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C  作者: 八瀬研
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第8話 農作

「おはよう、C」


 カミラが柔和に微笑んで挨拶をする。朝食を終えたCが食器を片付けたところに、丁度カミラが声をかけてきたのだった。


「おはよう」


 ワンに言われた通りカミラに畑仕事を教わりにきたのだが、話は既に聞いているらしい。


「今日からよろしく。一緒に行きましょう」


 Cが頷くとカミラは畑のある方へと先導する。その慈愛に満ちた表情にはCが戦わずに畑仕事をすることに対する不満や怒りのような感情は見えない。


「Cには力仕事を任せてもいいかしら? ここから一番遠い耕作地で大豆が丁度収穫し終わったからそこを耕したいの」

「分かった」


 農作物の育て方についてはまるで知らないCは大人しくついていく。


「改めて自己紹介するとね、私はカミラ。カミラ=ミシェルよ。普段は広場に繋がってる方の畑、『一区』って呼んでるんだけど、そこで色々作業してるわ。それと一応みんなの仕事を調整しているの」

「今向かっているのは何区なんだ?」

「『三区』よ。上から見て一区から反時計回りに二区、三区、四区って呼んでいるの」


 そうして横穴を二つ経由して蔦の這う畑に辿り着くと、カミラはその壁沿いに立てかけられている、木製の柄と金属の刃のついた道具を手渡してきた。


「これは鍬って言うの。これで土を耕して次に作物を育てる準備をするのよ。ちょっと待ってて。ユーゴ!」


 カミラが畑の中央で鍬を振るう男達に声をかけて手招きすると、そのうちの一人が作業を中断してこちらへと歩いてきた。歳は自分と同じくらいで身長は平均的、他にはこれといった特徴のない男だった。強いて言えば唇が厚くて間抜けそうな顔つきをしている。


「ユーゴ、今日から彼、Cがここで仕事をすることになったの。ひとまずはユーゴの班がいいと思って。どうかしら?」

「そりゃあ人手が多い方が楽だけど、カミラの班は?」


 ユーゴが聞くとカミラは気まずそうに目を伏せた。


「ほら、私のところだと…、ルイーズや――」

「そかそか。分かった。それなら任せて」


 何かを言おうとしたカミラを遮って、ユーゴは心配ないよと手を振った。推測するに人間関係的な話だろう。


「ええ。午前中は私もここにいてもいいかしら?」

「もちろん」

「ありがとう」


 話を終えて、ユーゴは屈託のない親しみやすい笑顔でCへと向き直った。


「今日の仕事は俺達二人でここから、あの少し背が高い葉っぱの前までひたすら耕そう。明日の筋肉痛は覚悟しな」


 壁を感じさせない話し方に、ユーゴという人物の技量が感じられた。


「ああ、よろしく」


 Cがそんなぬるい相槌を返すと、ユーゴは「こっちきて」と作業していた畑の中に戻っていく。Cは手に持つ鍬の柄の重みを感じながら付いて行った。


「頑張って」


 後ろからカミラの声援を受け、やがてユーゴが振るっていた鍬の置いてあるところまで辿り着いた。


「地中には収穫した植物の根っことか雑草があるからそれを鍬で切って地面の栄養にするんだって。土に空気を含ませることも大事らしい」

「らしいって?」


 やたら伝聞形が多いことが心配だが、


「俺もまだ初心者みたいなものだからあまり実感がないんだ。これで三年目」


 発足してから二年しか経っていないリベラで三年目というのは、ここでは一番経験を積んでいることになるだろう。ユーゴは謙虚な男のようだ。もしくはただの間抜け。


「でもまあ今回はやることは簡単だからさ、こうやって軽く持ち上げて、落とす。刺さったのを引っ張って掘り起こす。刃の部分がこれくらい入るくらいの力加減でいいから、それを繰り返してく、これだけ」


 ユーゴが鍬を振るうと掘り起こされた部分の道が出来た。


「できるだけ疲れないようにするのと体を痛めないように自然な体勢でやるのがコツ。やってみな」


 見様見真似に鍬を上段に掲げて振り下ろした。大地に刺さった刃の部分を柄のてこで持ち上げて、また掲げて振り下ろす。


「そうそういい感じじゃん。それをここからあそこまでやれば今日の仕事は終わり」

「……」


 畑全体の八分の一程度の面積、しかしその一辺の短い方の長さですら少なくとも百メートルはある。気の遠くなるような作業量だった。


「なんつって。一人で全部やると体を痛めるから、途中途中で分担は変わっていくって。その都度やることを教えるから安心しな」

「最初からそう言えよ…」


 Cは嘆息した。




 そうしてただひたすら腕を動かしていると、にわかに辺りが騒がしくなったことに気付く。その方を見やると、遠くに森人の姿が見えた。


「あれは?」

「ロレンツィオさん。魔法で水やりをしてくれるんだ」

「魔術じゃないのか?」

「え、魔法と魔術って何が違うの?」

「……何でもない」


 魔法と魔術の違いも分からないのかと思ってもCはそれを口に出すことはなかった。そう言って相手を嘲っても仕方のないことだ。

 遠くでロレンツィオが手を掲げて目を瞑ると、畑の上方、宙に無数の数滴が浮かんだ。雫は無重力状態のようにふわふわと浮かび、結合して大きくなる。そして次の瞬間、握りつぶされた果実のように水玉がばしゃりと飛散した。


「……っ」


 ワンが水資源はロレンツィオに頼っていると言っていたのは飲用や洗浄用に限らず、かなり広範な用途に及んでいるようだ。一人でここまで大量の水を生成するその技量にCも感嘆せざるを得ない。


 土人といい森人といい、改めてその技量の高さに驚かされる。種族内で彼らがどれほどの実力者かは分からないが、やはりメイとの根本的な実力差を感じざるを得ない。戦闘面において種族的に劣っていることは否定しようがなかった。


「あんなこともできるなら、天使なんて怖くないんだろうなぁ」

「え?」


 ユーゴの呟きには羨望や嫉妬のような感情が滲んでいた。思わず聞き返したがユーゴはそれには答えることはなかった。


「何でもないって。それよりあの子は彼女?」

「え?」


 ユーゴが指さすカミラの隣に、人形のように精巧なつくりをした少女が座っていた。目が合って、ひらひらと手を振ってくる。

「こっち来て早々女の子に手を出すなんて、さすが悪魔だ」


 ユーゴは冗談めかして言った。Cはノエルがいつからそんな所にいたのか、一体何しに来たのかも分からない。


「行ってきていいよ。あの子が墓場を出てくることなんて珍しいから」

「墓場?」


 聞きなれない言葉だった。するとユーゴは何かに気付いたようにふと手を止めた。


「墓場ってもしかしてまだ知らないん? ロレンツィオさんの森の奥にある小さな部屋のこと」

「……あれか」


 最初にノエルと会ったあの部屋のことだろう。あれはリベラで死んだ人間を弔うための墓場だったらしい。そんな趣味の悪い場所にずっと居座る気持ちなど到底分からないが、あそこで待たれているのも厄介だ。Cは鍬を地面に置く。


「行ってくる。すぐに戻る」

「ごゆっくり~」


 近づくと、ノエルは立ち上がり、向こうからも歩いてくる。その後方ではカミラが慈母のように微笑んでいる。


「おはよう。頑張ってるね」

「何の用だ」

「何か用がないと来ちゃ駄目なの?」


 Cは訝しむ。


「何か用がないと来ないだろ」


 ノエルはなんてことないように飄々としているが、普通は大した用もなく他人に声をかけるだろうか。ノエルはにぱっと笑った。


「暇だったから」


 ノエルとは暇という理由で談笑する関係でもなければ、Cは自分という人間が客観的に親しみやすい人間ではないことは自覚していた。ますます訳が分からなくなる。


「仕事はないのか?」

「地上に行く人はその準備だけど、ノエルは準備がいらないから」

「なんで」

「強いから」


 ノエルは冗談めかして力こぶを作ってはいるが、さも当然のように答えた。


「メイは天使より弱いからちゃんと鍛えないとすぐに死ぬけどね、ノエルはもう限界まで能力を発揮できるから、これ以上何かしても意味ないもん」


 そしてやれやれと首を振る。


「機人が作ったからか?」

「うん。そう。あの人達は優秀だから、もともと人の体をそんな風に設定できるの。だからノエルに必要なのは実際の殺し合いの経験だけ」

「……機人に会ったことがあるのか?」

「ないよ」

「そうか」


 機人への興味から話が逸れてしまったが、結局ノエルは何をしに来たんだろう。


「……」

「……」


 ノエルの方から何か言い出すのを待っていても、口を開く気配はなかった。しばらく沈黙のまま見つめ合い、仕方なくCが話題を振ることにした。


「墓場って、大切な人だったのか?」

「うん」

「じゃあ戻らなくていいのか?」

「いい」


 即答だった。Cは面食らう。大切な人と言っておきながら、ノエルは未練などないかのように即断したのだ。


「……なんで」

「なんでも」


 そうしていたずらっぽく笑う。Cは眉を顰めるしかない。どうやら本当に何も用がないらしい。取り合うのも馬鹿らしく思える。


「……じゃあ俺は戻るから」

「うん。頑張ってね」


 Cは踵を返す。一体何が理由かは分からないが、付きまとわれているのかも知れない。純粋なメイではないという点で同族意識のようなものでも生まれているのだろうか。害はないから放っておいても良さそうだが、しかしそれ以上考えても仕方ないからCは鍬を手に取ると作業を再開した。




 耕作の次には雑草を抜く作業をし、それからしばらくするとユーゴの号令一つで四区にいた全てのメイが休憩に入ることになった。


「大体一時間くらい? まあ決まってるわけじゃないけど昼食の時間だから、あっちに行こうか」


 そこには相変わらず手持無沙汰そうなノエルと、いつの間にかバスケットを持って立っているカミラの姿があった。


「いつもあそこらへんで食事係が配膳してくれるけど、今日は運がいい。可愛い女の子が二人も待ってくれてる」


 一方で通路の近くに人々が群がっている。


「Cとってもよくできてたじゃない。これなら心配なさそうだわ」


 Cとユーゴが近づくとカミラが胸を撫でおろした。


「何か困ったことがあればいつでも私かユーゴに相談して。上手くやっていけそう?」

「まあ、今のところは」


 特に困ったことはなかった。退屈で無駄に疲れる仕事だが、命をかけるのに比べたらずっとましだ。


「それなら良かった。私はそろそろ一区に戻らないといけないけど、何かあったらすぐに言ってね」

「ああ」

「ユーゴ、私は戻るからよろしくね」

「一緒に食べられないのは残念だけど、そっちも頑張って」


 カミラはそうして去って行った。通路で沢山話かけられているが、なかなか人望があるのだろう。


 カミラは他のメイと不和を起こすことを心配していたのだろう。確かに周りからの視線を感じることは多々あった。昨日のことと言い、自分がこうして畑で働くことをよく思わないメイも多いのだろう。だからと言って人が監視しているときにしでかすような馬鹿はいないだろうが。


「はい、これ」


 ノエルがバスケットに入っていた白い何かを差し出してきた。


「なんだこれ?」

「おむすび。お米っていう小麦みたいなものを蒸してまとめたもの」

「……初めて聞いた」

「ここの気候は適していないもん」

「じゃあ、どうして」

「でも地下は丁度良かったんだって」


 口に運んでみると、初めは塩の味がして、噛むほど甘くなってなかなか悪くない。Cは土壁沿いで腰を休ませ、置いてある限り好きなだけ食事をとった。

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