私は待つよ
私は泣いた。
胸の奥に溜まっていたモノを吐き出す様に。ただひたすら涙を流した。
その間、健太は何も言わず、私の肩を優しく抱き締める。
服に染み込む雨の匂い。きっと必死に探してくれていたいたんだ。
健太の温もりに、心が安らぐ。そんな気持ちになった。安心したからか、涙が止まっていた。それでも、健太の胸に頭を押し付けたまま、私は動かなかった。雨脚も弱まり、辺りは静まり返っている。
静かな雨音を聞いていると、健太の声が聞こえてきた。
「あのさ……。俺じゃ……ダメか?」
突然の事に戸惑う。ま、まさか、コイツに告白されるなんて……思ってもいなかった。顔が熱くなるのを感じ、何も言えずにギュッと健太のTシャツの裾を握り締める。すると、健太が静かに言葉を続ける。
「こんな時に言う事じゃないと思うんだけど、俺、ずっとお前の事が好きだった。だから、井上と上手く行かなくて正直安心してる」
随分とハッキリと言う。少しは私の気持ちも考えて欲しい。
「ごめん。何だか場の空気が読めなくて……。でも、俺はお前の支えになりたい。ずっと、隣りで笑ってて欲しいんだ」
くさい! くさ過ぎる。聞いてる私の方が恥ずかしくなる程くさい台詞。それを口にした健太は、きっと私よりも恥ずかしいと思っているんだろう。その後、言葉を中々発しない。
沈黙。どれ位続いたか分からないけど、痺れを切らした様に健太が口を開く。
「なぁ、和葉」
「なによ……」
とりあえず、返事をする。恥ずかしくて顔を上げる事が出来ず、彼の顔は見れない。でも、何と無く健太の表情は想像できた。ずっと、ずっと彼を見ていたから。小学の頃からずっと。優しくて、暖かで、誰からも慕われる彼が好きだった。でも、あの日彼は変わった。そして、私も。
だから、彼への想いを心の奥にしまっていたのに……。そんな事を言われたら……。
「俺は井上みたいに、運動も勉強も出来ない。そんなに人に好かれてるワケでも無い。お前に相応しく無いのは重々承知している。だから――」
言葉が途切れる。鼓動が一層早くなり、頭の中が真っ白に。困惑する私の肩をギュッと握る健太が、私の目を真っ直ぐに見つめる。
「俺と――」
健太が言い終える前に、私はその体を押し退けていた。傘が宙を舞い、ゆっくりと落ちた。
驚いた様子の健太は、下唇を噛み締め俯く。
「ご、ごめん……。でも――」
「うるさい! このバカ! 何、こんな時にこ、告白なんか――」
顔から火が出るくらい恥ずかしかった。それでも、これだけは言っておきたくて、更に声を荒げる。
「いい。本当に私が好きなら、こんな時じゃなくて、もっとちゃんとした時に――」
「ちゃんとした時っていつだよ」
「エッ、そ、それは……」
突然の反論に口篭ると、健太が言葉を続ける。
「俺は、お前が好きだ」
ストレートなその言葉に戸惑う。真っ直ぐな目が、私を見つめる。視線を外す様に俯き、呟く。
「わ、私、理想が高いの」
僅かに震えた声に、健太が答える。
「だったら、俺はお前に相応しく変わってやる」
「本当に? カッコよくなれる?」
「ど、努力する」
「何よ、努力するって」
「いや……。まぁ、その……」
口篭る健太は少し間を空けてから、
「理想通りになれるか分からないけど、最善は尽くす。それでも、ダメなら――」
「諦めるの? 私は待つよ」
「ヘッ?」
突然、奇声を放つ健太は、目を丸くしている。当の私も、自分の言った言葉に赤面し、俯く。
「あ、あの、それって……」
「か、勘違いしないでよ。待つって言ってもずっとじゃないんだから」
テレを隠す様にそう言うと、健太が嬉しそうに笑みを見せる。
「俺の事、待っててくれるんだな」
「だ、だから、別にあんたを待つわけじゃ――」
「そうテレなくて――はうっ」
回し蹴りを見舞った。派手に吹っ飛ぶ健太は、水溜りに頭から突っ込んだ。
「な、何すんだ!」
「か、帰るわよ」
「コラ! 謝れ! ま、待てって!」
健太の言葉を無視して、私は地面に転がる傘を取り歩き出す。その間も背後から響き渡る健太の声。その声に思わず笑みがこぼれてしまった。