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C  作者: 八瀬研
21/27

第20話 別れ

 夕食を終え、ほぼ全住民が仕事を終えた休息の時間、ワンは広場に集めていた全員に告げた。


「今日は地上に出られなかった。天使が待ち伏せしていた」


 その一言で場はざわついた。みな口々に不安を囁き合うが、


「その原因は既に判明している」


 しんと静まり返った。この場にはフィンもイルゼもいない。用が済んだ大天使はワンがとっくに地上へ帰した。


「フィンとイルゼが能力にかけられていたんだ」


 そして再びざわめく。「そんなっ⁉」「天使に見つかったの…?」「大丈夫なの⁉」と、誰もが心中穏やかではないようだった。


「どうすんだ? ワン」


 そんな中、オスカーが立ち上がり、直接ワンへと疑問を投げかけた。


「土人のガキ共がいる限り俺達は危険に晒される。急がねえと全員おっ死ぬぜ」


 それは他の住人も聞きたかったことで、予断を許さずワンの次の言葉を待つ。


「二人の処遇はまだ決めていないが、俺達は今から移動を開始しよう」

「今からだあ⁉」


 あまりにも突然だった。


「約十キロ離れた場所に予備の居住空間を作ってある。そこにリベラにある設備をできる限り全て移動させる。異論はないか?」


 ワンは皆の顔を見渡す。殆どの住人がワンを信頼していたからこそ、ワンの意向に沿うことに反対しなかった。


 ワンは頷くと、移住の手引きについて説明を始めた。各々職場の道具を持っていけ、男達は往復して機人の利器を持っていけと、手際よく指示を飛ばした。




 ワンの説明が終わると、百人を超える住人全員が協力しあって移動を進める。各々自分の命がかかっているだけに、ワンの統率の元、行動は迅速だった。

 Cは慌ただしく人々が行き交う広場を抜けようとしたそのとき、


「C」


 ミアに声をかけられた。


「ノエルをお願い」


 車椅子での避難について言っているのだろう。


「お前は?」

「ベルを探してる。さっきから姿が見えない」


 特にすべきことのなかったCは了承する。


「分かった」


 応えると、ミアは畑の方へ駆けて行った。

 Cは近くにノエルはいないかと辺りを見回してみるが、全員招集したはずの広場には車椅子に乗ったノエルの姿はなかった。




 ノエルの部屋に行くと、


(いない…)


 いつも寝ていたベッドの上にも、他に何もない室内を見渡しても姿は見えず、その部屋はもぬけの殻だった。どこへ行ったのか、心当たりはない。

 取り敢えず探すしかない。他に部屋にいないかと探し回った。




 そうして見つからないまま広場を抜けて畑の方まで行くと、丁度ユーゴ達が猫車で農具を運搬していた。


「なあ、ノエルを見なかったか?」


 近寄って声をかけると、ユーゴは首を捻った。


「うーん、見てないな。もしかしたら墓にいるんじゃない?」

「そうだな、ありがとう」


 立ち去ったCの背中を、ユーゴは驚いたように眺めていた。




 再び別の通路に入ると、小山が七つほどある小さな部屋に出る。そしてその部屋の隅に、Cはようやくノエルを見つけた。


「何、してるんだ?」

「最後のお別れしようと思って。迎えに来てくれたの?」

「ああ。そうだけど、それより、あれは、何だ…?」


 その墓場にはノエルの他にも先客がいた。その少女あどけなさの残る顔立ちにCは見覚えがあった。ワン達に助け出されて初めてリベラにやってきたとき、花咲くような笑顔で次郎に抱き着いた、確か名前はベル。だが今のベルにはそんな幸せな面影は欠片もなく、Cは唖然とする。


「見れば分かるでしょ。掘り返しているんだよ。死体を」


 ベルはこんなに老けていたかと思えるような必死の形相で、地面にスコップを突き刺す。体中を泥で汚し、手には血を滲ませ、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら一心不乱に掘り続けている。


「もっと深いところにあるんだろ…?」

「うん。シャベルじゃ絶対に無理」


 次郎の死体が埋められた日、死体は変な病気を広めないように地下深くに埋めているという話を聞いた。


「ベルがゴンザロに頼んだらそんな暇はないって。それで、こんなことになってる」


 その口ぶりはどこか他人事だった。


「止めないのか?」

「止めたよ」


 Cにとってベルのそれは狂気としか思えなかった。物言わぬ人間の死体を掘り返したところで意味はない。腐った骸一つが掘り出されたところで何の価値もない。そもそも一人の少女が必死に掘ったところでどうにかできる深さではない。


「おい! やめろ!」


 Cは思わず声をかけた。だがベルは顔を歪めるのみで、


「……っ、……っ」


 何度も何度もスコップを振り下ろす。その手のひらは血まみれだった。

 Cはそれを止めるのが正しいことなのか、分からなくなった。本人がそうしたいのなら、好きなだけさせるべきではないか。

 それにベルを止める義理もない。仲が良いわけでもなければ、次郎を殺したのはお前だと罵ってきたような相手だ。

 ざくざくと土を掘る音とひゅうひゅうと呼吸が喉を枯らす音が響く。


「くそっ! もうやめろ!」


 Cは強制的にベルを引き剥がしにかかった。


「そんなことをしている時間はない! 早く逃げるんだよ!」

「やだ! やだ! やめて! 離して! 私は次郎がいないと生きていけないの! 見捨てたのはあんたたちでしょ! もうこれ以上私から大切なものを奪わないで!」

「……っ」


 なんて身勝手な女だ。自分のことばかり考えて、全く聞く耳を持たない。こんな奴らばかりで嫌になる。

 だが、Cは自分にもその一面があったことを認めていた。いつも誰でも自分は周りを見ているつもりになっている。ベルがあまりにも哀れで見るに堪えず、Cはそれを放っておくわけにもいかなかった。


「奪っているのは俺達じゃない! 天使だ!」

「あんたが残った幸せを奪ったんでしょ!」

「だからって死んでもいいのか⁉」

「次郎がいないと生きてても意味ないの!」


「『あいつはお前のために戦った! お前が死ねば、あいつも悲しむだろ!』」


「……っ⁉」


 抵抗していたベルの体から、力が一気に抜けた。血と泥で汚れた手でその顔を覆った。


「……あんたのせいだああああああああああああああ!」

「……」


 Cは同情した。その激昂も今となっては随分と弱々しく見えた。


「ベル…⁉ もうここには来ないって…」


 声がした方を見れば、墓場の入口でミアが立ち尽くしていた。愕然として歩みを進めるミアを見て、Cはその場を離れることにする。


「……シー」


 ノエルが寂しそうな目でこちらを見ていた。


「俺達も、早く移動するぞ」

「うん」


 その表情は晴れない。


「でもその前に、フィンとイルゼにもお別れの挨拶に行こう?」

「あ…? ああ」


 Cは深く考えず、促されるまま車椅子を押して墓場を後にした。だが、ふと、


「……挨拶するって、何するんだよ」

「二人とも退屈にしてたノエルとよく話してくれたから、ありがとうって言いに行くんだよ」

「俺達は見捨てたんだ。どんな顔で会うんだよ」


 フィンとイルゼはもはやリベラにはいられない。そうなればまだ年端もない子供二人で生きていくことは不可能だ。餓死するか、天使に殺されるか、それよりももっとひどい目に遭うかも知れない。

 それにあのとき、フィンに何も言ってやれなかった自分には合わせる顔がない。


「でもそれって、薄情だから。せめて自分たちが何をしようとしているのか知らないと、ひど過ぎるよ」


 ノエルの声はいつもより沈んでいた。だが、ノエルらしい理由にCは納得する。


「二人が、嫌がったら?」

「嫌がるの?」


 最後まで顔を合わさないで見捨てることと、最後に言葉を交わしてから見捨てることの、どちらの方がされて嫌かと問われれば、


「……いや、分からない」

「慰めに行くだけだよ。……深い意味はないって」


 墓場を抜けるとロレンツィオの森に戻る。そこでは訓練生達が武具の類を集めて駆けずり回っていた。ロビンも必死に声をかけながら弓やら木材やらを運んでいる。

 Cは整備されていない地面でゴロゴロと車椅子を押してゆく。


「多分ゴンザロの部屋だ」


 ノエルを探して色々と探し回ったが、二人の姿を見ることはなかったから、あるとすればそこだけだろうと目星を付けていた。


「ねえ、Cがあんなにベルのために頑張るって思わなかった」

「あいつのためにしたわけじゃない」

「シーって前はもっと、自分勝手じゃなかったっけ?」


 ストレートに失礼なことを言ってくるノエルだが、


「……」


 そうか。そうかも知れない。施設にいたときは自分さえ良ければいいと何度も反芻していたように思える。


「シーは変わったよ」


 ノエルの声音は相変わらず沈んだままだ。Cはそれが嫌だった。


「お前は、お前だって変わった」

「どこが?」

「怪我してからもっと悲観的になった」

「……だって、分からないよ。ノエルは…。シーは、どうして変われたの?」


 ノエルにしては真剣に聞いてきた。それほどノエルにとっては大事なことなのだろうと、Cはしばらく考えたが、


「俺だって、そんなこと分からない」


 ゴンザロの部屋へ続く通路へ入る。


「でも、お前の言う通りだった。俺も、お前も、みんな自分勝手だったことは仕方ないと思った」


 悔しいけれど、それが否定しようのない本能だった。


「だったら、どうして前向きになれるの?」

「全部話し合えば、そういう相手となら俺達は、仲間にはなれなくても分かり合えるだろ」


 自分でも分からない言葉を慎重に紡ぐ。例え自分の言っていることが間違っていても、それがノエルの慰めになればいいと。


「……いた」


 話の途中だったが通路を抜けると、ノエルが目を向ける先、ゴンザロの部屋には顔色の悪いフィンと体育座りで顔を埋めてすすり泣くイルゼがいた。


「Cさん、ノエルさん…」


 縋るような怯えた瞳だった。


「ごめんなさい、僕達のせいで…」


 消え入りそうな声で、振り絞るように懺悔する。だがやはり、助けて欲しいと懇願することはない。


「二人は悪くないよ。何も知らなかったワンの責任」


 ノエルは先ほどの消沈はどこへやら、優しく慰めるように言う。フィンとイルゼは窺うように顔を上げた。


「お別れの挨拶をしに来たの。何も言わないまま別れるのはやっぱり薄情だと思ったから」


 むしろ謝らなければならないのはこちらの方だ。二人の命を都合よく弄んでいるのだから。Cは自分が何もしないクズであることを痛感する。

 やはりこんなところ、来るべきではなかった。


「最後に二人に言いたいことがあるから来たの。好きだよって」

「……え?」「ふえ?」


 フィンもイルゼも驚いたようにノエルに顔を向けた。それはCも同じだった。


「イルゼがみんなのために頑張ってるの、知ってるから。自主的に畑の耕作を手伝ってるでしょ。みんな感謝してたし、二人を残して行くことを悲しんでた」

「……うぅ、ひっぐ、わた、わたし、ひっく、うぁ」


 Cの手から車椅子のハンドルが離れた。泣きじゃくるイルゼの方へ、ノエルは自分で車輪を回して近づいて、耳打ちした。


「イルゼがいることは、凄くフィンの支えになってるよ」

「うわああああああん! ひっぐ、わああああああん!」


 イルゼは再び決壊したように泣いた。ノエルはイルゼの頭をぽんぽんと軽く叩いてから、次はフィンへと穏やかな顔を向ける。


「フィンはさ、凄く強いよね」

「強い…?」

「うん、強いよ。フィンはリベラを助けてくれようと必死に魔術を覚えたでしょ。ゴンザロ怖いもん。私だったらとっくに逃げてた。それに、イルゼを守ろうとしてるでしょ」

「……ぁ」


 頬を赤くしたフィンに、ノエルは笑いかける。


「偉いぞ、フィンは男の子だ」

「僕…、Cさんみたいになりたいんですっ…!」


 すると、フィンの両目からじわりと涙が溢れた。


「……なりたかったんです」


 輝かしいものを見るように、真っ直ぐに透き通った目がこちらを見上げていた。


「僕にとってのCさんみたいに、僕も誰かにとっての、ヒーローになりたかったんです…!」


 もう諦めたからこその過去形だった。恐らく二人は天使に捕まり、最悪殺される。リベラは、自分たちは自らの命のために二人の子供を犠牲にしている。

 それをフィンは受け入れている。リベラにもそれ以外の選択肢はない。だが、


「なれる!」


 Cは口走ってしまった。


「お前は、俺よりよっぽどいい奴だ! 俺はな、自分が助かるためなら他の人間なんてどうでも良かったんだ! お前を助けたのには特別な理由なんてなかった! でもお前は違うんだよ! お前はなあ…」


 この理不尽な状況を大人しく受け入れて、他のために自分を押し殺す。そんな出来過ぎた人間だ。きっとこの世界の誰よりも優しい人間だろう。その優しさは異常とまで言える。


「お前は、馬鹿が付くくらいいい奴なんだよ! とっくに誰かのヒーローになってる!」


 唖然としていたフィンだったが、


「Cさん…!」


 ぽろぽろと大粒の涙がフィンの足元に落ちた。


「ありがとう、ございます…! Cさん、俺、頑張ります…!」

「……っ」


 最後まで言ってしまってから、強い後悔が襲ってくる。どんなに言葉を飾ろうとも、全て自己満足に過ぎない。例えフィンが助けを求めてきたとしても、自分は何もしないだろう。

そのときだった。


 ――ドゴゴゴゴォォォォォ。


 不自然に空気が破裂する、それはリベラに住む者であれば誰しも聞き覚えのある脅音だった。

 Cはにわかには信じられなかった。


「天使…⁉」


 雷を轟かせる音と瓜二つだ。


「天使以外あり得ないでしょ…! ロレンツィオは何してるの⁉」


 突然の事態だが、ノエルは声を張り上げて確認する。


「知るか! それよりどうする…⁉」


 もしこれが天使の襲撃だとすれば、この部屋にいてもやがて見つかるだろう。そもそも、天使から位置を割り出されているフィンとイルゼがいる時点で詰んでいる。だからといって無策に部屋を出ても危険なだけだ。

 だが考える暇もなく、通路の向こうから足音が残響した。


「誰か来る!」


 余裕を持ってゆっくりと土を踏みしめている。誰も一切の言葉を発しない。冷や汗が背中をなぞる。その足音は一人や二人といったものではなかった。


「……っ」


 聞き分けはつかないが、大勢の天使が向かってきているだろうことは分かる。正気が狭窄されてゆく。


(逃げるしかない!)


 幸いにもここは土人の部屋、子供とは言え魔術を扱える土人がいるなら、ここはどうにかなるはずだ。

 頼るべき少年を見やればその瞳に宿した意志の光は消えていなかった。フィンは強い。自分なんかよりもよっぽど。


「フィン! ここの壁の入口を塞ぐことはできないか⁉」

「じ、時間が足りません!」


 土壁はつくるよりも壊す方が早いとワンが言っていたのを思い出す。Cは何の変哲もない壁を指さした。


「だったらあの壁を崩せないか⁉ あの壁の向こうは隠し通路になっているんだ! それなら少しは時間を稼げる!」


 そこは天使の協力者、アナスターシャの元へと続く道の入り口だ。するとフィンは強く首を縦に振った。


「な、何とかします! イルゼ!」


 するとイルゼは壁へと近付き、そっと小さな手を添えた。


「で、できるよ! わ、私達にも分かるようになってる!」

「じゃあ、そっちは任せた!」

「う、うん!」


 フィンの指示で頷いたイルゼは魔力を熾し始める。


「そっち…?」


 Cはじゃあお前は何をするつもりなんだとフィンへ問おうとしたが、フィンは部屋の中央で地面に手を添え、じっと動かず集中する。邪魔は出来ない。


「シー?」

「……ああ」


 意を決して通路へ向かう。震える右手を左手で押さえつけ、できるだけ大きな火球を生成する。

 通路の奥の暗闇の中、いくつもの天使の輪が浮かび上がった瞬間。


「うらあああああああああああああああああああああ!」


 大きく火球を打ち込んだ。寸前、照らされた幽鬼のような白い肌が露わになって、陶器のような白い目は恐怖に見開かれていた。


「……っ」


 Cはその瞬間、自分はとんでもないことをしてしまったことを自覚する。だが、今更立ち止まって考える暇はない。


「術式、完成したよ!」


 丁度イルゼが報告する。次の瞬間、土壁は砂となって崩壊し通路が姿を現した。思っていたよりも数段早い。ここまで魔術の扱いに長けているとは。

 だが、そう報告したイルゼは何故か、いつの間にか大量の涙を流していた。


「もう少し待ってください! 穴を塞ぐ魔術も使います!」

「分かった!」


 フィンの魔術の時間を稼ぐために、シーは再び火球を放った。そこに情け容赦はなかったが刹那、雷光が駆けた。


「……っ」


 幾条もの雷線は火球とぶつかり合うと、融合するように火球は爆ぜた。爆風が小さな部屋の中を包み込んだ。激しく砂埃が舞い、まともに目も開けられない。


「出来ました! 二人とも、早く入ってください!」

「あ、ああ!」


 Cはノエルの車椅子を押して、促されるまま狭い通路に駆け込んだ。真っ暗な道がずっと先まで続いている。


「フィンとイルゼも早く!」


 ノエルが呼んだ。


「「……」」


 だが、二人の様子がおかしい。


「どうした、お前ら…?」


 部屋の中央にいるまま動かないフィンは、晴れやかに笑った。


「……っ⁉」


 震えている。切迫している状況下でCはその異常さに気付く。

 フィンは自分たちが死に追いやられるような過酷な状況でも、自分よりも周りを優先してしまう。意地汚く生きることのできないような、一言で表せば『優しい』人間だ。

 なぜイルゼがこうも泣いているのか。フィンのしようとしていることを、察してしまったからだろう。二人が息ぴったりに魔術の構築を始められたのは、イルゼがフィンのしようとしていることを認めてしまったからだろう。


「待っ――」


 Cは走り出した。



「Cさん! 今までありがとうございました!」



 その笑顔はただの強がりだっただろう。だが伸ばした手も、言葉も届かず、真意を問いただそうとしたときには目の前が真っ暗になった。


「――」


 目の前に出現した壁が完全に通路を塞いでいた。壁が分厚いせいか、既に何も聞こえない。

やけに静かになった暗闇の中、Cは言葉を失った。



          *  *  *



「イルゼ、大丈夫?」

「ひっく、うぐ、うわああああん! 嫌だよ! 嫌だよおおお!」


  ぺたりと座り込んでしまったイルゼの背中をフィンはとんとんと叩く。


「そんな顔、しないでよ。僕まで、泣けてくるから…」


 そう頼んでもイルゼが泣き止むはずもなかった。その運命は自意識が芽生えて数年しか経っていない少年少女には残酷過ぎた。


「笑おうよ。僕達はCさんとノエルさんを助けられたんだ」


 賢いフィンは自分達のせいで天使に見つかったことを理解していた。自分達が捕まるしかないことを心得ていた。


「大丈夫、僕達は殺されるわけじゃない。行こう。僕達なら上手くやっていけるよ」

「ひっく、ひっぐ、……うん」


 顔をぐちゃぐちゃにしながら差し出されたイルゼの手を取り、フィンは立ち上がらせた。最期に誰かのために何かをできたなら、それ以上嬉しいことはないとフィンは思う。


(僕はヒーローになれましたか?)


 二人は決して互いの手を離さないように、ぎゅっと固く握りしめた。

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