幼馴染
職員室を出て、正面玄関へと向う。
正面玄関前まで来ると、声が聞こえる。一つは聞き慣れた大河の声。あと二つは、多分同じクラスの女子二人。
とっさに身を隠してしまった。何故、そうしたのか分からないが、とりあえず様子を窺う。
女子の一人は高橋玲子。クラスでもお姉さんタイプの大人びた人。私も彼女に何度か相談を持ちかけた事がある。
もう一人は木村杏。そのドジっぷりが男子からの人気を集める少し変った不思議ちゃん。何も無い所で転ぶのは日常茶飯事で、私も良く転んでいる所を見かける。女の私から見ても、正直可愛いと思う。
「ありがとうございます。赤坂君」
「それじゃあ、傘は明日返すからね」
木村と高橋の二人がそう言い、大河の黒の折り畳み傘を広げ、外へと出て行った。その二人に手を振る大河の後姿が、何とも情けなく見えたのは、私だけだろう。
二人の姿が見えなくなるまで手を振った大河は、小さなため息と一緒に両肩をガックリと落とした。あいつ、どうやって帰るつもりだろう。やっぱ、濡れるのかな? と、思いながら静かに背後に迫る。
「あーぁ。どうしよう。傘……」
ブツクサと小言を言う大河に迫り、耳にフッと息を吹きかけた。
「フワァァァッ!」
奇声を発し飛び上がると、スッと私の方に顔を向ける。
「な、なな、何すんだよ!」
「元気そうね」
「当たり前だろ。てか、耳に息を吹きかけるな」
声を張り上げる大河。中々面白い。けど、眼鏡に唾を飛ばすのは止めて欲しい。
眼鏡のレンズに付いた唾をハンカチで拭いた後で、眼鏡拭きで綺麗にレンズを拭き直す。
「唾を飛ばさないで」
「うるさいな。大体、その眼鏡、度が入ってないだろ? 何でそんなの掛けてんだよ」
「あんたに関係ない。それより、どうするの?」
「どうするって?」
コイツは分かっていないみたいだ。この雨の中、傘もなしにどう帰ろうと言うのだろうか。濡れて帰るつもりなら、それも見てみたいものだが。風邪を引かれるのは困る。
「この雨で、歩いて帰るつもり?」
私の言葉に大河が困った表情を見せる。そして、私の手にある傘に気付き、笑みを浮かべた。
「言っとくけど、入れないから」
大河が発言する前に、即刻言う。出鼻を挫かれ呆けている大河の顔が、面白い。実に表現力豊かだ。表現力の乏しい私から見れば、非常に勉強になる。しかしながら、オーバーリアクション過ぎではない
だろうか。
観察していると、大河が引き攣った笑みを浮かべた。
「良いじゃないか。家も向いなんだし」
「……」
「ほら、僕達、幼馴染だし……」
「……」
「だからさ……」
「……」
私の冷やかな視線に、ついに大河が壊れた。
「うがあああっ! 傘をよこせ!」
「うるさい」
傘で軽く頭を叩く。ぎゃああああっ、と悲鳴がこだまし大河が横転する。幾らなんでも、オーバーすぎるだろ。コイツには羞恥心と言うのが無いのか。幼馴染と言え、今までこんな奴と関わっていたと思うと恥ずかしい。
小さなため息を漏らすと、大河が急にスッと立ち上がった。
「ふぅ……」
やけに冷めている。先ほどの大騒ぎはどうしたのだろう。
「もういいや。んじゃ。帰るわ」
濡れる覚悟を決めた様だ。しかし、風邪を引かれるわけにはいかない。一応、ウチのクラスの委員長だからだ。
「あら、傘に入れてあげようと思ったんだけど」
「なぬっ。それはまことか?」
「喋り方が変」
「うぬっ。あやつは、山本殿ではないか」
「和葉?」
振り返ると、表情の暗い和葉が見えた。声を掛けようと思ったが、そんな雰囲気ではなく、和葉も私と大河に気付かず、その横をたどたどしく歩いて行く。まるで抜け殻の様だった。