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星の魔力と探究者  作者: 早宮晴希
第1章 学園生活編
15/29

#15 港街⑤

 朝日が昇る少し前、真っ暗な海の上にハンスが佇んでいる。

 そこでは、そよ風と静かな波の音だけが一定の間隔で鳴り響き、静かでありながらも波の音がはっきりと聞き取れる。

(そろそろですかね)

 ハンスが海面に視線を送ると、波の音が不規則に荒れ始め、何者かが海の底から上ってくる感覚を覚える。

「絶対にこの機を逃しませんよ」

 ハンスは静かに呟き、大きく息を吸い込んで戦闘態勢を取る。


 *****


 ハンスが戦闘を始めようとする数時間前。

 エルヴィラが住む建物にて、ローマンの帰りを待っている。

「ふあぁ、こう待っているだけだと眠くなるなぁ」

 大きなあくびと共にエルヴィラは暇そうにしている。

「ローマンさんが帰ってくるまで寝ててもいいですよ? もう準備は終わってますから」

「さすがにそれはやめておくよ……」

 エルヴィラはハンスの提案には乗らず、机にコーヒーを入れておいたカップを手に取り一気に飲み干す。

「そんな苦いもの……よく一気に飲めますね」

「まぁ慣れかな」

 ハンスは引き気味に尋ねるが、エルヴィラは気にせずおかわりを入れようとしていた。


「そのコーヒー?の元となるものはどこで採れるんです? ここに来るまで聞いたことがなかったので」

 ハンスはコーヒーについて気になってエルヴィラに尋ねる。

「これか? ここから北にある村でな、栽培してもらっているんだ」

「あれ? でもそこって地図には村なんてなかったような……」

 エルヴィラはそう答えるが、ハンスの見たことある地図には載っていなかったらしく、ハンスは首を傾げて不思議そうにしている。

「あぁ、それは私の村……というか、私が助けた人達を匿っていたらいつの間にか村になっていてな……」

 エルヴィラは暇つぶしに村についてハンスに聞かせる。

 その村は、学園長であるジークハルトが後ろ盾となって国やギルドに黙認させていることや自給自足で暮らしていることを始め、村の住人はエルヴィラに恩返しがしたいということでエルヴィラの頼み事を聞いているという。その一例として、コーヒーの原料の栽培である。

「―――ということで、いろいろと良くしてくれる人達だね」

「そんな経緯があって村があるんですね」

 そんな話をしているとローマンが帰ってくる。


「お待たせしました」

 扉を開けて入ってきたローマンの背中には、背丈ほどある細長い大きな袋を背負っていた。

「では、これを」

 そう言って中身を取り出し、ハンスに手渡す。

 その中身は、大きなかえしのついた槍状のもので飾り気がなく、急ごしらえで作られたのが見て取れる。

「ありがとうございま―――すっ?!」

「あ、やっぱり……」

 ハンスが手に取ったのを確認しローマンが手を離すと、一気に重さがハンスの手に掛かる。その重さを支えきれずに鈍い音をさせて床につく。

「ちょっと! 床壊さないでよ!?」

 その音を聞いたエルヴィラが床の心配をしていた。

 床を見たエルヴィラはローマンを睨み、めり込んでいる槍状のものを指し抗議している。

「こうなることが分かっていたなら外でやってよ! 床にめり込んでるじゃない!」

「すいません……ここまでめり込むとは……」

 三人の視線の先には、床にかえしのついた先端が半分ほどめり込んでいる槍状のものがある。


「このままじゃ持ち運ぶのも一苦労ですね」

 ハンスがそう言うと、槍状のものが青白い光に包まれる。

 すると、音を立てて床から抜けてハンスの手に支えられていた。

「さすがハンスさん、何とか持てそうですね」

 ローマンが褒めていると、ハンスは渋い表情で答え、近くの壁に立てかける。

「さすがに魔法で持ち続けるには必要な魔力が多すぎます……」

「仕方ありませんね、その大きさで鉄の塊だとどうしてもそうなってしまいます。なのでぎりぎりまでは置いておきましょうか」

「床が……」

 ローマンはエルヴィラを慰めながら、荷物から一枚の地図を机に広げる。


 その地図には、一か所だけ赤い丸が付けられている。

「ハンスさん、この印の場所があのモンスターが現れる地点です。これだけ見てもどのあたりかは分かりにくいと思います」

 印が付けられている場所は海の上であり、付近の状況から場所を特定するのは困難である。

「確かに……おおよその場所は分かっても出てくる一瞬を狙うには難しいかもしれませんね」

 ハンスは地図を見ながらどうすれば良いかを考え始める。

「一つ提案があります」

 考え始めた矢先にローマンから提案が出される。

「何でしょう?」

「私達が監視していた場所から合図を送れれば、大体どのあたりだったかはわかるのではないでしょうか。監視していた場所は2か所あります」

「そう……ですね。でも合図ってどうすればわかりやすいでしょうか? 僕の位置は炎とかで知らせることはできますが……」

 2人して黙り込んでいると、立ち直り始めたエルヴィラが会話に参加する。

「あー、ならさ、魔術(スペル)で矢印でも作ったらどうだ? それぐらいならあんたの仲間でもできるでしょ」

 それを聞いたローマンが答える。

「確かにそうですね。魔術(スペル)を使うぐらいならできるでしょう。ですので――」

「はいはい、作ればいいんでしょ、作れば」

 ローマンの言いたいことが分かったのかエルヴィラは遮る様に返し、作業用の机に向かい、紙に魔術(スペル)を描き始める。


 それからしばらくして、描き終えたエルヴィラは10枚の紙をローマンに渡す。

「はい、これ。2人に分けて」

 その紙には、どの魔術(スペル)なのか紙の上部に書かれており、その下部に魔術(スペル)が描かれている。

「ありがとうございます、エルヴィラ。では、これをハンスさんの合図を見つけ次第使ってもらうようにします。それでいいですよね?ハンスさん」

「はい、大丈夫です、ローマンさん」

 ローマンがお礼を言い、位置を調整する流れを説明する。


「あ、伝え忘れていましたが、あのモンスターが出てくる少し前に鐘を鳴らしてもらうようにしています」

「そういうことは早く言いなさいよ!」

 伝え忘れていたローマンがそのことを伝えるとエルヴィラが怒鳴って返事をする。

「え、街の人は大丈夫なんでしょうか?」

 ハンスは、街の人に被害が出るのではないかと心配していると、にこやかにローマンが答える。

「まぁ、今日一日だけですし、それに悩みの種を一つ取り除くのです。文句はないでしょう」

「そう……ですかね……」

 引きつった表情でハンスが返事をする。

「時間も限りある事ですし、私はまずこの紙を2人の監視している方へ渡してきますね。もし、鐘の音が聞こえたら私の事は気にせず始めてください」

 ローマンはそう言ってそそくさと部屋を出て街へと向かう。

「ホント好き勝手やるわね……。じゃぁ私は、潜水艇を作業場から出しておくから。海岸に出といてね」

 エルヴィラはぼやくと、ハンスに海岸に出るよう伝える。

「はい、エルヴィラさん。準備できたら向かいます」

 そして残されたハンスは、ローマンが持ってきた予備の服へと着替える。

(念のため、剣と盾も持っていきましょう)

 自身の剣と盾を装備し槍状のものを魔法を使いつつ持ち、海岸へと足を運ぶ。


 海岸へとたどり着くと、沈み始めた月の光で薄暗い海が広がっている。

 ハンスは槍状のものを地面に突き立ててエルヴィラが来るのを待っている。

「あれが、実際に動いている所を見れるんですね」

 しばらく海を眺めていると、海中に光が見え始める。

「お、あれはもしかして……」

 さらにはぶくぶくと泡が浮かび上がってきて、その後に続いて潜水艇が上がってくる。

 光が海面を照らすと、潜水艇の上部から甲高い音をさせて扉が開く。

「ハンス! いるか?!」

 その中から出てくるや否や、エルヴィラはハンスを探して叫んでいる。

「ここにいますよ!」

 それに応える様にハンスも手を振って応える。

「いるのは分かった! ここからじゃ暗くて場所が分からん!」

 いることは確認できたエルヴィラは、見上げて探している。

「ですよね……これならわかりますか!」

 ハンスの手元からは小さな火が現れ、辺りを照らしている。

「ああ! 火しか見えないが、いる場所は分かった!」

 そう言うと、潜水艇の中へと戻り、ハンスの真下の際に寄せる。

 また中から出てきてハンスを呼ぶ。

「ハンス! これに乗ってみないか?」

「はい!」

 ハンスは返事をすると岸を飛び降り、潜水艇の近くへと着地する。

 ハンスの立っている場所にエルヴィラは驚いていた。

「ちょっと! 大丈夫なの……ってそこ足場ないよね?!」

「はい、これが海の上で待つときに使おうとしていた魔法です」

 ハンスの立つ真下には、波が通り過ぎている。

「実際に見ると、びっくりするよそれ……そんなに魔法使っちゃって大丈夫?」

「これぐらいなら問題ありません。入ってもいいですか?」

 エルヴィラがハンスの魔力を心配していたが、ハンスは問題ないと言い、潜水艇の中に早く入りたそうにしている。

「あぁ、いいぞ」

 そう言って先に中へ入って入り口を開けるエルヴィラが答えると、ハンスも続いて中へ入ろうと潜水艇に足をかける。


 丁度その時、低い鐘の音が聞こえてくる。

「あ、この音は……エルヴィラさん時間です」

 中にいたエルヴィラには聞こえてないようで、ハンスの元気のない声を聞いて察する。

「そう、残念ね。早く準備してきなよ。これが壊れなければ、また乗れるから」

「はい、そうします」

 ハンスは岸を上って槍状のものの元へと向かう。


 ハンスが槍状のものを魔法を使って持ち上げて準備をしていると、いつの間にか近くにいたローマンから声がかけられる。

「ハンスさん、お気をつけて」

「―っ?! あ、はい!」

 急に声をかけられたハンスは驚いた様子で返事をする。

 ハンスは仕切りなおすと、指定されている場所へと向かう。


(移動しながらはさすがに難しいですね)

 ハンスはそう思いながらも海面付近で見えない足場を踏みしめ、指定された場所を目指す。

「だいたいこの辺りでしょうか……合図を送ってみましょう」

 先ほどエルヴィラに見せた小さな火よりも大きな火を街に向けて片手を掲げる。


 ほどなくして、二つの大きな印が街の方に現れる。

(左は、下の矢印で、右は左の矢印ですか……左前に少し進んでみましょう)

 移動していくと、左の印が丸印へと変化する。

(街側にはここで大丈夫のようですね。あとは、左に……)

 左へ移動していくと、右の矢印も丸印へと変化する。

(大体この辺りということですね。待機するならもう少し高い場所で待ちましょうか……)

 火の魔法を使うのを止めて、垂直に飛び、徐々に高度を上げていく。

(この辺りでいいでしょう)


 一息ついたハンスが周りを見渡していると、月が沈み月明りがなくなる。

(そろそろですかね)

 ハンスが海面に視線を送ると、波の音が不規則に荒れ始め、何者かが海の底から上がってくる感覚を覚える。

「絶対にこの機を逃しませんよ」

 ハンスは静かに呟き、大きく息を吸い込んで戦闘態勢を取る。

(さすがに真っ暗すぎる……灯りを)

 ハンスは姿勢を変えずに周囲に1つ、小さな火を作ると火に照らされてうっすらと海面が視認できる。

 照らされている海面にはぽつぽつと泡が浮かび上がってくる。その後に続いてモンスターの身体が海面を押し上げ始める。

(まだ……)

 体から海水が音を立てて流れ落ち、モンスターの体が露わになる。露わになった体は一部であるはずだが、その一部でも十分に巨大なものであった。

 その皮は、ハンスの火に照らされて鏡のように灯りを反射している。

(いまです!)

 ハンスは見えない足場を力強く踏み切り、モンスター目掛けて勢いよく向かっていく。ハンスの持つ槍状のものからは青白い光が消える。

 ハンスの存在に気づいていないモンスターは、普段通りに呼吸をしようと口を開け始める。


「これでどうですか!」

 モンスターへ槍状のものを落下の勢いを乗せて突き立てる。

「――――っ?!」

 モンスターは吸い込んだ空気をハンスの突き立てた衝撃で吐き出し、戸惑っている。

 だが、勢いも空しくハンスが突き立てた槍状のものはモンスターの皮には刺さっていない。

「―――なっ?! こんなに弾力があるなんて……! でも!」

 間髪入れずにハンスは、槍状のものへと魔法を使い、強引に突き立てようとする。

 青白い光を纏った槍状のものに突かれてモンスターの皮は大きくめり込んでいくが、それでもまだ皮を突き破るには至っていない。

「もっと!」

 さらに魔力を使って突き立てようと魔力を込めていると、危険を察知したモンスターは海中へと潜り始める。

(間に合わない……!)

 咄嗟に飛びのこうとするも、槍状のものが重く反応に遅れ、モンスターと共に海に沈む。


 槍状のものは重く、ハンスは海の底へと運ばれていく。

(早く魔法で沈むのを止めないと)

 槍状のものが光に包まれると、沈むのは次第に緩やかになり沈まなくなっていく。

(これで沈まないけど……やつはどこに?!)

 真っ暗な海中を見渡しているも、姿を捉えることができない。

(早く海面に上がったほうがよさそうですね)

 ハンスは探すのを諦め、海面へと向かう。

(もう少しで……)

 だが、海面へと近づいたハンスは、海中を泳ぐモンスターの音が近づいていることに気づく。

「ぷはっ はぁはぁ、急がないと!」

 海面へ出るとハンスが慌てて海の上へと見えない足場を使って登ろうとする。


 ハンスが急いで海の上に登り始めていたが、モンスターはそんなことをお構いなしに、ハンスの真下から現れる。

「―――なっ!?」

 大きな音を立ててモンスターが口を開けて海中から体のほとんどが飛び出し、ハンスを飲みこむと、大きな音を立てて海中へと戻っていく。


 海水と共に飲みこまれたハンス。

 管状の場所を通り抜けているといきなり広い空間へと吐き出される。

(ここは……?)

 そこは、青白い光がうっすらと浮かび上がっているだけで、灯りとしては心もとなく、ハンスは小さな火を使って辺りを照らす。

「木片……?それにこの光は魔力?」

 そこには、このモンスターが食べたであろう樹の木片が散らばっており、青白い光を帯びていた。

「でもここは本来、胃に当たる場所ですよね。なら消化はしていないんでしょうか……?」

 ハンスの知っている生物に関する知識を当てはめてみるも違和感を覚える。

「今はそんなことより脱出とどこか致命傷を与えられる場所があれば……」

 悠長に考えてしまっていたことにハンスは慌てて顔を振って冷静に解決策を考え始める。


「脳……は多分口の上でしょうし、狙うなら心臓でしょうか。でも場所が……辺りを見て回るしかないか」

 時折大きな振動があるものの、その合間を縫って辺りを散策する。

 とある場所へとたどり着くと、ハンスは立ち止まる。

(この感じは……脈打っている? 近くに心臓があるかもしれない)

 ハンスが立っている木片の上でもわずかではあるが一定の間隔で脈打っていることが感じ取れる。

「よし、この辺りなら」

 ハンスは邪魔な木片をどけて内臓の表面を露わにするとはっきりと脈打っていた。

「暴れるかもしれないですし、手が離れても大丈夫なようにしときましょう」

 ハンスはぶつぶつと呟きながら、槍状のものを突き立てる準備を始める。


「お願いします!!」

 願いを込めた叫びと共に突き立てる。

 すると、槍状のものの先端がめり込み、内臓の表面を容易く突き破る。突き刺さった場所からは、赤い液体が噴出している。

「――――っ!!」

 モンスターが声にならない呻きをあげて暴れている。

「うぐっ!」

 ハンスは柄を掴んで飛ばされないように耐える。

「これでもダメですか! なら!」

 そう言って突き刺した先端から電撃を流す。

「電気の……いえ、感電の魔法です!」

「――――っ!!!!!!」

 先ほどよりも長い、声にならない呻きをモンスターがあげたかと思うと、小刻みに揺れ始める。


 ハンスが柄を持ち電流を流したまま辺りを見渡している。

「これは痙攣? 今なら出られるかも?!」

 ハンスは手を離し、流されてきた方へと向かって走り始める。

 手を離した後も槍状のものからは電流が流れていた。


「ここですね」

 胃の入り口にあたる部分が痙攣して開いたり閉じたりを繰り返している。

 それはあまりにも早く、ハンスが通り抜けるには間隔が短い。

「待てば収まるかもしれないけど」

 ただ待っていることはできず、ハンスは持ってきていた剣を手に取り、入り口近くの表面を切り裂いていく。

「これじゃ意味がないか……」

 ハンスの持っている剣では小さすぎ、切り傷を付けられるだけであった。

 切り付けていると、痙攣が収まり筋肉が緩んだのか、ぽっかりと入り口が開く。

(あれ? 入り口が開いたままに? ということはモンスターは意識を失ったか死んだのかな?)

 ハンスは手を止めてモンスターの状態を考えていた。


 内側から通れるのであれば、外側からも通れることになる。

「……この音ってまさか?!」

 ハンスが聞いた音は、外から流れ込んでくる水の音であった。

(このままここを通っても水に押し戻されるだけか)

 入り口の正面を避ける様に移動するも、モンスターの姿勢が変わったのか胃の入り口から反対側へと落下する。

「なっ?!」

 ハンスが落下している中、なだれ込む海水がハンスをかすめて流れ落ちる。

 かすめているものの、勢いが強くハンスは巻き込まれて溜まった海水の中に落ちてしまう。

「ああ!」

 その時に手に持っていた剣を手放してしまう。

「あぶなかった……でも剣が……」

 溜まった海水から顔を出して呼吸を整えると、見えない足場を使って這い上がる。


「ここから出るなら入り口まで水で満たされてからですかね」

 状況からして胃の入り口から海水が降り注いでおり、そこの勢いが収まらない限り、出るのは難しいであろうとハンスは考えていた。

「いったい僕は今、どんだけ深い場所に沈んでいるんでしょうか」

 胃が満たされるまでの間にできたつかの間で、ハンスは外の様子について気になっていた。

「抜け出せたとしても息が持つかわからない……それに、ここにいてもいつまで息ができるか」

 ハンスが弱音を吐いていると、胃に海水が満たされるまでそう時間が掛からない所まで増えてきている。


「……もうそろそろですね」

 入り口付近で陣取り、抜け出す瞬間を待っている。


 大きく息を吸い込み、モンスターの胃に海水が満たされる。

(よし! 今なら!)

 勢いの弱まった入り口を通り、外へと向けて泳ぐ。

 道中細い道を通り抜けると、大きく開いた場所へと辿りつく。

(開けた場所に出られた!)

 ハンスのいる場所は、モンスターの口に当たる部分であった。

(かなり深い……)

 ハンスの見上げた先には、かなり遠くで海面が光を浴びて煌めいていた。

(魔法で……とにかく上に! 水も空気を動かす要領でなら!)

 ハンスは魔法を使って大気操作の要領で水流を操作して勢いに乗って海面を目指す。


 海面を照らす光がハンスにも届く所まで上がってくると、ふとその光に照らされた手を見てハンスが気づく。

(あれ? 模様が消えてる……?)

 模様が消えていることに気づくも、ハンスは海面に上がろうと急ぐ。


 だが、突然ハンスに強烈な疲労感に襲われる。

(なんで……今……? このまま……じゃ)

 そんな状態では、魔法を使うことができず勢いが衰える。

(息が持たない)

 薄れゆく意識の中、海中で、光るものが近寄ってくる。

(あぁ……あれは、エルヴィラ……さん)

 ハンスは、何かにぶつかる音と共に、意識が途切れる。


 *****


 そしてハンスは、何もない空間に大きな樹が聳え立つ空間で目を覚ます。

「ん、あぁ……またここに来たんですね」

 周りを見渡していると聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「約束を守ってくれたんだね。私のことは覚えているかな?」

 ハンスは頷くと、樹の名前を聞き取れていなかったことを正直に話す。

「はい。でも、貴女の名前は聞きそびれていました」

「そうよね、ぎりぎりだったもの。改めて名前を教えるね、私は、スクルドよ」

 大きな樹はスクルドと名乗っていた。

「スクルドさん、よろしくお願いします」

 ハンスはにこやかに挨拶を交わすと、スクルドが本題に入る。

「じゃぁ、誰を直そうか」

 その問いかけにハンスは真剣な表情へと変わり、すぐに返事をする。

「では、シャルロッテ・ローデンヴァルトという方をお願いします」

 カルラに言われ、ハンスなりにこの5日間で考えた結果であった。

「ほんとにその人でいいんだね?」

「はい」

 スクルドは念を押して確認してくるも、ハンスは頷き返す。

「じゃあ、直すからその人のことを思い浮かべてみて」

「え? あ、はい」

 スクルドに言われるがまま、ハンスはシャルロッテのことを思い浮かべる。


「はい、これで直ったよ」

 スクルドは、シャルロッテの負傷が治ったことを告げる。

「ありがとうございます、スクルドさん。それで他の人も治してもらいたいなら何をすればよいですか?」

 ハンスは礼を言うと、他に手伝えることがないかと尋ねていた。

「ほかに? そうね……この大陸の南の方にも最近魔力を横取りするやつが現れたね。しかも2体いるかも?」

「もし、その2体を今回と同じように横取りできなくしたら、2人を治してもらうことはできませんか?」

 ハンスはスクルドの言葉に食いつく様に交渉していた。

「ん? いいよ、それで」

「あ、ありがとうございます」

 あっさりと答えたスクルドにハンスは拍子抜けしてしまう。

「南……ですか」

 ハンスは次の目的地である南にどうすれば行けるかを考えていた。


 しばらく沈黙が流れた後、スクルドが約束の確認をする。

「約束は、南にいる魔力を横取りする2体を倒したら、2人直すってことでいいかな?」

「はい、それでお願いします」

 ハンスが答えていると、またしても意識が薄れ始める。

「スクルドさん、ここに来るにはどうすれ……ば?」

「ここに? 意識を失えば来れるんじゃないかな」

「そう……ですか…」

 返事をしているとハンスは意識が遠のいていく。


 *****


 意識を取り戻したハンスは、どこかに寝ころんでいる感覚と、手を誰かが握っているような感触に気が付く。

「う……ん、ここは?」

 顔だけを動かして周りを確認すると、そこは最近過ごしていたエルヴィラの建物の一室であった。

「ん、あ、ハンス! 目を覚ましたのね! よかった……」

「シャル……さん?」

 寝息を立ててハンスの手を握っていたシャルロッテが起きたことに気づいて目に涙を浮かべていた。

「おはよう、シャル。 えっと……うん?!」

 上体を起こしてシャルロッテに挨拶を交わそうとシャルロッテに声を掛けていると、いきなりシャルロッテがハンスに抱きついてきた。

「ほんとによかった……」

 耳元でささやくシャルロッテの声は、今にも泣きそうなほど声が震えていた。

「僕はもう大丈夫ですから」

 ハンスは声を掛けながらシャルロッテが落ち着くのを待っていた。


 しばらくしてシャルロッテがハンスから離れ、いつも通りのシャルロッテへと戻っていた。

「もう大丈夫……ありがとう、ハンス」

 その様子を見たハンスは、今の状況について尋ねる。

「僕は……どれだけ寝てましたか? それにあのモンスターはどうなりましたか?」

「いつもの口調ね……まぁいいわ。 あのモンスターが死んだって聞かされてから3日は立ってるわ。だからあなたは少なからず3日は寝ていることになるわね」

 シャルロッテは不服そうにしていたが、ハンスが3日は寝ていたことを伝える。

「何か……はっきりとはしてないんですね」

「私だって意識が戻ったのが3日前なの! ハンスがここにいるって聞いてすぐにここに来たからあまり詳しくないの」

 ハンスが細かなことを気にしていると、シャルロッテが怒ったような声を上げたかと思うと、少し赤くなった顔を反らして答えていた。


 そんなやり取りをしていると、玄関の扉が開く音がしたかと思うと、2人の声が聞こえてくる。

「ああ! 疲れたあ! なんで私がここまでやらなきゃいけないのよ」

「まぁまぁ、これが終ればゆっくりできますよ。きっと」

 その2人はエルヴィラとローマンであった。

 帰ってくるや否や自分の寝床へと倒れ込むエルヴィラ。

「じゃぁ、もう寝るから。おやすみ」

「そうですか。おやすみなさい、エルヴィラ」

 そう言って彼女はすぐに寝息を立てて寝てしまう。


 その声につられてハンスとシャルロッテは、ローマンの元へと歩み寄る。

「ローマンさん」

「あ、ハンスさん。起きられたんですね」

 ハンスが起きてきたことに気づいたローマンはにこやかに返事をしていた。


 それからハンスとシャルロッテは、ここ数日の出来事についてローマンから詳しく聞くことになる。

 その内容は、ハンスを海中から救出しエルヴィラの建物へと運び、その日のうちにモンスターを海中から拾い上げるためにエルヴィラを筆頭に動いていたことと、シャルロッテが木の繭に包まれて、病院が大騒ぎになり、ローマンが手を尽くして収めたりしていたことを話してくれた。

「――――ということがありまして、今日は私はエルヴィラの手伝いであのモンスターの調査をしていた所です」

「なるほど……でもエルヴィラさんがわざわざ自分から動いたとは思えませんね」

 ハンスの知る限り、エルヴィラが自分から動くとは思えず、口に出してしまう。

「それは、私が頼みました」

「あーそれなら納得です」

「ええ? そんなに仲がいいの?!」

 ローマンが頼んだということを聞いてハンスは納得してしまう。だが1人、性格までよく知る仲であることに驚きを隠せない人物がいた。

「ちょっとハンス! ここで何をしてたの?!」

 シャルロッテが食い気味にハンスに問い詰める。

「ここでですか? えぇっと……」

 ハンスはどこまで話していいのかを視線でローマンに尋ねると、小さく頷いていた。

「5日ぐらいここで魔術(スペル)について教えてもらってました。あとは地下で潜水艇の修理を手伝ったり……」

「え、ちょっとまって! スペ…ル? せんすいてい? って……」

 ハンスの説明には、聞きなれない単語があり、シャルロッテは眉をひそめて戸惑っていた。

「そのことについてですが、私から説明しますね」

 そう言って説明を買って出たローマンがシャルロッテに説明する。


「そんなことがあったのね。でも魔術(スペル)についてはぜんぜんわからないわ」

 説明を受けたシャルロッテではあったが、魔術(スペル)については理解が追い付かなかった様子であった。

「そこは追々ハンスさんに教えてもらってください」

「そうね、お願いねハンス」

「はい……」

 ローマンがなげやりに説明をハンスへと押し付ける。


「ハンスさん、シャルロッテさん、今日はこれからどうしますか? もう日が暮れてしまっていますが……」

 ローマンは話題を反らして今日の予定について尋ねていた。

「もう日が暮れているならやることはなさそうですね。ですが、明日以降に行きたい場所があります」

 ハンスが、ついでに南の国に行きたいということを伝える。

「南の国……ですか。できるだけ早く行ける様に手配してもらいましょうか。ですが、早くても1か月はかかるかもしれないですね」

 ローマンは険しい表情をしているものの、手配自体はしてくれるとのことであった。

「そんなにかかるんですね」

 ハンスが肩を落として残念がっていると、ローマンがなぜ行きたいのか尋ねてくる。

「そんなに急ぐということは、やはり樹に関わりがあるということですね」

「はい、今回話していた内容は――――」

 ハンスがスクルドと話していた内容を話す。


「状況は分かりました。それに名前まで教えてもらえるなんて、仲良くなっているみたいですね」

 ローマンはハンスから聞いた話を眉をひそめて整理していた。

「すぐに手配するにしても時間はかかりますし、明日は私に付き合ってください。シャルロッテさんも」

 整理を終えたのかローマンは明日の予定をハンスとシャルロッテに提案してきた。

 それを聞いたハンスとシャルロッテは顔を見合わせると、ハンスが承諾していた。

「はい、分かりました」

「では、明日の朝迎えに来ますね」

 ローマンはハンスの返事を聞くと一言だけ残して建物から出てどこかに立ち去ってしまう。


「僕は身体を水で流してきますね」

「私は寝床を用意しておくわ!」

 2人残されたハンスは身体を洗うために別室へ向かい、シャルロッテは寝床を用意すると言ってハンスの寝ていた部屋へと向かう。


「やっぱりそうなりますよね……」

 ハンスが身体を洗い終わり寝ていた部屋へ帰ってくると、床に1組の寝床が用意されており、そこに枕が2つ並べられていた。

「ほら早く来なさいよハンス」

 シャルロッテに導かれるがまま、ハンスは寝床へと潜りこむ。


 それからハンスとシャルロッテは、他愛のない話をしながら夜を明かす。

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