第53話 最も危険な兵器『ガイスト』
「グゥゥゥゥ……」
蹴り飛ばされたガーランドは、リビングアーマーとオーク達の残骸へと突っ込んでいた。
あのパンツァー・ベーゼと名乗る怪人。屈強なオークを一撃で蹴り飛ばす力や、グレゴールのスピードに対する反応速度から分かる通り、とてつもない強敵であることは明らか。
ソラのような死を恐れない精神も、ブロワーマンのような小器用さも、ドンのような忍耐力も中途半端にしか持たないガーランドは悩んだ。
『……い……』
「グム……ム?」
リビングアーマーの身体を手当たり次第投げてベーゼの邪魔でもしようかと思った矢先、ガーランドの聴覚は何らかの音を捉えた。
戦場には似つかわしくない……それはある種の呼び声だった。
『こちらへ……来なさい……』
「……」
ガーランドはその呼び声と自らの直観に従い、声の方向へと進む。
だが、行く手には壁がある。ガーランドはその壁を強引に壊す。すると、その先には開けた空間があった。
一寸先も見通せぬ暗闇の中、オークとして夜目の効くガーランドの目がそれを視界におさめた。
『……ふむ、来たのはオークですか。ですが、あなたは他の性欲猿とは違うようですね』
「グム」
鎧だ。
黒く、金の縁取りがなされた鎧が喋っている。
いや、正確には、ガーランドの頭の中に直接響いていた。
その声は女性のものらしかった。
だが、無機質であまり感情がこめられていない。機械的、なのではなく無関心に近い。
『戦いは見ていました……無様ですね、あの不届き者にこうもたやすくやられてしまうとは』
「……」
鎧はガーランドを嘲るように言った。明確に侮蔑の感情を抱いているわけではなさそうだが、感情の入っていない声色がそう思わせる。
だが、それが事実であることは誰よりもガーランドが一番よく理解していた。
『毒蟲、毒石竜子、風の化身、異形の小娘……よくもまあここまで奇妙な人達が集まったものですね。ですがあなたは? 肉弾戦も頭脳も人間に後れを取っている体たらく。オークからそれを取れば何が残るのです?』
「少ナク、トモ、道具ハ、扱エル……」
まだ短い付き合いだが、ブロワーマンはともかく、ソラやドン、グレゴールも武器を扱うようなことはなかった。
知り合いの虎の穴という人物は刀を使うらしいが、会ったことはない。
今現在、武器の扱いに長けているのはガーランドだけだった。
それ以外、誰も武器を使えないのだ。ガーランドはそのことに内心、ドン引きしていた。
『フフッ……確かにその通りのようですね。風の化身はともかく、あなた以外は身を守るものどころか棒切れ一本持っていませんし』
だが、その事実は鎧の琴線に触れたようで、わずかに笑い声を発した。
確かに、それ自体が兵器である鎧の目には、何も持たずに戦う者達はさぞ滑稽に映るだろう。
『……そろそろ、潮時ですね。あなたの名は?』
「ガー……ランド……」
『ガーランド、良い名前ですね。ではガーランド、私を装着しなさい』
「何?」
鎧から出たのは、驚きの言葉。
現在のガーランドにとっては渡りに船の提案だったが、その真意を読み取ることはできない。
「何ガ、目的ダ?」
『ここで無為に時間を過ごすのには飽きました。私のリビングアーマーとしての念動力は尽きています。動くにはあなたの力が必要です』
「ソレダケ、カ? オ前ノ、目的ハ、モット違ウダロウ……」
『オーク如きがそこまで分かりますか? ……良いでしょう、単刀直入に言います。私は、戦いがしたいのです』
鎧はさらに続けた。
だが、その語り口は今までのようなものではなくどこか嬉しそうで……ある種の狂気が垣間見える。
『未来永劫、決して終わることの無き戦い……幾多もの犠牲者が上げる阿鼻叫喚の断末魔、命令により敵を嘲笑うかのように蹂躙する冷徹非情な兵士達、それらを飲み込み敵も味方も関係なく原型すらとどめずただ死であふれかえった屍山血河……』
まるで、地獄の光景を見てきたかのような言いぐさ。
表情も読めない鎧であるにもかかわらず、その声色は狂喜。
『ですが私は勝ちました。勝利した。たった一人で千の軍勢を殺戮し、万の軍勢を撃滅しました。ただ鎧の憑依しただけの弱小騒霊であるはずの私が』
「……」
『私はまた戦禍の渦へ飛び込みたい。破壊と殺戮の嵐を巻き起こし、死と狂気の衝撃をもたらしたい。何より……強者との死闘を――』
戦いこそを市場とする鎧、それこそが彼女の正体だった。
だが、その思想は誇り高き戦いを是とするガーランドとは相容れないもの。
それに対しガーランドは――
「我ガ誇リハ、戦友ヲ守ルタメニコソアル……」
『そうですか……残念です。ではこの話はなかったことに――』
「オ前ハ鎧ダ。ソノ力ヲ御してやる」
『――気に入りました。惚れそうです』
恍惚とした声と共に、鎧が展開する。まるで、装者を迎え入れるように。
ガーランドは躊躇いなく鎧を装着した。駆動する人工筋肉シリンダーがガーランドの力に呼応して肥大し、強化チタン及び人工アダマンタイト超合金の装甲が新たな主の誕生を歓喜する。
『力が戻れば、あなたを容赦なく乗っ取ります』
「ヤッテミロ」
『はい……ああそういえば、私の名前を教えていませんでしたね』
鎧の目が光る。
腕に備えられたパイルバンカー・ブーストが唸りを上げ、壁を粉々に砕く。
その先の空間ではまだ、戦いが続いていた。
ほぼ無傷のベーゼ、対して四肢を失ってなお戦意の衰えないソラ。
濃厚な戦いの気配に、鎧がさらに駆動音を増す。それは歓喜の声のようだった。
「な、何やアレは……」
「奴は戦いができればそれでいいと考えてる危険なバトルジャンキー。平和や愛といった倫理観とは一切無縁な生まれついての戦鬼」
巨大な金棒ともハンマーとも斧ともつかない武器――『DW‐002:ザ・プレッシャー』を構えた。
全身から噴き出る蒸気によって融解した死体を踏みしめ、破壊者が進む。
『騒霊……私の名前は『ガイスト』です』
「ガァァァァッッッ!!!」
ガーランドの咆哮が響き渡り、背部に展開したジェット・ウィングによってベーゼへと肉薄した。