粋のサディスト。
鞭――サディスティック・ビュートが周囲のリビングアーマーを叩き潰しているが……そのリビングアーマーはまだ生きている。
本来、A級モンスターであればこの程度、一撃で殺害できるのだが――
『ギッ、ギッ』
「よし、来い……」
ベーゼは、涎と思わしき液を口から垂れ流すボルトスパイダーに狙いを定めた。
ボルトスパイダーは、クモと同じように獲物の体液をすする。鎧を着ていようが関係ない。飢えたボルトスパイダーが、ベーゼへ飛びかかる。
「今ッ!」
『ギッ!?』
その瞬間、ベーゼの腕が魔剣ごと落ちた。
リビングアーマーである彼は、身体がバラバラになっても活動することができる。
今回は分離した手を操り、ボルトスパイダーに反撃したのだ。
『ギギッ……ギッ、ギッギッ……ギ……』
「死んだか!」
地面からの不意打ちじみた魔剣が、ボルトスパイダーの胸部を貫いた。
魔剣の一撃は、A級モンスターにとっても致命傷となったらしく、ボルトスパイダーは仰向けに倒れて死んだ。
「リビングアーマー共! スライムの核を潰せ!」
次に対処するべきは、強酸性スライム。
大量のリビングアーマーがその身を錆つかせ、溶解しながら核となる魔石へと手を伸ばす。
強酸性スライムは悉くを溶かすが、徐々にそのスピードは落ちていった。
酸が飽和しているのだ。
金属が溶けきった酸の身体は溶解能力を失い、やがて魔石を砕かれて液体金属が地面に流れた。
「後は奴だけだな!?」
『ズモォ!?』
ベーゼは、渾身の力を込め、背後からサドンを襲った。
リビングアーマーに夢中のサドンは、背後から魔剣で斬られ、多数のリビングアーマーを巻き込みながら倒れた。
「YES! YES!」
「我々にとってもな」
「――!」
ベーゼの敵はA級モンスターだけではない。この場にいる全てだ。
「全身全霊、あの世に送ってやろう」
グレゴールのバイオ・ニードルに紫電が走る。
一撃のもと、確実に屠り去るという殺意が具現した。
「グゥ……!!!」
『エーテル=核融合炉心過負荷モード発動、出力限界突破――システムエラー・MD1986。使用者に深刻なダメージ、出力が大幅に低下しています』
ガーランドが、ガイストの全てを解放する。
当然、ガーランド自身を過負荷が襲うが、それでも今使える全ての武装よりも強力だった。
「フェイタル・キィィィィック!!!」
「ゴアァァァァッッッ!!!」
「あ――」
ベーゼは、必殺の攻撃に反応すらできず大爆発を巻き起こした。
「ハッ……ハッ……ハッ……ゴフッ……ゴホッ……」
「グ、グゥ……」
満身創痍。
今まで散々取り逃してきたベーゼを仕留めるため、全力を使ったのだ。
もう彼らに動く力は残っていない。残っていないのだが――
「――いやぁ、これまで使わされるとは」
「ハァ……しぶとい奴だ……」
ベーゼは健在だった。
その手に持つ護符のようなものが塵となり、風に乗って崩れていく。
「『身代わりの護符』……聞いたことがある。ダンジョンの宝箱からマジでごくまれに手に入るっていう。どこまでもオレらをおちょくりやがって……!」
「人類絶滅のためには仕方ないだろう?」
ブロワーマンとマコトが構える。
この組み合わせでベーゼを仕留められるかは分からない。しかし、最低でも魔剣は持って行くという気概があった。
『ズモォォォォ!!!』
サドンが暴れ回りながら復活する。その身はより強靭に、より凶悪になっている。
そう、サドンは相手を傷つけ、殺害するごとに強くなっていく最悪のサディスト・モンスターなのだ。
「この数に勝つ気か?」
「残念だな、まだまだリビングアーマーはいるぞ?」
「個の暴力に勝つ気か???」
「アーマード・オークもいるぞ」
坑道から次々に現れるリビングアーマーや、アーマード・オーク。
風雲団の面子も抵抗しているが、やや押され気味だった。
「さて、君達を殺して目的を――!?」
その時だった。
余裕綽々といった態度のベーゼに、殺意が降りかかったのは。
「なん……だ……?」
ベーゼが周囲を見回す。
殺気が濃すぎて、どこにその主がいるのかも分からない。
だが、リビングアーマー達に破壊されたトラックが、爆炎を巻き上げた。
「……!」
炎の中から。
少女がやってくる。
野性を滾らせて。
竜がやってくる。
本能のままに。
少女と竜がやってくる。
「あ……」
地を這う角翼なき竜にまたがるのは、四肢を失った異形の少女。
金属質に硬化した蠢く触手が、獲物を求めて空を切る。
まるで、二本の尾を持つ異形の竜に見えるそれが、悪しき鎧の前に現れた。
「ツインテール……」
「ジャアアアアァァァァッッッ!!!」
『ズモォォォォォッッッ!!!』
あまりに危険、あまりに凶悪。
不可侵、不可触のデンジャラス・モンスターが2体、ベーゼへと襲いかかった!




