第60話 速達
「先手必勝!」
ブロワーマンが空気砲を放つ。
それと同時にグレゴールが加速し、人質となった従業員達の前に躍り出た。
彼らの勝利条件として、まず第一に人質の救出があげられる。
稲妻のような速度で、グレゴールがリビングアーマーを蹴散らした。
身体強化の無い従業員達からは、本当に閃光が走ったとしか思えない一瞬の出来事だった。
「ぐっ……! ここは私に任せろ! 守ることは苦手だが……破壊は得意でね」
「無理しないでくださいね!」
負傷によって継続戦闘が苦手なグレゴールは防衛を。
そして、パーティの中で最も継戦能力が高いマコトがベーゼと切り結ぶ。
「諸星さんの手足は返してもらうぞ!」
「やって見せろよルーキー!」
若いながらも鍛錬によって身に着けた柔剣のマコトに対し、ベーゼは技術はそこそこに力と【反射神経】のスキルによる剛剣と言うべきもの。
柔よく剛を制す、剛よく柔を断つ。お互いが何かを間違えば、一太刀のもとに切り捨てられる。
正直なところ、マコトもベーゼも、相手の技量を見誤っていた。
マコトは力と反応速度に任せた雑な剣であると。ベーゼは所詮ルーキーの扱う未熟な技術であると。
ところが蓋を開けてみればどうだ。
それぞれの経験に裏打ちされた、人を、モンスターを斬る剣ではないか。
しかも、である。マコトもベーゼも、どちらかというと守ることに重きを置いた剣技なのだ。
どちらかが斬りかかると弾かれ、カウンターを受けそうになる。
つまるところ、剣技においては互いに千日手であった。
「埒が明かないね」
「……ふんっ!」
「おおっと?」
マコトはあえて打ち込み、カウンターを受ける直前で逆に押し返した。
細身で華奢に見えるが、マコトは『超生物研究所』産の合成人間(繁殖用)である。そのパワーと性欲は人間のものを大きく超える。
相当な体重を誇るベーゼであっても、殺しきれる威力ではなかった。
「ガァァァァッッッ!!!」
「オーク……いや、ガイストか!」
生きた戦闘鎧『ガイスト』を身にまとったガーランド。
ベーゼが弾かれて後退した瞬間、ガイストのジェットを起動し、ベーゼへと突撃した。
ガイストはただのリビングアーマーではない。
あらゆる状況化の戦闘を目的とし、どんな地形にも適応した究極のアーマーなのだ。
ゆえに、推進剤の消費は激しいものの、飛行能力を持っている。
「うっ!? やはり凄い衝撃だなぁ!」
だが、ベーゼはそれを超反射神経によって防御に成功する。
しかし、馬力だけならマコトよりもはるかに上であり、さらに重量もある。それがジェットで突っ込んできたことから、交通事故よりも恐ろしい威力を発した。
魔剣『シェルブリンガー』を盾に、地面へ轍を残しながらずるずると後退するベーゼ。
「どこにつれてくんだい?」
「あそこだよ」
「えっ?」
ベーゼの背後には、大型トラック。
風雲団が所持していたものとは違うものだ。
やがて、ベーゼはトラックへと激突する。
「ぐあっ!?」
横転したトラックにガソリンが引火し、爆発炎上する。
ベーゼは大したダメージを受けなかったが、爆炎と高熱による陽炎によって前が見え辛い。
「うぐぐ……この程度で俺を殺せるわけないのに、何を考えて――!?」
ゾクリ。
ベーゼの背筋に、永久凍土よりもなお冷たい悪寒が走った。
すぐに炎から離脱する。
「一体、何だ……!?」
炎の中で、何かが動いている。
ゆらゆらと揺らめくそれから、何かが放たれた。
「避け……られない!?」
ベーゼの超反応はそれを察知したが、速度が違う。
瞬く間にベーゼの身体は糸によって捕らえられ、身動きができなくなる。
「ぐあぁぁぁぁ!?」
極めつけに、糸には電流が流れている。
高圧の電流が、ベーゼの身を苛んだ。
「な、なんだあいつらは……!?」
炎から姿を現す。
ギッ、ギッと不快な鳴き声を出しながら、八つの複眼がベーゼを映す。
黄色に彩られた身体に、八本の脚。誰もがよく知るそのシルエットは、蜘蛛。
電撃の狩人『ボルトスパイダー』。
別名『鎧殺し』とも呼ばれる非常に危険なA級モンスターである。
「今度は!?」
ズルズルと、炎をものともせず現れた流体。
ブクブクと気泡を泡立てながら、地面の小石を溶解しながら進む。
その姿は、初心者用のモンスターとして知られるスライムでありながら、異様な気配をまとっている。
溶解生物『強酸性スライム』。
幾人もの探索者やモンスターが骨も残さず死んだ、悪夢のスライムだ。
『ズモォォォォ!!! オオオオォォォォ!!!』
「何だ、この鳴き声は!?」
瞬間、炎がかき消される。あまりの風圧に、炎が耐えきれなかったのだ。
鞭のような両腕を振り回し、目につくものを手あたり次第に叩き潰している。
太い両足、鞭のような腕、刺々しい爬虫類のような顔。
その威容に、ボルトスパイダーと強酸性スライムは距離を置いている。
嗜虐凶獣『サドン』。
目につくものは全て敵。人間もモンスターも関係なく、捕食のためですらなく見境なく暴れまわる生粋のバーサーカーが現れた。
「どうだい、A級モンスター共は。これでも結構高かったんだぜ?」
ブロワーマンが笑みを浮かべる。
どんな手を使ってもベーゼは叩きのめす。それはブロワーマンの誓いだった。




