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C  作者: 八瀬研
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第2話 満足

 Cは生まれてからこのかたずっと天使の玩具だった。物心ついたときには既に背中の羽は毟られており、体には縫い跡ばかり、この施設で古参の五本指に入るだろう。


 天使共には散々に弄ばれて、興味本位で体を分解されて、雑に扱われて。そんな切り離された体の一部を元に戻してみると肌の色と違っていた、なんてこともよくある。悪魔は純粋なメイより生命力が強く、おかげでそう簡単には死ぬこともできない。

 そんな天使共に育てられて今年は十八になるらしい。異常な世界で育った幼いCも流石にこれが当たり前なのだと勘違いすることはなかった。こんな不条理な世界が正しいわけがないと憤った。


 この施設は天使がメイを虐げて楽しむためのものだと知ったときは言葉が出なかった。幸いにして施設には退屈しのぎのための本が投げ込まれていたためCは読み書きを学んだ。何かこの地獄から抜け出す方法はないかと考えた。あらゆる可能性を洗った。

 しかし天使に服従するほかはないのだ。別棟の大部屋の扉を開けたときだった。


「おはよう」


 そのしゃがれた声を聞いたCは背筋が凍った。その好々爺とした笑顔を見上げると血が凍った。不意打ちのような『大天使』の挨拶だった。

 メイが天使を前にすると本能的に委縮してしまうのに加えて、今までの大天使の行いがトラウマとなっているCは込み上げる恐怖を抑え込んで、なんとか平生を保って返した。


「おはようございます」


 大天使の肌は石膏のように白く、陶器のような瞳には生気がない。


(なんでこんなに早くからいるんだ…⁉)


 いつも大天使の朝は遅く、早くても九時がせいぜいだ。それなのに今日は七時にもうここにいる。メイは大天使よりも遅く来るだけで肉を抉られたり骨を折られたりするのだ。

 すると隣の134がいつものようにあっけらかんと返す。


「おはよ」


 Cからすればそんな態度をとるのは自殺行為だと思ったが、大天使は134の無礼さを気にする様子はなかった。


「お前達は早く来て偉いなあ。他のメイにはお仕置きが必要だなあ。ふぉっふぉっふぉ」


 大天使は感心したように笑顔で言う、なんのために笑顔を張り付けているのか不気味でならないが、Cは大天使の目が134を見据えていることに気づいた。



「でも残念だなあ134番。お前は今日の主役だあ」



「あそっすか」

「Cは残念だったなあ主役を取られた代わりに脇役だあ」

「――」


 Cは絶句した。


(最悪だ…)


 まさか今日自分があの狂ったショーに出演させられるなんて。脇役ということは殺されることはないだろうけれど、あの趣味の悪い配信は視聴者を盛り上げるために余念がない。実験は麻酔をかけるが、あれは叫喚を楽しむためのものだ。


 そしてそのショックと同じくらい、死の宣告を受けてもなお134がここまで飄然としていることにあっけにとられた。『自分が主役』とはどういう意味かを134も分かっている。


「十二時間後にまたここにおいで」

「あいよ」

「……はい」

「ふぉっふぉっふぉっふぉ」


 大天使は愉快そうに笑う。背後にその不気味な笑い声を聞きながらCは速やかに部屋を出た。


「思わぬ休みだ。今日はラッキーだな」

「お前死ぬんだぞ」

「まあ、そんなもんだろ。しばらく暇だしどうする?」

「どうもこうも…」


 本人は全く気にする様子がなかった。死ぬことをこれっぽっちも恐れていないように。


「とりま食堂行こうぜ」

「……まあ、そうだな」


 まともな椅子があって腰を休められるのが食堂だけという理由だった。




「おいガキども。大天使がもう来てたぞ」


 134のたったその一言で、通夜のように静かだった子供達は血色の悪い顔色をさらに真っ青にし、我先にと駆け出していた。そんな光景を134は満足気に眺める。


「なんか久々に見たなあれ。懐かしくね?」


 二人ともここ数年は大天使の招集には余裕をもって到着するのが習慣づいていた。Cも昔は朝早く起きられずに建物内に流れるチャイムの音で起床し何度も遅れそうになったものだが、今やどんなに寝不足だろうと六時前の起床が体に染みついている。


「俺達もあんな風に128を標的にしたよな」


 134が懐かしむように眺めているのは、今朝の少女が他の子どもたちにぼこぼこに殴りつけられている光景だった。必死の形相をした同年代くらいの少年少女達に叩かれ、つねられ、髪の毛を毟られ、少女は抵抗してはいるものの多人数相手に敵うはずもなかった。

 突っ立つ54とコックを除いて、他のメイはもう食堂にはいなくなっていた。そんな室内で子供たちは同族をこれでもかと打ち据える。

 大天使の招集に一番最後に辿り着いたメイが痛めつけられることになっているから、それを知っている子供達は誰か一人をターゲットにして陥れようとするのは習慣になっていた。最近来たばかりのあの少女はそれを知らなかったのだろう。


「……」


 ここで生きているのは全員、自分が生きるためならば誰かを犠牲にしても構わないと思っている人間だ。自分さえ良ければいい。Cはそのことを改めて確認すると、134が死ぬこともどうでもよく感じ、軽口を取り戻した。


「あいつも多分死なないな。泣き虫はあいつらの好みだ」

「うんにゃ、あれは死ぬ方の泣き虫だ。静かに泣く奴は好みじゃない」

「そうかよ」


 134はサイコ野郎だが人を見る目は確かだと、Cも認めている。

 この世界では自分のために生きられない奴から死んでいく。


「お前は怖くはないのか?」


 コップに水を入れて運んできた134に問うた。せめて死ぬ前に、134の考え方を知ることができれば自分がもっと楽に生きられるのではないかと思った。

 すると134は首を傾げた。


「怖いからって怖がってたら怖いだろ?」

「いやそうだけど」

「そんな感じだ」


 そんな風に割り切れたら誰も苦労はしない。だが134は天然でそんな気質の男なのだろう。


「じゃあお前は今まで何のために生きてきたんだ」

「あん? そんなの自己満足だろ。何かのために生きてもどうせ死んで消えてなくなる」


 求めていた答えとは若干形の異なるものだったが、134がただ死ぬのが怖くて生きているわけじゃないことに驚いた。ここにいる殆どの人間がそうして生きてきたからだ。

 将来のことを考えても、楽しい夢は見られなくて、残酷な現実を直視するしかない。自分の好きな生き方を選択できるわけなんてなくて、天使に生き方を強制させられる。だから生きる理由なんて死にたくないからということ以外にはない。

 だから134が自己満足のために生きていることに驚いた。


「満足できたのか?」

「満足出来たら死んでるだろ」


 怖がる素振りもないから満足したのかと思ったがそうでもないらしい。


「じゃあお前の満足ってなんだ?」

「ん」


 尋ねると、134は伸びをした。


「天使を全員ぶっ殺すこと」

「――」


 Cは唖然とした。相変わらずそれが本気か冗談なのか分からない。少なくともメイの分際ではそんなことは不可能で、134もわきまえているはずだ。

 それでもそんなことを抜かすなんて、


「やっぱお前わけ分からん」


 134がこんな非現実的なことを考えているとは思わなかった。逃げることすらできないのだから歯向かうなんて論外だ。

 Cは134を理解することは無理だと匙を投げ、その後は嫌なことを考えないように毒にも薬にもならないような下らない会話をして時間を過ごした。

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