雨の中の少女
教室に戻ると、既に電気が消されていた。
掃除は赤坂が一人でやってくれた様で、黒板にデカデカと『戸締りは任せる!』と赤チョークで書かれていた。白じゃなく赤と言う所が赤坂らしい。
しかし、折角綺麗にした黒板が、既にグチャグチャじゃないか。
小さなため息を零しつつ、戸締りをして教室を出た。途中、職員室にカギを返し、玄関口まで行くと、イチャイチャしている二人組みを発見した。
あれは――間違いなく赤坂と千葉だ。あの二人、付き合っていたのか。
驚きから声を出しそうになり、思わず身を隠す。何だかヤバイ現場を目撃してしまった。困惑する俺に、千葉が言葉を投げかけてきた。
「出て来い! 大杉」
「エッ! 大杉? 何処にいるの?」
キョロキョロする赤坂。何故だ。何故、千葉にばれた。もしかして、何かの能力者だろうか?
色々と不可解な点が残るが、とりあえず千葉に言われた通り、姿を見せる。あんまり待たせると、何を言われるか。
「で、何か用?」
「美緒、怒ってる?」
「お前はうるさい」
千葉が赤坂の額をグーで殴った。痛々しい音。コイツは和葉と並ぶ暴力っぷりだ。
痛がる赤坂を尻目に、千葉が言葉を続ける。
「それで、何? あんたも殴られたい?」
「いや。それは結構だ。ってか、二人は付き合ってるのか?」
俺の言葉に千葉が顔を真っ赤にして、俺の額をグーで殴った。
「はうっ」
あまりの痛さに変な声が出た。こんなパンチを赤坂は毎回受けていると思うと、凄い奴なんだと思う。
痛みに耐え、立ち上がると、赤坂が表情を歪めながら、
「大丈夫?」
と、尋ねた。全く平気ではなかったが、とりあえず、
「大丈夫……」
そう答えた。すると、痛みに慣れているのか、既に復活した赤坂が思い出した様に、
「まぁ、そんなことよりさ、さっき山本さんが雨に濡れて帰ってたけど、追わなくていいの?」
と、聞いてきた。何故、俺にそんな事を言うのか分からないが、千葉の顔を見るとそんな事を口にしようものなら、もう一発パンチを貰いそうだと、判断し言葉を呑む。その様子に僅かに頷く千葉が、睨みを効かせ、
「さっさと追え!」
「はい?」
「今すぐ、和葉を追え! このノロマが!」
急に悪態を吐いた千葉が、俺の背中を蹴った。
「痛いだろ! 何すんだ」
「うるさい! さっさと行け!」
千葉が俺の背中をもう一度蹴った。背中を蹴られた俺は、外へと追い出され雨に濡れる。あぁ……何の為に傘持ってきたんだよ。て、位ずぶ濡れ。
振り返ると、赤坂が苦笑いを浮かべ、何故か千葉は睨んでいる。睨む前に何か言う事があるだろ。そんな目を向けると、
「行け」
この一言だ。どっちが、悪魔何だか。ため息を零すと、更に怒声が響く。
「さっさと行く!」
「わかった。わかったって。行けばいいんだろ。行けば!」
小さな反抗をして、俺はその場を立ち去った。あの場に居ようモノなら、次こそ間違いなくボッコボコにされてしまう。何だか、赤坂の苦労が分かってしまうのは、千葉が和葉に似ているからだろうか。
そんな事を考えながら、右手に持った傘を差す。流石にこれ以上濡れたくは無い。
傘を片手に帰路を辿ったが、和葉の姿はまだ見えない。おかしい。そろそろ和葉と出くわしても良い頃だが……。もしかすると、道草か。だとすると――。
俺はすぐ様来た道を引き返し、右折する。雨の中を走っていると、すれ違う人々に迷惑そうな目を向けられた。だが、今は人の目を気にしている場合じゃない。人と人の間を駆け抜け、俺は公園の前で足を止めた。
「はぁ…はぁ……。見つけた……」
公園に佇む少女。茶色の長い髪が雨に濡れ、毛先から雫が滴れる。制服も雨で体に張り付き、下着が透けて見えていた。
歩み寄った俺は、和葉に傘を掛けてやり、学生服を脱いでそっと頭に被せた。
「風邪引くぞ」
「……」
返答は無い。代わりに和葉の頭が俺の胸に押し付けられる。
「大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
学校での事は知っていたが、とりあえずそう尋ねる。すると、俺の胸に頭を押し付けたまま、和葉が首を振った。それからやや遅れ、掠れた声が聞こえる。
「フラれ……ちゃったよ……」
それは、雨音にも負ける程小さな声だったが、俺にはハッキリと聞き取れた。そんな和葉の頭を俺は優しく撫で、
「あいつに見る目が無かったんだ。だから、気にすんなって」
「違う……。私の方が……見る目無かった。あんな奴……好きになるなんて……ううっ」
声が上擦る。肩を震わせ泣いている。よっぽど悔しかったのか、ショックが大きかったのか、どちらか分からないが、俺は彼女の肩を抱き、泣き止むのを待った。