男
な、なんだ、アイツは――あの目は――。
恐怖。それが、俺の両膝を震わせた。
奴は悪魔だ。あの目はそう言わざるえない。間違いなく殺される。そう錯覚した。
「ハァ…ハァ……」
どれ位走っただろう。ひたすら走った後、廊下に転がった血の付着したホウキを見て足を止めた。あれは、栢山が大杉の頭を殴ったホウキ。アイツ、こんな所に放置しやがって、バレたらどうするつもりだ。
そう思い、それに手を伸ばした時、ビュッと風を切る音と共に何かが俺の前髪を掠めた。思わず尻餅を着くと、小さな舌打ちが聞こえた。顔を上げると、そこにジャージ姿の一人の男が立っていた。頭には深々と帽子を被り、顔は見えない。
「だ、誰だ!」
「……」
返答はない。その代わりに、呻き声がその男の後ろから聞こえた。そこに目を向けると、栢山と内村の二人が倒れていた。腹部を押さえ悶える二人。俺は恐怖で言葉を失った。
男が拳を握り、静かに俺の方に足を進める。
「だ、誰なんだ! や、止めてく――」
言葉を言い終える前に、男の足が俺の右頬を蹴り飛ばした。
「みっともねぇな。命乞いなんて」
蔑む様な目が俺を見る。な、なんなんだこいつは。一体、俺にどうしろって言うんだ。
頭の中が混乱する。そんな中で、男がゆっくり足をあげる。
「それじゃあ、オヤスミ。そして、サヨウナラ」
彼の言葉の意味を知る前に、回し蹴りが俺の脳髄を貫いた。その時、帽子が飛び茶色の長い髪が見えた。だが、見えたのはそれだけで、俺の視界はすぐに真っ暗になった。