気になっていた人…
二日後。
渡された紙に書いてあるものは全て揃え、先輩の家がある隣町の住所へ向かった。
書いてある住所に予定より30分早く目的地に到着した。
メモの住所と何度見くらべてもその場所にあるのは
本格カレー〝マハーラジャ〟という看板のカレーハウスだ。
そこは小学生の頃、親が何度か連れて行ってくれた美味しいカレー屋さんだった。
父が生まれる前からあるみたいで、テレビで放送された事もある美味しいくて有名なお店だ。
外観はツタが張っていてすごく古い建物だが、大きなお店だ。
カレーを作ってるシェフは2人とも色黒でどう見ても外国人にしか見えない。かわいいのぞみ先輩がここに住んでるとは思えない。色黒シェフからのぞみ先輩は絶対生まれない!
口に出せないくらい失礼な事を考えながら、
〝ここではないのかもしれない…。〟
何故かそう思いたかった。
理由もなく素直にこの場所を受け入れられない。
付近を歩いてみたけど、どこにも山下の表札はない。
〝手書きだしあまり住所なんて書く事が無いから住所書き間違えたのかな?〟
〝30分も早くきちゃったしまだみんな来てないだけかな?〟
そんな事を考えながらも一応〝マハーラジャ〟の中を覗いてみると数人だが同じ吹奏楽部の仲間がイスに座っていた。
〝ここなのか…?〟
入り口のドアの取手に手をかけようとした瞬間、ドアが開いてのぞみ先輩が店内から出てきた。
「あっ!いらっしゃい!
ちょうど足りないもの買いに行くとこなの
来てくれてありがとう!先に中に入ってて 」
と軽く笑みを浮かべ急いで行ってしまった。
先輩の笑った時に出るエクボに胸がドキドキした。
〝家の外観に対してなんて事を思ってしまったんだ。
シェフのお父様もきっと色黒なだけで優しいはずだ。
最低だな私は…外見だけで人を判断するのと同じじゃないか!〟
相手がのぞみ先輩だったためか、心の中で自分を叱責しながら店内に入った。
正方形になってる店内は、入ってすぐ左手側にカウンターが7席、真ん中に4人掛けテーブルが4つ、壁際にそって6人掛けが6つ、カタカナのコの字のように配置してある。
真ん中の4人掛けテーブルはイスは無く、テーブルをくっつけて大きなテーブルにしてオードブルやお皿おはしスプーンなどが置いてある。店内の真ん中にみんなが取りに来るバイキングシステムだ。
一番奥のテーブルをくっつけて12人で座れるように移動している。三年生と先生の席をつくっている最中だった。
〝ん?三年生って10人だったよな?
先生ともう一人誰が座るんだろう…〟
店内はなかなか広くてスパイスの香りとカレーの香りが漂ってる。なんだかすごく落ち着く。
久しぶりに来たからなのかとても懐かしく感じた。
私と同じ楽器の一年生が座ってる入り口に近いテーブルに近寄ると、
「ヤッホー!」
「来たぁー!」
「待ってたよー!」
「遅かよー!」
4人でほぼ同時に話しかけてきた。
不思議と全部聞き取れた。1人は無言で携帯をいじりながらチラッと私を見て、アゴを前に少し突き出して会釈してすぐ携帯に視線を戻す。
大会出場をかけて私と競い合った彼だ。
私以外の一年生はすでに集まっていた。
「ごめん、みんな早いね!」
私がそう言うと、
「一年は一時間前から準備って聞いとらんとぉー?」
中学になって福岡から引っ越して来たたくみが笑いながら話しかけてくる。私がみさきのほうをチラ見すると下を向いたので伝えに来たみさきのせいにせずにすんだ。
「ごめん、そうだったよね。
今から挽回するわ!
何かやれること残ってない?」
とたくみに尋ねると、
笑いながらドリンクコーナーへ行き、飲み物に唐辛子やデスソースなどのスパイスを入れたものを作って私に差し出してこう言う。
「もう準備終わっとうし、買い出しも終わったけん罰ゲームで激辛のジュース、一気ねー。」
そして今度は私の胸元に差し出した。
真っ赤なかたまりが浮いていて嗅いでみると
〝ツンっ!?〟
とタバスコのような強烈な匂いがする。
これはヤバイ。
なんだかやなやつだな。
ちょっとムッとしてそう思ったがみんなも黙ってこちらを見てる。
みさきも目を合わせないがしっかり見てる。
なんだこの公開処刑のような空気は。
〝みさき、教えといてくれよ。それじゃうちに柿ピー食いに来ただけじゃん〟
そう心で呟きながらも湧き上がってくる負けず嫌いの性分。
その場の空気に負けたく無くてたくみの手からその飲み物を取り上げた。
〝ゴクゴクゴク…〟
そのまま勢いで全部飲んだ。
クチビル、舌、喉が焼けるように熱くて痛い。
胃が初めての刺激にビックリしたのだろうかしゃっくりが連続して出る。
たくみは冗談のつもりで言ったのだろう、驚いた顔をしてこちらを見てる。
私は渾身の力を振り絞ってこう言った。
「美味い!もう一杯!」
その言葉に笑っていい事なのだと安心したようにみんなが笑った。
みさきも笑ってる。君は笑わないでくれよ。
そしてちょっとした英雄のようにみんなから拍手が起こった。
たくみも安堵した顔で私を見て
「これでチャラねー」
と言い席を空けてくれた。
やっと落ち着いてイスに座れたが、みんながそれぞれ別の会話をしている。
私は誰にも話しかけられない。
携帯も無く暇になった私は店内を見回す。飾り付けられた店内は文房具店や百均で売ってる物を使ったとは思えないほどゴージャスな出来栄えだ。
テレビで見たことあるアメリカの子供のバースデーパーティーのようにキラキラした紐があちこちにぶら下がり風船や丸く輝く星型のものがあちらこちらに飾ってある。
ごちゃごちゃしすぎずに実にセンスがよく素晴らしい出来栄えだ。
正面奥の壁にコピー用紙を繋げて大きくし、キラキラしたヒモでふちどって、
〝三年生の先輩、ありがとうございました!〟
と、大きな文字で書いてあるメッセージが貼ってある。
後で聞いた話ではのぞみ先輩と2年生の先輩達、数人の一年生で朝から集まって数時間かけて飾り付けたそうだ。
視線を下に向けると真ん中のテーブルに大きなオードブルが置かれていて、
〝スープ飲み放題、カレー3種類お好きなものをどうぞ〟
と書いた紙が柱に貼ってある。
自分のお祝いではないが遅れて来た為、準備もほとんど手伝ってないので全てが新鮮で店内に入ってからずっとワクワクしていた。
さっきのデスドリンクのダメージは思ったより残っていない。その上飲んだ事で皆に受け入れてもらえて罪悪感も軽い。
ある意味たくみのおかげかもしれない。
〝カランカラン〟
お店のドアが開く音と共に2年生の先輩達が手にプレゼントを抱えて入ってきた。
その団体と一緒に帰って来たのぞみ先輩はそのまま1人でキッチンに入って行った。
各テーブルに2年生が座って6人掛けテーブルをくっつけて作った一番奥の席以外は全て埋まった。
隣のテーブルでトランペットの2年の先輩が一年生に自分達の飾り付けの出来映えの感想を求めている。
聞かれた一年生が称賛すると嬉しそうに自分が手がけた場所を指差してまた感想を求めている。
面白くてその様子を見ていたらその感想を求めている先輩と目が合う。巻き込まれたくないと思いすぐに目をそらした。この空間にまだ溶け込めてない私を見透かしているのか、隣からこちらを見ている視線を感じる。
隣のテーブルとの距離は2メートルもない。いたたまれなくなって隣のたくみに意味なく話しかけた。
「さっきのヤバイわ!
まだ痛いもん。
なかなかのお手並みですな!」
いきなりそんな事を言った為同じテーブルのみんながこちらを向く。
するとたくみは何だか嬉しそうに
「もっかいつくっちゃろっか?」
と博多弁で言ってきた。
もう一杯作ろうか?という意味だ。
こいつもヤバイ、話しかける相手と内容間違えたな…これじゃ先輩の相手の方がマシだったかも…
みんなも私の返答に興味があるようでこちらをみてる。
何だかんだみんな期待してるんかいっ!
そう思いながらも私は虚勢を張った。
「いいねー!でも次はたくみも乾杯しよーぜ!
負けたらもう一杯ってのどう?」
と私が言うと、
「おっ、それなら負けれんねぇ!
いいぜ!その勝負乗った!」
妥当な展開だ。コイツも私もバカだ。でも引けない。やるしかない!そう決めて立ち上がった。
その時、
「みんなお待たせ!
準備できたよー!
残りの料理とお皿運んでー!」
そう言いながらのぞみ先輩が飲み放題のスープが入った大きな鍋を持ってキッチンから出てきた。
マジで助かった。
私は思う、彼女は本当に女神なんじゃないのか…
たくみは仕方ない感じで
「おあずけやね」
そう言って作業を手伝いに行った。
のぞみ先輩は鍋を真ん中のテーブルに置くと、今度はさっき買ってきたクラッカーの入った袋を持ってきてより大きな声で、
「三年生の先輩と先生の集合時間は30分後だからもうすぐきちゃうし、みんなクラッカー取りに来てー!それとコップとお皿の枚数もう一度チェックしてもらっていい?
先生と先輩の分で12セットあるか確認してねー!」
と言ってクラッカーの入った袋を一年生に任せて、ジュースやお茶を真ん中のテーブルに運んでいる。
なんてさばけた人だ。
一段と胸のドキドキが膨らんでいく。
こんな人と将来結婚したいなぁ。
そんな事を考えながらのぞみ先輩の元へ行き
「僕も運びます、先輩ずっと動いてるんで少しゆっくりしてください!」
と言うと
「ありがとー!
これで終わりだからこれ運んだらもう座ってていいよ!」
と言って私にジュースをのせたお盆を渡してエプロンを外し、キッチンの入り口に置いてカウンターの席に座った。
のぞみ先輩を見てるのを悟られたくなくて外を見てるふりをしながら横目で先輩の姿を視界に入れた。外は夕日のオレンジ色に変わっていた。
〝カラン カラン〟
最初に入って来たのは副部長の吉塚先輩だった。
常連なのかのぞみ先輩のお母さんがキッチンから出てきて入り口で話しかけてる。吉塚先輩はクールに会釈してこちらに向かって来た。
近くにいた私は一番奥のテーブルに先輩を案内し、頼まれたドリンクを運んだ。
先輩達が続々と到着する。
バラバラに到着するので先輩が全員来るまで後輩はほとんど立ちっぱなしだ。飲み物を用意したり一人一人に挨拶して席へと誘導している。まあまあの人数が動き回るのでわちゃわちゃしてる。面倒だがこれが日本の上下関係。
デスドリンクは飲んだが結果的に遅刻もしたことになってるし、後々なんか言われるのも面倒だから一生懸命働いた。
ひと段落したあたりでガラス張りの店内から駐車場に停めようとしている車が見えた。
先生の車だ。
のぞみ先輩とペアにしてもらった振り分けの件で先生に忠誠を誓っている私は、先輩達にはしなかったが入り口のドアを開けにいった。
先生が降りると助手席から女性が降りて来た。
3日前のコンクールにも来られていた先生の奥さんだ。先生って結構優しいんだな。なぜか子供ながらに奥さんを連れて来た先生に思った。そして三年生は10人しかいないのに12人のテーブルを作っていた理由がわかった。
車から降りて2人が入り口に近づいてくる。
「こんばんは!」
私が言うと、
「おうっ!すまん、遅くなってしまった!」
と返してくれた。
先生の奥さんはとても優しい笑顔で会釈してきた。
先生と先生の奥さんをテーブルに誘導して飲み物を伺う。
「ウーロン茶もらってもいいか?
気を遣わせてごめんな。
君はなんにする?」
そう言って隣の奥さんに尋ねると、
「私はオレンジジュースいただいていいですか?」
と私を見つめて話しかけてきた。
奥さんの顔を見て声を聞いた瞬間、知らない名前が出てきた。私はこの人を知っている。
でも間違いなく今日初めて会話した。
何故か湧き上がる感情を抑えられない
つい頭に浮かぶ名前を口に出してしまった。
「ナミ…さん?」
その名前に女性はビックリした顔で、
「え!?どうして知ってるの?
どこかでお話ししたかしら?」
そう奥さんが私に聞くのと同時に
〝ドキン!ドキン!!ドキン!!!〟
突然心臓から周りにも聞こえるくらいの音と痛みが響く。
私は意識が飛びそうになってその場にかがんだ。
突然座り込む私に心配そうに奥さんが肩に手をかけて声をかけてくれている。
「大丈夫?苦しいの?
しっかりして!」
その声をもう一度聞いた瞬間に思い出した。
ナミの声だ……。
前世で私の孫だったナミの声だ!
心配そうに先生と奥さんが私の横にしゃがみ込む。
顔を上げて奥さんの顔を見ると、途端に涙が溢れてきた。
昔の面影を残して立派な女性に成長していた。
当然ナミは私の事など分かるはずもない。
元気でやっているのか尋ねようとした時、
〝ドキン!ドキン!〟
これ以上は言うなと何かが私を制限しようとしている。
間違いない、やはり私の孫だ…
最後の私の記憶とだいぶ変わってしまっていたのですぐに気づかなかった。
涙が溜まり視界がボヤけて次から次へとポロポロ落ちる。
我にかえり慌てて下を向いたが、もう顔は上げらない。
地面にポタポタ落ちる涙を見て、名前を呼ばれて動揺しながらも先生と奥さん…ナミが心配して声をかけてくれている。
部員も数人集まって注目されているのがわかった途端、急に恥ずかしくなって、
「大丈夫です!すいません!」
そう言って私はすっと立ち上がり、このお店で一度も使った事がないトイレへ逃げるように駆け込んだ。