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SS・掌編小説 純文学

月のような

作者: 空クラ
掲載日:2023/10/10

短編です。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 俺の住んでいるマンションの屋上からは花火が見える。

 しかし、夏の人の出入りを嫌ったビルの管理人は屋上への通り道を封鎖してしまった。

 屋上に繋がるドアの取っ手は鎖でぐるぐる巻きつけられ、錠がかけられ外すことは出来ない。


 頭の上に小さな窓はあるが、錆びた鉄が格子状にはめこまれている。

 だから今、屋上には俺以外誰もいない。

 では俺はどうやって入ったかというと、なんて事はない、管理人が居ないときに合鍵を作っていたまでだ。

 外した鎖は、外に出てからかけ直してる。

 だから上がって来た人間が外れている鎖に気付き、取っ手を回したところで開ける事は出来ない。


 今日は別に花火を見ようと思って屋上に出てきたわけではなかった。

 ただ、またまた屋上に出てきた時に花火が上がったのだ。

 だから花火が上がった時、少なからず俺は驚いた。

 花火を見るのは久しぶりだった。

 俺は寝転び、花火が夜空にはぜる音を聞いた。

 何処か遠くの国の音楽に聴こえなくもない。

 星は瞬き、ときおり夜空に色をつけた。


 「やはりここにおったな」

 声をかけられるまで、その人物が屋上にいるとは気付かなかった。

 寝転んでいる俺を、老人は覗きこむように立った。

 「悪いな、じいさん。ドアが開いてたもんだから、つい、な」

 「嘘はつかんでもええ」

 ビルの管理人のじいさんは、俺の横に座りながらいった。

 「お前さんが屋上に出入りしているのは分かっておった」

 むっとする空気があたりを包んでいる。

 花火が糸を引くように上がり弾けた。

 遅れて音がやって来る。

 俺はじいさんに訊いた。

 「どうやって入った?」

 老人は、ほほほと笑った。

 頭は禿げ上がり、歯はかけている。

 まぬけな表情にみえなくもないが、そうさせない何かがあった。

 それは老人に刻まれている皺が、俺の経験しなかった意思の強さが見えたのかもしれない。

 「今回は鎖をかけ忘れたようだな。ノブを回すとあっけなく開いたよ」

 そうか、と俺はいった。どうやら鎖を忘れたらしい。気がつかなかった。

 「心配せんでええ。ワシがちゃんとかけておいたよ」

 そういって老人は黙った。しばらくふたりとも黙っていた。

 その間に幾つもの花火が上がり、俺は一本の煙草を吸い終えた。

 「お前さんは、どこか抜けとる。孫のいう通りだ」

 老人はぽつりといった。

 「孫?」

 「そうじゃ。お前さんが屋上に出入りしているのを教えてくれたのもあの子じゃ」

 「じいさんに孫がいるとは知らなかったよ」

 「もう15歳になる。早いものだ」

 俺は肘をつき、体を半分持ち上げた。

 老人は遠くを見つめていた。花火をみているわけでは無さそうだった。

 「あの子は鋭い感受性を持っている」

 「その頃の年代の子なら、誰でもそうだろう。削られ、麻痺してしまった俺らのような人間には感じる事が出来ない世界で生きている」

 「そうかもしれん。だがあの子は特別じゃ」

 老人は相変わらず遠くを見つめいる。

 そこには老人にしか見えない映像があるようだった。

 そして、当然の如く俺にはみえない。

 「お前の事を、月の様な人物だと言っておった。決して自分から輝く事が出来ない。

 そして月が満ち欠けするように、彼も決して満たされないでいる」

 俺は煙草に火をつけ、再び寝転がった。

 老人は乾いた手を膝の上で絡めている。

 「そして、そのことは、痛いほど自分で分かっている、とな。

 あの子は時々、自分でも気づかない思いをすくいとり、はっとさせるような事を教えてくれる」

 俺は黙ったまま、煙草くゆらしていた。


 月は欠けていた。

 俺はあれと一緒なのか。漠然と考えた。

 俺が月と一緒だと考えた事もなかった。

 考える必要が無かったのか、考えが及ばなかったのか。どっちとも違うのか。

 

 「何千年ものあいだ、自ら輝く事を忘れ、今の状況に馴れきっている」

 花火はクライマックスにさしかかっている。

 夜空の闇を裂くように、幾つもの光りと音に支配されていた。

 「花火を見てみろ。一瞬でも自ら燃えて、主張しとる。だからこそ人に強い印象を残す事が出来るんじゃないのか」

 「………」

 「いかんな。歳をとると、どうしても要らぬ事を言ってしまう」

 老人は手を地につき、よっこいしょという掛け声とともに立ち上がった。足腰は弱っていないようだ。

 そして思い出したように老人は付け加えた。

 「そう。あの子はこんな事も言っておった。

 どうして世界は歪なのに、星や月は丸いのか知っているか、と」

 「いや、わからないな」

 「人間がみて、感じる事が出来るから、だそうだ」

 「どういう意味だ?」

 「さあな。あの子のいう言葉は分からない時がある。しかし、妙に納得してしまうのは、わしの孫だからだろうか?」

 老人は歩き去った。


 俺は花火が夜空に残した、残骸ともいえる白い煙りを見ていた。

 

 俺は老人のように納得なんて出来ない。

 ただ、こうやって寝転がっている事が馬鹿げた行為に思えた。

 そろそろ起き上がる時なのかもしれない。何故かそう思った。

 俺は何処にいるか分からない、じいさんの孫に語りかけた。


 俺は月でなく、ひとりの人間として生きていけるだろうか。

 

 答えはない。

 だが立ち上がり、身体を伸ばした。


 月を見る。

 何か言葉じゃないものが俺の中に入ってくるのが感じられた。


 進め。


 心がうずくものがあった。その感覚を忘れないように、俺は月を見つめている。

 ひとつはぐれた子どものように花火があがり、弾けた。


 俺は少し笑い、歩き始めた。


End


気に入れば、ブックマークや評価が頂けたら嬉しいです。

執筆の励みになります。_φ(・_・


他にも短編書いてますので、よろしかったら読んでみて下さい。

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