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カディーコットン

作者: 九藤 朋

 病院の帰りだった。私の足はふらふらとデパートに向かっていた。

 ある店に置かれた、白いシャツブラウスを手に取る。柔らかい。

 すかさず店員が寄って来た。

「お客様。ブラウスをお探しですか?」

「ええ、まあ……」

 歯切れ悪く答える私の様子を気にも留めず、店員は続ける。

「そちら、カディーコットンのお品となりまして、とても貴重なんですよ」

「カディーコットン?」

「はい。綿花を手で摘み、その中から最も長くて柔らかな糸を手で紡ぎ出すんです。その糸で織られたコットンのことです。着てみられると解るかと思いますが、ふんわりして、まるでお母さんに抱っこされてるみたいだって言われるお客様もいらっしゃいます」

「試着して良いですか?」

「はい、ぜひ、どうぞ」


 店員の言うことは本当だった。柔らかい。優しい人の腕に包まれているよう。

 これなら。

 私は、そのシャツブラウスを手にレジに向かった。





 娘をようやく寝かせつけた。

 まだ三歳なのに早熟で、私の着ているカディーコットンのシャツに頬擦りして、着たい、着たい、と言う。

 おませさん。

 貴方にはまだ早い。

 

 私は母子家庭だった。

 ようやく私が独り立ち出来る年齢になった頃、病院帰りの母が、このシャツブラウスを買って帰って来た。相当、高価だったであろうことは一目見て知れた。貴方のよ、と言った時の母の眼差しは慈愛に満ちていた。

 末期の癌を母が宣告されたと知ったのは、それからすぐ。

 母は帰らぬ人となった。

 その時の、胸に空いたがらんどうを、どう言い表せば良いのか私は知らない。

 今でも、上手く言葉に出来ずにいる。私以外がいなくなった部屋で、私の視線は箪笥に向かった。カディーコットンのシャツブラウスは、私に遺された形見となった。


 私は、眠った娘の頭をそっと撫でながら、シャツの生地の温もりを想う。


 お母さん。今なら、貴方の気持ちが解る。


 貴方は、私をずっと包み守っていてくれたんだね。自分がいなくなった後もずっと。


 幾度も襲い来る喪失の波を、カディーコットンがそのたびに退けた。吸水性が良く、涙は弾かれずに消えた。

 早いもので今では私が母だ。


 お母さん。

 お母さんが遺してくれたものを、娘にいつか手渡す。


 我が身を抱き締めたら、コットン生地が少しよれて、皺が出来た。




あゆみさんへ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 母から娘へ。温もりと気持ちは受け継がれていくんですね。
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