#13 港街③
「あら、あぶないわね」
魔女と呼ばれる女性はそう言いながら、フリッツの放つ魔法を避ける。
「ハンス! ハンス!」
血だまりの中に倒れるハンスへ駆け寄り、声をかけるもハンスは反応を示さない。
「このままじゃ……」
「ハンスさん達は私達に任せてください!」
そう伝えるローマンの後には、5人の武装した人物が控えていた。
ローマンが矢継ぎ早に5人へ指示を出すと、カルラ達やハンスを回収しようと動き始める。
(任せたからな……ローマン君)
「さぁ、もう逃がさんぞ、魔女ユーリア」
フリッツはユーリアを囲うように魔法を放ち、氷の壁を作る。
「貴方にそこまで追われるようなことをしたかしら?」
囲われている間もユーリアは、動くことなくフリッツに問いかける。
「あの時、お前が裏切らなければ……!」
「あー、あの時ね。でも先に約束を破ったのは、国の方なのよ? 何せ―――」
「そのことなら後でゆっくり聞いてやるから、大人しく捕まえられろ!」
「私の邪魔をしないでくれるかしら」
そんな話をしながらも、ユーリアへ向けて魔法を放つ。
ユーリアはハンスの時とは打って変わって、フリッツが放つ魔法に対して、相殺するように魔法を放っていた。
しばらく放ち合っていると、氷の壁に囲われたユーリアとフリッツの空間では、気温が徐々に下がり始める。
(そろそろか)
フリッツが一歩力強く踏み込む。
すると、地面に霜が降り始めユーリアへ向けて広がり、それを隠すようにフリッツは、魔法の放ち方を変える。
「いつまでこんなことを続けるのかしら? 貴方の魔力が先に尽きるわよ?」
ユーリアは、余裕な表情のままフリッツに話しかけている。
「じゃあ試してみるか? 魔力がどれだけ持つかどうか」
(数分しか持たんだろうけどな……)
フリッツも余裕の表情を見せるも、実際には魔力的余裕は残っていなかった。
「もっと賢い人かと思っていたんだけれど、私との差を理解できないなんて……」
残念そうな表情のユーリアの足元に霜が到達する。
(今だ!)
「捕まえたぞ! ユーリア!」
「―――あら、これでは逃げられないわね」
ユーリアは足元から凍り付いていることに気づく。
次第に凍り付く範囲が広がっていくも、ユーリアは驚いた表情はしたものの、慌ててはいなかった。
「でも残念、こんなことでは、私を捕まえられないわ」
そう言ったユーリアの手元にある本が捲れ、あるページが開かれると青白い光が溢れる。
「そんな……、これでもダメか……」
限界まで魔法を使ったフリッツは、疲労から膝をつく。
ユーリアの周囲から氷の壁が、急激に氷が解け始め水へと変わっていく。
「氷なんて脆いものを使っているから捕まえられないのよ。でも、ここまでできた褒美に良いこと教えてあげるわ」
「何をだ?」
ユーリアはフリッツへと近づき、耳元でささやく。
「この国の王様はね私を監禁して、子どもを作らせ続けようとしたのしようとしたの。不老の力が欲しかったみたいね」
「はぁ?! 不老だと? そんなのあるわけ……」
不敵な笑みを浮かべたユーリアは、フリッツの耳元から離れ、遠くで様子を伺っているローマンへと、視線を送る。
「嘘だと思うなら、君と一緒に来た、えーっと今は、ローマンだったかな? そいつに聞いてみるといい。彼ならきっと教えてくれるんじゃないかしら」
「なぜ彼が出てくる?!」
「ふふふ」
フリッツの問いかけに答えずに笑みを浮かべたまま、踵を返すと本を捲り始める。
「私はこれで失礼するわね」
ユーリアの手元の本から青白い光が溢れると、周囲に眩しい光を放つ。
「なっ?!」
その光にフリッツは手で遮りながら反射的に目を閉じる。
すぐに目を開けて周囲を確認するも、すでにユーリアの姿はなかった。
「くそ! 逃げられたか……」
地面を叩いて悔いていると、離れた場所からローマンの叫ぶ声が聞こえてきた。
「フリッツさん! こっちへ来てください! ハンスさんが!」
「何?! ハンスがどうしたんだ!」
慌ててローマンのいる場所へフリッツは足を運ぶ。
「何だこれは? 木……でできた繭か?」
「そんな感じかと、この中にハンスさんがいます」
ローマンは、フリッツが戦っていた間の出来事について説明をする。
「カルラさん、ミアさん、シャルロッテさん、テオさんは無事に街にあるギルドの病院へ運ぶことができました。ですが、ハンスさんだけ運ぼうとした際にいきなり……」
「そうか……これについて何か知っているのか?」
「はい、ですが、なんて説明をしたらいいのか」
ローマンはどう説明したらよいか迷っていると、フリッツは端的な問いかけをする。
「この中のハンスは、大丈夫かどうかだけ教えてくれないか?」
「大丈夫……とは言い切れませんが、無理やり助け出すよりは助かると思います」
ローマンは申し訳なさそうに答えると、フリッツはそれを信じるほかなかった。
「そうか、なら待つしかないようだ。それで、どれだけ掛かるんだ? 出てくるまでに」
フリッツは、無事であることを信じて待つことを選ぶ。
「はっきりとはわかりません。早かったら今日中かもしれませんし、遅いと数日……」
「なら、誰かがずっと見ていないといけないわけだな……」
フリッツが木の繭の近くで腰を下ろすとローマンも向かい合わせで腰を下ろす。
待つ間にユーリアから聞いた話をローマンへと伝える。
「ローマン君に聞きたいことがある。ユーリアから聞いた話だ」
「何を聞いたんでしょうか? フリッツさん」
「この国の王様に監禁されそうになったらしい、その目的は不老の力だとか」
フリッツの話を聞いたローマンは険しい表情へと変化していた。
「そんなことが……」
「それで、不老についてローマン君なら知っていると言っていたんだが、ほんとに知っているのか?」
その問いかけに少しの沈黙の間を置いてローマンが答える。
「……はい、知っている……というよりは、私もそうです」
「何……だと?!」
フリッツが目を見開いて驚いていると、ローマンは話を続けた。
「フリッツさんには私達の事を話しておきます」
「あ、あぁ」
驚いたままのフリッツへ、さらにローマンは追い打ちをかける。
「私とユーリア、そしてそこの建物にいるエルヴィラの3人は、200年間一緒に過ごしています。ですが、50年前に私達は、別れてそれぞれ生きたいように生きていました。その後からユーリアは王都にいたようですが、何をしていたのかは知りませんでした」
「200年間……に50年前って……」
「はい、僕達は250年は生きていることになります。ただ、この不老の力はどうして私達にあるのかは分かっていません」
そんな話をしていると、街の方から近づいてくる人影が近寄ってきた。
その人影がローマンの元へとやってくると、報告を始めた。
「ローマンさん、無事に4人運び終えました。ローマンさんの名前で預けています」
「報告ありがとうございます。では、他の4人と共に、次の指示があるまで彼女らの護衛を頼みます。」
「承知しました。では」
要件だけ済ませると、足早に街へと戻っていった。
「そういえば、彼らについて聞いていなかったな。何者なんだ?」
「彼らは私同様に学園長お抱えの人達です」
「ローマン君以外のいるんだな」
学園長に関心するフリッツにローマンはそれ以上そのことを聞かれたくないのか、あからさまに話題を変える。
「えぇまぁ。それはそうと、フリッツさんの奥さんのアルマさんは、このまま1人で家に居させるつもりですか?」
その話題を聞いた途端、フリッツの表情は青ざめる。
「あぁ……このまま、のこのこと帰ると怒られるだろうし……かと言って連れまわすのもどうかと思うからな……」
歯切れ悪く答えるフリッツは、その後もぶつぶつと1人で自問自答を繰り返していた。
日も暮れ始め、フリッツの独り言を聞き続けていたローマンが木の繭に変化が現れたことに気づく。
「フリッツさん、あれを見てください」
呼ばれて我に返ったフリッツはローマンが指さす先を見ると、木の繭にひびが入り始めていた。
「中から出てくるのか?」
「昔見たものと同じならおそらく」
2人して木の繭を眺めていると、ひび割れて一部が崩れ落ち、中から青白い光が溢れてくる。
「これは……?! 魔力と同じ光か?」
人が通れるぐらいに穴が開くと、フリッツが中を覗き込む。
「ハンス!」
すると中には、ぼろぼろの服を纏ったハンスが横たわっていた。
外に運び出し、フリッツが生死を確認する。
「生きているな……それにしても傷口がなくなって……なんだ?これは」
ぼろぼろの服の隙間から覗くハンスの体には、奇妙な模様が浮かび上がっていた。
「それは、後で話します。まずは、安静にできる場所へ運びましょう。ついて来てください」
「あ、あぁ」
ローマンに連れられ、ハンスを抱えたフリッツが近くにあった建物へと向かい始める。
コンコン。
海岸の近くにあった建物の扉をローマンが叩く。
返事を聞かずにローマンは扉を開け、入る様に促してくる。
「さぁ、入りましょうか」
「お、おい。いいのか?」
「はい、私の知り合いの家ですから」
「知り合いだからって……」
そんな話を建物の入り口近くで話していると、奥から声が聞こえてくる。
「誰だ?! 勝手に入ってくるやつは!」
「ほんとにいいのか……?」
「問題ありません」
奥から声の主がフリッツ達の前へと姿を現す。
長いぼさぼさの髪をした着古された膝ほどまである白い外套を纏う小柄な女性であった。
「早く立ち去らないと追い出すからな―――ってまたあんたか!」
「お久しぶりですね、エルヴィラ」
大きなため息とともにここに来た理由をエルヴィラは尋ねる。
「はぁ……。で、何しにきたんだ?」
「この子を寝かせる場所を貸してください。使っていない部屋がありましたよね?」
ローマンは要件を簡潔に伝えると、エルヴィラは戸惑った様子で問題の部屋へと視線を送る。
「いや、まぁ、使っていないけど……集めてきたもので一杯になっているというか……」
「そうですか、なら片付ければいいわけですね」
「そうだけど! あんたの片づけって―――」
エルヴィラの話を聞かずにローマンはその部屋へと向かい、服の袖をまくり、何やら準備を始めた。
「さて、大掃除を始めましょう」
そういうと両開きの扉を全開に開き部屋の中へと吸い込まれていった。
呆れた様子のエルヴィラは、物を強引に動かして寝かせる場所を作りフリッツにハンスを下ろすように伝える。
「はぁ……、じゃぁ終わるまでその子をこっちに寝かせといて」
「あぁ、分かった。すまない」
ローマンが掃除を始めている中、エルヴィラは、フリッツにカップを差し出していた。
「ほら」
「ありがとう。これは……?」
カップの中には温かい黒い液体が注がれていた。
「飲んだことない? コーヒーというやつだよ。まぁ苦いから飲めないかもね」
「……うっ、これは……ほんとに苦いな」
フリッツは恐る恐る口に含むと、険しい表情へと変わる。
「なぜこれを……?」
「ん? これしかここにはないからね。それに飲み慣れると、意外と気にならなくなるよ」
「はぁ」
フリッツはため息にもとれるような返事をしていた。ローマン同様、何かしら変わっている所があるのだろうと。
すっかりと陽が落ち、辺りが真っ暗になったころ、ローマンがひとしきり掃除を終えた様子で、フリッツ達の元へと戻ってきた。
「ふぅ、こんなものでしょう。幸い、ベットが一つありました。換気が済めば、そちらに移動させましょう」
「あんたねぇ……毎回掃除と言って外に物を放り出すのはよくないと思うよ」
「それを言うなら毎回よくわからないものを集めてくるのはやめてください」
「いやだからって―――」
「いやいや―――」
言い争っている傍でフリッツは、いまだに飲み切れていないカップの中身と格闘していた。
(こんなの飲み慣れれるのか……?)
意を決して残りを飲み干すフリッツ。
(ふぅ……好んで飲みたいと思わんな。それにいつまで言い争っているんだ?仕方ないな……)
「何やってるんだ2人とも」
ふと我に返ったフリッツが、言い争っている2人を仲裁する。
「はぁ、毎回こいつが……」
「ふぅ、それはエルヴィラが……」
「そこまでだ。ローマン君、捨てるならちゃんと処分すること。それにエルヴィラさん、捨てられたくないならきっちりと整理すること。いいね?」
「はい……」
「分かりました……」
フリッツに仲裁され、2人とも大人しくなった所で、エルヴィラに礼を伝える。
「改めて、エルヴィラさん。部屋を……ベットを貸してくれてありがとう」
「まぁ、強引にだけどね」
ローマンを睨んでエルヴィラが答えていた。
「あんたが言っていた例の子供ってもしかしてあの子?」
エルヴィラがローマンへと尋ねると小さく頷く。
「はい、ユーリアに狙われて負傷していました」
「え?でも怪我なんて……もしかして!」
よく見ていなかったハンスの身体をまじまじとエルヴィラが確認する。
「やっぱり、あの模様ね。この子も選ばれたの?」
「そのようです。元々魔力を多く持っている子ですから」
「ちょちょっと待ってくれ! 私にもわかる様に説明してくれないか?」
エルヴィラとローマンの話についていけなかったフリッツが割り込んで説明を求めていた。
「そうですね。どこから話しましょうか……」
ローマンが悩まし気に考えていると、エルヴィラが答える。
「簡単に言うと、この大陸の真ん中にある大きな樹に興味を持たれたってこと」
「えぇっと……?樹に興味を持たれるってなんだ?」
「それ以上は本人に聞かないとわからないね」
「そうなのか……、それになぜ真ん中に大きな樹があることを知っているんだ? あの壁を上ったのか?」
「だいぶ昔にね。これ以上はあっちに聞いて」
それだけ答えると、エルヴィラはローマンが話すのを待つように促してきた。
考えがまとまったのかローマンが説明を始めた。
その内容は、フリッツが知る歴史とは若干違っていて、大きな樹にまつわる部分が含まれていた。そして、過去にハンスと同じように木の繭に包まれた人を3人見たという。
「そんなことがあったのか……。それでその3人はどうなったんだ?」
ハンスと同様の状況にあった3人についてフリッツが興味を示す。
「3人の内1人は、死んでいます」
ローマンが答えると、フリッツは驚いた表情で冗談めいた口調で話す。
「おいおい! そんなのでよく大丈夫だと言えたなぁ」
「確信があったわけではないですが、その死んだ1人は……生きていた際に何度も悪い噂が流れるような人でしたし、実際に何人も被害者が出ていました。ほかの2人は、守るために戦うような人だったと認識しています」
フリッツは、首を傾げてボソッと言葉を発する。
「その樹は人を選んでいる……と?」
「そう私は考えます」
ローマンは小さく頷き、はっきりと答える。
「なるほどな」
フリッツは、ローマンの考えに納得はしていた様子であった。
ひとしきり話し終えたローマンは、フリッツに協力を申し出る。
「フリッツさん、私達に協力してくれませんか? その代わりユーリアの事で分かったことがあれば、伝えます」
フリッツは協力することに肯定的に答える。
「協力してもいいんだが、協力って何をしたらいいんだ?」
「調査の手伝いをお願いしたいですね。例えば……北の森で大量のモンスターが出てきたこととかですね」
ローマンの示す調査先は、ギルドで調査を始めようとしていた北の森と同じであった。
「あそこか。確かに調査をしようとギルドは動いているみたいだが……それとは別に、ということか?」
「はい。ですのでこちらから定期的に伝書鷹を飛ばしますね」
ローマンは、フリッツの小さく頷くと連絡手段を伝える。
「……わかった。北の森に向かおう」
話がまとまったフリッツは、早々に建物から立ち去ろうとしていた。
「そうか。よし、今から向かうとするか!」
「ありがとうございます、フリッツさん。でもハンスさんには――」
「もちろん、これまで通り伝えなくていい。だが……アルマと一緒に旅に出てるとだけ伝えてやってくれ」
ローマンの言いたいことを察したフリッツは、先に答える。
「分かりました。決めたんですね」
「あぁ」
そう言ってフリッツは真夜中に建物を後にした。
換気を終えた部屋にハンスを運ぶとローマンはエルヴィラへ伝える。
「さて、私もハンスさんの着替えを取ってくるとしましょう」
ローマンまでハンスから離れることにエルヴィラが慌てる。
「ん、え? あの子は置いたままか?!」
「はい、置いていきます、お願いしますね」
ローマンはそれだけ伝えるとそそくさと、建物を後にする。
「えぇ……、お願いしますねって、どうしろと?!」
そうしてエルヴィラは、ローマンが帰ってくるまでハンスの傍にただただ立ち尽くしていた。
*****
翌日の朝、帰ってきたローマンが、立ち尽くすエルヴィラを見て笑っていた。
「ふふ、何も立ったままそこに居なくても……」
「そりゃ何もわからない私に説明もなく置いていくから!」
「すいません、僕が代わりますので休んでください」
「言われなくても寝ますとも! お休み!」
そう言ってエルヴィラは自分の寝床へと向かっていった。
「さて、私もどうしたものか……」
ローマンは、ハンスの近くに椅子を持っていき、座って今後の行動をどうするか考えを巡らせていた。
(問題は、海のモンスターの生態ですね……まずは数日、常に監視してみましょうか。それに、カルラさん達の様子も見に行かなければ……)
考えを巡らせているうちにいつの間にか眠りについてしまっていた。
「……ん、寝てしまってましたか」
そう言って、ゆっくりと椅子から立ち上がり身体を伸ばす。
爆睡するエルヴィラ横目に建物を出ると、すでに日が高くあがっている。玄関のすぐそばには、放り出された用途不明なものが積み上げられていた。
「さて、まずは……病院へ行ってお見舞いと指示を出して……それから帰りにハンスさんでも飲めるようなものを買ってきましょう」
その日の予定を口ずさみながら街へと歩き出す。
*****
ハンスは見知らぬ場所で目を覚ます。
「う……ん、……ここは?」
上体を起こしてぼんやりと周りを見渡すと、周囲に人の気配はない。
そもそも部屋には、ハンスの寝ていたベッドと誰かが寝ているハンスを見ていたであろう椅子以外、何もない部屋である。ただ、床には何かが部屋から運び出されたかのような跡が残されていた。
(何もない……けど運び出された跡?)
ベッドから降りて部屋を見て回っていると、少しずつハンスの頭が働き始める。
(窓は小さなものが数個あるだけで、両開きの扉が一つ……ここはどこかの倉庫でしょうか? それに)
ハンスは、周囲の事ばかり気にしていたが、自身のことへと意識を向ける。
(知らない服だ……、それになんでしょう? 傷の代わりに何か……模様が身体に)
服の袖や裾から見える手足に模様が浮かび上がっていることに気づき、捲り上げると身体中に模様がある。
その模様をよく見ると、何かが巻き付いているかのような模様であった。
(この模様は……あの樹と関係がありそうですね)
確認をしていると、扉が開く音が聞こえてくる。
ガチャ。
(――っ?!)
ハンスは慌てて扉へと向きを変え、身構えるが、扉から現れたのはハンスの見知った人物であった。
「ハンスさん、起きられたのですね」
「ローマンさん!」
ハンスが動いた気配を察してこちらの部屋へと来たらしく、ローマンから状況の説明を受けることとなるが、掻い摘んで説明をしていることをハンスは知る由もなかった。説明をする前に、ハンスへ食事を促すも、お腹が空いていないらしく断られる。
「―――ということが、ハンスさんの寝ていた3日間の状況になります」
「説明、ありがとうございます。ローマンさん。ほかのみんなは病院にいて、とおさまはかあさまと旅に出たと……」
ハンスは礼を述べると、ぶつぶつと聞いた話を口ずさんでいた。
「ハンスさん、眠っていた間に何か……そうですね、夢みたいなものって見ましたか?」
ハンスの独り言の合間に、ローマンが問いかける。
「夢……ですか? 確か―――」
ハンスは、目を覚ます前に見ていた光景や、話した内容についてローマンに伝える。
「―――ということがありました。最後に名前を聞いたような気がしますが、その時に目が覚めてしまいました」
ハンスの話を聞いたローマンは、眉に皺をよせた表情をしたまま、独り言をつぶやいていた。
「傷を治すだけでなく約束事まですることができるとは……昔に聞いた話以上ですね」
「ローマンさん?」
「すいません、ハンスさん。それで、これからどうしますか? あのモンスターは狩るんですよね?」
ローマンは慌てて、ハンスの今後について確認をしていた。
「はい、僕のように傷を治せるかもしれませんから。でもどうすればいいか……」
後半になるにつ入れ、意気消沈としていくハンスの元へ、遠くから女性の声が聞こえる。
「なら少し私を手伝いなさい」
声の主は、いつの間にか開けられていた扉の付近から、ハンスの元へと近づく。
その姿は、長いぼさぼさの髪を1つにまとめた白い外套を纏う小柄な女性であり、この建物の主であるエルヴィラであった。
「えぇっと……」
ハンスが戸惑っていると、エルヴィラは名乗ると、手伝いの内容を伝えてきた。
「私は、エルヴィラよ。あんたが来たせいでせっかく集めたものが外にほっぽり出されているの。動けるなら手伝って」
エルヴィラは明らかに怒っているが、その矛先はハンスへというよりは、傍にいたローマンへと向いていた。
ローマンは苦笑いを浮かべつつ、エルヴィラ同様ハンスへと、協力を求めてきた。
「……私も一緒に手伝うので、お願いできませんか?」
「分かりました。手伝います」
そうしてハンス達は、建物の外へと向かうと、陽はすでに傾き始めていた。
玄関の傍に積み上げられた用途不明なものを見たハンスは、唖然としていたが、ローマンとエルヴィラが運び始めているのを見てハンスも運び始める。
ローマンとエルヴィラが次々と部屋に運んでいくものの、その置き方は、雑の一文字で表せられるほど適当なものであった。
「この辺でいいかな」
「これはここに置いておいて……」
(そんな置き方で全部入るの……?)
遅れて部屋にやってきたハンスは、このままだと外に出されている用途不明なものをすべて部屋に収めることが難しいそうであることを悟る。
次の荷物を運んできたローマンとエルヴィラを呼び止めて、ハンスは提案する。
「あの、ローマンさん、エルヴィラさん。少しいいですか?」
「何?」
「何でしょう?」
「僕は、この部屋に持ってきたものを整理していてもいいですか? このままあの量をすべて入れるのは難しいと思うので……」
ハンスの提案にローマンとエルヴィラは、顔を見合わせると2人は、提案を受け入れた。
「私達は、部屋の入り口まで運びますね」
「でもちゃんと取り出せるようにするのよ?」
エルヴィラは、置き方の注文を付けてきた。
「分かりました」
一息つくと、ハンスはものの整理を始める。
(さて、始めましょうか。あれは、ここで、これはあそこに。これは……?まだ保留で)
部屋へと運び込まれたものを魔法を使って浮かし、それぞれハンスの思う場所へと運ばれていく。
それは陽が暮れてしばらく経つまで続けられていた。
「ふぅ、これで最後です」
最後の1つを移動し終える。
「お疲れ様です、ハンスさん。ずいぶんとすっきりしましたね」
ローマンは部屋を見渡して答える。運び出す前を知っているだけに、空いている空間が明らかに多くなっていることに気づいていた。それに人ひとりが寝られるような空間まで作られている。
「やっと終わったかい? これでも飲んで休憩しなよ」
先に音を上げて先に休憩していたエルヴィラがローマンが買ってきた飲み物を用意していた。
「ありがとうございます、エルヴィラさん。えっと、これは?」
「さぁ?」
エルヴィラは肩をすくめてローマンに視線を送る。するとローマンが答える。
「これはですね、海藻を使ったお茶のようです。この街では有名なそうです」
「そうなんですね。……おいしいです」
正体が分かるとハンスは少し飲み、簡単な感想を伝える。
「味見したときに、これならハンスさんでも飲めるかと思ったんです。ここには、水か飲みづらい飲み物しかありませんでしたから」
「わざわざありがとうございます、ローマンさん」
ローマンに礼を述べているとエルヴィラはローマンに問い詰める。
「ほんとに飲みやすいね、これ。どこで売ってたか教えなさいよ」
「これは、街の―――」
そんな話をしながら、何事もなくその日を終える。
*****
翌日、陽が昇る前にハンスは海岸沿いで海を眺めていた。
(結局、寝ることができませんでした……それに昨日魔法を使っても消耗している感じがしなかった……これってやっぱり、傷が治ったことと関係しているんでしょうね)
しばらくすると、陽がうっすらと海を照らし始める。
それを眺めていたハンスは、海面で何かが蠢いたことに気づく。
(ん?あれは……?)
ハンスが目にしたものは、何者かの背であろう部分が、海から顔を出している。
それを注視していたハンスは、さらなる動きを捉える。
海から顔を出していた何者かがまるで呼吸をするかのように大きく口を開け、閉じると同時に海面から姿を消す。
(もしかしてあのモンスター?! でも誰もそんなこと言ってなかったような……まずは、ローマンさんに確認しないと)
その様子を見たハンスは慌てて立ち上がると、ローマンの元へと急ぐ。
建物へと戻り、勢いよく扉を開ける。
「ローマンさん! ちょっと聞きたいことが!」
「うるさいなぁ まだ起きるには早いぞハンス……」
ハンスの声を聞いたエルヴィラは寝ぼけた声で反応していた。
「どうしました? ハンスさん」
ローマンはすでに支度を終えて、普段通りの雰囲気であった。
ハンスは、ローマンの傍まで向かうと、見た光景を伝える。
「なるほど。それは気になりますね。2日前から監視を頼んでいるので彼らにも聞いてみます。もしそれが決まった時間だとすれば、対策がしやすくなりますね」
「そうですね。ありがとうございます、ローマンさん」
ハンスは、嬉しそうな表情でローマンに礼を述べる。
「さっそく聞いてきますね。彼らもハンスさん同様その様子を見ていたでしょうから」
そう言うと早々にローマンは彼らの元へと向かっていった。