#2 誕生と成長
アルカーバー家……それは、ギルド設立時から代々所属している家系の一つである。
そんな一家へ新たに一員が増えようとしていた。
満月の夜、イースタン王国の王都の一角にあるアルカーバー家の屋敷では、慌ただしく動く影があった。
少しすると、子どもの泣き声が聞こえてくる。
ベットで上半身を起こして座っている女性はあやしながら近くで見守っていた父親と思われる男性へと見せるように抱きながら声をかける。
「フリッツ、この子は元気な子ね…名前は、前々から決めていたハンスにするの?」
「あぁ、男の子ならその名前を付けてあげたかったんだ。有名な方の名前だ。この子も名を遺すような人になってほしいからね」
ハンス……それは、初代魔法士として魔法の在り方や、訓練方法を確立した魔法士の祖だ。
「そう……、この子も元気に育ってくれたらそれでいいわ」
すると部屋の扉が少し開き、その隙間から樺色の髪の少女がこちらを覗いていた。
「もう入っても大丈夫……?」
小さく声をかけてきた。
「カルラ、もう入ってきても大丈夫だぞ。こっちにおいで」
フリッツは椅子へと促す。
するとカルラは顔を輝かせ駆け寄ってくると、椅子へは座らずそのままベットへと手を置いて、食い入るようにアルマに抱えられた小さな赤ん坊を見ていた。
「これからは、この子のお姉ちゃんになるのよ、カルラ」
「お姉ちゃん……?」
「そう、私たちがいない時に何かあったら私たちの代わりに守ってあげてね」
アルマは片手を開けて、その手でカルラを優しく撫でている。
「わかった!」
カルラは撫でられながら満面の笑みを浮かべていた。
「さぁ、そろそろ部屋から出ようか。アルマも疲れているだろうから寝かせてあげよう」
「えぇ……もう少し見てたいのに……」
フリッツは離れたくなさそうなカルラを抱えながら、その場にいた医者たちと共に部屋を去った。
部屋に残されたアルマとハンス、静かに寝息を立てるハンスに囁くように声をかけながら眠りについた。
「ハンス……あなたは私に似て黒髪なのね……」
*****
五年後、降星暦505年
半年前に魔法が使えるようになったカルラ。その練習のため、昼食後に庭で家族一同集まっていた。
フリッツもアルマも元魔法士であり、現在フリッツは、ギルドの学園にて魔法の教官をやっており、アルマは引退し、子育てに専念している。
フリッツの休暇に庭に集まってカルラの練習に付き合っているのである。
今の練習は、フリッツが教え用意していた的へと火の玉を放っている。
「もう少し魔力を込めてみようか」
「はい!」
指示通り魔力を多く込めようとしているのか放たれるまでに少し時間が掛かっている。
「(うまく込めれない……!けど!)ファイアーボール!」
すると、先ほどと変わりない火の玉が放たれていた。その結果にカルラは肩をすくめて呟いていた。
「うーん。どうやったら魔力をもっと込められるんだろう……」
「魔法が打てるだけでも十分すごいことなんだよ?」
フリッツは肩をすくめるカルラを撫でながら言うと、悔しそうに口を尖らせている。
魔法が使えるようになる目安が10歳以降であることが多い中、カルラは9歳のうちに使えるようになっている。それは恵まれた環境にいるからかもしれない。
それを少し離れたテラスから見ていたアルマとハンス。
「かあさま、僕もあんな魔法が使いたいです!」
目を輝かせてアルマにお願いをしていたが、アルマは少し間をおいて困った顔をして答えた。
「……ハンスにはまだ難しいかもしれないわよ?」
その答えを聞いて、目の輝きが失われていく。
それを見てアルマは、胸に痛みを覚える。無理でも一度やらせてみようと決め、先に庭に出て振り返る。
「わかったわ、ハンス。一度やってみましょうか」
「いいの……?」
「えぇ」
その答えを聞いてハンスは庭に飛び出る。
「じゃぁまずは手本を見せるわね」
そういうとアルマは、膝をついてハンスの見やすい高さで手を伸ばし手本を見せる。
「まずは、どんな魔法を使うか頭の中でイメージします。そのあとに掌に魔力を送ると魔法の完成です」
すると、アルマの掌に炎が発現していた。
「おぉ」
ハンスは、興奮してその炎を見ていた。
「さぁ、一回やってみて」
アルマに促されると言われたように掌を出して魔法を使おうとしていた。
「(魔法のイメージって……?どうイメージしたらいいんだろう……)」
ハンスは、首をかしげながら目をつぶっている。少しして、思い立ったかのように目を開いて炎を見ていた。
「(わからないけど……かあさまの炎を真似したらいいんだよね……!あとは、魔力を……ん?魔力ってどうやって送ればいいんだろう……)」
炎を見たまま固まっているハンス。
しばらく固まっているハンスの様子を見ていると急に声をかけてきた。
「かあさま、魔力ってどうやって送ればいいですか?」
アルマは、少し考えたかと思うと声を返す。
「そうねぇ……私は、水を流すような感じで魔力を送っていたわ」
その声を聴いてハンスは目を閉じて考えていた。
「(水を流すようなイメージ……)」
すると、ハンスの掌にアルマと同じ炎ができていた。
その光景に、アルマは驚いて掌に出していた炎が消えていた。
「できました!かあさま!」
「すごい……この歳で魔法が使えるなんて……」
そう思ったのもつかの間、ハンスの掌にある炎が消え、ふらふらとし始めたのだ。
「(うまくできたのに……どうしたんだろう……すごく眠い……)」
「あぶない!」
アルマは慌ててハンスを抱える。
その様子に気づいたフリッツがカルラの練習を中断し駆け寄ってきた。
「どうした!ハンスに何があった……?!」
「多分魔力切れで倒れたんだわ……」
「どうして魔力切れに……?なら先にベットに運ぼう」
フリッツは状況が呑み込めないまま、アルマからハンスを受け取りベットへと運ぶ。
カルラにはアルマが事情を簡単に説明し、後からついてきていた。
「それで……なんでハンスが魔力切れに……?もしかして魔法でも使ったのか?」
ハンスをベットに寝かし、近くにあった椅子に腰かけて、アルマに質問していた。
魔力切れ自体は、フリッツもアルマもよく知っている症状だ。
「そうなの……、カルラの練習を見ていたらやりたいと言ってね、できないだろうと思って魔法の使い方を教えたの」
「使い方を教えたからと言ってなかなか使えるもんでもな……」
お互い困惑しながらも本人が起きるまで詳しいことがわからないこともあり、アルマを残し、フリッツはカルラのいる庭へと向かった。
*****
日も暮れあたりが暗闇に包まれ始めたころ、ハンスは目を覚ました。
「うぅん……ここは?僕のベット……?」
周りを見渡すと、練習で疲れたのだろうか、椅子に座った状態でベットに伏せて寝ているカルラがいた。
どうしてベットで寝ているのか気になってカルラを揺すって起こそうとする。
「ねぇ、カルラお姉ちゃん起きて」
「……ん……どうしたの?ハンス……」
顔だけ起こして寝ぼけた目つきでハンスを見ていた。
「かあさまはどこですか……?」
「かあさま……?あっちで夕食を作ってたわ……」
キッチンのほうへ指さしながら答えてそのまま顔をベットへとうずめて寝ようとしていた。
「ありがとうカルラお姉ちゃん!」
「うん……」
お礼を言いつつベットから降りてキッチンへと向かう。
するとアルマが気づいて手を止めて声をかけてきた。
「あら、体は大丈夫?それとカルラが部屋にいたと思うけど……」
頷いてから、一度起きてまた寝てしまったことを伝えた。
「あらあら……カルラも疲れていたのね。夕食ができるまで寝かしてあげましょ」
「あ、それとフリッツが呼んでいたわ。倒れたこと心配してるみたい。あと話し終わったら一緒に食卓へ来るように」
「はい……」
ベットで寝ていたことに関係があるのかと緊張した様子で向かうハンスを見送り、アルマは夕食の準備を再開した。
フリッツの部屋の前まで来ていたハンス。
遠慮がちにノックをすると、中からどうぞ、と声が聞こえたのを確認し扉を開けて中に入る。
その部屋は、本棚に囲まれており、手前には応対用だろう机と椅子と奥には作業用の机があり、フリッツはそこの椅子で扉のほうへ向いて座っている。
「とおさま……」
「おぉハンス!目を覚ましたか!」
机で何かを書いていたのであろう。筆をおいて応対用の椅子へと座りなおす。
それに合わせて向かいの椅子へハンスも座る。
「魔法を使ったこと、怒るつもりはないぞ?」
雰囲気を察してかフリッツが声をかける。
その声を聞いてハンスは胸を撫で下ろしていた。
その様子をみてフリッツは少し他愛無い話をしてから本題へと移った。
「それでハンス、魔法を使ってみてどう思った?」
「えぇっと……すごくワクワクしました」
「そうか……魔法について学びたいかい?」
魔法を学ぶにしても年齢的にまだ理解しにくい部分が多くあることだろう。それでも学び続けられるとするならば興味を持っている今なら続けられるのではないか。とフリッツは考えていた。
「はい!魔法をもっと知りたい……です!」
魔法を使った時のように目を輝かせている。
「わかった。明日もカルラの準備を手伝うために休暇にしているんだ。その準備が終わった後に一度話そうか」
「はい!」
明日も教えてもらえることがうれしく、手を机について身を乗り出して返事をしていた。だが、そこに水を差すようにフリッツは続けた。
「魔法を教えるにしても準備がいるんだ。だから……そうだなぁ……カルラがギルド学園に入学した後から始めようか」
カルラは2週間後にはギルド学園へと入学することになる。
残りの手続きや、ギルド学園で卒業まで暮らすことになるため、そのための荷造りを手伝わなければいけない。
ハンスは、嬉しさと悲しみが合わさったような顔をしている。
「はい……」
勢いを失ったハンスは、椅子へと座りなおす。
「続きは明日、準備が終わったら声をかけにいくよ。だから今日はもうアルマのところへ行っておいで」
そう言いつつ、席を立ち、作業用の机へと向かったところでハンスから声をかけてきた。
「あの……かあさまが一緒に食卓へ来てと言っていました」
「そうか……行かないとハンスまで怒られてしまうなぁ」
作業用の机へと手をついたところで引き返し、ハンスに手を引かれながら食卓まで向かった。
食卓には、すでに料理が並べられており、寝ていたはずのカルラも姿があった。すると、キッチンからアルマの声が聞こえてきた。
「フリッツも連れてきてくれたのね。ちゃんと約束を守ってくれてうれしいわ。ささ、夕食にしましょ」
キッチンから出てきてハンスの頭を軽く撫でると、三人揃って椅子へと座った。
「おーそーいー!」
すでに座っていたカルラは早く食べたくて仕方がない様子だ。
食事をしつつカルラの入学の準備のことや、ハンスの練習のことを話している。
ハンスの練習のことを初めて知らされたアルマは、動揺して食べる手を止めていた。
「入学した後って……その時フリッツは、学園にずっといる予定では?」
険しい顔つきでフリッツへ向けてアルマが訪ねた。
「その通りだ。だから明日話がしたいんだ。ハンスを含めてね」
「そうですか……あとで話があります」
フリッツの応えに返して黙々と残りの料理を食べ始めた。
少し時間がたち、フリッツが紅茶の準備をしている間に、子どもたちを寝かしつけていたアルマが帰ってきた。
「もう少しでできるからそこに座ってて」
「えぇ、そうするわ」
カップを用意して紅茶を注ぎ、ポットを置くとフリッツも椅子へと腰かけた。
お互い紅茶を飲んで一息ついていた。
少しして、アルマが口を開いた。
「ハンスの練習のことです。決めてしまったものは仕方ないですがどうするおつもりですか?」
「それもそうなんだが……」
フリッツは、ほかにも心配事があるらしい。
「カルラの入学までの2週間、ハンスはおとなしくしていると思うか?」
ハンスは魔法を初めて使えた。そして、そのことに興味を持っている。
「勝手に魔法を使いかねないと……そう言いたいのですね?」
アルマはため息交じりに返す。
「あぁ、だから明日、簡単にだが練習方法を教えようと思う。そうすれば、変なことはしないだろう?」
「そうですわね……でも私もずっと見ていられませんよ?」
「だから短期ではあるが、見ていてもらう人を雇おうかと思っている。明日ギルドに出向くときにクエストとして依頼するつもりだ」
「見ていてもらえるなら安心ですわね……でも赤の他人にハンスを任せるのはどうかと思います」
お互い意見を交わしながら妥協策を探している。
1時間ほど話し合った結果、フリッツの知り合いに頼むこととなった。
次の日、フリッツとカルラはギルドの拠点へと朝早くから向かった。
ギルドの拠点は、王都から出て1時間ほど歩いた先にある。
フリッツの横にいた眠たそうにふらふらとした足取りで歩くカルラが声をかけてきた。
「なんでこんなに朝早くから向かってるのー?」
「そんなに早くないぞ?学園で生活するなら慣れないと寝坊して怒られるよ?」
「えぇいやだなぁ」
今歩いている時刻は、10時過ぎだ。朝としては遅いほうだろう。
そんな会話をしながらもギルドの拠点へとたどり着く。
そこは、壁に囲われはいるものの四方に大きな門があり、人々が頻繁に往来している。
そして四方の門からつながる道は、大きな建物へと繋がっている。用事がある場所もそこだ。
人の賑わいを感じてカルラはしっかりと目を覚ました。
「うわぁ今日もいっぱい人がいるね!」
「ここはいつもこんな感じだからねぇ」
フリッツがしみじみと答えつつ逸れないように手をつないで目的の建物へと進む。
「まずは、カルラの用事から済ませるか」
独り言を言いつつ建物の中にある受付へと向かう。
「受付いっぱい並んでるね……」
「あぁ……」
カルラが退屈そうにつぶやく。
少しして順番が回ってきた。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「娘のギルド学園の専攻手続きに」
受付の女性に対して要件を伝える。
「でしたらこちらの紙へ記入してください。記入できましたら、あちらの箱へ入れてください」
さっと取り出して一枚の紙を手渡され、手で場所を教えてくれていた。
受付の女性にお礼を述べ、カルラの手を引いて受付の前から離れ、近くにあった記入する場所へと向かった。
「さて、もう一度確認するけど、魔法士を専攻するってことでいいんだね?」
「はい!」
確認するフリッツに元気よく答えたカルラ。
フリッツは、魔法士の家系だから魔法士にならなくても……と言いかけたが呑み込むことにした。
ほかにも専攻できるものはある……戦闘を主とした戦士、護衛や防衛を主とした近衛兵、狩りや採取を主とした狩人があり、カルラが選んだ魔法を扱う魔法士の4つに分類されている。
記入していると後ろから声をかけてきた。
「アルカーバー教官ですよね?」
声をかけてきた主は、先月学園を卒業したばかりの女性であった。
「ん?あぁ君か、どうしたんだい?突然」
「いえ、たまたまここに来ていたら見かけたので声をかけてしまいました」
「そうか、私は、娘の専攻手続きに来ていたんだ」
そう答えると彼女は、驚いた表情をして見渡している。
「娘さんですか!!あ、この子ですか?」
いきなりのことで怯えてフリッツの後ろに隠れていたカルラを見つけた。
「だ、だれですか……?」
恐る恐る尋ねるカルラに、彼女は両膝をついて目線を合わせて元気よく答えていた。
「初めまして!私は、クリスタ・アーデといいます!クリスタと呼んでね!あなたのお名前は?」
ぐいぐい来られて少し戸惑っているがカルラも自己紹介をしていた。
「カルラ・アルカーバーです……」
クリスタは手を前に出して握手をしようとしていた。
「カルラちゃんね!よろしく!」
「よろしくお願いします……」
ソロソロと出した手を掴んでぶんぶん振り回していた。
その様子に見かねてフリッツが声をかける。
「ごほん、それで今はどうしているんだい?」
クリスタは手を離して立ち上がると、少し暗い顔で返した。
「えぇーっと……ギルドに斡旋してもらった所でやらかしてしまいまして……別の所を探してもらっているところです……」
「そうだったか……」
返事に困っていたフリッツに続けて話し始めた。
「今日ここに来たのは、次見つかるまでのお金稼ぎに狩りのクエストでも受けようかと思ってたんですが……見習いのままでソロはできないって言われまして……どうしようかと悩んでいたところに教官を見つけたんです」
学園を卒業して1年は見習いとして扱われ、どこかのパーティに入るか、雇い先で過ごすことが一般的だ。
「そうか……ちょうどよかった。2週間ほど人を雇いたいところだったんだ」
ここぞとばかりにフリッツが話を進める。
状況をうまく呑み込めていないクリスタは、そのまま話を聞いていた。
「5歳になる息子がいてね……その子の世話をしていてほしいんだ。もちろん、お金も払うし、その期間中は、3食付いてくるぞ?」
ここまで聞いてやっとクリスタが、自分にとってすごくいい話だと気づいた。
「ほんとですか?!そんな都合のいい仕事があるなんて……ぜひその仕事を受けたいです!」
半泣きになりながらも仕事を請け負ってくれることを承諾していた。
「この紙を提出してくるから、そのあとから一緒に来てくれるか?」
記入を終えていた紙をみせ、クリスタに聞いていた。
「いつでもついていきます!!」
その答えを聞いて、フリッツは頷くとカルラをクリスタに任せて紙を提出してきた。
ギルドの拠点でのやることは完了したため、帰路につき家に着くころには、カルラとクリスタは打ち解けていた。
そして2週間の間、クリスタはハンスの世話を任されており、終わるころには少しやつれ気味であった。
「子供って元気ですね……四六時中魔法の練習をしていましたよ……」
「ははは……、すまん、息子が苦労を掛けたな……」
その2週間の間に何度かボヤがあったことは、周囲の住人には目撃されていた――――