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第4話 “元”勇者、ハメられる

 ハメられた。


 そう気づいたのは、全てが終わった後だった。


「な、なんで………」


 なんで、こんなことになった。


「被告人、何か弁明はあるかな」


 俺は両手両足を拘束されたまま、城の敷地内にある裁判所にて審判を受ける。


 身体に力が入らない。俺の手両手両足に取り付けられた枷のような拘束具は、素材に魔石でも使われているのだろう、俺の魔力がどんどん吸われているのが分かる。特殊な輝きを放ちつつも、人の手によるものと思しき加工の跡がみられる。見た目はプラスチックみたいだが、触るとしっかり石っぽい。

 そんな作り込まれた枷だが、俺の魔力を吸うにはちと容量と耐久度が足りないのか、すぐにひびが入り、壊れる前に別のものを取り付け、壊れたものを回収するというように、頻繁に付け替えをされていた。


 枷に吸わせた魔力を使用できるとすれば、その分の魔力代金がほしいくらいだが―――いや、それよりも。


「裁判長! 俺は無実です!」


 俺は動揺に揺れて震えて定まらない視界の中、高段に座する裁判長をなんとか見上げ、焦点を結んで、助けを請うた。

 大法廷の中、俺の喉から出た声は情けなく、頼りなく響く。


 椅子に座ったクロイツァ姫は、泣きはらした目を真っ赤にして俯いて。

 しゃくりあげたまま、膝の上にぐっと握った手を置いて。

 長女のアイシャ姫に付き添われ、恐怖と嫌悪に震えている。

 長女のアイシャ姫は、吊り目がちな目をいよいよ吊り上げ、妹の敵を見るように俺を睨んでいる。

 傍聴席からも似たような視線が飛んできているのを感じる。

 裁判長の席の後方に特別に設けられている、王族専用席。木製の玉座のような椅子に座りながら、ヨーゼフ王、レイラ王妃が険しい表情で、次女のミーシャ姫が悲しそうな表情でこちらを見ている。


「お、俺は無実です! 待った、クロイツァ姫が倒れていたのは本当です! だけど、俺は姫を蘇生しただけで! 何にもしてません! 襲ったどころか、むしろ恩人っ! 俺もその時は風呂上がりでっ――――おい、レイ! クローディア!」


 必死に水を向けると、レイは、何か汚いものを見るような目をしてこちらを睨み、クローディアは恐怖を滲ませたような目を向けてくる。


 ああ、そうか―――これは、ヤバい。


「彼等が入浴後は、姫様が倒れていなかった。通りがかったメイドの証言もある―――被告人、申し開きは以上かな?」

「―――いっ、いやいや、だから何度も申し上げている通りっ! 俺は蘇生しただけ! 俺がクロイツァ姫を見た時には、既に倒れていたんです! なら、疑うのは俺より前に入浴を済ませた人物! レイとクローディアじゃないなら、他の人! ちょうど間の時間っ、周辺にいた人物で……! 大体、自室でもない場所で姫が一人で入浴なんておかしい筈だ!」


「ハァ~………」


 裁判長は困ったように眉間を指で押さえ、首を垂れ。


「……宰相殿」


 そう、宰相に発言を促した。


「ハッ。調べによりますと、どうやらクロイツァ姫殿下には魔法による巧妙な催眠術の類がかけられていたようですな。ただ、姫には強過ぎたのでしょう、肉体が耐えきれず途中でご本人が意識を失ってしまい、あのような場所で倒れるに至ったと」

「……その催眠術とは?」

「ハッ。並みの魔法ではございません、それこそ勇者のような英雄でなければかけられないようなものです。痕跡から、不可解な魔力残滓が検出されました。全く未知のものです。側付きのメイド達が全員、何者かの姿を見ることもなくクロイツァ姫殿下の部屋付近で気絶させられていることから、相当な手練れであることも確かです」

「……とのことだが?」


 裁判長が疲れたような顔をして、とても残念な者を見る目で問いかけてくる。


 おそらくその捜査は間違っていない。クロイツァ姫には外傷はなかったが、言われてみれば確かに変な魔力の残滓はあったかもしれない。何にせよ、そういった証拠が押さえられていても不思議はない。


 まあそれも「何者かの」犯行の証拠だがな。断じて「俺の」じゃない。


 クロイツァ姫には事件前後の記憶がないようで、今は心を必死に落ち着けようとしているだけの状況だ。


 こうなったら言うしかない、俺は―――


「俺は、強い魔法が使えないんだ!!!」


「「「…………」」」


 法廷内は静まり返った。


 意外な言葉によってもたらされる、唖然としたような沈黙。その後でゆっくりと、何を言ってるんだコイツ、という空気が広がっていく。


「俺は………俺は、強い魔法が使えない! 魔力はあるけど、魔法が不得意なんだ!!!」

「にわかには信じられませんな………」


 宰相がそう漏らすと、どこからともなく「そうだそうだ」とか「嘘を吐くな」という声が聞こえてきた。


 魔法が使えない………ではなく、強い魔法が使えない。


 魔法が不得意。


 これらはれっきとした事実で、俺という勇者の魔法の程度をありのままに言っただけ。


 だから、その言い回しを突かれる。


「ム。では宰相殿」

「ハッ。被告人は仮にも、偶然とはいえ召喚された三人目の勇者でございます」

「玉座の間にて行われた召喚の儀………しかしアレに使われた儀式用の巨大なスクロールは、しかし二名のみの召喚が限界ということではなかったか?」

「そうでございます。しかし完全ではない召喚だったのか、玉座の間、スクロール中央に召喚された勇者は、()()


 玉座の間―――の中央に敷いてあった、アレ、絨毯じゃなかったのか? 

 まさかアレが召喚の儀式魔法陣そのものだったとは。


「何かの事故にしろ、あのスクロールで召喚されたのであれば、間違いなく強者。それはそこの勇者お二人も認めているところ」

「ふむ、勇者どうしにしか分からぬ気配か。本当か、レイ殿、クローディア殿」


 レイは苦虫を嚙み潰した顔をしながら、どこかを向いたまま一度頷く。

 クローディアはうろたえたようにコクコクと激しく首肯する。


 なんだ、これ………


 何が、起こって………


「であれば、その強者が言う“不得意”は、相当に怪しい程度でございます。また、彼が手を抜いた魔法を行使するだけで“不得意”を装うことも可能です」


 待て。待ってくれよ。


「ま、待てっ―――」

「被告人、私が発言を許すまで待つように」

「―――っ!」


 確かに、魔法が不得意なことなんて証明のしようがない。


 自身が徐々に詰んでいくのが分かり、ジリと全身に嫌な汗をかく。


「で、宰相殿。彼を有罪と信ずるに足る根拠は」


 いや、落ち着け。こんなことで、こんなハメられ方で、俺が―――



 ―――そうだ、俺は勇者だ。



 勇者が、ここで終わるわけがない。


 胸の傷にけて、絶対に元の世界に帰る。


 そして、全ての戦いが終えたことを王に伝えて凱旋するんだ。仲間達と、面白おかしく思い出話をするんだ―――


 ユフィ、グランツ、エレン、シア―――――


 ―――ん? シア?


 なんであいつが、仲間の記憶に名を連ねるんだ。


 意味が分からない。


「では最後に、彼が犯人であるという、何よりの証拠を―――」


 ああ、かかってこいよ。

 俺が魔法が不得意な証明もできなければ、今回使われた魔法が俺によるものかも証明できないんだ、どんな“証拠”も、今の俺を犯人に仕立て上げるには―――


「―――クローディア殿」



 ―――は????



 なぜそこでヤツの名前が出てくる。

 あのひ弱そうで大人しそうな勇者の名が。

 今は青い鎧を身に着けて、普段より勇ましそうではあるが―――


「クローディア殿、証言を」

「証言を許可する」


 待て。


 待て。待て。待て。待て。


 なんだ「証言」って。


 なぜお前が。


 証言台に。


「ぼ、ボク、後になって………更衣室に忘れ物をしたことに気付いたんです。それで、浴場の方に戻ろうとしたら―――」

「戻ろうとしたら?」

「その………ソウジ……さんが、クロイツァ姫の手を引いて歩いて行くところが見えたんです」




 は????




「で、デタラメだ!!!」

「被告人、静粛に!」


 デタラメだ。


 デタラメだ。デタラメだ。デタラメだ。


 だというのに、一瞬で空気が冷える法廷内。


 きっと、全員の脳裏にそんな光景が、クロイツァに催眠術をかけて手を引く俺の姿が、何の苦もなく思い浮かんだことだろう。


「姫の手を引いて……? どこへ」

「浴場の方です。ボクは何をしているんだろうと思って、後をつけました」

「止めなかったと?」

「まさか。お二人は、立食会の時にも何やら意味深なやり取りをしてらっしゃいましたから。ただの密会ぐらいなら、と」

「ふぅむ………」


 至極、もっともらしい話が続く。


 何だ。


 何だよそれ。


 何でそんな嘘を………俺、何かお前の恨み買ったかよ?

 だとして、そこまで恨まれるようなことだったかよ?


 こんな、まるで―――まるで、これから殺されかねないような状況に追い込まれるほど。


「でもその時は……言われてみれば確かに、クロイツァ姫はどこか上の空だった気がします。それで―――」

「それで?」


 法廷内の全員が息を呑んだのが分かった。


「浴場の方から逃げてきた裸のクロイツァ姫を、更衣室の入り口のところで彼が押し倒したんです」



 ―――――は????



「そして、気絶した彼女の唇を無理矢理奪ったんです―――!」


「まっ、待て!!! 捏造だろ!?!?」


 叫んだ。


 これは、マズい。


 法廷内がざわつき始めた。


「そして、彼女の()()()手を這わせ、激しく愛撫を始めて―――!」


 コイツ……っ!


「信じるな、デタラメだ! 唇を奪ったとかはただの勘違いだ! アレは蘇生法の一種で……! 俺は気絶していた姫に、()()()()をしただけだ! そして()()()手を添えたのは胸骨圧迫って言って―――心臓マッサージをしたんだよ! それだけだ! ただの人命救助だろうが!?」


「む―――胸を!?」


 それで驚いたのは二、三人ではなかった。


 途端に、法廷内がざわざわとし始める。


 傍聴席―――おそらく貴族の面々だろうが、口々に「信じられない」というようなことを言っていた。


 何だコイツら! 人命救助だっつってんだろ!


 人工呼吸も心臓マッサージも知らないのか!?


「静粛に。被告人、発言を許可した覚えはない」

「だ、だって、こんなのデタラメだ! テメェ! クローディア! いったい俺に何の恨みがある!!」

「ぼ、ボクはただ、見たままを………」

「!? なに嘘ついてやが―――」

「罪を認めてくれ……! いくらなんでも、見苦しいよ………」

「はぁぁあ!?」



「静粛に!」



 ゴンゴンゴンと、裁判長は木槌で机の木板を叩いた。


「クローディア殿。今の証言に嘘はありませんね?」

「はい」


 クローディアは、何の躊躇いもなく返事をする。


「あなたの信じる神に誓って?」

「はい―――我らが主神、バルログ様に誓って」


「…………は」


 俺の口から言葉が出なかった。


 言葉が出ないとは、唖然とするとは、二の句が継げないとは、きっとこういうことを言うのだと思う。


 誓うって?


 お前今、神に誓うって言ったか?


 お前は嘘をついてるんだぞ?


 なんでそんな簡単に、さも敬虔な信徒みたいなツラして誓えるんだ!?


 頭おかしいんじゃないのか!?




「被告人、王族姦淫の罪で終身投獄とするッ!!」




 ゴンゴンッ、と裁判長が木槌を打ち付けた。


 頭からサーッと、血が降りていく音を聞いた気がした。


 王族席から険しい表情で見る視線。ヨーゼフ王、レイラ王妃、ミーシャ姫。いつの間にか、険しい表情の中に言い知れぬ憎悪と侮蔑が込められているのを感じた。

 クロイツァ姫を抱きかかえるアイシャ姫。もはやこちらを見ていない。


 アイシャ姫に抱きかかえられながら、クロイツァ姫は俯いた顔から膝へ涙を落としている。


 レイは―――何か、醜いものを見るまいとするように目を背け。




 クローディアは。




 俯いたまま、前髪の隙間から覗く目元で、笑ってみせた。




「―――は????」




 ニヤリと笑う口元を、他の誰にも悟らぬよう、小さく。


 本当に小さく動かして。




「―――やった」




 確かに。


 そう言った。




 ―――ああ、そうか。


 分かった。


 俺は本当に、不意を突かれたのだ。


 俺は終わったのだ。


 自分が勇者だからと、過去の栄光に胡坐をかいて。


 目の前の問題に首を突っ込んで、善人気取りで善行をした。


 俺は勇者だから。


 そのことは、少なくとも俺の誇りだから。


 人を助けて当たり前だと思っていたんだ。


 しかしそれは、簡単に利用されてしまうものだ。


 勇者はその習性が、勇者という存在は、利用されてしまうだけなんだ。


 ―――そして、極めつけは。


 俺は、この世界で勇者ですらなかった。


 信用されなかった。


 信用されない、期待に応えられない勇者は、こうして民衆に裏切られ、運命に見限られる。


 その時点で、民衆に期待され期待に応えるという、勇者の前提はなくなる。


 俺は、誰でもなくなった。何でもなくなった。


 傍聴席から飛んでくる誹謗中傷、野次の全てが、聞こえなくなっていく。


 頼むからせめて、俺の話を聞いてくれ。


 そんな懇願すら俺は忘れてしまったのか、口への出し方を忘れてしまった。話し方を忘れてしまった。


「あ……うぁ…………」


 口を開いても、意味のある言葉が出ることはなかった。


 言葉が出たとして、それが届くことはなかっただろう。


 全ての音が、感覚が、自身から急激に遠ざかっていき、意味を失う。




 ああ、俺、終わった。




●●●●●




「おら、とっとと入れ!」


 ゲシッ、とケツを蹴られながら、俺は地下牢に放り込まれた。


 両手両足に嵌められた枷。この枷がなくたって、魔力を吸われ過ぎてしばらくは足腰が立たないだろう。それくらい憔悴してしまった。


「本格的な移送は明後日だ。せいぜい祈りでも済ませておくんだな、『ハダカの勇者』様!」

「そういやそうだったな、コイツ裸だったなぁ! なんだよやっぱ変態だったのかよ!」


 衛兵達はそう言って牢に鍵をかけると、ゲラゲラと笑いながら立ち去って行った。


「チク……ショウ………」


 二人とも顔は憶えたぜ………俺が地獄に落ちても苦しめてやる………お前らも憶えてろよ………俺の恥辱を肴に酒を飲んだ日には、気持ちよく眠っている間に喉に蓋してやる………二度と目覚めるな………


 恨みを糧にうつ伏せから起き上がるも、眩暈が酷くて姿勢が維持できなかった。やはりよろけてしまい、再度倒れる。

 埃で汚れた、簡素なガウンの胸元がはだけた。白色を基調としているから、見た目がまるでバスローブのようだ。汚れた現状、突き付けられた罪状を考えれば、皮肉以外の何ものでもない。


 召喚された時はマッパだった………裸でないだけマシ、だろうか。


 露わになった胸の傷。


 ズキズキと疼いている気がする。


「なん………だ…………」


 時間が経つほど、少しずつ痛みが増してくる。


 何だ?


 痛ぇ。


 治癒………は、魔力がないからできないのか。


 そう、未だに俺の両手に嵌められた枷が、魔力を吸い続けている。


 裁判中は俺の魔力を吸いきれないのか、数えきれない回数手枷と足かせを交換したが、ここにきてようやく俺の魔力も尽きかけている。手枷も今はヒビも入ることなく、大人しいもんだ。手枷まで余裕ぶっこいてやがる………惨めな俺を笑ってやがる………


「…………はっ」


 笑えてくる。


 俺、これでも勇者なんだぜ?


 曲がりなりにも、元の世界では勇者だった。


 それが、よく知りもしねぇ、ちょっと話しただけのヤツにハメられて、いつの間にか―――


「終身投獄………」


 実感がなさすぎる。


 ただでさえ考えることが多すぎるし、ハメられたショックで思考がまとまらない。


 クローディア……?


 アイツ、一見すると無害そうなのに、唐突に、本当になぜか唐突に俺に牙をむいてきやがった。

 わけが分からん。

 何か理由が? だとしてもどんな理由だ、裁判で人を追い詰めたらこうもなるって………終身投獄だぞ、終身投獄。


 有罪判決が確定してしまった。


 俺は一生、どこかに閉じ込められて………元の世界へも戻れず………


 魔力が尽きているからだろう、身体がだるい。手足をぴくりとも動かす気にならない。


 眠い………


 確か……クロイツァ姫を蘇生したのが昨日の夜……てか今日だから、丸一日以上、そして前の世界でも睡眠をとったのが二日ぐらい前だから、流石に限界かもしれない。というか前の世界から体力や魔力だけは引き継いでいるんだな………


 眠い………


 胸の傷が疼きを増してきた。


 痛ぇ………


 ああ、そういえば、この傷も前の世界からの持参物、ってことになんのかな………


 痛ぇ………


 痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ………


「痛ぇよ……会いてぇよ……ユフィ………グランツ………エレン………」


 薄れていく意識の中、情けなくも俺は、自分が心を許していた仲間達の名を呼んだ。


「シア…………」




●●●●●




『―――――……』


『――――………』


『―――…………』


 誰かの呼び声を聞いている。


 泣き叫ぶような声。

 すぐ後で、泣き疲れてかすれたような声。

 声の調子が戻ると、また叫ぶ。

 今度は諦めたように、静かに呼ぶ。


 だが、呼ぶことを、求めることをやめようとはしない。


 小さく、か細く、弱く、そして強い声。


 そう―――弱いのに、強いのだ。


 その表現は矛盾してるって?


 ああ、確かに………矛盾してるな。


 弱くて、強い。


 だがどこか、俺が好きな矛盾だ。


「う…………」


 俺の意識が覚醒へと向かっていくのが分かった。




●●●●●




『―――!』


 ん?


 誰か呼んでる?


『―――ろ!』


 誰の声だ。


「起きるんだ、ソウジ」


 目を開けると、牢の鉄格子の向こうには金髪のイケメンがいた。


 なんだよ、夢の中で俺を呼んでいたのは美女じゃなかったのか。


「夢の中で女の声を聞いたんだが、野郎の声で目覚めるとはなぁ………おい、野郎は間に合ってんだよ」

「良かった、思ったより元気そうだね」

「テメェも俺を笑いに来たクチか? 残念だったな裸じゃなくてよ」

「そんな冗談を言っている場合かい?」


 金髪イケメンの勇者―――俺と同時にこの世界に召喚された、異世界の勇者・レイは言った。


「君、このままじゃ消されるぞ」

「…………どうやらそっちは冗談じゃないらしいな。どういう風の吹き回しだ? 俺に忠告だぁ? お前も“ヤツ”側じゃないのかよ」

「………。少し込み入った話をしたい。もう少し近づいて。見張りは眠ってるけど、念のため小声で話したい」

「はっ、やなこった」


 この俺、そして目の前のレイと同時に召喚された、もう一人の勇者がいる。茶髪、長い前髪で目元を隠す、あの青鎧の勇者・クローディア。


 何の脈絡もなく―――恨みを買うほどの接点も持っていなかった筈だ。


 俺はそんなアイツにハメられたから、今ここにいるんだぞ? お前も疑うに決まってるだろ。


「お願いだ、これから僕が調べたことを話す。君は明日にでも、帰らぬ人となるかもしれないんだ」

「あーそうだろうな。俺は勇者を生涯閉じ込め続けられるような、そんなおっかない施設に移送されるんだろうさ。だが、死ぬわけじゃない」

「本当にそう思ってるのか? 君だって分かっている筈だ、イレギュラーな召喚とはいえ、君は間違いなく勇者なんだろ? 少なくとも、勇者と呼ばれるに相応しいだけの魔力を持っていた、いい実験体だろうね」

「…………」

「君はこのまま元の世界に帰れず、君を罠にかけた者達によって、都合の良い実験体として―――」

「分かった! 分かった、分かったっつの………」


 考えないようにしていたことを、ズバリと言ってきやがる。


 俺は渋々、何とか動くようになってきた身体に鞭打って、尺取虫のように牢の鉄格子まで這って行く。


「それで」

「あぁ―――」


 すぐ話す気はないようだ。レイは覚悟を決めるように目を瞑り、意を決して何か言おうとしている。


「―――まず一つ、確認しておきたい」

「何だよ」


 その雰囲気で、何を言おうとしているかが何となく分かってしまった。


「君は、クロイツァ姫を襲っていないんだよね?」

「当たり前だ」


 俺は即答する。

 あれは完全に冤罪だ。クローディアの野郎にハメられただけ。


「…………神に、誓えるかい?」

「俺は神を信じてない。ただ―――俺の、勇者……“元”勇者だった俺の、誇りに懸けて」

「…………………分かった。君がなぜ“元”勇者と言ったのかには触れないでおこう。聞き間違いだね」


 レイはどこかほっとしたような顔をした。そして少しだけ、何か考える素振りを見せた。


「―――ヤツには気を付けるんだな」

「……? あはは、やっぱり君は優しそうだね」

「ヤツが痛い目を見ればいいと思っただけだ」

「“ヤツ”じゃなくて“ヤツら”なんだけどね………」


 ……?


「とりあえず、今は情報収集を継続してるところだから。君の忠告も話半分に聞かせてもらうよ、君を信用しきったわけでもないしね」

「はっきり言う……」


 信用しきっていないと言いながら、レイの方からわざわざ接触してきて、重要そうな話をするのか。


「まあいい。それで、レイ―――俺が消されるとか言ったろ、教えろ」

「いいよ。実は僕は最初から違和感を感じていてね―――この城で召喚された時から、ずっとこの国が何か隠しているとみて、城内をこっそり調べていた。そうしたら―――四階にある、小さな書斎に、ある禁書を見つけたんだ。この国の裏の歴史が記された本を、ね」


 すげぇな。コイツの行動力、洞察力、情報収集能力。もし今の話が本当なら、無実の俺に接触していることを考えても、かなり優秀なんじゃ……?

 前の世界でもかなり勇者だったんじゃないだろうか。「かなり勇者」ってどいういうことだ?


「その本には、この国の裏の歴史が書いてあった。知られている歴史の裏に、どんな秘密があったのか―――王と、限られた者達しか知らない情報だよ」


 レイはそれから、とんでもないことを口走る前置きのように、まるで関係の無さそうな話から始めた。遮らずに俺は聞くことにする。


「実は、この国は、僕らが召喚されるずっと昔……三百年以上前にも、今回みたいに勇者召喚の儀式に乗り出したことがあったらしいんだ。その時も、なんと―――」


 しかし、俺は意図せずその話の内容に驚くこととなった。


「―――なんと、召喚された勇者は、三人だった。いや、召喚()()勇者は、というべきかな」

「………は????」


 意図的にってことか?


「召喚……()()? この国の方から?」

「そのようだ」


 それが今回にも適用されることだとして、じゃあ、俺のあの扱いは?


 意味が分からない。


 万全な格好の勇者二人と同時に、俺だけ素っ裸(マッパ)で召喚されたアレは、偶然じゃなかったってことか?


 俺が素っ裸だった意味は????


 は????


「待て待て待て、昔はともかく、今回は勇者二人を召喚する儀式とスクロール―――魔法陣だっただろ? その場で実際に勇者召喚を見たヤツらの全員が、まるで前例がないってツラしてたぞ」

「ああ、城ではまるで『勇者二人の召喚』が当たり前みたいになっていたあれだね? あれこそが、多分、嘘の認識なんだと思う。言うなれば、教科書に書いてあるような情報だ。そして今回僕が知り得た情報こそがまさに、教科書に書かれていない、歴史の“裏”の側面なんだろうね」


 俺もあの玉座の間を良く調べたわけじゃないから、その辺は残念ながら確かめようがない。ひとまず話を聞くしかない。


「ああ、どういうカラクリかは分からない。しかしどうやら、あの玉座の間は特別なもので―――昔召喚に使われたのは、“とある広い部屋”だったらしいんだ。つまり、同様に僕らを召喚した玉座の間―――あの空間そのものが一種の儀式装置なのだとすれば、絨毯型の魔法陣スクロールに違和感を感じないのも頷ける。つまり、絨毯で二人召喚すると見せかけて、あの玉座の間のどこか、あるいは玉座の間そのものに、勇者一人分を召喚できる仕組みがあるなら、話は変わってくるだろう?」


 待て、その情報が真実で、その仮定が当たっているとして、そんなセコい誤魔化し方ってあるかよ………大体、そうまでして召喚人数を誤魔化して、一人分だけ手違いの召喚を演出する理由って何だ?


 一人を素っ裸にして辱めるためか?


「そうまでして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は―――」

「違う、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だよ」

「は? 言い回しなんて―――」


 そこで俺は、一つの可能性―――この目の前の勇者、レイが辿り着いた答えを知る。


「まさか―――俺がこうして投獄されるのは、予定調和だったということか?」

「ご名答」


 レイは感情の乗らぬ顔で頷いた。

 コイツ、普段は表情豊かだが、頭を働かせてる時は無表情になるクセがあるみたいだな。風呂の時もそうだった。こういう顔もイケメンなんだよな。


「『こちらが召喚した勇者は二人の筈、だから残り一人はイレギュラー』となれば、注目と不信感はそのイレギュラーに向けられやすい。しかし通常、勇者を三人とも同じ条件で召喚したら、最初から誰か一人を怪しむべき理由は生じない―――陥れられるような、利用できるような条件が、最初から存在することはないから。そうだな?」

「それもご名答。そしておそらく―――」


 レイはきょろきょろと周囲を見回しながら、結論を述べた。 


「あの『勇者二人の召喚』という認識そのものが―――召喚した三人の勇者の内、一人を生贄にするためのブラフだったんだ」

「なるほどな」


 なるほど、なるほど。

 胃の腑にすとんと落ちるような、納得のいく話だ。辻褄もあう。

 コイツの言っていることが本当だとしたら、まさに俺は絶体絶命のピンチだし―――何より、この世界に召喚された時、あの玉座の間に素っ裸で現れてしまったことからそもそも、罠だったということか。


 俺は最初から、ハメられていたんだ。


 尺取虫のような姿勢から上げていた顔を、地面に下ろす。頬がピタリと石造りの床に当たった。ひんやりとしている。


「………まあ、大体分かったよ」

「そうか………」

「ありがとよ、教えてくれて」

「…………え?」


 俺はなんだか、疲れてしまった。


 まさか、ここまで用意周到な策にハメられて、成す術もなくやられることがあるなんて思わなかった。


 世界が違えば、勇者の“利用”の仕方も変わるってことか。


 たとえ本質が“利用”なのだとしても、そこに民衆の期待があれば、いくらでも応えられた。


 だが、これは違う。


 これでは、本当にただ無条件の“利用”だ。


 “勇者としての利用”のされ方ではない。


 ああ、本当に。俺はもう勇者じゃないんだな、と思った。


「先の事件が明るみになれば―――王家がその醜聞を忌避しなければ―――俺という人間は、国単位の人々によって忌むべき存在として扱われることになる。歴史の中で……王女を犯そうとした小者として語り継がれる………」

「お、おいソウジ? さっきから……君ってそんなキャラだっけ……?」

「俺という存在はもう、勇者じゃなくて強姦魔なんだ………」

「待つんだ。君が疲れてるなら無理もないけど、話を聞いていただろう? 君が表沙汰になることは、おそらくないと思うよ」

「どうしてそう言える」

「今回みたいに―――『召喚される勇者は二人の筈だ』っていう認識には、『前例がない』ことが欠かせないからさ」

「………」


 確かに言われてみればそうだ。俺という存在が歴史に刻まれ、正式な記録として残ればどうなるか。三人召喚で一人だけが異端であるという事例が今後も続けば、召喚儀式そのものに疑念が生じる。将来も勇者を召喚することを考えると、俺のようなイレギュラーの存在は隠し通し、次回も素知らぬ顔で今回のように事件でも起こして、一人をハブいて利用した方がいい。何に利用するのか具体的に分からないのが怖いが………ともかく、俺は内々に処分される可能性もあるということだ。

 ………ん?


「そうか、つまり明るみにする勇者の数が問題なのか。実際の召喚人数を十人にしようが百人にしようが、『呼んだのは二人だけの筈』とすれば、その他の全員の存在を隠蔽して裏で利用できる。簡単なことだ」

「簡単なこと、って………」

「原理のことだ。今回実際に召喚された人数は三人に違いないだろうが、じゃあ、過去はどうだ?」

「―――そうか。確かに」


 大昔に召喚されたという三人の勇者―――それだって、極論すれば“裏の歴史書”が事実を隠蔽していることも考えられる。要は、「そういう手もあるぞ」という“ヒント”を、後の世代の王に与えることさえできれば、同じような手口を模倣することは可能だからだ。


 過去―――もしかしたら四人以上の多数の勇者が召喚され、三人を残して他は全て“利用”された可能性すら存在するのだ。


 裏歴史の記録に残った「勇者三人」という記述と、表歴史の記録に残った「勇者二人」という記述。そこにある、人数の違い。おそらくこれこそが、ほかならぬ、限られた人間に()()()()()()()()()()()()()()()()“ヒント”に違いあるまい。


「…………」


 無表情でどこかを見つめ、顎に手を添えたまま固まるレイ。


 彼は俺に忠告がてら―――勇者らしい、救済がてら。この国が抱える、深い、本当の闇に気付いていく。


 俺は絶望の中で、また更なる絶望を知った。


 さあ、どうするか―――


 猶予はおそらく、あと一日と少し。


「―――う」

「……ソウジ?」


 さっきひと眠りして回復したと思われた魔力だが、また両手両足に嵌められた枷が、ぐんぐんと魔力を吸っていく。

 ひび割れればワンチャンあるか……? いや、脱獄しても余り意味はないか。「元の世界への帰還」が、そもそも国側に人質に取られてるわけだからな………。

 異世界から人間、それも勇者を、特定の条件まで合わせて召喚する技術となると、流石にそれほどまでのものは仕組みすら想像がつかない。

 とんでもテクノロジー………あるところには………あるもんだ………。


「ソウジ! 脱獄は―――ダメだった。とにかく僕は今のやり取りで確信したよ、君は死なすには惜しい人だ。どうにかして―――」

「よせよ……レイ……お前はもうここを去れ、俺のことはいい」

「………ッ」


 格好つけたものの、単に体力・魔力が限界で、眠気が限界のアレなだけだった。


 明日………本当に猶予が、あと一日と少しもあるか………ああ、嫌な予感って当たるんだよなぁ………チクショウ。


「……ッ、助けられるか分からない、すまない、だができるだけやってみるから、君も―――!」


 ぼんやりと霞んでいく視界の中、こちらを気にしながら牢屋を離れていくレイを見つつ、俺は意識を手放した。




●●●●●




 目が醒めると、眩しい日が視界を白く染め上げた。


 俺は引っ立てられるように歩かされ、虚空に何とか目の焦点を結ぼうとしていた。


 王城の裏側の敷地。


 広場のようなその場所の中央から距離は離れて、俺を四方八方から見るように、周囲をずらりと囲む人々。


 王族達と、限られた貴族達、そして勇者二名が観覧していた。


 こちらを、じっと見ていた。


 アイツら、今は何を考えているんだろうな。




 本当に、何を考えているんだろうな。




 天高く昇ろうという陽光の下、俺は両手両足に枷を嵌められたまま、首にまで大きな枷を嵌められる。


 大きな枷……?


 いや違うな、頭上高くに重そうな刃が見える。


 近くに張られた紐、あれを切れば落ちてくる仕組みだ。


 あー、これはギロチンとかいうやつか。


 このギロチンという装置は、死刑と娯楽の混ぜ合わせ。


 生死の具現化だ。


 ……そう、俺はこれから、死ぬんだ。


 俺に最後の何かが起こであろう時までの猶予を地下牢で数えていたが、そんなものはもちろん、あるわけがなかった。


 “明後日からの終身投獄”は、“明日の死刑執行”と予定が変わっていた。


 終身投獄? 何それ美味しいの?


 あの刃、見てみろよ。単なる終身刑に見えるか?


 アレを無防備な首に落とされるんだぞ?


 流石に即死だよ即死。


 勇者だろうが何だろうが、人間である以上は頭部が転がっても生きてるような生命力はしてないだろう。


 ―――嫌な予感って当たるよな。


 こうなることを予感しつつ。


 まだどこかで、そうなる筈がないって思ってもいた。


 予感はしていたのに、覚悟はしていなかった。


 これ以上ないくらい手枷と足枷から魔力を吸われているが、逆に一周回って変な気分になっていた。昨夜までは足腰立たず、眠気を催していたが、一方で今は、意識ははっきりしているのに、どこか浮遊感がある状態だ。身体が危険な信号を発している証拠である。


 ああ、本当にこれから死ぬんだなぁ。



 なんてくだらない最期だろう。



 これが仮にも、元の世界で最強だった勇者に相応しい最期といえるか?



 王女の強姦という冤罪をかけられ―――

 しかも未遂すら付かない罪状で―――

 どうせなら本当に罪を犯した方が得だったんじゃないか、なんてクソみたいな考えまで浮かんでくる始末で―――

 城内のほぼ全員が敵に回ったのを見せつけられつつ―――

 卑劣な輩として軽蔑する視線に見守られながら―――

 俺は目を閉じることもせず――― 

 瞼の運動すら面倒くさく感じて―――


 刃が首に下りてくるのをひたすらに待つ―――



 元の世界へ、帰りたかったなぁ。


 仲間達に会いたかったわ。


 素行も口も悪い俺に、戦い以外は何も取り柄がなかった俺なんかに、それでも仲間ができた。


 だから大切な、仲間達だったんだ。



 浮かんでくるのは、仲間達の顔。


 アイツらの、笑った顔。



 パーティーの頼れる魔法職、攻防両面隙なしでヒーラーを兼ねる。味方の分まで魔法を唱えてしまうほど隙がない。

 桃色の髪を揺らして、可愛い笑顔で優しく笑ってやがる。

 彼女の名は、ユフィ。



 パーティーの頼れる壁役。絶対防御を誇るスキルに盾、敵の攻撃をただ一身に引きつけて倒れない。

 照れくさそうに頭を掻きながら、ニカッと清々しく笑ってやがる。

 彼の名は、グランツ。



 パーティーの頼れる遊撃役。魔法剣士ながらに高い火力と敏捷性で、味方といつでもスイッチできる最高のサポーター。

 俺の武器・愛銃剣ドゥームを抱えて逃げながら、こちらを振り向いて無邪気に屈託なく笑ってやがる。

 彼女の名は、エレン。



 そして俺の、頼れるパートナー。窓から月明かりの差す夜、ベッドの上で俺に跨っている。昼間に俺と魔力の多さを競ったくせに、もう回復したのか。

 俺のことを見下ろして、嬉しそうに、愛おしそうに笑ってやがる。

 彼女の名は―――シア。


 ―――シア?


 そう、シアだ。


 ………あれ? なんだこの記憶は。


 アイツは俺のパーティーにいなかった……そう、いなかったんだ。いなかった筈だ。


 だけど俺の仲間………パートナーで。


 あれ?


 …………あれ?


 どういうことだ?


 ああ、不思議だ、知りたい。


 シア、お前は一体、何者なんだ?



 やはり未練は強かった。



 俺は最期に惨めな目に遭いながら、それでもなお惨めにも生にしがみつこうとしている。


 自分をハメたヤツに対する憎悪も、自分に同情してくれるヤツへの感謝も、どこかにやったくらいなのに。


 プライドなんてへし折れて、もう勇者を名乗ることすらやめていたのに。


 生きることを諦め、俺は自分の不出来を見とめ、運命を、死を、受け入れる筈だったのに。


 未練を、強すぎる未練を思い出してしまった。



「死にたくねぇ」



 自分の生き方が否定されたばかりだというのに。

 俺は唯一のアイデンティティであり拠り所でもあるものを、手放したというのに。


 何なんだろうな、本当に。



「会いたい」



 会えるものなら。


 会えないのだとしても。



「会いたい」



 ユフィ。


 グランツ。


 エレン。


 ――――シア。



 鼻の奥がツンとした。


 視界がぐにゃりと歪んだ。


 俺の目から涙がこぼれていた。


 胸が痛んだ。


 これまでにないくらい、胸に激痛が走る。


 会いたい。


 胸の痛みはなおも強くなる。


 会いてぇよ、みんな。


 胸が張り裂けそうだ。


 会いてぇ………


 いてぇ………


 ………ん?


「会いてぇ………あいてぇ!?」



 ちょっと、マジで冗談抜きで耐えきれないくらい胸が痛くなってきたんだが。



 こんな時に、なに?



「胸痛ぇ!? 痛ぁ!! 痛たたたたたたたた!!!!」




 は????




 何これ超痛ぇ。




 そう思って思わず目を瞑った時、瞼の向こう側で、フラッシュをたいたような明るさが一瞬だけ存在感を示した気がする。


 と同時に、俺の身体から窮屈な感覚が消えていた。


 ただ痛みはそのままで―――




「痛っ、何コレずっと痛ぇ!」




 腕を千切られるより酷い痛みにヒイヒイ言いながら、俺は目を開ける。




 すると―――




「―――は???? ………え????」


 どこか、薄暗い場所だった。


 そこには、暗闇の中で赤く目を光らせる、妖艶な美()女の姿があった。


 しかも、どことなく見覚えのあるような………。


 黒く長い髪。色の白い肌に端正な顔立ち。尻から生えている、短めで先端の形が特徴的な尻尾。


 そして何より、俺の胸に、硬化させ黒色になった腕を突き刺している、その姿。


 纏う衣装は奴隷服のようなボロ布だが、間違いない。




「…………シ………ア……………?」




 俺の記憶にあるよりも随分と幼い容姿のシアが、俺の胸に手を突き刺した状態で、驚きの表情を浮かべていた。




 ちなみに、俺、なぜかまた素っ裸になってたよ。

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