第58話 逃亡先
『中級者の洞窟』にて。
ブロワーマン一行と、風雲団の中から選ばれたメンバーが洞窟内を進んでいた。
統率された装備の風雲団と、薄着か重装甲か極端な一行という組み合わせは奇妙に映る。
「出てきたぜ、さまよう鎧共がよ」
彼らの前に現れたのは、無数のリビングアーマー。
ガシャガシャと金属音を立てながら、各々の武器を構えて迫りくる。
意志のない、鎧に憑依した霊の操り人形。しかし、長い間一体化した弊害により、鎧が致命的な破損を追えば自分も死ぬ。
地獄から蘇り、また地獄へ堕ちる運命の戦士達。
「邪魔だ、雑兵」
だが、一般人にとっては速い動きも、A級探索者たるグレゴールには蚊が止まったように遅い。
彼女が雷撃の如く駆け抜ける。ただそれだけで、リビングアーマーの群れは金属片のガラクタへと姿を変えた。
「先を進もう」
「ああ」
それからも、出現するのはリビングアーマーかオークのみ。
『この中級者の洞窟』に出るのはこの2種類だけではない。『メイズモンキー』、『洞窟オオトカゲ』、『魔の御手』、『弱酸スライム』などが出現する。
流石にこれはおかしいと思った彼らは、今までの情報から考えられる予想を口にした。
「なあ、鎧とオーク以外出てこないってのはもしかしてよぉ……」
「パンツァー・ベーゼの仕業だろう。奴はあの巨大なオークとリビングアーマーを作ったと言っていた。量産された兵力で、自分達にとって邪魔なモンスターを排除したのかもしれんな」
断片的な情報からの考察は、妄想の域を出ない。
その妄想も、ダンジョンでは役に立たない。ダンジョンでは何が起こってもおかしくないのだから。
「ベーゼの目的って何なんですかね?」
「奴は人類の皆殺しとかほざいてたが、ありゃ無理だな」
「ああ。私達が取り逃してもS級どころかA級探索者が複数いれば終わる話だ」
「相当自信があるのか、隠し玉があるのか……考えても仕方ねぇなこりゃ。広場にも来たしな」
彼らは一旦、思考を打ち切った。
なぜなら、たどりついたのはあの広場。ソラが四肢を奪われたあの広場だったのだから。
「おーい! 出て来いベーゼェ!!! 腰抜け野郎ー!!!」
ブロワーマンが大声で挑発する。
しかし、返事はない。当たり前である。
「まあないわな」
「そうだねー」
「危ないブロワーマンさん!!!」
「おっと」
ブロワーマンの背後からの奇襲。
それにいち早く気づいたマコトが、魔剣『魔人の鉄拳』で攻撃を弾いた。
攻撃を弾かれた者は、異形の剣をクルクルと弄びながらも余裕そうな態度で言った。
「あらら、防がれちゃったか」
「こ、コイツがパンツァー・ベーゼ!?」
危険色で彩られた鎧、ドクロなどの装飾、刺々しいデザイン。
それは紛れもなく、ブロワーマン達が知っているパンツァー・ベーゼだった。
「首を狩るつもりだったんだけどなぁ」
「ハッ! オレを殺そうなんざ100年早いぜ」
「防いだボクですけどね」
「ありがとうマコト君! んで、お前が何を企んでんのか知らねぇが、最低でも魔剣はブッ潰させてもらうぜ」
各々が武器を構える。
ブロワー、大剣、拳、金棒、銃。
恐るべき凶器の数々を見ても、ベーゼは余裕を崩さない。
「それはどーも。だけど計画はもう中盤に差し掛かってる。こいつらの相手でもしてなよ」
「んだとぉ?」
ベーゼが片手を上げる。
すると、金属音を響かせながら背後から何者かがやってきた。
暗闇から現れたそれは、鎧を着た犬だった。
「グルルルル……」
「犬……?」
「『洞窟犬』だと? 犬に鎧を着せやがったのか?」
「ご名答。その名も『リビング鎧犬』さ」
「名前ダサッ」
『洞窟犬』は、その名の通り洞窟系ダンジョンに出現する犬系モンスターだ。
高い攻撃力とスピード、そして紙装甲を併せ持つスピードアタッカーとして知られる。だが、彼らは今やその弱点を克服していたのだ。
「え、鈍重になったとかそういう弱点は?」
「ないよ。アーマーがパワード・スーツの役割を果たしてくれるからむしろスピードは上がってるよ」
「……」
ブロワーマンがリビング鎧犬を睨みつける。
「先手必勝だァァァァッッッ!!!」
「ギャインッ!?」
空気砲がリビング鎧犬を吹き飛ばす。それが戦いの合図だった。
「はぁっ!」
「ギャッ」
「クゥ――」
マコトが、リビング鎧犬をまとめて両断する。
そのどれもが鎧の隙間を縫った斬撃であり、どれもが一太刀のもとに切り捨てられていた。
斬撃をかいくぐって接近した個体も、マコトの格闘技術によって首をへし折られた。
「犬……?」
「ギャア!?」
グレゴールが、接近してきたリビング鎧犬へ雑に手を振るう。
それだけで鎧はバラバラに引き裂かれ、血と臓物が飛び散る。
【変身】以外に特殊なスキルを持っていないグレゴールの正体は、ダンジョンによる身体強化の全てをフィジカルに注ぎ込まれたゴリラだったのである。
「グムッ」
「ガァ――」
オークであるガーランドの戦い方は、荒々しいながらも洗練されている。
新たに手に入れた鎧、『ガイスト』の機動性を活かしてリビング鎧犬を翻弄し、上から叩き潰す。
運悪く足元にいた個体は蹴り砕かれた。
「行くぞ!」
「おう!」
風雲団の使う得物は、AK‐47である。
それに『対モンスター弾』を装填することで、銃はさらに威力を発揮し、人間よりもはるかに硬いようなモンスターにも対抗することができるのだ。
リビング鎧犬は、統率のとれた彼の動きに近づくことさえできずにハチの巣と化した。
「えっ、もうやられたの? ……ここは逃げるが勝ち!」
「待て! ベーゼェ!」
ブロワーマンが、逃走するベーゼを追いかける。
風によって速度を強化したブロワーマンがあと少しでベーゼに追いつくが……
「バイビ~」
「な、なぁっ!?」
ベーゼが通路に入った瞬間、通路が爆発し、瓦礫によって道が塞がれた。
この岩をどけるにはかなりの力が必要だ。ガーランドとグレゴールならなんとかなるかもしれないが、時間がかかるだろう。
つまり、逃げられたということだ。
「クッソ! またかよ!」
「急いで別の道を見つけましょう!」
「ああ、悔やんでる暇も惜しいぜ……ん?」
別の道を見つけようと歩き出したブロワーマンが、何かを踏んだ。
その感触に違和感を覚えたブロワーマンがそれを拾ってまじまじと観察する。
「綺麗ですね。魔石ですか?」
「いや……これは魔鉱石だ。それもかなり高純度のな。こんなもんは『鉱山』くらいでしかお目にかかれねぇぜ。あいつの目的はこれか?」
純度の高い、魔鉱石と呼ばれた鉱物。
魔力との親和性が高い魔鉄の原料であり、探索者の武具には大体使われている便利な金属だった。
しかし、C級ダンジョン内でこれほど純度の高いものが見つかることはまれである。
魔鉱石の主な産地は、『鉱山』と呼ばれるダンジョン。
そこではモンスターが出現せず、『鉱夫』と呼ばれる労働者達が日々穴を掘っている。
「確かに、リビングアーマーとて金属だ。声すら失った亡霊共とて、鉱石は喉から手が出るほど欲しいだろうよ」
「リビングアーマー……なぁ、誰かこのダンジョンの近くにある『鉱山』って知らねぇか?」
「あ、僕知ってます。すぐ近くにあるのは『迷宮町第一資源鉱山』ですよ。確か、諸星さんのお父さんが働いてる……」
そこまで口にして、マコトも思い当たった。
みるみるうちに青ざめる顔を、ブロワーマンへと向ける。
「ねぇ、それって……」
「ああ。この坑道はその鉱山へ続いてる。今すぐ戻って鉱山に行くぞ!!! 下手すりゃ従業員全員皆殺しにされる!!!」
「協会への報告は!?」
「連絡しながら行くぞ! しなくても鉱山でドンパチなんかやってりゃ向こうが気づいてくれる!」
一行は、急いで元の道を戻った。
「マコト君は協会へ連絡を!」
「はい!」
マコトがスマホで協会に連絡する。
その先は、あの受付嬢。実は、彼女はパンツァー・ベーゼの担当に回されていた。
それを見たブロワーマンも、自分のスマホを取り出す。
「もしもし! ブロワーマンだ! トレーダー、荷物の指定場所変更だ! 金は後で払う!」
『……急いでいるようだな。それくらいはサービスしておこう。場所は?』
「『迷宮町第一資源鉱山』だ! 大至急頼むぜ!!!」
『了解した。ではまた後で会おう』
次なる戦場に選ばれたのは、『鉱山』……!
【洞窟オオトカゲ】
・洞窟に住むトカゲ型モンスター。
持ち前の擬態能力を生かして壁や天井に張り付いて奇襲する。
鋭い歯や爪で攻撃されると脅威。
【魔の御手】
・地面から生えた手。右手と左手が存在する。
魔法を使ってくるモンスター。発動速度は遅いものの、詠唱の際に音が発生しないので非常に危険。
他のモンスターと戦ている間に詠唱を完了され、魔法を発動されるという事故が後を絶たない。
【弱酸スライム】
・弱酸性を持ったスライム。
弱酸とはいえ、その酸は金属特攻。遠くから飛道具で攻撃することが推奨される。
また、人体も溶かすため、天井からの奇襲に注意。
【ストーンゴーレム】
・石の身体を持ったゴーレム。
身長はそんなに高くはないが、体重が重すぎるしそこそこ硬いので注意。
【洞窟犬】
・狼ではない犬系モンスター。
やたらと素早くて力が強く、群れで襲ってくる。防御力は低いので一撃当てれば倒せるかもしれない。
【リビング鎧犬】
・パンツァー・ベーゼが作り出した犬系モンスター。
洞窟犬としての性能はそのまま、鎧によって防御力などが強化されている。




