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第2話 勇者、マッパ?

 『召喚魔法』。


 俺は勇者だからな。当然、その手の知識もある。


 それは『儀式魔法』ってやつの一種として扱われていて……まぁ平たく言えば、人が集まって大々的に執り行う、ありがたーい世界間転移、ってところだ。


 だから『召喚魔法』なんて御大層な固有名詞も、要は時空を隔てた『転移魔法』に過ぎない。あ、『転移魔法』ってのはその名の通り、『時空』……『時間』と『空間』のうち『空間』にアプローチして、距離を隔てた物体の移動を可能とするものだとされてる。ただ、俺から言わせてもらえばそれは距離を隔てるのみならず時間の短縮という側面も持っているものだし、その辺もまだ定義の見直しや研究が必要だと思うけどな。


 おっと、こんなことは魔法学校や大学のセンセには内緒だ、絶対怒られる。『召喚魔法』と『転移魔法』は別物ってのが通説だからな。だが元勇者の……モトユウシャッテ………コホン、剣や銃が持ち武器なのに魔法まで極めちまった天才の俺にしてみれば、今の説明は限りなく真理に近いものだって分かるのさ。皆も分かるよな????


 まぁともかく、異なる世界の間を行き来するには、それだけの手間暇、そして魔力とコントロールが必要ってことなんだが………





「…………はぁ????」


 そん時の俺、自分でも間抜けな声を出したなと思ったよ。


 ブラックアウトしていた視界が開けたと思ったら、まず目の前に広がったのは、これまたどこかで見たような、しかし結構センスの違う、大広間だ。


 ただの大広間じゃないぞ。なんと、王様の住んでるような、大きな大きな大広間。旗とか飾ってあるし、高そうな絨毯が中央を広く覆っている。そう、玉座の間だったんだ。


「「「…………」」」


 俺は場所の把握に遅れずして、周囲の視線に気付く。


 玉座の間の壁際から、ずらりと部屋の中央を囲むように配された衛兵たち。金属の甲冑が磨き抜かれた銀色で、帯剣し盾を持って槍を掲げた姿をしている。単なる式典用の装いでもなさそうだ。

 そして、衛兵達だけでなく、各々装いは違えど、衛兵達に負けず劣らずの武装をした近衛兵達を侍らせる、貴族連中が前方にずらりと並んでいる。

 そして中央………俺から見てちょうど真っ直ぐ前方に、貴族連中の中心で玉座におはします、あのご立派なお冠をお被りになられているお方こそ、王様でしょうと心得られる(?) すぐ傍らにはもう一つの玉座があり、やはり座っている美しい女性は妃だろう、そしてさらに王様と妃様の後ろから、三人の美しい少女―――姫君と思われる少女達が背筋を伸ばしてこちら側に顔を覗かせている。


 見渡した周囲の景色はそんな感じだが、何よりもまず意識の上に上がるのは、俺のすぐ側、左右に佇む、煌びやかな、しかし歴戦を思わせる傷のついた鎧に身を包んだ二人。これは単に“景色”と言えるものじゃない。


 コイツらは別格だ。


 よく見たら持っている武器も業物ワザモノばかりだしな。だから俺もソイツらを見上げると、イケメンだとか抜きに、そんな雄姿に俺も高鳴るモノを感じて、ほぉと溜め息が漏れてしまう。戦いを知る漢の顔………やはりこいつら、デキる……! なんてな。


 ほぉ、それにしても背が高い………? いや、俺が地面にへたり込んでいるからそう見えるだけだ。金髪で黄色の鎧を纏った勇者と、茶髪で青色の鎧を纏った勇者。二人のどちらもが、俺を見て目を見開いている。


 そんな目で見ちゃいやん。


 ……ていうかさっきから、視線を向けた先で必ず目が合うのはなぜだ?


 誰一人として俺から注意を外すことがないのはなぜだ?


 なんだァ? てめェら……

 何見てやがる。


「「「…………」」」


 ただ、どうも目と目がバチッと合う感じではなさそうだ。合ってもその後ですぐ逸らされる。どうも、俺の目というよりは、首から下を見てから目を逸らしているみたいだ。俺は少し開放的な、宙に解放される身体の感覚も確認しようと、自らの身体に目を落とし―――




「――――は????」




 そりゃあ何ヤツだって目を向けるよな。


 嫌悪だとか侮蔑だとか混乱だとか恐怖だとかが込められた目で見るよな。


 それもその筈だ。


 俺は。




 素っ裸(マッパ)だったんだからな。




「「「…………」」」

「…………」



 うむ、今日も俺の身体は元気だなッ! 胸に大きな傷跡―――穴が塞がった跡がある! なんと、()()傷を受けて生きているとは! ハハハッ!


 ………………いやいやいやいや。

 


「は????」




●●●●●




「……ではよろしいかな、勇者()()


「「「―――ハッ」」」


「そなたらを呼んだのは、ほかでもない―――」


 玉座に鎮座して、この世界への勇者召喚の理由を告げる王様を前に、俺は他の二人と同様、片膝をついて跪いている。

 内容は別に語るほど長くもなくて、要は「アホみたいに敵の魔族が強くてこのままじゃ勝てないから、人類を守ってくれ」ってことらしい。「今この世界に勇者はいないから、仕方がなくて異世界から召喚した」に過ぎないようなことを、婉曲的にくどくどと説明された。


 それで、その話の大前提として、王様の言葉にもあった通り、俺達は三人とも()()()()()()()()()()“勇者”として扱われているようだ。


 これまでの状況から察するに―――俺達は。


 いや、他はまだ絶対とは言い切れない、だから少なくとも俺は。


 ()()()()()()ということになる。


 どうしてこんなことに、とか、元の世界の仲間達は、――――――シアは、とか。色々思うこともある。俺に負けず劣らずの混乱を、他の勇者二名もしているようだったが、俺が召喚された時に素っ裸だったのもあって、混乱が上書きされたようだ。


 これで俺のあだ名がマッパ勇者に確定したな。確定したよな????

 マッパ勇者て。絶対ヤベーやつだよ、字面がもうとんでもなく危ねぇもん。

 マッパに勇者て。勇む方向が間違ってんだよ。どこ行くねーん!


 ……それはさておき。


 今、俺はこの国の方から借りた高そうなガウンを着ている。肌触りが滑らかすぎて気持ち悪いくらいだが、高級な服ってのはどれも同じような感触なんだな。いち戦士としては、煌びやかな装飾とかデザインより、実用性の方で高値の意味を見出したいところだ。

 胸(筋)の谷間にドデカイ傷跡があって、ガウンの仕様上開いてしまう胸元からその傷が覗く。

 素っ裸、無一文素寒貧(すかんぴん)の俺にとって、それがほぼ唯一の()()()()()証になっているというのが、何だか皮肉めいていて泣けてくる。だって俺だけ格好が風呂上がりだもんな。グラスに氷と酒を入れれば、高層ビルの窓から夜景を眺める紳士の気分が味わえたかもしれん。

 ……まぁ幸いだったのは、前の世界では人間にとっての脅威となる首魁どもはあらかた始末したため、特に後顧の憂いがない、というところか。いや、もちろん元の世界には帰りたいけど。仲間がいるし。


「―――ではそなたら、我らが勇者達よ! この世界を危機より救ってくれい!!」


 老いた王様は短く蓄えた白髭に泡唾をぶら下げながら、そう檄を飛ばした。


 俺達勇者は、()()()()()()()()()()()帰還を約束されたということ。


 逆に言えば、これは半ば強制的に結ばされた契約のようなものだ。


 俺達勇者は、先天的にしろ後天的にしろ、常人では到達不可能と言われる力量を持ち、また同様に超人的な技能を多数獲得している。他の人間との差は揺るぎないものとして扱われ、英雄は世界を救う者として行動し、最後には世界を救う。しかしまた、世界に突如として姿を現す勇者の中には、危険視される者もいた。そんな歴史まで存在する。

 要は、力というのは使い方次第だと、人間達は学んでいるということだ。

 力というのは振るわれるものだと、人間達は理解しているということだ。


 俺達勇者には、王を含めた民衆の支持を得る権利があり、その期待に応える義務がある。

 民衆に支持されるのが当然で、勇者がそれに応えるのも当然。

 救世主は、勇者は、望まれるもの。




 必要な時にいなければ―――別の世界から召喚する。




 どこの世界も変わらない。


 どの世界も()()()()()()()を抱え、()()()()()()()を起こすということだ。


 王様達はこの世界の人間だから、この世界のことに必死だ。この任務にかかる時間に関しては、こちらの都合を考えることはない。


 俺達が老いさらばえようと、俺達が勇者として存在する限り、俺達が元の世界に帰還することは許されないだろう。


 そして、俺達が無理矢理に帰還することはないと、この城の者達は何か確信めいたものを持っている。


「御意に」

「我ら勇者が必ず」

「世界をお救い致します」


 頭を下げたまま、俺は他二人の勇者と目配せをし、二つ目の台詞を担当した。


 勇者として、この世界を救う。


 選択肢は、無いに等しかった。




●●●●●




 カチャカチャと控えめな食器の音がする。


 魚の切り身を焼いてソースをかけ、温野菜のようなものを添えた皿。


 これまたソースのかかったステーキに、サラダが添えられた皿。


 量だけはたんと盛られた小さなパンやバゲット。


 乳と野菜や芋や肉を一緒に煮込んだシチュー。


 グラスに注がれた暗い血色をしたワイン。


 城の大食堂を借りて大々的に行われた、勇者歓迎の食事会の主なメニューだ。


 大きなテーブルを囲むのは、王様に妃様、姫様方に、主要貴族とも割れるメンバー、そして俺を含む勇者三人。


 隅の方からは数人の演奏家達が奏でる、場を和ませる音楽が控えめに流れて来る。


 料理が運ばれて来始めたところで、食事を勧められた俺達は遠慮せず前掛けを着用し、膝の上にナプキンを載せて料理を食べ始める。


 ふむ……………美味しい。


 ある程度食べ進めた総評として、料理したヤツは見事な腕だな、この世界の貴族の食文化も悪くなさそうだという結論に至った。勇者として前の世界でもそれなりに食事会には出席したが、そこで並べられたどの料理よりも、一部を除いて俺の舌に合うものだった。見た目で美味しそうに見えるだけの清潔感や気品が感じられるのも良い。


 肝心の食レポだが―――パン、バゲットについては割愛する。これはどこも変わらん。千切ってバター塗るだけだ、言うことねぇ。


 問題は、他の皿だ。


 口の中でホロホロと崩れる白身魚の身は、まるで出汁でもとったかのような繊細な味の脂と水分で満ちていて、それをソースの甘さと塩気と酸味とが良い具合に引き立てている。口に運ぶ前と後とで香る柑橘系の風味も、料理に飽きさせないためだろう、夏の涼風のような爽やかさで舌に活力を与える。


 ふむ、魚が美味い。


 牛か豚かと口に運んだステーキは、そのどちらとも違う風味ということで少々独特であるように感じられたが(何の肉だ)、スジなど見当たらないほどに柔らかく(本当に何の肉なんだ)、これまた口の中で舌にすら潰されてしまうほど柔らかいものだった。サラダの方にはだいぶ香りの強い葉が混じっていて、俺には少しキツかったが、王様と妃様や姫様、貴族連中や他の勇者の面々にはウケが良かった。食べるのに苦労するほど受け付けなかったのは俺だけか?


 肉はやはり旨いな。


 シチューに至っては、乳の臭みがかなり抑えられつつ、具材の主張も目立ち過ぎないようかなり煮込んであることで、柔らかい風味に食感と、どこか安堵する味に仕上がる。前の世界では塩気が強いことが多かったんだが、ここではかなり抑えられているようで、むしろ甘めの味付けになっているな。肉も野菜も口に入れる前から溶けているような印象だ。根菜のようなものも入っているが、だいぶ角が取れて丸くなっている。本当に、よく煮込んである。


 んー、シチューうんまー。


 ワインについては……残念ながら俺はソムリエではないし、そもそもこの世界の人間ではないのでよくは知らないが、それでも一級品が提供されたことは理解できた。決して飲みやすいわけでなく、それなりに渋みのようなものがあったが、グラスを回しただけで漂ってくる香りが、これがまたバカに良くて、舌の上を過ぎたら次にまた一飲みしたくなるような、癖になる風味を楽しめた。


 ワインうめー。


 やっぱ全体的にレベル高ぇわ。


 そして食べているうちに気付いたが、使用されている香辛料が少ないか、刺激の少ないものがほとんどなのだろう。辛味、というのをあまり感じない食事ではあった。それも俺の口に合った一因かもしれない。


「いやーいやー、素晴らしい食事でした!」


 食べ終わって感嘆の声を上げ、食事を褒め称える者がいた。俺は遅れて追従したが、いの一番に感想を言った勇者に、王様と妃様は満足そうに微笑みかけていた。金色より少し黄色の強い色合いの鎧を着ていた金髪の勇者だ。俺と同じで遅れて追従したのは、青色の鎧を着ていた茶髪の勇者。二人とも既に鎧は脱いでいるが、俺はこの辺から少しずつ二人の観察も始める。




●●●●●




 懇親会のような様相を呈していた食事会と、また更にその後で、別の広間にて、デザートを提供しながらの立食会が開かれる。こちらが本命の懇親会だ。


 俺達は、王様や妃様、姫様方や宰相、貴族連中と軽く話などして(ついでに勇者どうしでも少し)、大方の人物の名前を頭に詰め込むこととなった。皆、酒が入っているから饒舌になりつつも、その目の奥には何か宿しているようで、ああ、王城に来たなという感じがする。前の世界でも戦いばかりでご無沙汰だったから、少し懐かしんでしまった。俺を含めた勇者三人は、希望するヤツに対してはそれぞれに武勇伝を語り聞かせてやる。なんだか三人が三人とも語り慣れているようで、時折会場のあちこちで歓声が上がる。


 まぁ、上昇志向の強いヤツもそうでないヤツも、俺に積極的に話しかける貴族はほとんどいなかった。なぜだろう? なぜなんだろうな、泣けてくる。適当な冒険譚にもう少し力入れるから、どうかあと一、二回は話したい。


 王様を含め、この国の人間はもはや誰もマッパ召喚のことに触れてこないから、とどめをさされているみたいだ。原因とか、後で調べてくれるよな? 俺を召喚したのお前らなんだろ?? 俺がマッパだったの俺悪くなくね???


 俺が若干、本当に若干だが、腫れ物のように扱われていたのは置いとくか。無理もねーよあんな事の後じゃあな。


 さて、まずは俺達の雇用主の分析からしていこうか。向こうもこちらが信用のおけるタイプの勇者か判断しようとしていることだろうしな。


 王様方―――大きな冠を被った頭から白髪が覗く、白く短い顎髭を蓄えた、老いた王ヨーゼフと、その妃で中年ほどと思われる、赤毛の女王レイラ。


 ヨーゼフ王は老いていながら確かに知性と優しさを感じさせる物腰で、弱った足腰の中にもどことなく歴戦のそれを思わせる風格がある。顔に刻まれた皺に紛れて傷跡もある。あれはおそらく元戦士だな。


 レイラ女王の方も動ける人物のようだが、ヨーゼフ王ほどじゃない。ただ性格がややキツそうでおっかない印象を受ける。俺なんかさっきから睨まれてんだよな。俺も腫れ物だが、俺からしたらあっちも同様だ。一言目が「何ですか」はヤバいって。


 姫様方―――彼女達の名は、上からアイシャ、ミーシャ、クロイツァ。三人とも、容姿はおそらくこの国、いやもしかしたら世界でもトップクラスってことなんだろうな。貴族達との様子を見ても、容姿は何から何まで褒められこそすれ、言葉を出し惜しまれることはない。当然と言えば当然だが、かなり熱っぽいことまで言われている。おい、一応は勇者歓迎の式典なんだから、勇者にそういう役目は譲るべきだろ。俺は加わらないけど。

 表面的な会話だけでまだ腹の内は分からないから、まず容姿しか述べることはないんだが、長女アイシャは少し吊り目がち、次女ミーシャは垂れ目がち、三女クロイツァは目元こそ姉二人の中間といった風だが、一番暗い雰囲気を纏っている。三人とももれなく美少女には違いないが、上二人は赤髪で、末姫は黒髪なのか。容姿を褒める時は気を遣うパターンのような気がする。貴族連中がそうでないのは、何も裏事情がないか、知らないからか、あるいは知っていてあの態度なのか。王様は白髪とはいえ、元々は黒髪っぽくはないし、王女様は赤毛だ。深入りはしないものの、末姫の様子だけは注意深く観察しておくことにする。

 周囲を視界に収めつつも焦点を合わせず、時折物好きが訪ねて来る以外は、ボッチデザートを嗜みながらひたすら周囲を観察し続けた。


 しばらくして、こちらに珍しくも歩を進めて来る人影が視界に映り込んだ。

 ボッチの邪魔は大歓迎だ。


「あ………の………」

「?」


 俺はボッチデザートを中断して、話しかけてきた少女に目を向けた。

 三姉妹の姫の三女………末っ子、末姫クロイツァだ。雰囲気は暗いがやっぱり綺麗だ。

 一姫二姫……アイシャとミーシャはそれぞれ金髪勇者と茶髪勇者の方へ行ったり来たりしながら、貴族連中とも話している姿が見えた。クロイツァの動きはあの二人と対照的だな。


「どうされました?」

「そ………の………」


 どうにも上手く切り出せないようだ。


「よろしければ何かお話ししましょうか。冒険譚から向こうの世界のちょっと珍しい話まで、何でもございますよ」


 極力威圧しないよう、距離を取りつつ穏やかな声で話す。


「う………」


 だがそれでも無理だったのか、そう口ごもった末姫様は、踵を返した。


 んで、とととーって走って行っちゃうんだもんな。


 周囲の貴族連中がこちらの様子を盗み見ていたようで、あちこちで失笑が漏れるのが聞こえてくる。




●●●●●




 いざ食事会・立食会が終わった後で、俺達勇者は城内を案内された。この国の伝統ということもあり、王に妃に姫様と護衛を伴って、場内を闊歩することになる。結構な大所帯だが、城の中はどこかよそ行きに見えた。様々な準備事があるのか、回廊に人影が見えないためだ。

 それにしても、盗み見た周りの連中は、満足そうにしている者から、腹を時折さすって苦しそうに息を吐く者まで様々だな。食事の後でまた軽い食事だ、無理もない。俺達勇者は多少効率は上げられるが基本燃費は悪いから、実はまだまだ食事も続けられるが、流石に遠慮する。広大な城を歩きながら、勇者以外の皆も多少は消化できるだろう。


「では一通りご案内しました。城内の様子は把握いただけましたでしょうか」

「「「はい」」」

「ありがとうございます。それではこちらへ」


 お疲れでしょう、などと言われ、今日は主要な催しは終わりだとばかりに、勇者達はそれぞれ専用の控え室―――滞在する部屋に通されることになる。三階のある部屋の前まで、俺達勇者を先導する形のメイドに、王様や王女様、姫様達も付いてくる。王様達とは、ここで別れるようだった。


「本日は私どものためにこのような会を開いていただき、光栄の至り、ありがたき幸せでございます」

「よいよい。そなたらにはこれから世界のために戦ってもらうことになる。今日はゆるりと休まれよ」


 黄色鎧の金髪ヤローがまた率先しておべんちゃらを述べた。王様は気分を良くして、短く白い顎髭を満足そうに撫でつけながら、王女様達と去って行く。

 あの金髪は、社交辞令だのをこちらが何か口をはさむ間もなく言ってしまう。今はもはや立場の差が明確になりつつあるが、そういうゴマすりの機会を俺や茶髪に譲る気はねぇようだな。ま、こっちとしてもそんなものは要らないが。


「一階の兵士用の大浴場は早朝と夕方のみ、貴族様御専用となる浴場は、いつでもご利用可能です」

「君もありがとう」

「ごゆっくりお休みくださいませ」

「お休み」


 案内役のメイドとそんなやりとりを終え、金髪は自分の部屋に引っ込んだ。


 人数が一気に減り、今度は俺と茶髪だけがメイドについて行き、それぞれの部屋を案内されることになる。


「「………」」


 メイドに従って廊下を歩く俺と茶髪との間に会話はない。俺はガウン、茶髪はアンダースーツを着ている。あの青い鎧はもう部屋に運んでもらったのだろうか。


 王城は四階建て。


 さっき見たが、黄色鎧がトレードマークの金髪勇者は三階の部屋だった。王の寝室ほどではないんだろうが、部屋の中央にはテーブルとイスがあって、窓に近いところには天蓋付きのベッド。


 今ちらりと覗いたが、青色鎧がトレードマークの茶髪勇者は二階の部屋。階は下がっている筈だが、間取りやインテリアは三階の勇者の部屋に同じ。隅には鎧一式が綺麗に飾られていた。


「じゃ、じゃあ、おやすみ………」

「ああ。おやすみ」


 茶髪は初めて別れ際に声をかけた。思ったより高い声だ。よく見たところ……長い前髪に隠れそうな目元といい、少し険しいような、怯えたような表情といい、あの末姫を思い出す。ただ、彼女に負けず劣らずの、いやもしかしたらそれ以上に暗い雰囲気。アンダースーツの上から見た身体は決して弱くはなさそうだったが、神経がそれなりに細そうだ。今日は色々あって疲れたろう、ゆっくり休め。茶髪はできるだけ音を立てないように、部屋の扉をそっと閉めていた。


 さて、今度は俺の番。この分なら、俺の部屋はおそらく一階に―――


「申し訳ありませんソウジ様。ソウジ様の部屋は地下となってしまいまして………」

「―――ンッ!? え、ええ、まあ構いませんよ」

「……こちらになります。そ、それではごゆっくり………」


 召喚された時にマッパだった俺は、地下の部屋に。床の隅には払ったばかりの蜘蛛の巣の残骸。天井の隅には煤かカビのような汚れ。ベッドは木の台に薄いクッションを敷いた、簡素なもの。また壁際に小さな木のテーブルと椅子が一つずつ。あと部屋が全体的に埃っぽい。

 十中八九、最近使われていなかったであろう、使用人用の部屋だ。

 こりゃ()()()が必要だな。



 は????



 扱いの差………。

 部屋に通され一人になったことで、ひとまず深呼吸をした。吐く息が少し震える。この程度で取り乱すな、俺。自身を落ち着ける。


 流石に少しずつ、ね。何かが、ね。


 何かがこう、心の方にちょこ~~~っとだけ溜まってきてるけど、まだ、ね。大丈夫。


「すぅ~~~はぁ~~~」


 深呼吸すると、少し埃っぽいような空気が肺の中で入れ替わるのを感じる。嗅いだことのある匂いにも感じられた。こうなると、ベッドやクローゼットの虫もチェックしといた方がいいなぁ………。


「………ひとまず、今日はここで寝ることになりそうだな」


 地下と言っても、半地下のような形だった。


 部屋の天井近いところにある小窓から、外の様子が見えるのだ。


 今はちょうど日没時なのだろう、斜陽の淡い残光が柔らかく差し込んでくる。


 小窓に近づいて、どうにか端の角度からもう片方の端を見る。


 陽が沈むちょうど反対側。


「月が、二つある…………」


 そこには、大小の月が二つ。寄り添うように、空へと顔を出し始めていた。

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