#18 焦り 後編
南の国のとある場所、使い古され所々壊れそうな厨房で一人、夕食の準備をしていた。
「うぅん、今日のは味気ないな。……もっと調味料があればいいんだが」
大きな鍋から味見をした彼は残念そうにため息交じりに声が漏れる。
「仕方ない、香草を少し取ってきてもらうか」
火を止めて厨房の外に出ようとしていると、厨房の外から慌てた様子の声が飛び込んでくる。
「なぁ! マスター! あの鳥はなんだ?!」
「ん? 鳥? お、おい! 引っ張るな!」
その声の主は子供のように小さな女性が、厨房から出ようとしていた彼の手を引いて建物の外へと引っ張っていく。
引っ張る手は服の中にかけて模様が描かれている。よく見る腕以外にも広がっているように見えた。
「あれ!」
「ん? どれどれ……」
手を引っ張っていた彼女は空を指差し、その先に鳥が飛んでいるのが見える。
「ほぉ? 確かに珍しいな」
(それに背中に誰か乗せているみたいだが……)
彼は興味深そうにどこへと向かうのか見つめていると、その鳥は山の麓へと向かっていくのが分かった。
「おまえさん、でかしたぞ。 明日は出かけるぞ」
そう言いながら小さな彼女の頭を力任せに撫でまわす。
「そ、そうか! 久々にうまい飯が食えるんだな!」
彼女には鳥しか目に入っていなかった様子で満面の笑みを浮かべて彼を見上げる。
「……そうだな。明日はもっとうまいもん食わしてやるさ」
彼は、先ほど作っていた料理のことを申し訳なく思いながら、見上げる彼女の顔を軽くつねる。
「いでて……何をする?!」
顔をつねられた彼女はなぜつねられたのか分からず驚いている。
「じゃあ、うまくない今日の飯のために香草を取ってきてくれないか?」
つねった手を離して彼女に香草を取ってくるように頼み事をする。
「近くのでいいのか?」
「あぁ、近くのでいい。だが、ある程度取ったらすぐに帰って来いよ? 前みたいに待ちぼうけはごめんだからな?」
彼は念を押すようにすぐに帰ってくるように伝えると、彼女は元気そうに答える。
「任せろ! それぐらいならすぐだ!」
そう言って彼女は大きな籠をもって近くの香草を取りに走っていった。
「いや、おい! って、そんな大きな籠をもっていかなくても……」
彼が止める間もなく大きな籠をもっていってしまい、彼は天を仰いでため息を漏らす。
そんな彼が建物に戻ると先ほどの彼女の声に気づいて集まってきたのか、2人が出迎えるように待っていた。
女性は、黒い髪を伸ばして眼鏡をかけた大人しそうな容姿で、もう一人の男性は、茶色の髪を肩にかかるほどある後ろ髪を一つにまとめただけの髪型をしており、所々髪がはねていて荒々しい雰囲気があった。
2人とも、制服なのか同じような服装をしていた。
その内の1人の女性が心配そうに尋ねる。
「何かあったんですか?」
「イリーネ、フーゴ、明日出かけることが決まった」
彼は簡潔に明日出かけることを伝えると、そのイリーネの表情が一変して険しい表情へと変わる。
「明日、何があるのかお忘れですか? 東のギルドの使者が尋ねてくるんですよ?」
「忘れてはいない! だが、まぁ……お前たち2人でも大丈夫だろう?」
彼は、2人でも代役として勤められるだろうと伝えるとフーゴが抗議してくる。
「そんなんだから誰も人をよこしてくれないんですよ! それで、明日は何するつもりですか?」
彼は2人に先ほど見たことを伝える。
「東から来た大きな鳥に人が……?」
「山の麓ってあの辺りあいつらの縄張りなんじゃなかったか?」
話を聞いた2人はそれぞれ声に出して驚いていた。
「あぁ、だからそれを確認しに行ってくる」
真剣な表情で彼が伝えるとそれぞれ納得したのか、それ以上の追求はしてこなかった。
「そういうことでしたら仕方ありませんね。私達じゃ力になれないでしょうし」
「だな」
気が緩んだのか、どこからかお腹の音が聞こえてきた。
腹を押さえたフーゴが夕食のことを聞いてくる。
「それはそうと、マスター! 晩飯はできそう?」
「食べれなくはないが……今、あの子に香草をとって来てもらっているから帰ってくるまで待っててくれ」
彼がそう答えると、2人の顔はこわばっていた。
「え、またですか?」
「これじゃ当分食べれないな」
こうしてマスターは鍋の具合を見ながら、2人は席について彼女の帰りを待つこととなった。
壁に掛けられた時計が無情にも長い針が2周する。
彼女が帰ってきたのは2時間経った後で、大きな籠一杯に香草を詰めて帰ってきた。
ハンスとシャルロッテは村を出ようとしていると門番をしていたものから話しかけられる。
「お前ら……その、最初に怒鳴って悪かったな」
「いえ、気にしていません」
門番はハンスに謝罪するも、彼は特に気にしていない様子でにこやかに返事をしていた。
別れの挨拶をしていると、遠くから大きな威嚇する鳴き声が聞こえてくる。
「ん? 何か騒がしいな……」
門番は警戒するように耳を澄ませているが、ハンスとシャルロッテには心当たりがあった。
「え? この鳴き声って……!」
「ヘルムートよね?! 早くいかなきゃ!」
ハンスとシャルロッテは顔を見合わせると急いでヘルムートのいた場所へと向かう。
その背を見送るように声が聞こえてくる。
「また来てくれよな! 待ってるからよ!」
「これは……木がなぎ倒されています。それに羽もありますね」
2人がヘルムートを待たせていた場所にたどり着くと、周囲の木々はなぎ倒されており、点々とヘルムートのものであろう羽が散らばっている。
ハンスが痕跡を見ている中、シャルロッテはヘルムートの姿を探して辺りを見渡していた。
「ヘルムート! どこ?!」
シャルロッテは叫び、ヘルムートを呼んでいると、木々の隙間から人に似て似つかない声で返事が返ってくる。
「ダレダ?」
「ねぇ、あれってあの村で聞いたやつ?!」
シャルロッテがハンスの肩を叩いて何かが来たことを知らせる。
「そのようですね。早くヘルムートを探しましょう!」
「ええ!」
現れたその姿は、人から奪ったであろう服を着たハンスと同じような背丈であり、手足に限らずやせ細った見た目をしている。特に目を引くのは、皮膚が緑色をしていたことであった。
「オマエラ、ココカラサキヘハ、イカセナイ」
現れた奴は、2人に警告している間に奥からぞろぞろと姿を現した。
彼らが手に持っていた武器は、服と同様に人から奪ったものや、自作したであろう粗悪な武器を持っているものもいた。
現れた奴らの奥からヘルムートの鳴き声が聞こえてくる。
(倒して奥に向かう? でも……)
状況をどう打開しようかハンスが考えていると、シャルロッテが彼に提案する。
「ハンス、私が彼らの注意を引くからヘルムートの所へ行って!」
それを聞いた彼は顔を横に振る。
そうしている間、木々の隙間から現れた彼らは、特に攻めてくるわけでもなく、通さないように守りを固めていた。まるで時間を稼ぐように。
(数が多い、それに奥にどれだけいるか分からない……)
ハンスは短い時間で必死に良い案がないか思考する。
(シャルロッテを抱えて飛び越えるのが良さそうですね。なら、戦士たちほど得意ではないですが、身体能力向上を使いつつ、大気操作で補助すれば、何とかなるかも)
やることが決まったハンスは、すぐに魔法を使い始める。
「少しの間、我慢してください」
青白い光を纏ったハンスが、軽々とシャルロッテを担ぎあげる。
「え? ちょっと?!」
いきなり担ぎ上げられたシャルロッテは慌てている。
動きを見せた2人の様子を見ていた守りを固めていた彼らも身構える。
「飛び越えた後、先にヘルムートの所へ向かってください!」
「わ、分かったわ!」
返事を聞くや否や、力強く地面を蹴り周囲に風を巻き起こしながら、守りを固めていた彼らの頭上へ向けて飛び出す。
「マ、マテ!」
彼らは慌てて頭上を通り過ぎる2人を追いかけようと動き始める。
2人はなぎ倒されていない木々の隙間に着地すると、周囲を警戒しながら、そのまま奥に走り出す。
「何とか飛び越えれました! 後は前にいないといいですが……」
ハンスの心配は杞憂に終わり、飛び越えた彼ら以外の姿は現れなかった。
「シャル、先に行ってください。飛び越えた奴らの足止めは僕がします」
そう言いながらシャルロッテを降ろして先に向かわせようとするハンス。
「無茶はしないでね」
それだけ言い残してシャルロッテはヘルムートのいる先へ向かう。
(どうやって足止めしようかな)
深呼吸した後、振り返ると遠くに飛び越えた彼らが追いかけてきている姿が見えた。
「ここから先は行かせませんよ」
そう呟くと、彼の前方に青白い光が扇状に広がり、徐々に霜が降り始める。
「アソコダ!」
「ヒトリイナイ!」
「サガセ!」
彼らは周りに変化が起き始めているにも関わらず、突き進んでくる。
だが、彼らは意図せず足を止めることとなる。
「ナニ?」
彼らが急に動かなくなった足を見ると膝下まで凍り付いていた。
「ウ、ウゴケナイ」
地面と一緒に凍り付いた足はその場から動かすことができず、必死にもがいている。
だが、彼らは自身の体よりも優先することがあるのか、強引に動こうとしていた。
「アルジノカリ、ジャマサセナイ」
彼らの足から鈍い音が聞こえ始める。
「え?!」
ハンスがその様子に驚いていると次第に凍り付いていた膝下が砕け、一人、また一人と前のめりに倒れこみ這ってでも追いかけようとしていた。
「なっ?! そこまでして……?!」
その様子にハンスは彼らの執念に怖気ついて後ずさる。
(止めを刺す……? いやでも……今は先にシャルと合流しよう)
止めを刺すことに躊躇するハンスは迷った挙句、彼らをそのままにしてシャルロッテを追いかけることにした。
「マテ、マテ……」
奴らは遠ざかるハンスの背中に向けて届かぬ手を伸ばしている。
一方シャルロッテは、一足先にヘルムートのいる場所へとたどり着く。
そこでは、人から奪った服をつなぎ合わせて着た、筋肉質で大柄な緑色をした皮膚を持つ者がヘルムートに向かって粗削りのこん棒を振り回している。
それを華麗にヘルムートは避けている所に、シャルロッテが声をかける。
「ヘルムート! 大丈夫?!」
その声に気づいたヘルムートがシャルロッテへと一瞬気が逸れる。
「ソコダ」
その隙を見逃さず、大柄な彼はこん棒ではなく拳をヘルムートへと突き立てる。
「あぶない!」
彼女が叫ぶも間に合わず、ヘルムートに直撃する。
「ヤットアタッタ」
悲痛な悲鳴と共に突き飛ばされたヘルムートは、その先にある木にぶつかりぐったりと倒れこんでしまう。
「あぁ……私のせいで……よくもヘルムートを!」
その様子を見ていた声をかけたことを悔いながら大柄な彼へと怒りを向けた彼女は、追撃しようとしている筋肉質な彼に魔法を放つ。
彼女の放った魔法が直撃し、大きな爆炎が巻き起こる。
「グア!」
筋肉質な彼は、大きくのけぞり足を止める。
彼女は一目散にヘルムートの様子を見にいく。
「ヘルムート!大丈夫?!」
彼女が触れると、小さく鳴き声をあげて返事をしていた。
「ごめんなさい……私のせいね」
涙ぐんだ彼女にヘルムートは精一杯の鳴き声で危険を知らせる。
「え?」
「オマエモオレタチノカテニナレ」
振り返ると、服がはだけただけの筋肉質な彼がこん棒で薙ぎ払おうとしている瞬間であった。
「キャア!」
逃げることも叶わず彼女は悲鳴を上げることしかできなかった。
そこに一筋の光がこん棒にめがけて飛んでいく。
「何とか間に合いました」
光が衝突すると激しい音を立て、こん棒は筋肉質な彼の手元から離れ、勢いよくはじけ飛んでいった。
「ダレダ、オレノジャマヲスルノハ?」
筋肉質な彼は、光が飛んできた方向に視線を向ける。
「ハンス!」
そこには、遅れてやってきたハンスの姿であった。
「ヘルムートは無事ですか?!」
彼はシャルロッテにヘルムートの状況を確認する。
「何とか大丈夫! でも飛べるかはわからないわ!」
「そうですか。ならこの方には引いてもらわなければいけませんね」
彼はそう言うと、筋肉質な彼に複数の魔弾を放つ。
その魔弾は相手に当たると小さな爆発を起こす。
だが、シャルロッテ達が足元にいることもあり、抑えられた威力では筋肉質な奴は、姿勢を崩しただけで無傷に等しかった。
「この威力じゃだめですか」
ハンスはため息交じりに顔をしかめる。
「オマエカラ、コロシテヤル」
筋肉質な彼は気に障ったのか標的を変え、ハンスに掴みかかろうとしていた。
それを身軽に避け、背後に回り魔法を放つ。
「これならどうですか!」
魔法で作られた鋭く尖った氷塊が筋肉質な彼の背中に向けて勢いよく飛んでいく。
筋肉質な彼の背中に命中すると、深々と突き刺さる。
「グアアア!」
悲鳴をあげたものの、急所には当たっていなかったのか、背中に刺さったままハンスへと向きを変え、同じように襲い掛かろうとする。
「それで終わりではないですよ!」
ハンスは自慢げに告げると顔をしかめて素直に確かめるそぶりを見せる。
「ア? アア!」
体に異変を覚えた筋肉質な彼は、刺さったままの氷塊を触ろうとする。
「ソンナ! ドウイウコトダ?!」
突き刺さった氷塊が体を凍らせ始めていることに気が付く。
徐々に背中から凍り始めているのを体を動かして抗おうとしていた。
「シャル! 今のうちにヘルムートを!」
ハンスはシャルロッテに撤退するように叫ぶ。
「分かったわ! ヘルムート、動ける? ついてきて」
シャルロッテに支えられながら重い足取りでシャルロッテとヘルムートは遠ざかっていく。
(これだと時間稼ぎしかできないみたいですね)
残ったハンスが筋肉質な彼を見ていると、氷塊が解け始め凍り付く勢いが衰えて徐々に凍っていた部分がなくなっていく。
「ナンダッタンダ。デモオマエハ、カリノジャマヲシタ、ユルサナイ」
筋肉質な彼がそう言うと、ハンスめがけて突進を仕掛けてきた。
「またですか!」
彼は先ほどと同様に避ける。
が、筋肉質な彼は目前で強く踏ん張り止まると、飛び退いたハンスのいる方向へ向きを変え手を伸ばす。
「なっ?!」
筋肉質な彼は飛び退いて空中にいるハンスの腕を捕まえる。
「オマエハユルサナイ」
宙づりになったハンスの腕を握る手に力がこもる。
「ぐっ」
ハンスは今にも折れそうなほど力強く掴まれ、表情を歪ませる。
「手を……離せ!」
痛みで気が逸れて簡単な威力の低い魔法で攻撃することしかできず、その魔法ではどこに宛てても怯むことすらしなかった。
「キカナイ」
(ダメか……なら!)
ハンスは持ってきていた剣を手に取り、唯一届く握っている腕に向かって切りつけようとする。
「ナニヲスルキダ?」
筋肉質な彼は切りつけようとしていた剣をつかむとそのまま音を立てて粉々にする。
(そんな……!)
粉々にした剣を捨て、ハンスに向けて拳で殴りかかろうと構える。
「モウジュウブンダ」
そう言って筋肉質な彼は拳と共にハンスの腕を掴む手の力も更に強まる。
元々ぎりぎりだったハンスの腕は鈍い音と共に折れる。
「ガアアア!」
片腕が折れた痛みで悲鳴を上げている所に殴りかかる。
「ナンダ?! ウデガ、アアアア!」
だが、なぜか筋肉質な彼もハンスと同様に悲鳴を上げていた。
ハンスは握られていた手と共に地面に落ちる。
着地すると筋肉質な彼の腕が2本、同じように地面に落ちる。
(腕が折れて……? なんで?)
ハンスは何が起こったのか状況が呑み込めずにいた。
少し離れた位置に背中を向けている血の付いた剣を持った小さな少女が現れたことに気づく。
その少女は淡く青白い光を纏っていた。
「誰?」
ハンスが尋ねると、振り返った少女が答える。
「東から来た人だな! 助けに来たぞ!」
彼女は剣についた血を払い、ハンスを抱えて距離を取る。
「ここで待っててくれ!」
そう言って少し離れた位置にハンスを降ろすと少女は、筋肉質な彼に向かっていく。
腕を落とされたことに動揺していた筋肉質な彼であったが突然慌てたように動き出す。
「カエル!」
筋肉質な彼はそれだけ言って血を垂らしながらその場を立ち去ろうとする。
「無理だな!」
彼女は無慈悲にも逃げる筋肉質な彼を背後から首を容易く切り落とす。
戦闘が終わった彼女は剣を鞘へと納め、ハンスの元に駆け寄ってくる。
「大丈夫か?!」
「何とか……」
「マスターの所へ運ぶから!」
ハンスは腕を押さえながら答えると、彼女の纏う光が少し増し、彼女はハンスを抱えて森の中へと走り出す。
「マスター……?」
ハンスのつぶやきは風音で彼女には届くことはなかった。
しばらく走ると森を抜け、人の通りがあるであろう場所の近くへと出てきていた。
「マスター! 連れてきたぞ!」
運ばれた先には、シャルロッテとヘルムートのほかにもう一人いた。
その人は、髪はなく、いかつい風貌をしており、腰には空の小さな瓶が見える。
焚火の近くで切り倒された丸太にシャルロッテが座り、その隣でヘルムートの近くに見知らぬ人物が治療をしている様子であった。
「おぉ、帰ってきたか、レイ。 ……応急手当ぐらいはできるだろう、こっちに連れてきてくれ」
抱えられたハンスに気づいた見知らぬ人物が、足元に置いていた箱を開けて少女に近くまで来るように伝える。
「分かった!」
元気よく返事をして連れていく。
「……よし、これで我慢してくれ」
応急手当を終えた見知らぬ人物が首元で最後に布を括ると終わった事をハンスに伝える。
「助けていただき、ありがとうございます。えっと……」
ハンスは助けられたことに感謝を伝える。
だが、なぜ助けられたのか分からず戸惑っていると、自己紹介ついでに事のあらましを教えてくれた。
「あぁ、俺はヘンドリックだ。一応南のギルドで長をやっているもんだな」
「なぜ長がここに? それにあの子は?」
「昨日お前達が空を飛んできたのを見つけてな、それで気になって追いかけてきたわけだ。それにこいつはレギンレイブだ。言いにくいからレイって呼んでる」
「よろしくな! レイでいいからな!」
(気のせいだったのかな、魔力を纏っていた気がしていましたが……)
元気よく挨拶をしているレギンレイブであったが、彼女は青白い光を纏ってはいなかった。
「ヘンドリックさんにレイ―さん、よろしくお願いします」
「あー、俺のことはマスターでいいぞ。元々そう呼ばれてたからな」
「そう……ですか。分かりましたマスター、よろしくお願いします」
そうした挨拶を交わしている間、シャルロッテは心配そうにハンスのことを見ていた。
それに気づいたハンスは彼女の隣へと座る。
「その腕……」
「まだ痛いですが大丈夫ですよ。……でも選定会は片手になってしまいますね。それに剣も折れてしまいました」
彼女は折れた腕を見て声をかける。それを彼は苦笑いを浮かべて答える。
「ごめんなさい……私がヘルムートを呼んだことが原因なの」
彼女は服を握りながら涙を浮かべて彼がつくまでのことを話す。
「……そうだったんですね」
彼はそれ以上何と言っていいかわからず彼女を抱き寄せる。
その後、少しの間ハンスの胸元でシャルロッテは静かに泣いていた。
その様子を遠巻きに見ていたヘンドリックとレイは、状況の整理をしていた。
「それで、どうだった?」
「ゴブリンたちは瀕死の状態だったからとどめは刺しておいたぞ。それにオークも腕と首を落としたから死んだはずだぞ」
ヘンドリックとレイは、手足に限らずやせ細った見た目の彼らのことをゴブリンと、筋肉質な彼のことをオークと呼んでいた。
「そうか、ほかに人はいたか?」
「いなかったな」
「ふむ……彼がやったんだろうな。それにしても瀕死にしただけって……」
それを聞いたヘンドリックはぶつぶつと考え事を始める。
ひとしきり泣いたシャルロッテが顔をあげるとハンスが首を傾げて様子をうかがっていた。
「もう大丈夫? シャル」
「えぇ、もう大丈夫」
「ちょっといいか」
頃合いを見計らっていたヘンドリックは真剣な表情で声をかける。
「なんでしょうか?」
その声に2人は声のした方へと視線を向ける。
「これからどうするつもりだ? あの鳥はすぐには飛べそうにないが、見た所、数日あれば飛べそうだが……」
ハンスは元々帰ろうとしていたことを伝える。
「そうか、なら飛べるようになるまでうちのギルドで泊まっていかないか? お前達さえよければだがな」
2人は願ってもいない申し出に頷き受け入れる。
「ならすぐにいこう。 レイ! その鳥担げるか?」
頷くのを見たヘンドリックはレイに向けて指示を飛ばす。
「任せろ!」
それだけ言うとヘルムートの足元へと向かい、青白い光を淡く纏うと背で担ぐように持ち上げる。
「―――?!」
ヘルムートは奇妙な鳴き声をあげて驚いていた。
こうしてヘルムートと2人はヘンドリックに連れられて南のギルドの拠点へと向かうこととなる。
「ここがギルドの拠点……?」
そこは南の国の首都にある立派な外壁の外に手作り感満載の外壁で囲われた中に、廃墟ともとれるような建物が1つ立っていた。
「ボロボロで悪かったな。中から追い出されるわ、人手がないやらでこれ以上手が付けれないんだ」
ヘンドリックが髪のない頭をさすりながら不満を並べていた。
唯一の建物に入ると、外見とは裏腹に機能を優先した作りで大きな部屋であったが、それを生かせるほどの人数がそこにはいなかった。
大きな部屋にはすでに2人と1人で向かい合って座っている人たちが目に留まる。
「来客の対応中だから静かにな。2階に向かうぞ」
ヘンドリックの言葉にハンス達は頷き、彼の後ろをついていく。
座っている人達の後ろを通りかかった時に話している内容がはっきりと聞き取れた。
「では、この内容で問題はありませんか?」
「は、はい! でもさすがにこの金額は……」
丁度、内容の確認をしている所のようだったが、どうも話を受けている者達の様子が戸惑っているように見えた。
「こちらとしては、その金額でも少ないぐらいかと」
「え、ですが……」
やり取りに見かねたヘンドリックが、ハンス達を待たせて会話に割り込む。
「お前らちょっと待っててくれ。 イリーネ、何か問題があったか?」
「あの、これを見てください」
その声を聞いたイリーネは困った表情のまま、一枚の紙をヘンドリックに手渡していた。
「ふむ……なるほど。さっきの様子だとこの金額が多くて困っていたんだな」
渡された紙を読むとどうして困っていたのか察する。
「そうなんです……元々、こちらが援助の依頼をした金額よりも3倍も多くて……」
「なら、もらえるものはもらっとけばいいさ。
イリーネに一言だけ伝えると、ハンス達の元に戻っていった。
とのやり取りをイリーネ達に任せる。
その場を離れ待たせていたハンス達と合流して2階へと進む。
「ここまで連れてきてなんだが……その鳥は部屋に入れるのか?」
2階までは両開きの扉や大きな階段であったため、通れて来ることができたが個室ともなると扉の幅は狭くなる。
「そうですね……もしよければこの広い場所で休ませるのはどうでしょうか?」
ハンスは2階に上がってすぐの1階を見下ろせる場所を提案するとヘンドリックは頷き、必要なものは用意すると言っていた。
「分かった、それでいこう。いるものがあったら言ってくれ、あるかわからんが」
それを聞いていたヘルムートは悲しそうな表情に変わっていることは誰も気づかないでいた。
「使われていない部屋がいくつかあるからな1人で使ってくれても構わん。俺は1階にいるから用事があるならレイに言ってくれ」
それだけ言い残してヘンドリックは1階へと向かっていった。
「私はここで待ってるからな!」
ヘルムートを降ろしたレイは、ヘルムートと一緒に1階が見える場所で手すりに寄りかかって待っている。
「私が手伝ってあげるわ片腕じゃ大変でしょう?」
部屋を一人ずつ使ってもよいとのことであったが、シャルロッテの提案で部屋を2人で使うこととなった。
部屋の中は空っぽで家具一つ無い場所であった。
「ほんとに空き部屋なんですね」
「そうね……寝るにしても毛布は欲しいわね、ないかレイに聞いてくるわ」
そう言ってシャルロッテが部屋を出ていき、レイの元へと向かう。
ハンスが先に部屋で座って休んでいると、部屋の扉を叩く音とシャルロッテの声が聞こえてきた。
「ハンス! 扉を開けて!」
「ちょっと待ってください、今開けますから」
彼が扉を開けると、大きな荷物を抱えたシャルロッテが扉が開くとすぐに入ってきた。
「ありがとうハンス」
なぜか彼女についてレイも一緒に入ってくる。
「レイ?」
「ん? 私か? 暇だからな、面白い話でもしてくれないか!」
暇つぶしに着たレイは期待する視線をハンスに向ける。
「そうですか、丁度良かったです。レイに聞きたいことがあります」
「おぉ!そうか! なんでも聞いてくれ!」
レイはそう言うとシャルロッテが持ってきた毛布や寝具などを広げているのを手伝っていた。
落ち着くことができた3人はゆったりと座っている。
「それで聞きたいことってなんだ?」
レイが尋ねると、ハンスは質問を始めた。
「あなたのその体にある模様は何ですか? 魔術のように見えますが……」
彼の質問にレイは、首を傾げて答える。
「スペル? よくわからないな。 この模様は生まれてからずっとあるぞ」
「でも強化の魔法のような使い方をしていましたよね?」
ハンスは戦っていた時の思い返しながらレイに尋ねる。
「魔法とか言われても私にはわからんな。力を込めてるだけだからな」
レイは魔法や魔術のことを一切知らなかった。
(ならレイは無意識に魔法か魔術を使っている……?でもなんで体に模様が……)
ハンスが考え込んでいるとシャルロッテがレイに質問をしていた。
「あなたはどうしてここで働いているの?」
「ここにいる理由か? それなら私が行く当てもなく歩いてたらあのマスターが声をかけてくれたんだ。始まりは――――」
それからレイはここに来るまでの経緯を話してくれた。
「まさか、あの穴から来たっていうの?!」
「あの穴の奥で暮らしていたなんて……」
2人はそれぞれ驚いていた。
それもそのはず、レイが元々いた場所は、少し前に2人が敵対した彼らの根城と思われる場所でそこから来たらしい。その後、マスターと呼ばれるギルドの長に拾われ、暮らしているという。
「私のことを話したんだ、2人のことも教えてくれないか?」
「そうね、私達は――――」
それから夕食の支度ができるまで、2人はレイに話を聞かせていた。
「よし、お前ら好きなだけ食べていいぞ」
ヘンドリックに呼ばれた3人は夕食を食べに席につく。
すでに着てきたイリーネとフーゴが先に食べ始めていた。
「いただきます」
3人も食べ始めるとレイが文句を言い始めた。
「ちょっとマスター! 昨日と同じ味じゃないか! おいしい飯を用意するって言ったのに!」
その声にヘンドリックは真剣な表情で、レイに答える。
「今日は働いたんだ。それだけで十分おいしくなると思わないか?」
「おかしい! それはおかしいぞ! 今日も働いたんだ! ……けどまぁ、ハンスとシャルロッテも一緒だからな、おいしく感じるぞ!」
「食べやすくておいしいですね」
「だろ! いつもこんな味なんだ!」
文句を言いながらもどこか嬉しそうなレイであった。
こうしてにぎやかな食事が行われていった。