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星の魔力と探究者  作者: 早宮晴希
第2章 南の国編
17/29

#17 焦り 前編

 翌朝、ハンスとシャルロッテは、学園長であるジークハルトへと会いに学園長室へと向かう。

「こう眺めているとやっと帰ってきたって感じがするわね、ハンス」

「そうですね、最近は忙しなかったですから―――うぐっ?!」

 道中、学業に勤しむ生徒達を横目に学園長室を目指していると、曲がり角で出合い頭にぶつかってしまう。

「いててぇ……」

「ハンス! 大丈夫?!」

 ぶつかった衝撃でハンスが弾き飛ばされて尻餅をついていると、ぶつかった相手がシャルロッテよりも早く手を差し出していた。

「すまない、大丈夫か?」

「大丈夫です、ぶつかって申し訳ないです」

 ハンスは返事をしながら差し出された手を取る。するとハンスの視線は普段より高い位置まで上がった。

 その際にハンスは異常なほどに筋肉質な手で持ち上げた彼の顔を近くでみることができた。彼の髪は短くハンスと同じ黒い髪色をしていた。それにどことなく、親しみを覚える顔立ちをしている。

(どこかで見たことあるような……?)

 そんなことを思っていると、さすがにつるされている状態ではつかまれた手が痛く、下ろしてもらおうと声をかける。

「……あの、浮いてます」

「うぉお?! すまない。力加減を間違えたようだ」

 浮かせた本人が驚くと、慌てて手を離す。 ハンスは着地すると、服装を正していた。


「ぶつかったことと、持ち上げてしまったことすまなかったな」

 彼はそう言ってその場を立ち去って行った。

 立ち去るその後姿はあまりにも大きく、大人だったとしても頭一つとびぬけていることは2人にもわかる。

「すごく大きな方ですね」

「そうね、あの方も学園(ここ)の生徒なのかしら?」

 2人してその大きさに驚いていると、ふと我に返ったシャルロッテがハンスに学園長室へ向かっていたことを思い出させる。

「こうしている場合じゃなかったわ! 学園長に会いに行きましょ!」

 学園長室へ向けて2人は再び歩きだした。


 学園長室へ入ると、そこにはジークハルトとローマン、それに、ギルドの長であるマルクスが先に集まっていた。

「すいません、後にしますね……」

 ハンスは部屋に通されたものの場違いな気がして部屋から出ようとしていると、ジークハルトが呼び止める。

「まてまて、ハンス君よ。お主にも参加してもらわねばいかん要件じゃ」

 そうしてハンスとシャルロッテは、すでに始められていた会議に参加することとなる。


「遠征見習い選定会の告知はどうじゃ? マルクスよ」

 ハンスが来てから開口一番に聞きなれない言葉がジークハルトの口から飛び出てきた。

 ハンスとシャルロッテが首を傾げて聞いているが、すでに知っているのかマルクスは、平然と答えていた。

「一週間後ということもあって早急には手配しました。 ですがいいのですか? 南の国の人達の目に留まっても」

 マルクスは経過を報告するとともに心配そうにジークハルトに尋ねる。

 彼の心配していることとは、南の国民―――基、権力者の半数以上がギルドのことを疎ましく思っていることであった。

「その告知の内容だと南の国に行くとはわからんじゃろう? 何せわしらは最近、北の森に遠征していることが多いからのぉ」

 マルクスの心配を笑い飛ばすかのようにジークハルトは心配していなかった。

「まぁ、最近はギルドにいる者たちでも人手が不足し始めているのは確かなので疑われることもないと思いますが……」

 マルクスのため息交じりに納得しようとしているのを他所にジークハルトはハンス達へと話題を振る。

「お主達もわからん話のままじゃとつまらんじゃろう」

 彼はハンスとシャルロッテに会議の議題について話し始めた。


「ありがとうございます、学園長。あの……」

 ハンスは説明のお礼を伝えるついでにほかに方法がないか尋ねる。。

「もし、今すぐに南の国に行きたいというならば、ほかに方法はありませんか?」

 ハンスの問いかけにジークハルトは、呆気にとられた表情で一瞬固まると、考える間を開けて返事をする。

「……ふむ、これでも急いだつもりじゃったがのぉ。 これ以上急ぐのであれば、君達2人で支援もなく向かいことになるがそれでも良いのか?」

「そこまでしてもらえるとは思っていなかったので、1人ででも向かおうと思っていました」

 ジークハルトの考えた案では最大限に支援ができる最速の案であったが、ハンスはそもそも1人ででも南の国へと向かうつもりであったらしい。

「そうじゃったか、だがしかし、そこまで急ぐというのなら方法はないことはないのぉ、なぁ?」

 ジークハルトは何か方法があるのか、そう言ってローマンへと視線を送ると彼は頷く。

「はい、方法はあります。ただ、その場合、私達は手伝うことはできなくなります」

「その話を聞いてから考えたいです。その方法とはどういったものですか?」

 興味を示したハンスがローマンに内容を聞きたそうにしていると、彼は内容を伝えてくれた。

「それはですね、私がたまに移動手段として使っている空を移動する方法ですね」

「空を……?」

 ハンスには空を移動する手段が思いつかず、頭をひねって考えていた。

(それなら面倒な関所や街道で怪しまれることはないですね。でも空にはどうやって……?)


「実際に見てもらったほうが早いですね」

 そう言ってローマンは窓へと向かい全開にするとどこからか取り出した笛を吹く。

 甲高い音が鳴り響いたかと思うと、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「空ってもしかして……?」

 ハンスが気づいた時には、大きな窓を塞ぐように濃い茶色をした大きな鳥の姿が停まっていた。


「この子は、ヘルムートと言ってハンスさんより遥かに長生きしている鷹ですね」

 ローマンがそう紹介すると、挨拶をするように小さく鳴き声を上げていた。

 その姿を見たシャルロッテがハンスよりも早く反応していた。

「かわいいわね、触ってもいいかしら?」

「大丈夫ですよ、賢いので襲ったりはしません」

 ローマンが答えると彼女は大きな鷹へと近づき撫でようとするとヘルムートは頭を下げて撫でやすいようにしていた。

 その様子を見ながらハンスはローマンに尋ねる。

「こんな大きな鳥なんて見たことありませんが、どこで見つけたんですか?」

「昔、旅をしていた時に偶然卵を見つけたんですよ。最初はここまで大きくなかったのですが、数年たつ頃にはこの大きさになっていましたね」

 ローマンは偶然卵を見つけたことと、初めから大きかったわけではないことを話してくれた。

「え、どんなところを旅してたら偶然見つけられるんですか?」

 ハンスはどんな旅をしていれば、出会えるのか気になっていた。

「あの頃はまだいろんな種類のモンスターがいましたからね。もしかしたらこの子以外にはもう同種はいないかもしれません」

 ローマンは思い出しながらしんみりと答えていると、途中の言葉にハンスは動揺する。

「え? モンスターなんですか?ヘルムートが……?」

「そもそもモンスターの定義は覚えていますか?」

「魔法を使う生物のような存在……ですか?」

 ハンスがローマンの質問に思い出しながら答えると、ローマンは頷いて答える。

「はい、彼らのことは魔法が使える生物としかわかっていません。人を襲うものもいれば、こうして仲良くできるものもいます。ですが……これ以上は本題からずれるのでやめておきます」

 ローマンがモンスターについて説明をしていると本題からずれるという理由で突然説明をやめてしまう。

 それからローマンはそのことについて一切話をすることはなかった。


 しばらくヘルムートと触れ合っていたハンスとシャルロッテにジークハルトが話を戻す。

「移動手段は分かっただろう? 2人で成し遂げる覚悟はあるか?」

 その問いかけにハンスとシャルロッテは顔を見合わせると、ハンスが頷き答える。

「はい、必ず成し遂げます!」

「そうか、なら条件を付けよう。お主らには1週間後の選定会には出てもらう。 もし出れなければ、そのバッチは返してもらう、良いな?」

 ジークハルトは真剣な表情で彼らに対して条件を提示する。

 それに対してハンスとシャルロッテは小さく頷く。

「そうか、ならローマンよ、準備を頼む」

 その様子を見ていたジークハルトはローマンに準備を進めるように伝える。

「分かりました、学園長。 では、ハンスさん、シャルロッテさん、出発の準備をお願いします。と言っても持ち物は小さな鞄と武器だけにしてくださいね。 あ、それとこの服に着替えてくださいね。 私も準備があるので終わったらここに戻ってきてください」

 そうして2人は、ローマンに渡された服へ着替え、言われたように小さな鞄と武器を用意して学園長室へと戻る。


 2人が戻ってくると、すでにマルクスの姿はなくなっていた。

 鞍を装備したヘルムートのそばにいたローマンにハンスが服の大きさが気になることを伝える。

「この服……大きさが若干あっていないような気がするのですが……」

 ローマンに渡された服は、2人からすると若干大きいようで、少しゆったりと着ることとなっていた。

「その服は……色々あって手に入れたものなので仕方ありません。 でも十分に似合っていますよ?」

 ローマンが渡した服は、南の首都に住むものが好んで着ている服であり、実用性よりもお洒落を意識した装飾が目立つ服であった。ただ、東西の国より気候が温かいのか袖は短いものであった。

「それなら少々の嘘をついたところでばれないかと」

「なるほど、それはありがたいです」


 その話に加えてシャルロッテが武器がないことを伝える。

「あの……私、武器とかなくって……」

「なら、扱えそうなものを私が見繕ってきますね」

 そう言うとローマンはヘルムートを置いてどこかに武器を探しに行った。


 しばらくして帰ってきたローマンがシャルロッテに鞘に納められた小さな短剣を手渡す。

「これなら軽いですし使いやすいでしょう」

 受け取ったシャルロッテは、鞘から短剣を取り出してみると、両刃の剣身であるものの、その中央は空洞になっていた。

「ありがとうございます、ローマンさん」

 彼女のお礼に軽く頷くとローマンは、小さな袋を2人に手渡してきた。

「このお金は向こうで過ごすのに使ってください」

 それぞれ受け取るものを鞄に入れるのを確認すると、ローマンが移動手段について説明をする。

「準備はできたみたいですね。では、私からこの子の扱い方を説明しますね」

 ローマンから予備の笛を渡され、それの扱い方や乗り方など簡単に説明を受ける。

「その笛を吹けば、ハンスさんのもとに来てくれますよ。あとは乗り方ですね、鞍についている持ち手を離さず、姿勢を低くしていると楽に乗れますよ」

 ローマンはそう言って鞍につけられた持ち手を指差す。

「2人……乗れますか?」

 どう見ても鞍は一人乗りのものであることが伺える。

「重さ的には問題ないと思いますし、何とかなりますよ」

 なんとも投げやりな答えがにこやかな表情のローマンから発せられる。

「そう……ですか。どれぐらいで向こうにつけますか?」

 ハンスは、いつものことかと思いつつ、どれぐらいでつけるのか気になっていた。

「馬で数日の所を今から飛んでも夜には南の国の領土には着きますから」

「え? それってすごく早いんじゃ……」

 馬であれば、南の国の領土まで数日かかるところを半日やそこらでつくと彼は言っていた。

「なので落ちないように気を付けてくださいね」

 付け加えたかのように彼は、にこやかに気を付けるよう伝えてきた。


 準備が整ったヘルムートとハンス達は、学園長室から外に出て広い場所へと向かう。


 乗りやすいように背を低くして待っているヘルムートへハンスとシャルロッテは、シャルロッテを前にして2人で鞍にまたがる。

 ヘルムートはしっかりまたがっていることを確認するように体を軽く揺すると、飛び立つ準備を始めた。

「では行ってきます、ローマンさん、学園長」

「行ってきます。ローマンさん」

 別れの挨拶を終えると、大きな鷹は翼を広げて大きく羽ばたく。

「きゃっ」

 シャルロッテの悲鳴がものすごい速さで遠のいていく。

「ほんとに大丈夫でしょうか」

 ローマンは飛び去った先を見つめながらつぶやく。

「お主が助けに行ってもいいんじゃぞ?」

 ジークハルトは冗談交じりにローマンに伝えると、彼は小さく笑いながら返事をする。

「さすがに無理ですよ。ここからじゃ私でも2日は掛かります」

 そんな話をしながら彼らは自分の仕事へと戻っていった。



 ヘルムートは十分な高さまで来ると速度を落とし、その場で初めて見る景色を見渡せるように留まっていた。

 勢いに驚いて目を閉じていたハンスとシャルロッテは、勢いが収まったことでゆっくりと瞼を上げる。

「すごい! もう学園があんな小さく見える! あっちには王都も見えますよ! シャルもほら!」

「よくそんなに見れるわね……落ちたらと思うと……ひぃ」

 ハンスは楽しそうに周りを見渡すのに対して、シャルロッテはこの光景を目の当たりにして怖気づいていた。


 周りを見渡してハンスは、あることに気づく。この高さであれば、クレーターの内側が見えるのではないかと。

(ここからならあの中も……っ?!)

 その高さから見えたのは、クレーターの内側は上っ面だけ見えており、木々が生えている程度しか見ることはできなかったが、一つ、目を引くものが見えていた。

「あれって、もしかして……あの樹?」

「何?樹?」

 クレーターの内側に生える一本の樹。ここから見える学園や王都と比較してもその樹の大きさは、一国の領地ほどはありそうなほど大きなものであった。

「あそこにあったんですね」

 彼は小さくつぶやく。そのつぶやきは、風の音に遮られシャルロッテの耳には届かなかった。


 そうしていると彼らが見渡し終えたのを見計らったかのようにヘルムートが鳴き声をあげる。

 察したハンスは、ヘルムートに合図を送る。

「ヘルムート、南の国に向かってください!」

 それを聞いたヘルムートはもう一度鳴くと、一気に速度を上げ一直線に南の国へと向かう。


「うぐっ……このままじゃ……!」

 その速度はあまりにも凄まじく、2人は、顔を歪ませながら必死に持ち手にしがみついているものの、このままでは力尽きて持ち手を握る手が離れてしまうことだろう。

 そう考えたハンスは、どうにかできないか必死に考える。

(どうにかこの風を――飛ぶ邪魔をしないように防がないと……なら!)

 思いついた彼は、鞍の周りにだけ大気操作の魔法を魔力領域の魔法と共に使うことで、2人の前方には大気の壁ができ、風の影響が殆どなくなっていた。

「ふぅ、これで何とか……」

 風の影響がなくなった事で2人は一息ついていると、代わりに気流の流れが変わったヘルムートは、均衡を崩してふらつき始めた。

「ちょ、あ!うわっ、おち―――」

「ひぃ」

 ヘルムートの上で慌ててしがみ付いていると、次第にヘルムートは均衡を取り戻すも若干速度が落ちていた。

 文句を言うようにヘルムートは鳴き声をあげる。

「ごめんなさい、ヘルムート。これ以上何もしないから」

 ハンスがそう伝えると、ヘルムートはもう一度鳴き声をあげると、今まで以上の速度で空を駆けていった。



 日が傾き始め辺りが赤く染まり始めた頃、ハンス達は南の国の領土へと入っていた。

「ハンス! 見て!」

「あれって首都と呼ばれる場所ですかね。それにあの壁って何でしょう……?」

 慣れてきたのかシャルロッテは片手を離してある方向を指差していた。

 指差す先には、大きな湖に隣接するように建てられた防壁に囲われた街と湖の上を長い橋がかけられている。

 それに加えて、東西を分断するかのように一枚の壁が建っているの見えていた。


「確か貿易で栄えている街……と聞いていたような」

「もしかしたら見たことない品がいっぱいあるかもしれませんね」

「そうね! いつか見に行きましょ!」

「はい、いいですよ」

「ならまずどんな店から回ろうかしら」

 ほかにすることもない2人は、そんな話をしながらしばらく過ごしていると、ヘルムートが速度を落とし始め、どこへ向かえばよいか相談するかのように旋回を始める。

「南の国には着きましたもんね。どこから調べれば……」

 辺りを見渡しながら考えているが、陽の光がなくなり始め暗くなり始めている。


 そうした中、点々と灯りが付き始めていることに気づく。

「あの辺りに街があるみたいですね、ならあそこに降りましょう」

 ハンスは、明かりがついた場所がある、首都よりも大陸の外側にある山の麓を目指すようにヘルムートへ合図を送る。

「直接街には行かないの?」

 不思議そうにシャルロッテがハンスに尋ねる。

「さすがにヘルムートを怖がる人がいるかもしれませんし、あまり目立たないほうがいいかと」

「それもそうね」

 そうした会話をしている合間にも山の麓へと降り立っていた。


 ハンス達が降り立った場所はすでに山の影ということや木々に囲まれていることもあり、すでに真っ暗な状態であった。

 ハンスは、魔法で灯りを作ると今後の行動をどうするか悩んでいた。

「どうしましょう、ヘルムートは街に入れないでしょうし、街で泊まれるかどうかも分かりませんね」

「まぁそうなるわよね……なら私とヘルムートでここに野営ができるように準備しておくわ! だからあなたは街で情報を集めてくるのと、食べ物を買ってきてもらえないかしら?」

 彼が悩んでいると彼女がヘルムートと一緒に残ることとハンスが情報と食べ物を集めることを提案してきた。

「分かりました、そうしましょう。では、僕は街に向かいますね」

 彼はそう言って街のある方角へ歩き出していった。

「灯りを確保して……っと。ちょっと待っててねヘルムート! 薪を集めてくるから」

 ハンスと別れたシャルロッテは魔法を使って灯りを作りながら薪を集め焚火の用意を始めていた。



 一方、ハンスは麓の森を抜け、街の近くまで来ていた。

(これは……街というよりかは村ですかね)

 その街は、丸太を組んで防壁としており、その内側に、数件の建物があるだけの村であった。


「ちょっと止まれ」

 ハンスが入口から村に入ろうとすると、内側にいた門番らしき人物に声を掛けられる。

「子供がこんな時間に何をしている? それに……あまりこのあたりで見ない顔だな」

 門番は問いかけるとハンスの顔をまじまじと眺めていた。

(さすがに嘘をつかないとまずい気が……)

「えぇっと……」

 答えあぐねていると門番が先に口を開く。

「さては、商会で失敗したやつの子供か? こんな所をこんな時間にうろついているぐらいだからな」

 彼が答えあぐねていると門番は、よくあることなのか身も蓋もないことを言っていた。

「そんなところです」

 それに便乗するようにハンスは頷いて答える。

「そうか、ならうちの村で匿うのはごめんだぜ? 高い罰金を払いたくはないんでね」

 門番が言うには、そういった人を村に入れると罰が与えられるとのことであった。

「そんな……ならこのお金で少し食べ物を分けてはもらえませんか?」

 彼は小さな袋から一枚の金貨を取り出して門番に見せる。

「ほう? ちょっと待ってな」

 ハンスが見せた金貨を目にすると門番は村の中へと入っていき、しばらくして籠を抱えて帰ってきた。

「ほれ、この籠とその金貨と交換だ」

 そう言って見せてきた籠の中には、食べ物が2人で食べるには余るほど詰められていた。

「ありがとうございます!」

 ハンスはお礼を言って、金貨と籠を交換していた。


 ハンスはさらに情報を聞こうとしていた。

「それと聞いておきたいことがあります」

「なんだ?」

「このあたりで最近変わった事とかありませんか? 危険な場所とかでもいいです」

 門番は、少し考えたかと思うと噂話を教えてくれた。

「そうだなぁ、あっちの村の奴から聞いた話だけどよ、その村の近くで人がよく行方不明になるんだとさ」

 門番は別の村の方向を指差している。

「行方不明……」

「あぁ、確か、その村の近くにある山の麓には大きな穴が開いているらしくてな。そこが関係しているんじゃないかって話さ。あくまで噂だけどよ、気を付けておくことに間違いはねぇ」

 噂話とのことではあったが、ハンスにとってはありがたい情報であった。

「それは、いい情報をありがとうございます。そのあたりには近づかないようにします。僕はこれで……」

「そうか、じゃあな」

 ハンスは門番にお礼を伝えると、シャルロッテとヘルムートが待つ場所へと戻っていった。



「ただいま、シャル、ヘルムート……?」

 シャルロッテ達の元へと帰ってきたハンスは、変わった光景を目の当たりにしていた。

 焚火の近くでヘルムートに寄りかかるように寝息を立てて座っているシャルロッテと、焚火に薪をくべて焚火の世話をしているヘルムートであった。

「……ん、ハンス? おかえり」

 目が覚めたシャルロッテは眠たそうに座りなおす。

「ちゃんと食料は手に入れてきましたし、有力な情報も手に入りましたよ!」

「そうなの……食べながらその話を聞くわね」

 2人は食事をしながらハンスが手に入れた情報を共有していた。

 その間、ヘルムートは使わずに余っていたパンをしぶしぶながら啄んでいた。


 2人はその場で夜を明かすつもりで明日の予定について考え始めていた。

「明日、山の麓にある大きな穴に向かいましょうか」

「え? でもどんな奴がいるのか近くの村で話は聞かなくていいの?」

「さすがにそのほうが良さそうですね。穴の中だと逃げ場がないかもしれませんし」

 話し合いながら明日の予定を決めると、2人はヘルムートへ背中を預け眠りにつこうとしていた。

「ヘルムートも無理に火を維持し続けなくていいですからね」

 ヘルムートも寝るようにハンスが伝えると、小さく鳴いて返事をしていた。

(あと自由に過ごせる日数は5日ですか……最後の一日は移動だけにしておきたいですし)


 こうして1日目の夜を過ごす。


 翌朝、ヘルムートの鳴き声で2人は目を覚ます。空は明るくなり始めているものの、辺りはまだ薄暗かった。

「おはようございます、シャル」

「おはよう……ハンス」

「顔を洗って目を覚ましましょうか。こういう時に使えそうな魔法があるんですよ」

 寝起きの挨拶を交わした後、ハンスが得意気に魔法を見せる。するとハンスの手元に水滴が溜まり、それで顔を洗って見せた。

「それは便利ね! 後で教えなさいよ」

「いいですよ。その前にまず手を出してください」

「はい、これでいい?」

 約束を交わした後、ハンスはシャルロッテに手を出すように伝えると、水を受けれるような形でシャルロッテが手を出していた。

「じゃあいきますよ」

 そう言うとシャルロッテの手に水が溜まり始める。

「つめたいっ! ……よし、これでいいわね」

 その水は氷水のように冷たく、顔を洗うと一気に目が覚めるようなものであった。

「その魔法はどうやっているの? 水の冷たさからして凍結の魔法は使っているのよね」

 彼がして見せた魔法を彼女はどういうものか考えながら彼に尋ねると簡単そうに答えた。

「そうですね。 まずは燃焼の魔法で熱した空気を大気操作で空気を集めてそれを凍結の魔法で冷やすことで水にしています」

「……? なかなかに大変ね。私じゃそこまで一気にできそうにないわ」

 彼女は唖然として聞いていたが、自分ではできそうにないとぼやいていた。

 そうぼやく彼女をハンスは不思議そうに首を傾げていた。

「魔力領域の魔法があるのでだいぶ扱いやすいですよ?」

「あなたならそうなのかもね。……なら私も色々使えるように特訓しておくわ!」

 彼の態度に彼女は今まで以上に魔法の扱いの練習にやる気を見せていた。


 そんなやり取りをしているとヘルムートが飲みたそうにハンスを見つめていた。

「ヘルムートも飲みたいんですね。はい、どうぞ」

 ハンスの手に溜まった水をヘルムートが嬉しそうに飲んでいる。

「――わっ! つめたいよ、ヘルムート」

 ひとしきり飲み終えたヘルムートは一度鳴くと頭を振って顔についた水を飛ばしていた。

「ふふ、何やってるのよ。そろそろ出発しましょう」

 その様子を見ていた彼女は小さく笑うと、出発を急かしていた。

 そうしてやっと、2人はヘルムートに乗り、昨日仕入れた情報にあった別の村に向かうこととなった。



 村に向けて木々をすれすれ飛んでいたハンス達は、その視界に小さな村を発見する。

「あそこがたぶんその村です!」

 ヘルムートを村の近くの森で降ろさせ、そこから2人で小さな村に向かった。

「ヘルムートはここで待っていてください。すぐ戻ってきますから」

 ヘルムートはさみしそうに鳴くとその場でじっと座って待っていた。


 村に着いた2人は村の入口を探していた。

 そこも丸太で村を覆っており、入口を探さないと中には入れそうになかった。

「あ、あそこから入れそうですよ」

 ハンスが指差した先に、人が立っており入口を守る門番のようであった。


「あのぉ、中に入っても……?」

 門番の所まで近寄って、ハンスが村に入っていいか尋ねると、邪険そうに2人を追い払おうとしていた。

「なんだお前ら?! さっさとここから去りな! じゃないと連れ去られるぞ!」

 2人は状況をまた聞きして知っていることもあり、そのことについて門番に確認をする。

「その連れ去られるのって、最近行方不明となる人が多いことと関係ありますか?」

「あぁ?! 当たり前だ! そう言っているだろう! 最近じゃ外もろくに出歩けねぇわ、商会の人間が誰もこねぇわで大変なんだ!」

 日頃の鬱憤があるのか2人へ向けて怒鳴っているもののそれはどこか別の誰かへ向けられていた。

「それは山の麓にある穴と関係ありますか?」

 怒鳴る門番を気にすることなくさらに聞きたいことをハンスが尋ねる。

「あ?あぁそうだが……なんでそんなことを聞くんだ?」

 ハンスの動じなさに驚いた門番は見る見るうちに勢いがなくなっていった。

「えぇっと……僕達はそこに用事がありまして……近くのこの村なら何か知っていないかなぁと思ってここに来ました」

 ハンスは答えるのに悩んだ末、内容をぼかしながら本当のことを伝えることとなってしまった。

「おいおい、それは何の冗談だ? お前ら子供があそこに用があったとしてもやめといたほうがいいんじゃないか?」

 そのことに驚いた門番は人が変わったように心配をしていた。

「どうしても行かなきゃいけないんです。なので知っていることがあれば教えてください」

 ハンスは真剣な表情で門番を見る。

 すると門番はため息交じりに答える。

「はぁ、分かった。穴に詳しい奴が中にいる。付いてきな。 おい! そこの!ちょっとここ変わってくれ!」

 門番が村に詳しい人がいるらしく案内してくれることとなった。持ち場を離れることもあり、代わりの人を門番は探していた。


 村に入った2人は、とある家の前へと案内される。

「ちょっと待ってな。話せるか聞いてくるから」

 門番は家の中へと入ると何やら交渉しているであろう声が聞こえてきた。


「入っていいぞ」

 しばらくすると門番は扉から顔をのぞかせてハンス達に入るように促す。

「お邪魔します」

 そうして2人が家に入ると、その家の家主であろう人物が、寝床に寝転がった状態でこちらを見ていた。

「いらっしゃい。寝転がった状態ですまないね……麓の穴のことを聞きに来たんだって?」

 ハンスに顔を向けるとその家主は尋ねてきた目的について確認してきた。

「はい、あの穴には何かがいるんですか?」

 ハンスのその問いかけに答えながら家主は上体を起こす。

「あぁ、あそこには危険な……生き物がいる。しかも人の姿をしていてな……」

 家主が上体を起こし終えてこちらに向くように座りなおす。

「っ?! 足が……それに腕まで?!」

 その家主には、左足は膝から先が無くさらに右腕は肩から先が無くなっていた。

 無くなった手足を見せるように家主が答える。

「そうだ、こんなことをやったやつがあの穴にいる。 やせ細った奴と巨体の奴が群れを成して生活をしている」

 家主は手足を無くした原因となる奴らの特徴を伝えてきた。

「なるほど。群れを成しているんですね……それは厄介ですね」

 ハンスは相手しなければいけない数が多いこともあり、どうしようか考えあぐねていた。

「ハンス、2人じゃ無理そうじゃない? 一回帰ってみんなで――」

「いえ、まだ分かりません。数が多くてもまとめて倒せればもしかしたら……」

 シャルロッテは帰ることも視野に入れているもののハンスは、諦めきれずにいた。


「そこの嬢ちゃんの言うとおりだ。こうなりたくなければ帰ったほうがいい。 私達は10人以上でその穴に向かったが私だけこの状態で生き残れたんだ。それにギルドの奴らが来てくれなければ死んでいただろうな」

 家主は切実にハンスにそう伝える。

「でも……」

 それでもハンスが迷っているとシャルロッテが危険を顧みないことに対して声を荒げて問い詰める。

「ハンス! もし、私達だけで行ってこの人みたいに私がなったらどうするの?!」

「あ……はい、ごめんなさい……少し焦りすぎたみたいです」

 ハンスが家主の姿をシャルロッテと重ねたことでやっとことの重大さに気づく。


「僕達は一度帰ろうかと思います」

 帰ることで話がまとまったことで家から去ろうとしていた。

「教えていただいてありがとうございました」

「体のこと、悪く言ってごめんなさい」

 2人はそれぞれお礼や謝罪をする。

「君たちが思いとどまってくれてよかったよ」

 家主は乾いた笑顔で二人を見送っていた。

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