第40話 特異個体オーク『ガーランド』
ガーランドは普通のオークだった。
ダンジョンに出現し、探索者や他のモンスターと戦い、死ぬ。
そんな役割を与えられたモンスターに過ぎなかった。
「ガァ……」
「ハァ……ハァ……捕獲になった途端、オークがこんなに強いとは……」
「早いとこ運んじまおうぜ」
「あのキャプチャーはこんな連中を無傷で捕獲してるんだったか」
「俺たちにゃ無理だな」
ある日のことだった。
ガーランドはある探索者パーティに敗北し、倒れ伏した。
奇妙なことに、この探索者達からは殺気を感じなかった。だが彼はモンスターとして、全力で挑んだのだ。
だが、質と数の暴力には勝てず、彼の奮闘は1人の腕を骨折させる程度に終わった。
「頼むから眠っててくれよ……」
「グ、グゴ……」
探索者の持つ注射器が打たれると、ガーランドの意識は暗転した。
◇
「ガフッ! ガフッ!」
ガーランドが次に目を覚ましたのは、粗末な檻の中だった。
だが、それも束の間。人間達に檻の外へ連れてこられると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
『うぉぉぉぉぶっ殺せぇぇぇぇ!!!』
『やれぇぇぇぇ!!!』
人間、人間、人間。
高い壁の上に、人間達が所せましと座り込み、怒号を上げている。
その姿は、今まで見てきたどんなモンスターよりもある意味では恐ろしいものに見えた。
「グルルルル……」
そして目の前には、血走った眼をした狼人間。
傷だらけで、絶対に殺してやるという意志を感じる。
『さあ、皆さま今宵もやってまいりました! 『東京ドーム裏コロシアム』モンスター闘技部門!! 実況はこの私、篠村十来でお送りいたします! そして解説の――』
『ブロワーマンです』
どこからか、大きな声が聞こえる。
ほとんど何を言っているのか聞き取れなかった。
『――片やオークというフィジカル対決! レディー・ファイッッッ!!!』
「ガアアアアッ!!!」
カァンッ、という金属音が聞こえた瞬間、狼人間が襲いかかって来た。
いつかは襲われるだろうと気を配っていたのが幸いし、反応は間に合った。
「ガアッ!!!」
「グゥ……!」
剛腕と凶悪な爪による攻撃。当たれば頑丈なオークとてただでは済まない。
だが、一目見た時からその対処法を考えていたガーランドは爪を躱し、逆にその頭部に一撃を与えた。
屈強なオークは、同じC級モンスター頸椎すら一撃で粉砕せしめるパワーを秘めている。あくまで、鍛えていればの話だが。
「ガ……ア……!?」
幸いにしてガーランドは鍛えられたオークだった。
その一撃は、狼人間の下顎を粉砕し、決定的な隙を生み出すことに成功した。
「グルァッ!!!」
「ギャイン!?」
ガーランドはまるでコブラツイストのような要領で、狼人間が爪を振っても無駄になるように締め上げた。
高い筋力のそれは、狼人間の命を奪うのに不足はない。
「イ……家ニ帰リタイ……殺シ合イハモウ嫌ダ……」
「……」
狼人間が言葉を発した。
――一説には、狼人間は人間の言葉を真似て罠にはめることもあるという。
だが、ガーランドにはそれが本心からの言葉に聞こえた。
「グゥ……」
「ガ……アリガトウ……コレデ、家族ノ所ニ……」
ガーランドは、名も知らぬ狼人間が苦しまないように首をへし折った。
……それはガーランドなりの慈悲だった。こんな訳の分からない場所に連れてこられ、殺し合いをさせられる。
なら、逝く時はせめて安らかに、そして自分が死ぬまでは覚えていてやろう。そう思っての行動だった。
「グゥン……」
ガーランドは、狼人間の牙のうち、最も立派な犬歯を取った。
――一説には、狼人間にとって歯は神聖なものであるという。死んだ仲間の歯をネックレスにしているということもあるそうだ。
『勝者はなんと! 新米のオークだァァァァ!!!』
『ウオォォォォ!!!』
勝利の余韻は、無い。
今ここに立っていることだけが事実だ。
「フスン……」
ガーランドはつまらなさそうに鼻を鳴らし、自分を檻に戻しに来たであろう人間についていった。
◇
「ガーランド、ほら、食事だ」
狼人間との戦いから2年。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる島田という男と出会い、ガーランドはなんとか生き延びていた。
……こっそりと、対戦相手の情報を横流ししてくれることもあったのは、非常に助かった。
「ガーランド、今日はいい知らせがあるんだ」
「グゥ?」
戦って、飯を食って、鍛えて、寝て、次の戦いへ……
そんな生活が続くと思われたが、今日は違った。
「ガーランド、君はここから出られるんだ!」
「?」
島田の言っていることが分からなかった。
この3年間、生きてこのコロシアムを出たモンスターはいない。いるのは、今を生き延びたモンスターだけだ。
だが、興奮した様子の島田は話を続けた。
「ようやくだ! ようやく依頼を受けてくれるテイマーが見つかった!」
「グゥ……」
「大丈夫だ! 君は安心して明日の相手と全力で戦えばいい!」
「グ、グムゥ……」
ガーランドは、体格も何もかも下回っている島田の熱意に負け、明日に備えて今日は寝ることにした。
◇
「グゥ! グゥ!!」
「ジャアッ」
――島田め、何が安心して戦えだ!
ガーランドはそう思わざるを得なかった。それほどまでに、目の前のトカゲは怪物に見えたのである。
「グゥ……」
トカゲ――ドンからは殺気は感じない。だが、感じさせない程の強者であればどうか?
一見すると大きなトカゲのようだが、武器は何だ? 炎を吐くのか? 毒か? まさか魔法を使ってくるのか?
それすら分からない状態で下手に手を出すのはよくない。
情報は命、固定観念は死。
今までそれが原因となり死んだ者達を見てきたし、それを利用して勝ち抜けてきた。
加えて、あのVIP席からは恐ろしい気配がする。2つもだ。
一方はドンの飼い主で間違いないだろう。
「グァァァァ!!!」
「ジャアアアア!!!」
四足歩行のため体高は低いが、その威圧感は恐ろしいものだった。
ガーランドは武器として長棒を持ってはいる。だが、それだけで戦える相手ではないだろう。
しかし、ガーランドはそれを承知で長棒でドンを打ち付けた。
結果はもちろん効かず、ドンは微動だにもしていなかった。
「ジャアアアア!!!」
「グォウ!」
自分の苦手とする、硬い相手だということを認識したガーランドの次の手は、全身の力を抜きながらの『待ち』だった。
硬いならば、その隙を見つけるまで。相手の動きをよく観察し、攻撃を躱し、弱点を見抜く。
生物である限り、どんなに強くても弱点は存在するはずだ。そう考えたガーランドは、カウンターを狙うことにしたのだ。
また、相手の攻撃を何度も誘うことで、疲労も狙っている。
ガーランドの筋力と技量ならば、飛びかかってきた相手を軽く押すだけで軌道を変えることは容易だ。
このかなり地味な戦い方こそが、彼の得意なスタイルの1つだった。
「ジャアッ!」
「グゥ!」
やはり、ドンは飛びかかってきた。
何度か避けつつ、攻撃を受け流すが……重い。
重心も、体重も重いのだ。
「ジュルッ」
「グオッ」
ガーランドが戦ったことのあるモンスターの中で、最も重量級だったのがアーマードライノだった。
その平均体重は約4トンにもおよび、彼が戦った個体もその例にもれず4.2トンの超重量級である。
もちろん、ガーランドはこの生きた重戦車の猛攻を受け流すとか、そんな馬鹿はしなかった。
次点で重かったのが、リビングアーマー重装歩兵の250キログラムだ。
使っていたのが剣ではなくメイスの類だったため、なんとか受け流すことができたが、腕の骨にひびが入るところだった。
ドンは、それよりもはるかに重かった。
「ジャアアオオッ!!!」
『おあーっと!!! ドン選手、突進からの回転だぁぁぁぁ!!!』
『爪を起点としているようです。遠心力の関係でとんでもない威力でしょうねぇ』
それを理解したガーランドはすぐさま距離を取るが……ドンも負けてはいない。
先ほどのように飛びかかる……と見せかけて、地面を滑るように一回転。ガーランドを弾き飛ばしたのだ。
「グゥオッ!?」
突然吹っ飛ばされたガーランドだが、持ち前の運動能力で受け身を取り、怪我はなかった。
「ジャアーッ」
「グォッ!?」
だが、ドンはガーランドが受け身を取る直前に飛びかかり、着地狩りを狙っていたのだ。
容赦なく飛来するドン。ガーランドの上に、総重量500キロ近くの巨体がのしかかった。
「グ、ウォォォォ!!!」
「ジャアアアアアアアア!!!」
鍛え抜かれたオークの屈強な肉体でさえ軋みを上げ、頑丈で骨太な骨格も砕けようとしていた。
さらに、ガーランドの顔にドンの鋭利な爪が伸びる。
まさに絶体絶命。もはや今日が命日かと覚悟を決め、しかし抵抗は決してやめない。
何故なら、ガーランドは誇り高きオークの戦士。今まで戦ってきた強敵達の命を糧に、生き延びた生粋のバトル・モンスター。
その誇りと血が、彼の能力を解放した。
「グゥ……オオオオォォォォッッッ!!!」
「ジャアッ!?」
ガーランドの筋肉が肥大化した。
これこそ、誇り高き戦士のオークのみ使えるスキル【戦士の怒り】である。
全身に力が漲り、視界はスローモーションのような極限集中状態。覚悟、誇り、敬意……その精神性がオークの戦士か否かを分けるのだ。
「グァッ!!!」
「ジャッ!?」
ガーランドがドンの尻尾を掴み、地面へ叩きつける。
砂の地面。だが、踏み固められており、叩きつけられることは死を意味する。
しかし、タフなドンにその程度の衝撃は効きはしない。
「ゴッ」
「ジュオァッ」
そんなことは百も承知だ。
ドンに追撃の左拳が飛んでくるが、ドンはそれを身をよじって避けつつ、その勢いのまま強引にガーランドの手から逃れた。
硬く握り込んだオークの手から逃れるのは至難の業だが、ドンのパワー、重量、戦闘経験がそれを可能とする。
だが、起き上がろうとするドンの隙を逃すガーランドではない。
彼は猛スピードでドンへと迫り、その太い剛腕で首を絞めつけた。締め技……それはガーランドの得意技だった。
「グゥオオオオッッッ!!!」
「ジャアアアアッッッ!!!」
誇り高き戦士、勇壮なる竜。
組み合い、殴り、引き裂き、投げ、叩きつけ……お互いに一歩も引きはしない。
まさに死闘、しかし拮抗。
もはや泥仕合と化したそれは、終わりなど存在しないのではと思われたその時だった。
ズドォン!
「!?」
『何だ!?』
『何か降って来た!?』
突然のフィールドへの落下物に、観客すら困惑する。
ドンはそれを認識した時には、ゆっくりとガーランドの上から退いた。
「自分、めっちゃええやんけ」
「グゥ……!?」
落下音とは裏腹に、その足音は軽い。ドンやガーランドよりもはるかに。
「ガタイもええし、かといって力任せとちゃう。技術もある。なんか気に入ってもうたわ」
土煙を切り裂き、声の主が姿を現した。
「自分がガーランドやな? ウチについてこい。この悪趣味な闘技場の外に連れてったるわ」
「グォ……?」
まるで、希代の彫刻家が生涯にわたる妄執の末、精巧に作られた彫像のような少女だった。その透き通る肌に余計な要素は1つとして無く、傷を負った形跡も一切見られない。
だが、頭部から生えた異形の触手が、この少女がただ美しいだけの存在ではないことを明確に示している。
そしてその触手すら、彼女を飾り付ける要素の一つとなっていた。
今まで、人間にも通用するような美しいモンスターとも戦ったことはあるが、彼女はそんなレベルではない。次元が違う美しさだった。
美しさと力強さを兼ね備えた彼女は、そのな手をガーランドに差し伸べた。
「グゥ……」
外への誘い。
――ああ、島田の言っていたことは本当だったのか。島田が騙され、自分が処分されるのではないかと思っていたが、そうではなかったことに安堵した。
差し出された手を取る。
「グムゥ……」
「ん? なんや? ウチになんかついとるか?」
しかし、布地面積については、ガーランドの方がかなりマシな格好だった。




