#12 港街②
翌日、情報共有を終えたハンス達は港町から離れ、近くの海辺へと魔法を試しに訪れていた。
周囲には、古びた建物が一件ある程度で、人気がない場所であった。
「人気もないですし、この辺りでいいですかね」
浜辺には船の破片が散らばっており、モンスターに多くの船が破壊されたことが伺える。
不安そうにシャルロッテが周りを見渡しながらハンスに問いかけている。
「ハンス、そんなに危険な魔法なの?」
ハンスは、にこやかにシャルロッテに魔法について説明をするため、海へ歩き出す。
「そこまで危険なものではないと思いますが……、実際に海で試してみたかったんですよね、例えば……」
波打ち際まで行くと、ハンスは手を前に出し、魔法を使い始める。
すると、見えない壁に押されるように波の形が歪に押し寄せる。
「こんな感じなんですけど……あとはこれを丸く自分の周りに使えれば潜れるかと」
「そんな簡単に言って……!」
シャルロッテが顔をしかめて文句のようなことを言っていると、ミアがハンスの隣に立つと同じように魔法を使い始めた。
「大気操作で壁を作る感じよね、ハンス君」
「さすが、ミアさんです」
「この辺りは得意な属性だからね」
ハンスがミアの魔法を褒めるとミアは得意気に笑っている。新たな魔法をあっさり使えたミアにほかの3人は驚いていた。
「私達も使いたいね、シャルちゃん」
「そうですわね」
その様子を見たカルラとシャルロッテは顔を見合わせるとハンスが使った魔法を使おうと練習していた。
その後しばらくの間、カルラとシャルロッテは、魔法の練習をしており、テオは諦めたようにハンスとミアの様子を見ていた。
「テオさんは、練習しないのですか?」
「僕にはできそうにないかなぁ。もともと魔法は得意ではないし……」
ハンスに答えると、テオはカルラとシャルロッテに羨ましそうな視線を送る。
「でも、ローマンさん教わってるんですよね? 確か素手で戦う―――」
ハンスがローマンから教わっていることを曖昧に話すとテオが訂正する。
「素手……そうだけど、ちゃんと強化を使いながらの格闘術だよ? 聞いてもよくわからない所は多いけど……」
「そうなんですね、聞いてもよくわからいものがあるんですね……」
(難しい強化なんでしょうか……)
ハンスが不思議そうにつぶやくと、テオはそのことを強く主張している。
「そうなんです。座標とか数値を言われたりするんです! そのことを聞いても僕達が使う魔法使い方とはかけ離れてそうなことを言ってきます……」
普段言えない不満をハンスにぶつけるテオがひとしきり話終えると、ミアが話しかけてきた。
「ハンス君、この魔法ってほかにも使えないかな? 例えば……盾の代わりとか」
ハンスは少し考えるミアに応える。
「―――確かにそうですね、どれだけの攻撃に耐えられるかは気になりますが、その使い方はできそうですね」
「どれだけ耐えられるか僕に試させてよ」
テオは自分で使えるかもしれないことよりも、その魔法をハンスが使ってどんなものになるのか気になって耐久テストの相手役に申し出ていた。
二人は、ミアを真ん中に少し離れて向き合うように位置取ると、ハンスが魔法を使う。
するとハンスの前方に青白い光が現れ、半透明な半円が現れる。
「では、この壁を攻撃してみてください」
「全力で、いきます!」
構えたテオが何かしらの強化を使うと、鋭い一撃が放たれる。
「何事ですの?!」
半透明な壁に拳が突き立てられると、目に見えない衝撃が走り、カルラとシャルロッテが慌てて振り返る。
「なるほど……、これなら使えそうですね」
ハンスがうんうんと頷きながらつぶやいていると、衝撃に耳を塞いでいたミアが話しかける。
「どう? この結果なら使えそう?」
「はい、問題ないと思います。魔法を防ぐ時も試したいですが……、名前としては、空気の盾でしょうか」
まだまだ試したいことがありそうなハンスであったが魔法の名前を聞いたミアが、嬉しそうに口ずさんでいた。
「空気の盾ね……、これなら私でも使えるね」
*****
しばらくハンス達は、魔法の練習など各々に海辺で過ごしていると、不意にハンスの背後から声が聞こえる。
「私も混ぜてもらえないかしら」
「え?」
ハンスが振り向くと大きな火の玉が音を立ててハンスに向けて放たれていた。
「なっ?! 空気の盾!」
慌てたハンスが、先ほどまで試行錯誤していた魔法を咄嗟に使う。すると、ハンスと火の玉の間に壁ができ、そこに火の玉がぶつかると周囲に散り、点々と砂の色が変わっていた。
「いきなり魔法を放つなんてあぶないじゃないですか!」
ハンスが魔法を解いて火の玉を放ったであろう人物へ向けて怒りをぶつける。
「ちょっとした挨拶みたいなものよ」
ハンスの怒りも届かず、悪びれることもなく近づいてくる。
「それ以上近づかないで!」
近づいてくるのを制止する声がハンスの後ろから聞こえてくる。
その声の主は、少し離れて練習していたカルラからであった。一緒に練習していたシャルロッテと共にハンスの元へと駆け寄ってきていた。
「そう……」
カルラに言われたからかどうかは不明だが、その場で立ち止まっていた。
ミアとテオも合流し、5人と魔法を放ってきた相手と対面する。
「貴女は何者ですか? 僕達の国の人ですか?」
見慣れない服装をしていたためハンスはそう質問していた。手には分厚い本を持ち、その装いは、全体的に大きなつばをした尖った帽子に、黒いローブを羽織っていた。そしてローブの模様には、青白い光が蠢く様な帯が首元から足先へと延びていた。
「…そうねぇ、魔女とだけ言っておくわ」
間をおいて魔女と名乗る女性は、ハンスの質問にはまともに応えはしなかった。
「ま…じょ?」
聞きなれない言葉にハンス達は、魔女と名乗る女性の言葉を繰り返していた。
(姉さんやミアさんも知らないみたいですね……、なぜ僕達の所へ……)
同じような反応をしていたことに気づいたハンスは、魔女と名乗る女性の目的を聞こうとしていた。
「では、魔女さん。僕達に何か用ですか? 混ぜてほしいって言ってましたが、魔法の練習ですか?」
「そうよ、私に君の全力を見せてもらえないかしら」
相手の要求がハンスの魔法であることが分かったハンスは、カルラ達に離れる様に伝える。
「皆さん、少し離れてもらえますか?」
「分かったわ、でも大丈夫なの?」
カルラが返事をした後、魔女と名乗る女性に聞こえないように話しかける。
「もし、危なそうだったら助けを呼んでください」
「そうね、ハンスもちゃんと逃げるのよ?」
「はい、姉さん」
「さぁ、ミア、シャルちゃん、テオ君、離れて離れて」
カルラがほかの3人の背中を押して離れていく。
十分に離れたことを確認すると、ハンスは魔女と名乗る女性に船の残骸しかない海岸を指さして尋ねる。
「あそこに魔法を使えばいいですか?」
魔女と名乗る女性は、不思議そうに答える。
「何を言っているの? 私に向かってに決まってるじゃない」
「えっ」
魔女と名乗る女性の答えにハンスは驚いている。ハンスは人に全力を―――というよりは、人に魔法を使うことに抵抗があった。自身の魔法の威力では、余裕で人を殺せてしまうことを自覚していたためだ。
(人になんて……どんな威力でなら死なないかなんて試せないのに……)
戸惑っていると、魔女と名乗る女性は急かす様に声をかける。
「ほら、早く」
(う……ならこれぐらいなら……)
ハンスは渋々、魔女と名乗る女性へと魔弾の魔法を放つ。だが、その勢いはあまりにも弱々しく、全力とは程遠いものであった。
それを見た魔女と名乗る女性は、帽子のつばの下からうっすらと見える表情から、不機嫌であることが見て取れ、ハンスの放った魔法は、あっさりと受け流されてしまった。
「そんなものじゃないでしょ? もう一回、次はちゃんと全力を出すのよ?」
「は、はい……」
(さっきより威力は上げて……)
ハンスがもう一度、魔弾の魔法を放つ。大柄な大人が吹き飛ぶほどの威力ではあったが、それでも全力とは程遠かった。
「はぁ……」
魔女と名乗る女性は、大きなため息をつくと、避けるそぶりを見せず、無防備に魔法を受ける。
「――っ?!」
その様子にハンスが驚いている。だが、直撃したにも関わらず、怯むこともなく無傷なまま立っていたからだ。
魔女と名乗る女性は、俯きながらぶつぶつと呟き始め、不穏な空気が流れ始める。その声はハンスには届いていなかった。
「そう……まだ人を殺すことができないのね……だから手加減してしまうと。なら、殺したくなることをしたらどうかしら」
顔を上げたかと思うと、視線をハンスではなく、遠く離れたカルラ達を見ていた。
(……? なんで姉さん達のいるほうを……?)
魔女と名乗る女性の手に持っていた本が独りでにめくれると、青白い光が開いた部分からあふれ出る。
(あの光って……、まさか?!)
何をしようとしているのか気づいたハンスは、振り向かずカルラ達に叫ぶ。
「姉さん達、避けて!」
(放つなら僕の魔法で相殺できる……!)
ハンスは、魔弾のように放つ魔法を警戒し、空中で撃ち落とそうとしていた。
だが、ハンスの予想は大きく外れる。
「え? なにこれ?! 動けない!」
ハンスの背後から驚く声が聞こえてきた。
(え? 魔法なんて……)
ハンスが振り向くと、遠くにいるカルラ達が、不自然な恰好で、宙に浮いていた。
よく見ると手足には、枷のように模様が浮かび上がっていた。
「何をしたんですか?!」
魔女と名乗る女性へと視線を戻すと、笑みを浮かべた表情でハンスにもう一度魔法を使うように迫る。
「さぁ、あの子達に何もしてほしくなかったら全力を出しなさい」
「人質ですか……」
ハンスは置かれた状況を理解したものの、それでも全力を出すことには抵抗があった。
(さっきの魔法でも、無傷でしたし、多少は大丈夫かもしれませんが……もしも、殺してしまったら……)
ハンスは、言われるがままもう一度魔法を放つ。多少2回目よりは威力が上がっていた。それでも、魔女と名乗る女性の求める全力とは違っている。またしても避けずに直撃し、無傷のままであった。
「これでもダメなのね……」
魔女と名乗る女性が呆れた様子でハンスを見ていた。するとハンスが、魔女と名乗る女性へと謝罪していた。
「すいません、魔女さん。僕にはこれ以上強い魔法を人に放つことができそうにないです」
「そう……なら君の大切な人でも殺したら、私を殺したくなるかしら?」
そう言うと、本が捲れ、またしても青白い光が漏れだす。
「やめてください!」
ハンスの制止も空しく、ハンスの背後からカルラの悲鳴が聞こえてくる。
「ああああああ!」
カルラの手足がおかしな方向へと曲がり、ハンスの耳にも骨が砕ける音が届いていた。
「そんな……!」
ハンスが振り返ると、しばらく悲鳴を上げた後、気絶した状態で宙に浮かされているカルラの姿があった。
「ハンス……」
シャルロッテの弱々しい声がハンスの名前を呼ぶ。
(このままじゃ皆……! 殺してでも止めないと――)
ハンスは決意する。魔女と名乗る女性へと振り向くや否や、魔法を放つ。その威力は全力ともとれる一撃であった。
「そう! それよ! もっと私に見せなさい!」
魔女と名乗る女性は、上機嫌に手を広げて魔法を受ける。
「それでも効かないの?!」
魔女と名乗る女性の周りは轟音と共に吹き飛び、大きく削れていたが、本人は変わらず無傷であった。
(なら何発でも……!)
ハンスが次の魔法を放とうとしていると、またしても背後から悲鳴が聞こえてくる。
その声は、一人ではなく、残っていた3人の声であった。
「あああああああ!」
(早くしないと……!)
ハンスは、魔法の種類を変えつつ放ち続けるも、一向に効く様子がなかった。
(魔法は効かないの?! ならこの剣で……!)
腰に備えていた剣と盾を手に取り、強化を自身に施して常人を超えた速度で相手の懐へと飛び込む。
「あら、物騒なものを取り出して」
飛び込んできたハンスをひらりと躱す。
「まだまだ!」
もう一度踏み込んで、襲い掛かるハンスの前の模様が浮かび上がったかと思うと、ハンスが弾き飛ばされる。
「何?!」
地に背中を向けて宙を舞うハンスは、弾け飛ぶ勢いに抗おうとしていた。
(少しでも早くあいつを殺さないと皆が……!)
ハンスは、空中で踏み込めれば、相手に飛び掛かれるような姿勢へと変える。それでもハンスは宙にいる。
その時、ハンスは考えるよりも先に魔法を使って足場を作っていた。それは、今日練習していた空気の盾であった。
(これで!)
空気の盾を足場に踏み込み、魔女と名乗る女性へと首元をめがけて斬りかかる。
「おっと、危ない」
不意を突かれた魔女と名乗る女性は、慌ててハンスから大きく距離をとった。
(それでも当たらないの?!)
「君の実力は分かったわ。そろそろお終いにしましょう」
「今更そんなこと!」
ハンスはさらに追い打ちをかけようと踏み込むと、足に違和感を覚える。
「―っ?!」
足に視線を向けると、踏み込もうとしていた足の下に模様が浮かび上がっており、足の甲を棘のようなものが貫いていた。
「これじゃ……!」
魔女と名乗る女性へと視線を向けると、ふと気づく。周囲にも足の下に浮かび上がっている模様と同じものが浮かび上がっていることに。
「また会いましょう」
その声を皮切りに周囲の模様から棘のようなものが飛び出し、ハンスへ次々と突き刺さる。
「ぐあああああ!」
一通り突き刺さると、棘のようなものは模様と一緒に消え去る。刺さっていた傷口からは、血が滴り落ちる。
薄れゆく意識の中、聞きなれた声が聞こえてくる。
「やっと見つけたぞ! 魔女、ユーリア!」
(とお……さま……?)
ハンスの意識はここで途切れていた。
*****
ハンスは不意に目を覚ます。
「あれ? ここは……」
周りを見渡すと、真っ暗な世界が広がっていた。足元を見ても地面はなく、宙に浮いているかのようだった。その場から動こうともがいてみるも比較する対象がないため、動いているのかすらわからなかった。
「何もない……僕は死んでしまったのでしょうか……」
誰に問いかけるわけでもなく口に出すも暗闇に吸い込まれていく。
ハンスは、しばらく漂ってみたものの何も変化がないことで、少しずつ冷静に考えられるようになってきた。
(もう、どうしようもないみたいですね……皆……大丈夫かな……)
漂い続けていると、無音だった空間にいきなり声が聞こえてきた。
「ねぇ君。私の声が聞こえるかな?」
「え? 誰?」
聞こえてきた声は、幼さを残す声をしていた。その声の主を探そうと周りを見渡す。
「樹……?」
ハンスの視線の先には、遠くにあるはずなのに目の前に大きな樹がある様に錯覚するぐらい大きな樹が聳え立っていた。
(変わった樹ですね。僕達の住んでた近くには見かけない……? でも、あの青白い帯って……)
その樹を見渡してみると、根から葉に向けて青白い帯が流れる様にまばらに発光しており、葉からはあふれ出る様に光が漏れている。
(あの魔女と関係が……? でも、もう関係ないか……)
青白い帯を見たハンスは、この空間に来る原因となった魔女と名乗る女性の姿がよぎるも、深く考えないようにしていた。
「なんでそんなに険しい顔をしているの?」
ハンスの心境が表情に出ていたのか、表情を読み取った樹が尋ねてきた。ハンスは、青白い帯を指さすようなそぶりで答える。
「その青白い帯を持った人に殺されました。その帯は何ですか?」
「君はまだ死んでないよ。それにこの帯わね、君達が使ってる魔力と同じだよ」
「―――っ?! えっと……」
驚いたハンスは、どちらを先に尋ねれば良いか迷っていると、樹は話すことはなく、まるでハンスが訪ねるのを待っているかのようであった。
「まず……順番に聞かせてください。僕は死んでいないんですか?」
「分かったわ。君は今、生死を彷徨っている所なの。だからここに来れるんだけどね」
「う――ん? 死ぬのも時間の問題なんですね」
ハンスは生きれるとは思ってはいなかったが、樹はハンスの予想とは違った答えを返してきた。
「違うよ、私の質問に答えてくれれば怪我を直してあげる」
「質問?」
「そう」
樹は、短く返事をするとまた静かに待ち始めた。ハンスは静かな空間の中で考え始める。
(質問について聞くのもいいですが……、先に帯について聞いておきたいですね)
ハンスは、直感ながら質問について聞いてしまうと、他のことが聞けなくなってしまうのではないかと思い、帯について質問することにする。
「あの、帯について詳しく教えてください」
「わかったわ。この帯には魔力が流れていて、根の近くに住む魔力を持ったものから少しずつ吸収しているの」
(かあさまが言っていたことはあながち間違いではなかったんですね)
ハンスが昔にアルマから聞いたことを思い出していた。そして、その吸収した魔力の使い道について気になっていた。
「なるほど……、その集めた魔力はどうするんですか?」
「詳しくは知らないけど、生き物を造ったり、植物を生やしたりするのに使っているみたい」
「自分では使ってないんですか?」
「うーん……自分が使って……いるような……?」
樹の話し方からして誰かが集めた魔力を使っているような雰囲気が感じ取れたハンスの質問に、樹は歯切れ悪く返す。
(これ以上聞いても仕方なさそうですね……でも、あの帯は魔力が関係していることは分かりましたし、体に貯めた魔力が減る理由もわかりました)
考えているハンスの元に樹が話を逸らすかのように声をかける。
「ほかに聞きたいことは?」
(もし、ほかのみんなも治せるなら……)
「僕と一緒にいた人達も怪我をしているんです。その人達も怪我を治してもらえませんか?」
ダメ元でハンスが治すことができないかと樹に尋ねると、樹はハンスの問いかけに悲しそうに答える。
「ごめんなさい、私と縁がないと直すことはできないの」
「そう……ですか」
ハンスが残念そうに返事をする。
「でも、私のお願いを聞いてくれたら直せるかも!」
可能性があることを知ったハンスはその内容を詳しく聞こうとする。だが、まだハンスの怪我を治せるかどうかは決まっていないにも関わらず。
「そのお願いとは?」
「えっとね、私が集めた魔力を横取りしているやつがいてね、そいつを横取りできないようにしてほしいの」
(―ん? この樹は実在しているのですね……、集めているとなると根の部分でしょうか?)
ハンスが足元の下と這う根を見て、青白い帯の始まる先を探していた。
「そいつがどこにいるか分かりますか?」
「確かこの大陸の北東……?の海の中にいるよ」
「ん? それって僕達のいる場所に近いような……」
ハンスのいた港街も大陸からすると北東の位置にしていたことを思い出す。
「そいつをやっつけてくれたら1人だけ直してあげる」
「1人?」
「そう1人」
ハンスは樹が答えた1人だけ治すということに険しい表情で考えに耽っている。
(1人だけなんて……)
そんなハンスの元に樹が急かす様に問いかける。
「もう質問していいかな? これ以上ここにいると、君の体に戻れなくなるよ」
「分かりました。お願いします」
そう言われたハンスは、仕方なしに質問を受けることになった。
樹はわざとらしく、咳払いをすると質問してきた。
「おほん、君は魔力を経て何を成したいか答えてください」
樹の問いかけに迷いなくハンスが答える。
「僕は、大切な人を守るために……抗う力としたいです」
少しの間を置いて樹は答える。
「うん、合格。君の怪我は直してあげる。私のお願い、忘れないでね」
「分かりました、必ずやります。そちらも忘れないでくださいね」
お互い釘を刺すようなやり取りをしていると、ハンスの意識が朦朧とし始める。
「あれ……急に……」
「そろそろ目が覚めるからね。君と話せて楽しかった。最後に名前を聞かせて?」
最後に名前を尋ねられたハンスは朦朧とした意識の中、名前を伝える。
「僕は……ハンス・アルカーバー。君は?」
「そう、ハンス君ね。私わね――――」
樹の名前は聞き取れずにハンスはまた意識を失う。