雨
シンシンと水滴が落ちる。
窓ガラスを叩く大小様々な雫。
いつしか澄んだ青空が、雨雲に包まれていた。
予報では午後から雨と言っていたが、少し遅い雨脚だ。
雨音が心を癒す。泣きたい俺の代わりに、空が泣いてくれているから。実際、そんな事は無いのだろうが、この雨が無かったら、今頃俺は号泣している。
ボーッと窓の外を見つめた。和葉の奴、どうなっただろう。一時限目は遅刻して来たわけだから、何かあったに違いない。
不意に和葉の方に視線を向ける。だが、いつもと変わらない様子で授業を受けていた。俺の気のせいだろうか。
しかし、気になる。告白はうまく行ったのだろうか。俺的に言わせて貰えば、告白が失敗してくれる事を願うが、和葉が悲しむ顔は見たくない。そんな気持ちもあり、複雑な心境だ。
深くため息を漏らす。俺はこんなにも切ないのに、授業は続く。早く帰って泣きたい。時間がこれ程まで長く感じるのは、久し振りだ。
過ぎ行く時間。黒板にカツカツと音を立てるチョーク。先生の声。全てがうるさい。今日と言う日が、早く終われと願い、俺は机に顔を伏せた。
暫くして、目を覚ます。
不覚にも寝てしまっていた様だ。
ホームルームも終わり、教室には掃除当番位しか残っていない。全く持って不覚だ。
逃げ遅れてしまった様だ。
「おい。大杉。今日はサボるなよ」
そう。俺は掃除当番だ。完全に逃げ遅れた。これでは、掃除をしなければならない。早く帰って泣きたいのに……。
「クッ……。寝過ごすとは、不覚だ……」
誰にも聞こえない程、小さな声で言ったつもりだが、奴には聞こえたらしい。
「不覚だ、じゃなくて、掃除はちゃんとしてくれなきゃ困るよ。全く」
小柄な男。コイツはウチのクラスの委員長、赤坂大河。世話好きでお人よし、掃除当番など関係なく、毎日放課後は掃除をしている責任感の強い奴だ。
そもそも、赤坂の奴が委員長をやっているのも、誰もやりたがる奴がいなかった為、担任が『出席番号一番のお前がやれ』と、無理矢理押し付けたものだ。それでも、委員長の仕事を真面目にこなしているんだから、凄いものだ。
「大杉、聞いてるか? 掃除しろよ」
「あーぁ。めんどくせぇ」
「面倒でも誰かがやらなきゃいけないんだよ」
赤坂は俺にホウキを押し付けた。こりゃ、掃除をしないと帰さない、と言わんばかりだ。渋々と立ち上がり、窓の外に目をやった。雨は激しさを増している。カサを持ってきて正解だった。兄貴にちょっとだけ感謝する。
「ちょっと! サボってないで掃除しろよ! 全く」
「分かってるって」
赤坂は口うるさい。まるで嫁をいびる姑の様だ。ただでさえ傷心して弱っていると言うのに、更にいたぶるか。情け容赦も無い奴だ。と、言ってもコイツは何も知らないので、仕方ない事なのだが。
文句を言うわけにもいかず、掃除をする事に――。しかし、教室の掃除なんて久し振りだ。高校に入って初めて――だと、記憶している。
「何で俺が~」
「口じゃなくて手を動かしてくれよ」
全く口うるさい。
「なぁ、他の連中はどうしたんだ?」
「他の連中?」
「まさか、俺とお前だけじゃないだろ?」
気がついてなかったわけじゃないが、今教室に居るのは俺と赤坂の二人だけだった。おおよそ予測はしていたが、赤坂は相変わらずの口調で返答してきた。
「キミと僕しか居ないけど、どうして」
「……まさかと思うが、いつもはお前一人でやってんのか?」
問い掛けに考え込む様に右手を顎に添える。暫く返答を待つが、唸り声だけが返ってきた。お人よしと言うか、真面目と言うか、メチャクチャ損する性格なんだな。シミジミそう思ってしまう。
そこへ、女子生徒が戻ってきた。藍色の髪を頭の後ろで束ねた眼鏡を掛けた彼女は、俺の顔を見るなり、切れ長の目で俺を睨む。
ええっ。俺、何かしましたか。焦りまくりの俺、考え込む赤坂、睨み付ける女子生徒。緊迫の空気の中、赤坂が女子生徒に気付く。
「オッ。美緒じゃないか。結局、今日も手伝う事にしたってわけか」
赤坂が美緒と呼んだ女子生徒が足を進める。俺の方へ一直線に。
おいおいおい。マジで俺は何か悪いことでもしたのか。身に覚えがないが、何だ。思い出せ。思い――。
「ああっ。そうか。お前、同じクラスの――」
「おい。悪魔」
エエーッ。最初の発言が悪魔って、何。俺はそんなに怨まれていたのか。ただ、同じクラスだって事と、名前を忘れていただけじゃないか。
俺のガラスのハートは、度重なるショックに耐え切れず粉々に砕け散った。もう立ち直れねぇ。俺はもうダメだ。
灰色に燃え尽きた俺は、呆然と立ち尽くす。何も考えらんねぇ。マジで泣きたい。今すぐ泣きたい。もう何も考えたくない。