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星の魔力と探究者  作者: 早宮晴希
第1章 学園生活編
14/29

#14 港街④

「ふあぁああ」

 大きなあくびをしてベットから上体を起こす。

 久々に力仕事をした身体は節々が痛み、のびをするのも一苦労であった。

「う~ん……」

 さえない眼差しでいつもの部屋を眺めていると、自分とあまり変わらない背丈の子供が短い黒髪を揺らし、何かを持ってはうろうろとしている。


「あ、やっと起きたんですね」

 起きたことに気づくと、持っていたもの置き、駆け寄ってくる。

「エルヴィラさん、おはようございます」

「おはよう、ハンス……」

 ハンスと挨拶を交わし、のろのろとベットから降り、ひとしきり身体を伸ばすと軋む身体を労わりながら作業用の椅子へと座りなおす。


「あれ……? なんかいつもと違うような……」

 普段であれば、椅子に座るだけで何かしら机にあるものが落ちるのに今日に限っては何も落ちることがなかった。それよりも机にあるものが明らかに少なくなっていた。


 先ほどまでのハンスの行動から、机の整理までしてくれていたのだろうとハンスに礼を述べる。

「この机の整理までしてくれたのかい? すまないね、ありがとう」

「いえいえ、止めていただいたお礼です。ですが、勝手に触ってよかったでしょうか……? 一応、煩雑になっていたものを整理した程度ですが……」

 軽く頭を下げたハンスは、頭を上げると不安げな表情をしてエルヴィラを見ていた。


「まぁ……そうだな、これぐらいなら問題ないよ」

 エルヴィラは、机や周りを改めて見直すと、整理されてはいるものの、特にわずらわしさを感じなかった。

「よかったぁ」

 ハンスは、安堵の表情を浮かべている。


 ハンスが昨日までとは違い、どこか上機嫌に見えたエルヴィラは、気になって尋ねる。

「何かいいことでもあったのかい?」

 ハンスは、慌てて顔を引き締めると、恥ずかしそうに答える。

「顔に出てしまっていましたか、すいません。あのモンスターを倒すための足掛かりを掴めたかもしれないので」

「そう? それはよかったね」

 他人事のように答えるエルヴィラは、作業途中であった机へ向かい合う。

 それからハンスは、部屋の隅に置かれた椅子に座り、独り言をつぶやきながら考えに耽っていた。


 しばらくして、ローマンが戻ってくるとハンスに聞いてきた内容を伝える。

 それは概ね、ハンスの期待していた通りの内容であった。

「毎回同じ時間帯の可能性が高いんですね」

「ですが、まだ2日分しか分かっていません。なので確証を得るにはもう少し時間が欲しいですね」

 確証を得るにはまだ足りないと話すローマンに、ハンスはどれぐらい必要なのか尋ねる。 

「むぅ、そうですね……ローマンさんとしては、どれぐらい確認しておきたいですか?」

「あと5日もあれば、少なからず確定でしょう」

「5日ですか……少し考えさせてください」

 それを聞いたハンスは、何から始めようかと悩み始める。


 少しの間を置いてローマンからハンスに5日間の予定について提案する。

「ハンスさん、私とエルヴィラから新しい魔力の使い方について教わってみませんか?」

 聞き耳を立てていたエルヴィラは作業を止め、息をひそめる。

「新しい魔力の使い方……ですか?」

「はい、簡単な話、ユーリアが使っていたもののを簡単にしたものです。何せ私達もあそこまで使いこなせませんからね」

「―――っ! ぜひお願いします!」

 ローマンは目を輝かせたハンスの圧に押され、引き気味に準備必要であることをハンスに伝える。

「ハンスさん、教えるにしても少し時間をください。その間、カルラさん達のお見舞いに行ってきては?」

 そうしてローマンに地図と部屋の番号が書かれた小さな紙を渡される。

 それを受け取ったハンスは、カルラ達の見舞いへと向かう。


「そんなに息をひそめてもだめですよ、エルヴィラ」

「はぁ……だめか」

 エルヴィラは、大きなため息とともに机にうな垂れる。


「この部屋ですね」

 ローマンから渡された小さな紙を頼りにカルラ達のいる部屋へとたどり着く。

 部屋に入ると薄暗く、その部屋は静まり返っていた。

 手前から順番にベットへと視線を送ると見知った人達が寝息を立てている。一番奥へとたどり着くと、いきなり声をかけられる。

「ローマンさん?」

「違いますよ、姉さん」

「無事だったんだね」

 声の聞こえたベットへと近づき、ハンスが返事をする。

 そこには、手足を動かせないように石膏で固められているカルラの姿であった。


 ベットの傍にあった椅子へと座るハンスに顔だけ動かして話しかける。

「いつもは一番遅くに起きてるのにこんな時だけ、早くに目が覚めるなんてね」

 冗談めいた言葉を隣のベットへと視線を向けてカルラが発する。いつもであれば、そんなことを言えばミアがいつも返事をしていたが、今は眠ったままであった。

「笑えないです。その状態で言われても」

 実感のなかったハンスはカルラの様子を見て無力であったを思い知る。相手が本気であれば、殺されていてもおかしくなかったことをハンスが一番理解していた。

「ふふ、いてて」

 困った表情のハンスが面白かったのか、カルラが笑うと痛そうにしていた。

「ごめんなさい、僕があの人を止められていたら……」

「仕方ないわよ。相手が悪かったとしか言いようがないし、生きていただけましよ」

 謝るハンスにカルラは険しい表情で返すとハンスは口をつぐむ。


「それで? やることがあるんじゃないの? こんなところにいていいの?」

 座ったまま話さず座り続けるハンスにカルラが問い詰める。するとハンスは、例え話を始める。

「その……もし、例えば、僕が1人だけ傷を治すことができるとしたら、僕は大切な4人の内の誰を治せばいいと思いますか?」

「なにそれ? うーん……」

 カルラは困った表情で考え始めると、ハンスへと返事をする頃には、真剣な表情で返事をしていた。

「大切な人って言ってるけどちゃんと考えてる? そんなことができるなら、私だったらミアを治すわ」

「それは……なぜですか……?」

 1人を選べることにハンスは戸惑い、カルラに問いかける。

「私にとって一番必要だと思うからよ」

「でも……みんなが―――」

「守れなかったからこうなってるんでしょ? ならそれを受け入れなさいよ」

「……」

 ああだこうだと言うハンスにしびれを切らしたカルラは、強めの口調で割り込むと、ハンスは俯いて押し黙る。


 そんなハンスを見たカルラは立ち去る様に圧をかける。

「ちょっと! 話す気がないなら出て行って!」

「は、はい」

 カルラに言われるがまま、重い足取りで部屋を去ろうとすると背後から声がかけられ、足を止める。

「しっかり考えなさいよ」

「―――っ!」

 ハンスは、その言葉に振り向くことも答えることもできず、止めた足を再び動かす。


「ふぅ……」

 ハンスが立ち去り、大きなため息をつくカルラは不意に話しかけられる。

「うれしいこと言うじゃない」

「え? ……ミア? いつから起きてたの?!」

 声のする方向へ慌てて視線を向けると、寝ていたはずのミアと目が合った。

「ハンス君が来たあたりかなぁ」

「それならハンスがいる間に声をかけてくれたらよかったのに!」

 カルラはうれしいやら恥ずかしいやら複雑な感情を抱いてミアに文句をつける。当のミアは、嬉しそうに返事をする。

「いやぁ、気になるじゃない? 姉弟で何話すんだろう?って。 そしたらまぁ……良いものが聞けたわけですよ」

「もう!」

 そう言って口元を膨らませ、背を向けようとするも寝返りが打てず、仰向けのままカルラは目を瞑り、寝たふりをする。

「はいはい」

 ミアもそれ以上は無理に話すことはせず、同じように目を瞑る。


 見舞いを終え帰宅するハンスは、すれ違う人々が距離を置くほどの暗い空気を纏わせ、ローマンとエルヴィラの待つ建物へと戻る。


 *****


「ふぅ、いったんはこれで何とか出来るでしょう」

 ローマンとエルヴィラは着々と準備を進めていた。

 エルヴィラの住む建物に併設する形で雨避けを設置しその中に机と椅子、黒板が用意され、学習部屋が作られていた。

「こっちもできたよ」

 そうエルヴィラが言う足元には、石の板が地面に敷かれている。

「ありがとうございます、エルヴィラ」

 エルヴィラに礼を言いながら石の板の具合を確認していると、エルヴィラは不思議そうに尋ねる。

「これを使って練習するんだろう? それにしてもこんな大きさ要るのか?」

 その大きさは、大柄な大人が寝ても余りある大きさをした石の板であった。

「うん、大丈夫そう……。これですか? 私の願望とでもいいましょうか、これぐらいまで使える様になってほしいと」

「そーかい。あんまり家の周りで目立つことはやめてくれよ? ただでさえ、頭のおかしいやつが住んでるみたいに思われているんだから」

 ローマンは石の板の具合を確認し終えると、エルヴィラの疑問に答えると、エルヴィラは不満そうに文句を言っていた。

「大丈夫ですよ。この規模のものを使えば、種類によっては跡形もなくなりますから」

「それは大丈夫とは言わないから! はぁ……」

 エルヴィラは呆れて天を仰ぎながらため息をついていた。


  しばらくして、学習部屋にある椅子に2人して腰かけてハンスの帰りを待っていると遠くに小さな人影が現れる。

「やっと帰ってきたようね。でも……出て行った時より落ち込んでない……?」

 ハンスがとぼとぼ歩く姿を見てエルヴィラは声を漏らす。

「現状を知ったのですから当然でしょう。ただ、これが功を奏せばいいのですが」

 ローマンはこうなることを分かっていた様で、驚いてはいなかった。


 ハンスが建物に近づいてきた頃、エルヴィラが呼びかける。

「おーい! ハンス! こっち!」

 それに気づいたハンスは、不思議そうな表情をして駆け寄ってきた。

「これは一体……?」

 ハンスが辺りを見渡していると、ローマンがにこやかに答える。

「ここがハンスさんに教えるための場所です。さすがに家の中だと危険なので外に作りました」

「そうなんですね。ありがとうございます、ローマンさん、エルヴィラさん」

 2人に礼を述べるハンスは椅子に腰かけていた。


「時間も限られていますし、さっそく始めましょうか。ですが、その前に……」

 ローマンがそう言って荷物から1冊の本をハンスへと渡す。

「これは……? 確かに必要ですね。ありがとうございます、ローマンさん」

 ハンスが本を捲ってみると、その本は白紙であった。だが、その意味を理解したハンスは、ローマンに礼を言って、机に置かれていたペンを握る。

「では、ハンスさんへ教えるにあたって今後の予定を伝えますね。まず、教えるのは朝から夕方までで、私かエルヴィラが教えます。夜は、自由にしていてください」

「分かり?……ました」

 ローマンが説明していた予定に疑問を抱く。時間が限られているわりに、夜は自由にできるという。でもそれは、ハンスにとって都合がよかった。

(と、いうことは、夜は教えてもらったことを復習することができますね。それに、疲れないなら休みなく練習できますし)

「ある程度必要な部分だけ抜粋してお伝えすることになると思います」

 ローマンはそう言って黒板の前へと陣取る。

 エルヴィラはハンスの隣で、頬杖をついて聞いていた。


「では、まずは私たちが使う魔術(スペル)についてお話します」

 ローマンはそう言って黒板に模様を書き記すハンスに説明を始める。

魔術(スペル)とは、ハンスさん達が使うような魔法を決まった形式で使える様にするためのものと思ってください」

「決まった形式……ですか?」

 ハンスは本に書きながら、疑問に思ったことを尋ねていた。

「見てもらった方が早いですね」

 ローマンは石の板の上で黒板に書く様に模様を描き始める。

「この魔術(スペル)に魔力を送ると魔法が発生します」

 模様の近くに手を置くと、書かれた模様が青白く光り始め、その上に小さな炎の柱が現れる。

「これが魔術(スペル)……!」

 ハンスはその様子を食い入るように見入っていた。

 ローマンが石の板から手を離すと模様が徐々に光を失うと小さな炎の柱が小さくなり、終いには消えてしまう。

「ここからが魔術(スペル)のいいところです」

 そう言って同じように手を置くと、同様に小さな炎の柱が現れる。

「そうなんですか?」

 あまりピンと来ていないハンスにローマンが加えて説明をする。

「ハンスさんからすると簡単なことかもしれませんが、同じ魔法を同じ威力で同じ魔力量で使うのは難しいものです。ですが、この魔術(スペル)では、必ず同じように使うことができます」

 その説明を受けて考えたのちに、ローマンへと質問していた。

「それって……難しい魔法も魔力量さえなんとかできれば、誰でも使えるということですか?」

 ローマンは小さく頷くと、ハンスは本に書き込んでいく。


「これが魔術(スペル)というものです。 魔術(スペル)を構成するものが中枢(コア)(コード)接続(リンク)とありますが……まずは中枢(コア)からですね。中枢(コア)の役割はですね、魔力を受け取ることと魔力を貯め込むことができることです。これが壊れるのは魔術(スペル)にとって致命的です」

 そうして、ローマンから魔術(スペル)の基礎について教えてもらうこととなる。そして、その話が終わる頃には辺りは暗くなり始めていた。


「ありがとうございました、ローマンさん」

 ローマンに礼を述べると軽く返事をした後に、明日に支障が出ないように注意を促していた。

「この後、復習するのもいいですが、ほどほどにしておいてくださいね。明日も朝から教えるので」

「そうなんですが……」

 建物に入ろうと動き出していたローマンに何か言いたげにハンスが声をかける。気になったローマンは、ハンスへと向きを変える。

「何か……?」

 ハンスは、ローマンに身体の変化について伝える。

「そんなことが……!」

 ローマンも驚いた表情をしていて、何やら考えている様子であった。

「ローマンさんも知らなかったんですね」

「はい、傷が治ることは知っていましたが、その後すぐ別れたので身体に変化が出ることは気づきませんでした」

 ローマンは悔しそうにハンスの問いかけに答えていた。

「でも無茶はしないでくださいね。何が起こるか分かりませんから」

 ローマンはそれだけ伝えると建物へと歩きだした。

(夜通し復習するぐらいなら大丈夫でしょう)

 ハンスは眠らなくていいことを利用しようとしていた。


 次の日から朝から日が落ちるまでローマンが教え、夜は1人で復習するという3日間を過ごす。


 そして4日目からは、ローマンではなくエルヴィラから教わることとなる。

「ここからは、私が教えるからね」

「よろしくお願いします、エルヴィラさん」

「じゃぁ、大体教えてもらったみたいだし、実際に学んだことを使ってみようか。ついて来て」

 始まりの挨拶を交わした後、すぐに始めるかと思われたが、エルヴィラは別の場所へと案内され、言われるがままハンスはついていく。


 エルヴィラは普段作業している部屋へと向かうと、壁にある窪みにポケットから取り出した青白い光を放つ透明な石をはめ込んだ。

 その様子を見ていたハンスは、首を傾げて声を漏らす。

「それは……?」

「ん? これか? 魔石って呼んでる石だよ」

 エルヴィラが返事をしていると、壁にはめ込んだ石から壁に沿って青白い線が伸びる。すると、壁が動き出し、奥に空洞が現れる。

「この先が私本来の作業場さ」

 空洞には下る階段があり、ハンスを先に行かせ、エルヴィラは壁にはめ込んだ石を取り外し、ハンスの後を降りていく。

 戸惑いつつもハンスがついていくと、空洞には炎の灯りとは別の光源が天井から照らしていた。

 立ち止まって見上げているハンスにエルヴィラが声をかける。

「それが気になるかい? 昔の技術を使った照明ってやつでね。電気を使って明るくしてるんだ」

「照明……? 電気で……?」

「そこからか。あとで教えるからまずはついて来て」

 エルヴィラがめんどくさそうにため息をつく。

 しばらく階段を下っていくと、錆びた鉄の扉に突き当たる。


 甲高い耳障りな音を立てて扉が開いていく。


 扉の先には、陽の光も閉ざされていて、造船場に似た造りをしていたが、作業場と呼ばれる一角とその道中だけ木材で補修されていて、その他は所々朽ち果てていて、歩くこともままならない状態であった。


「あれは……?」

 ハンスが、ひと際目を引く造船場で見た船より大きな朽ちた何かを指さしていた。

「あれか。あれは、潜水艦って言われるやつだったらしい。今はただの鉄の塊だけどね」

 朽ちた何かの説明をしていると、作業場へとたどり着く。

 その作業場には、魔術(スペル)が刻まれた台がいくつかあり、それぞれに石がはめ込まれていて、説明が書かれているであろう紙が貼られていた。


「ここに座って」

 そう言って2つ椅子を手に取り、1つをハンスに差し出して、向かい合って座る。

 座るとエルヴィラは、道中説明していなかったことを説明し始めた。

「まずはこれかな」

 そう言ってポケットから青白く光る石を手に取ってハンスに見せる。

「これは、さっきも言ったけど魔石と言って、魔力を生み出し貯め込む石かな」

「初めて見ます」

 まじまじとハンスが石を眺める。

「そうだろうね。魔術(スペル)を使わないならいらない石だからね。鉄は持って帰ってもこれは捨てられてるんじゃないかな」

「その魔石はたくさん採れるものですか?」

「私が探して今までで十数個見つけたぐらいだね」

「それは……貴重なものなんですね」

 ハンスは手に持っていた本に聞いたことを書き記していった。


 それからエルヴィラは、魔石を使って電気を作っていることや、昔の技術を発掘していることなど、エルヴィラはこれまでの経緯について話してくれた。

「―――ということがあったわけだけど、ここからが本題でね」

 そう言ってエルヴィラは席を立つと、どこからか所々破れた紙を取り出してきて、机に広げる。

「これはあそこにある潜水艇の設計図でね」

 エルヴィラが先ほどの朽ちた何かとは別の吊るされた継ぎ接ぎだらけの鉄の塊を指す。その見た目は、太った魚にも見えるがハンスは何かわからず首を傾げていた。

「せん…すい…てい?」

 ハンスは眉をひそめて広げられた設計図を覗き込む。

「知らない素材とか作れないものが多すぎてこれ通りにはもう無理なのよね。だから……」

 どこか悔し気にエルヴィラは話している。

魔術(スペル)で代用していかないといけない。その手伝いを頼みたいの」

 エルヴィラはハンスに手伝いをお願いする。

「分かりました、手伝います」

 その日は、エルヴィラから現状の説明を受け一日を終える。


 翌日、エルヴィラはゆっくりと上体を起こし、目を擦りながら周りを見渡す。

「う……ん?、どれぐらい寝てた……?」

 その場所は、外からの光が届かず、どれぐらい寝ていたのか定かではなかった。

 そのため、事前にローマンに昼頃に尋ねてくれるように頼んでいる。

「ローマンが来ていないとすると……まだ昼ではないか」


 夜通しで起きていたハンスは、机に置かれた紙の潜水艇に組み込む予定の魔術(スペル)を指でなぞっては、本に何かを書いてを繰り返していた。

「うーん……ここをこうすれば……いや、でも、これなら」

 そんな様子のハンスに、エルヴィラは挨拶を交わし、何をしているのか尋ねる。

「おはよう、ハンス。 それは何をしているんだい?」

「おはようございます、エルヴィラさん。 これはですね、組み込む予定の魔術(スペル)を改良できないか試していました」

 エルヴィラに気づいたハンスは挨拶を返し、魔術(スペル)を改良をしようとしていたことを伝えると、寝起きで眠たげだったエルヴィラは一気に目が覚める。

「もう、そんなことまでできるのか! 改良はできそうか?」

 その反応に戸惑いつつもハンスは経過を伝える。

「えぇっとですね……、これとこれとこれについては、一つの魔石で動かせると思います」

 それぞれの紙を手に取ってエルヴィラに見せると不思議そうに首を傾げていた。

 それらは、潜水艇にとって大事な照明、換気、推力に関するものであった。


「それは、どうやって?」

 説明するためにハンスは、自分の本に書いていた魔術(スペル)を見せる。

「これを見てください」

 本を手に取りその内容を見てみると、目を見開いて驚いていた。

「なっ?! ここまで複雑な……」

 途中まで言葉にしたが、その魔術(スペル)を読むために集中して言葉が途切れてしまう。

 それもそのはず、エルヴィラが作る魔術(スペル)を基準にすると、ハンスの作った魔術(スペル)は、その3倍もの大きさであり、複雑に(コード)接続(リンク)が絡み合っていた。それだけでなく、中枢(コア)を1つだけしか使っていなかったエルヴィラに対し、ハンスは複数の中枢(コア)を使っていた。

 しばらく読み解いていると、エルヴィラが本から視線を外し、ハンスに本を返す。

「だいたい分かった。でもそれだと魔石は1つじゃ難しいかもね。これは分けておいて」

 エルヴィラが推力に関する部分を指さし分ける様に伝える。

「なるほど、分かりました。すぐに書き換えます」

 それを聞いたハンスは、渡された本を机に置き、魔術(スペル)を書き直していた。


「そんな簡単に書き直せるようになったのか……」

 頭を抱えるエルヴィラは、感動を覚えると共に不安になる。

(魔法も使いこなせているみたいだし、魔術(スペル)も似たようなものなのか。私に教えられることなんて残っているのか……?)


「それでさっきは何を悩んでいたんだ? これとは別なんだろう?」

 出来上がったものを見せてきていたことに気づいたエルヴィラは、何に悩んでいたのか尋ねる。

「それはですね……この潜水艇には相手を攻撃するものがなさそうだったので、何か良い物がないかなといろいろ考えていました」

 あまりまとまっていないのか内容がざっくりとしていた。

「水中で魔法を放っても威力が出ないからね。かといって物理的なものを撃ちだしても似たようなものだしなぁ」

 ぶつぶつと独り言を言いながらエルヴィラは記憶を辿る。


 しばらく2人して考え込んでいると、不意に2人以外の声が聞こえる。

「こんにちわ、ハンスさん、エルヴィラ」

 2人して声のした方へと視線を向ける。

「ローマンさん!」

「お! 丁度いいところに!」

「はい?」

 ローマンを席に座らせ、事情を説明する。

 すると、少し考えた素振りを見せると、思いついたことを口に出す。

「そういえば……昔、私と2人で魚を取ったことがありましたよね。その時、槍状にしたもので魚を取っていたということを思い出しました」

「それだ! 思い出した!」

 エルヴィラは勢いよく席を立つ。

「昔見つけた資料の中に確か……捕鯨砲というものがあってな、大きな魚を捕まえて殺す武器があったはず」

「ほげいほう……?」

 ハンスとローマンは顔を見合わせる。


 エルヴィラは席を離れ、新たな紙を机に広げ、絵を描き始める。

「確かこんな感じの武器だったんじゃないかな」

 出来上がった絵には、槍状のものに紐がついており、それを何かで撃ちだしている絵が描かれていた。


「なるほど、これを作るとなると時間が掛かりそうですね」

 そうローマンが言葉を漏らすとエルヴィラも反応する。

「そうだろうね。ハンス! どうするんだ? 出来上がるのを待つか? それとも……」

「いえ、そこまでは必要ありません。僕が、その槍状のものをモンスターに撃ちます」

 エルヴィラの言葉を待たずにハンスが答える。

「ほんとに言っているのか? それなら、まぁ……明日の朝までにはできるとは思うが……」

 エルヴィラは困った表情をしながら答えるとローマンへと視線を送る。

「そうですね、ならエルヴィラ、すぐに鍛冶屋に頼むための設計図を作ってください。ハンスさんにはこの5日間の観察内容をまず伝えますね」

 ローマンがそれぞれに伝えると、エルヴィラは机に向かって設計図の作成に取り掛かる。


 そしてハンスは、ローマンの元で話を聞こうとしていた。

「では、あのモンスターの習性について伝えますね。5日間見ていた結果、陽が昇る朝方以外は海上に出てきていませんね。朝方に出てくる場所も毎回一緒です」

「ありがとうございます。なら、待ち伏せできそうですね」

 ハンスはローマンから聞いた内容に満足そうに答えるが、ローマンは不思議そうに首を傾げている。

「どうやって海の上で待ち伏せを……?」

「魔法で足場を作る感じです」

「なるほど。なら早めに武器を作らないといけませんね」

 その説明だけで納得したのかローマンは別の事を心配している。


 しばらくして、設計図の作成を終えたエルヴィラがローマンに設計図の紙を手渡す。

「はい、これ」

「では、これを鍛冶屋に持っていきますね。なるべく早く作らせてきます」

 受け取るとローマンは足早にその場を立ち去る。

「あぁ、お願いね」

 鍛冶屋を気の毒に思いつつも聞いていたハンスの待ち伏せについて問いかける。

「それでハンス、待ち伏せするのは良いけど帰りはどうするんだ? 泳ぐのか?」

「えぇっとですね……、自力で戻れたら一番いいですが、もしものために潜水艇で迎えに来てほしいです」

「なら、早く完成させないとね」

 そうハンスは心配そうに答えるとエルヴィラは一言だけ伝え、やりかけて終わっていた作業に取り掛かる。それを聞いたハンスも自身の請け負っていた作業へと取り掛かる。


 作業場の外では、陽が沈み始めた頃、作業は順調に進んでいたものの、エルヴィラの体力は限界に来ていた。

「ちょっときゅうけい! ハンスもこっちに来て休みなよ」

「え、でも……」

 疲れを感じていないハンスは切りが悪いのかエルヴィラの誘い受けるか迷っている。

「もうほとんど終わってるんでしょ? なら少しぐらい付き合いなさいよ。準備しておくから」

 そう言ってふらふらした足取りで休憩の準備を始めていた。

「分かりましたから! 座って休憩しててください、準備は僕がします」

 ふらふら歩く姿を見たハンスは渋々ながら休憩することとなる。


 しばらくローマンが買ってきていたお茶を啜りながら静かに過ごす。


「あの、エルヴィラさん」

「なんだい?」

 エルヴィラの休憩に付き合っていたハンスが魔術(スペル)のことで問いかける。

「今更かもしれませんが、なぜ潜水艇にはこの道具で魔術(スペル)を刻むのでしょうか? 初めに見せてもらったものは石に描いていましたよね?」

 ハンスは作業に使っていた先のとがった道具を手に持って見せていた。

 エルヴィラは手に持っていたカップを机に置き、ハンスの質問に答える。

「それはなぁ、水の中だと書いたものであれば一部が消えてしまうかもしれないからね。水と面している部分もあるから」

「それもそうですが……」

 それを聞いたハンスはまだ腑に落ちないのか険しい表情をしている。

「その……、刻む場合と描く場合で何が違うのでしょうか?」

 少し内容を変えた質問をハンスをするとエルヴィラは丁寧に答える。

「それらの違いは、さっき言ったみたいに場面によってというのもあるけど、魔力の消費に違いがあってね、同じものを刻む場合と描く場合で比べると、刻む場合の方が消費が多くってしまうの。まぁ、描く場合も描いた場所や描く物によっては似たようなものだけど……」

 それを聞いたハンスは持ってきていた本に書き込む。

「それはなぜ刻む場合の方が多く消費するのでしょう……」

 書き込み終えたハンスは眉をひそめてつぶやく。だがそれは、エルヴィラに問いかけるというよりは、自身に問いかけているようなつぶやきであった。

「一回考えてみなよ」

 エルヴィラはそれだけ答えると、机に置いたカップを手に取りお茶を啜っていた。


 休憩を得て元気になったエルヴィラは席を立ち、ハンスへと先ほどの考えていたことに答えが出たか問いかける。

「さて、だいぶ楽になったね。ハンス、答えはでたかい?」

「なんとなくですが……」

 自身なさげに答えるハンスであったが、その内容をエルヴィラは聞きたかったようだ。

「どんな考えに至ったか教えてよ」

「刻む場合は、その刻んだ場所へ水のように魔力を流すのかなと。そして消費が多いのは空気に直接触れるからとかですかね。あと描く場合ですが、描いた物にどれだけ魔力が送れるかで変わってくるのかなと考えていました」

 ハンスが答えている間、頷きながら静かにエルヴィラは聞いていた。

「なるほどね。大体そんな感じよ。刻むと空気中に魔力が流れ出てしまうし、描くと物によっては魔術(スペル)が使えなかったりね」

 ハンスの考えていたことが概ね当たっていたこともあり、エルヴィラは簡単に補足をすると作業を再開しよう動き出す。

「さぁ、作業を始めようか。さっきは内装だったから今度は外装だなぁ」


 残りの作業が終わる頃には夜も更けていた。

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