悪魔の本性
突然だった。
教室に現れた幼馴染の千葉 美緒が大杉に「おい。悪魔」と暴言を吐いたのは――。
驚いた様子の大杉。もちろん、僕だって驚いた。いきなり、「おい。悪魔」じゃあ、誰でも驚くに違いない。いきなり何言ってんだよ、って。このままだと、喧嘩になりうると判断し、僕は咄嗟に二人の間に入った。
「ちょ、ちょっと! 美緒。いきなり悪魔は失礼だろ!」
美緒の顔を見る。変化は無い。それから、大杉の方に顔を向け、
「大杉も美緒に何したんだよ」
その言葉に大杉の体が僅かによろめく。貧血か? って、コイツそんなに体が弱かったかな? でも、一部の噂じゃ数十名の名高い不良共を一人で全滅させる程タフな奴だと、聞いている。そんな奴が貧血なんて、何かかっこ悪いぞ。
とりあえず、美緒の方に顔を向ける。いつになく怖い表情。
『おいおい。マジで何やったんだよ。大杉』
などと考えていると、美緒が更に暴言を吐く。
「あんた、人の皮を被った悪魔なんでしょ」
「んなっ」
驚きの声を上げる大杉に思わず、
「そうだったのか。大杉は人の皮を被った悪魔だったのか」
納得してしまった。まぁ、様々な噂を耳にしていれば、納得して当然だろう。正直、僕も幾つか悪い噂を耳にしている。僕の知っている噂はどれも人間離れした事ばかりで、信憑性に欠けるモノだが、実際にその噂通りの事が起っている為、嘘とも言い切れない所がある。
そんな恐ろしい悪魔の様な男に、無謀にも暴言を吐いた美緒。あなたは何を考えているんですか。そう問いたい。
しかし、大杉は――相当ショックを受けている様に見える。本当に人の皮を被った悪魔と呼ばれる程の人間なのか、と疑いたくなる程弱っていた。
「あううっ……」
「何とか言いなさい。悪魔」
これがトドメだったのか、大杉が両肩を落とす。
つ、つつつ、遂にキレるのか。
恐怖と期待が入り混じる。あの悪魔と呼ばれる男の本性を拝める。そんな事、滅多にない。滅多にないが、この場にいて生きて帰れるのだろうか。と、不安になる。が、まぁ、その時はその時だ。人間、その気になれば何とかなるモノだ。
そんな期待に満ち溢れた視線に、美緒が気付いたのだろう。いつも以上に冷やかな視線が僕の方に向けられていた。
「あんたは掃除でもしてて、私は彼に話があるの」
このままでは、悪魔の降臨を拝む事が出来ない。そう、直感した僕はこの場に残る為の口実を考える。
「エェッ。掃除を手伝いに来てくれたんじゃないのかよ」
少しワザとらしいが、僕にしてはまずまずの芝居。今は掃除なんかよりも、悪魔の降臨が見たいんだ。それだけが、僕の脳を活発に動かしていた。
「それに、大杉だって掃除当番なんだ。僕一人に掃除を押し付けるのはどうかと思うよ」
「……」
沈黙。これは、僕に軍配が上がったと見ていいのだろうか。不安が脳裏を過り、美緒の目が大杉の方に向けられた。
「悪いけど、チョット付き合って。ここじゃあ、コイツがうるさいから」
ちょ、チョット待て! 何て強行策を実行してんだ!
そう言いたいが、ここは我慢する。僕とて何年も彼女と無駄に一緒にいたわけじゃない。対処法は幾つか知っている。
「僕ら友達だろ。掃除くらい手伝ってくれよ」
「……」
間が空く。その間も突き刺さる彼女の視線が痛々しい。それでもなお、僕は笑顔で彼女の顔を見つめる。
「誰が?」
沈黙を破ったその言葉に目を丸くする。言うに事欠いて、誰が、だと。ここは断固として講義しなければならない。
「僕と美緒がだよ」
「……ごめん。上手く聞き取れなかった。もう一度言って」
「だから、僕と美緒だよ」
もう一度発言すると、美緒の眉間にシワが寄る。眼鏡の奥の目が明らかにさげすむ様に、僕を睨む。嫌悪感を全面的に押し出したオーラすら感じる。
そんな空気の読めない振りをしていると、流石に美緒が怒気の篭った声で言う。
「あんた、いい加減空気を読みなさいよ」
「残念ながら僕も退く訳には行かないんだよ」
「……分かった。それじゃあ、いきましょうか」
そう言うと、美緒は悪魔の手を掴む。緊張が走る。悪魔と呼ばれる男、大杉の反応に。
しかし、大杉は特に反応を示す事は無く、美緒に引っ張られ教室から消えた。結局、僕は何も知らぬまま、一人教室に残された。