第52話 悪しき外装『パンツァー・ベーゼ』
「どこからでもかかってくるといい。まっ、お前ら程度の実力じゃ俺は倒せないけどね」
「やってみっかぁ? ウチはお前の御大層なアーマーより硬いぞ!」
ウチは強く踏み込むと、パンツァー・ベーゼ……長いのでベーゼに向かって弾丸のように飛びかかる。
当たりさえすればどんな鎧を着ていても痛手となるだろうが、流石に馬鹿正直に当たってくれるとは考えていない。
「そんな獣みたいに突っ込んできて……」
「お前は人面獣心っちゅう奴やなぁ」
「ッ!」
ベーゼは余裕でそれを避けた。
ウチは強化した手足でガリガリと地面を削り、火花を散らしつつ無理やり方向転換。
それと同時に、うごめく【触手】を伸ばした。
「チッ、面倒だなぁそれ」
「対応しといてよく言うわ」
「中々のスピードだが私以下だな。蚊にも劣る」
「おおっと?」
縦横無尽に動く触手を手で打ち払っていると、背後からはグレゴールが迫る。
音もなく背後に現れたグレゴールを、ベーゼはどうにか避けた。彼女が口を開いたのは、もう攻撃した後だったというのに。
どうやら本当に強敵のようだ。
「どうやら君らより俺の方が一枚上手だった――ぐあっ!?」
余裕の態度だったベーゼが横から吹っ飛ばされる。
それをやったのはもちろん、頼れる兄貴分である……
「遠距離攻撃に対応できないってマジ? 実力者ムーブしといてそれはないだろ……」
「お前、何かムカつくしウザいね……先に殺してやるよ」
「おお、怖い怖い。で、視野狭くなってっけどいいの?」
「は?」
「ガァッ!!!」
ブロワーマンは、ブロワーから空気砲と同時に撃ち出したカラーボールと、【罵倒】スキルを使い、意図的に思考を誘導した。
その結果、視野が狭くなったベーゼは背後から迫りくるガーランドに気づかなかったのだ。
「ウザッ……連携ってウザいなぁ……オーク如きが俺に触るなッ!!!」
「ガァッ!?」
「ガーランド!?」
吹き飛ばされたものの、すぐに復帰したベーゼがガーランドを蹴り飛ばす。
ガーランドはリビングアーマーの残骸とオークの血肉で作られた死体の山へと突っ込んだ。
「いらないんだよ……オーク連中も、俺以外の――」
「お喋りが過ぎるぞ。それとも独り言を聞いてほしかったのか?」
「チィッ!? 速すぎんだろ……」
だが、蹴りを放った隙を見逃さず、グレゴールが高速でベーゼへと肉薄する。
鋭く尖った脚が突き刺さる寸前、ベーゼは何とか身をよじって反応し、回避に成功した。
何て反応速度だろう。スキルを使っているのかもしれない。だが、二段構えの攻撃は対応できるか?
「うわっ、キッショ……何これ……」
「軟体動物は初めてか? タコもイカも全身筋肉で動いてるっちゅうことを教えたるわ!!!」
「うぅっ!?」
グレゴールの背後を追うようにして、ウチの触手が伸びた。
それはベーゼの全身に絡みついて締め上げる。さらに、ウチも首や関節を締め上げて拘束した。
「え、映画とかで触手に絞め殺される人の気分ってこういうことか……」
「このまま殺したってもええんやぞ?」
「それは嫌だなぁ……こっちもちょっと本気出すよ」
「えっ」
虚空から、禍々しい剣が現れた。
それが奴の手に握られる。その瞬間、ウチはそいつから離れようとしたが、一歩遅かった。
邪悪な紫電を走らせる刀身がウチの両腕を切断する。触手の方は早く引いていたので無事だったが、両腕の切断面から血が流れ落ちる。
「う、ウチの手ェ潰したつもりか? 残念やがウチは不死身や――」
「ああ、知ってるよ。だからこの剣を使ったんだけど」
「ああ?」
両腕に集中する。
だが、いつまで経っても再生しない。
力を込めたおかげで血は止まったが、それだけだった。
「な、何でや!?」
「魔剣『シェルブリンガー』。この剣のスキルは【封印】……斬った相手のスキルを封じ込めることができる。取りあえず脚ももらおうか」
「がっ!?」
「そ、ソラーッ!?」
両手両足を失ったウチが崩れ落ちる。
だが、まだウチには【触手】がある。2本の触手を脚のように使ってバランスを取り、ベーゼを睨みつける。
「う、ウチはまだやれるぞ!?」
「タフなメスガキだなぁ。今度は思考もできないように脳をぶった斬ってやるよッ!」
「来いや鎧野郎! 全身覆っとかんと散歩も行けへん腰抜けがウチを殺せるなんざイキってるんとちゃうぞゴラァ!!!」
奴の剣と、硬化したウチの触手がぶつかる――と思われた時。
背後からガシャリ、という重い音が響いた。グレゴールのものはもっと軽く、こんな重装はいない。
では誰が、とウチもベーゼその方向に目をやる。
「あ、ウッソ。冗談だろ?」
「ああ?」
リビングアーマーとオークの死体。
その先の壁に、大穴が開いていた。ガーランドが吹き飛ばされた方向だ。
大穴から、何者かが姿を現す。
「封印……あんなとこにあったのかよ……」
「何のことや?」
「……あそこに封印されてたのは、リビングアーマーの中で最も危険な兵士さ。誰にも制御できなかったからリビングアーマーの王によって封印された……」
刺々しい全身鎧。
ベーゼのように分かりやすく邪悪な雰囲気ではなく、黒を基調とし金の縁取りがあしらわれた装甲が、ダークで危険な雰囲気を漂わせる。
それは西洋の騎士がまとうような鎧というよりも、機械の力で動くパワード・スーツというような機構を備えた異形の装甲鬼兵が姿を現した。
「な、何やアレは……」
「奴は戦いができればそれでいいと考えてる危険なバトルジャンキー。平和や愛といった倫理観とは一切無縁な生まれついての戦鬼」
その機甲兵が、巨大な金棒ともハンマーとも斧ともつかない武器を構えた。
全身から噴き出る蒸気が、足元の死体をドロドロに溶かす。
「鬼装甲『ガイスト』。最も危険なリビングアーマーだ」
「ガァァァァッッッ!!!」
機械の鎧から響く咆哮は、まぎれもなくガーランドのものだった。




