気になる人…
それから数年、わたしは3つの制限だけはしっかり守ってすくすく成長した。
何故か子供ながらにも迷惑をかけるような気がして親に生まれ変わった事を相談できなかった。
大好きな両親をがっかりさせたくなかったからだ…
しかし、記憶が完全に蘇って無いおかげで、同世代の子供とも私なりには上手くやっていたと思う。
小学校へ入学したあたりから若白髪がたくさん生えてきた。
子供にしては結構な量で私はこの若白髪がコンプレックスだった。
2歳から通わせてもらっている公文のおかげだと思うが低学年のうちに学力は中学レベルまで回復し、成績はいつも一番だった。
その為、低学年の間はクラスの友人達から
〝博士〟と呼ばれていた。
高学年になるとあだ名は私の悩みである若白髪を理由に、手塚治虫さんの〝ブラックジャック〟からとって〝黒男〟〝くろお〟と名付けられた。
子供というのは遠慮がない。
誰かが言い出すと皆んながマネをするものだ。
〝黒男〟はすぐクラスに浸透した。
あだ名は変だったが友人とは仲良く、いじめられていたわけではない。
「礼儀正しく正義感がある」
母に聞く限り友達の両親や学校の先生たちの評判も悪くはなかったようだ。
少し前に家族で夕食中にそんな話を母がまるで自分のことのように嬉しそうに父に話していた。
それを聞いた父はとても喜んで、ずっと欲しくておねだりしていた物を買ってくれると約束してくれた。
2日後、父の仕事が休みの日に家族で約束の自転車を買いに行った。
たくさん並ぶ自転車の中から私は一目惚れで相棒を見つけた。一目見たその瞬間に他のものには興味が無くなった。
1秒でも早く乗りたくて仕方がない。鍵を両親が選んでくれている間もずっとまたがって待っていた。
そしていよいよ車に乗せて帰るのかと思いきや、
〝車に乗らない〟と言われ今日は持って帰れない事を告げられた。
どうしても早く乗りたくて〝乗って帰る〟と愚図る私に父の一喝。
がっかりして拗ねていると近くに寄って来て優しい声で納得するまで説明してくれる父。
知らない土地で自転車に乗る危険について納得した私は父の言う通りにした。
乗って帰れなかった事は残念だったが、父がしっかり約束を守ってくれた事がとても嬉しかった。
小学校卒業式の夜、筒の中から卒業証書を取り出し両親に見せ「ありがとう」と言った。
両親から「自慢の息子」と言われた。
どんな言葉でも表現できないほど嬉しかった。
もっと喜ばせたい!
もっと認められたい!
もっと自慢になりたい!
もっと!もっと!もっと!
気持ちが膨らんでいく。これからの未来が間違いなく輝いていると根拠もなく自信が湧いてくる。
この頃の私には迷いや後悔など無く、将来はどれも希望に満ちていた。
前を向いて生きて行く事に戸惑いなどなく、自分が特別な存在だと思っていた。
中学に上がり、入学式は新入生の代表に選ばれた。
全校生徒、保護者、先生の前でスピーチする役目だ。
人には言えないが、質の悪い不良学生だった前世とはえらい違いだ。
部活は前世でバレー部だったので、今回は吹奏楽部に入ってみた。
入ってみて思ったが、女子が多い!
先輩たちに多様に声をかけてもらったが、私はトロンボーンという楽器を選んだ。
とても可愛い先輩が熱心にトロンボーンの良さをプレゼンしてる。不純だが私は迷わなかった。
こんな気持ちはとうに忘れていたが、思春期の男子の直情的な感情に本当に中学生なんだと実感する。
とても照れ臭い気持ちだ。
その日のうちに入部届けを出して、次の日から早速練習に参加した。
「トロンボーン集まってー!」
肺活量がすごいのかしっかり聞こえた。
その声の元へ駆け寄った。
「振り分け通り分かれてもらうけど、
先に自己紹介します!
私は3年のパートリーダーの田才です!
よろしくね!」
元気よくハキハキと挨拶する田才先輩に続いて
まずは3年の先輩達が挨拶していく。
3年生が終わり2年生が挨拶を始める。
そしてとうとうあの先輩の順番だ!
「初めまして!
山下 のぞみです。
私も一年から始めました!
みなさんも絶対できるようになるので心配しないでください!一緒に頑張りましょう。」
山下先輩かぁー!
優しそうだし…可愛いなぁ。。
と声に出てないか心配になるほど見とれてしまい
顔がにやけてしまった。
ハッ!
と我に返り見られてないか隣を見ると同じようににやけてる男子が私に気づいて真顔にもどる。顔が赤くなっている。
コイツはライバルだ!何故かそう思った。
余計な妄想ばかり膨らませていたので、山下先輩と田才先輩以外の自己紹介はしっかり覚えていない。
そして一年生の私たちも6人とも自己紹介がおわった。
全員が自己紹介したところで田才先輩が壁に貼ってある紙を指差して、
「うちの部は基本を覚えるまではマンツーマンで教えます!あそこにペアが書いてあるからみんな確認してそれぞれ分かれて練習!各自先輩にしっかり教えて貰うように!
以上!」
私達は言われた通り音楽室の壁に貼ってる紙に向かって歩く。
すぐに私の名前を見つける。その横に書いてある私のペアの名前を見て胸が高鳴る。鼓動が聞こえる。
私はなんて運がいいんだ!
山下と書いてある。
今この瞬間この世で今一番幸せなのはきっと私だ!
心からそう思った。勝手に決めたライバルを勝ったつもりでチラ見すると、こっちを睨んでいる。
感情を表には出せないが顔がとても熱いのはわかる。しかし体調は良好だ。
今年はトロンボーンだけで6人入部した。
女子は2人だけで、そのうち1人は幼稚園から一緒のみさきだ。
可愛い山下先輩の効果なのか近年の中では一番男子が多いみたいだ。
トロンボーンは2年の先輩が2人、3年の先輩が4人のちょうど新入部員と同じ人数だ。
マンツーマンの相手はクジでもなく挙手でもなく、先生の振り分け。どれほどの確率なのだろう。
その先生の気まぐれのおかげで
あのカワイイ先輩を私の指導役にふりわけてくださったのだ!こんなに嬉しい事はない!
喜びを決して外にはもらさないように無表情で音楽室を出る。周辺に誰もいない事を確認して体全体でガッツポーズをした。嬉しくて仕方なく、発散しないと収まらない。
その時、私はまだ顔も見たこともない先生に忠誠を誓った。若い男にはたまにあるものだ。
落ち着いたとこでもう一度音楽室に戻ると数人の男子が私を見てる。
何も言ってこないが1人だけ思いっきり対抗意識むき出しだ。
私はそんな事気にしない。
その日からマンツーマンでの指導が始まった。
マウスピースというもので音出しの練習から始めた。
金属のルートの様な物で、口をつけて唇を振動させ音を出す楽器の心臓的な役割を担ってる物だ。
誰にも変に思われずに山下先輩のくちびるの振動を間近で凝視できるこの時間は、思春期の欲望との闘いでもあった。
最初は出なかったが教え方がうまいのかすぐできるようになった。
2日目からは楽器の音階の指導を受ける。
「5.6.4.3.1.4.2.1!ドレミファソラシド!」
トロンボーンという楽器は、数字の決まった場所にスライドさせて音を出すのだが、なかなかうまく出来ない。
自分でやって見せて私に教えてくれる一つ年上ののぞみ先輩。
本当に可愛いい。私はすぐに惚れてしまった。
先輩に教えてもらえる放課後の教室での時間がこの時の私には一番幸せな時間だった。
幸せな時間も1ヶ月経つと終わった。
マンツーマンでの指導は終わったのだ。
合同練習が基本になってきて、正直少し熱が冷めた気がした。
2人の時間を返してください。
そんな事を考えながらも先輩の指導がよかったおかげで大会出場のイスをゲットし、夏の3年生の最期のマーチングコンクールの出場生徒に選ばれた!
演奏ではもちろん一学年上の先輩と比べたら失礼なほどの差がある。だが後1人どうしても人数が足りない為一年生から1人選出することになった。その候補に私ともう1人同じ一年生の2名が先生によって候補になった。
そう、彼だ。私の初めてのライバル。
相手も必死に練習していたが私も負けてはいない。
テーマ曲は死ぬほど練習したので完璧に自分のパートは吹けるようになっていたし、運動神経とリズム感には自信がある。
私はマーチングでは彼よりも上達が早かった。
三学年の先輩にとっては最期の夏。
限界を超えて練習する先輩達を見て、下心に支配されていた私もさすがに闘志が燃えた!
いつも部活が終わった後も残って自主練し、最後に音楽ルームを出るくらい練習していた。当然家でもマウスピースを使った音出しは欠かさなかった。
そんな私を両親も一緒になって応援してくれている。
がむしゃらに一生懸命頑張ったーーーーーー
そして実った。
私が出場選手に選ばれたのだ。
とても嬉しかった。
だが彼はとても悔しそうにうなだれていた。ライバルではあったが、彼のおかげで私の今がある。
私は彼に心の中で一生懸命やると誓った。
とうとう当日だ。
そして私たちの出番だ。
緊張してガタガタ震える足をなだめ、指揮者の動きに全神経を集中させる。演奏がスタートした途端にパートごとに入り組んだ動きになり、一生懸命ついていくので精一杯だった。演奏が終わりを迎えて最後の自分の立ち位置に戻った時に我に帰った。夢中で何も覚えていない。やりきった気持ちが安堵に変わって少し涙が出ていた。
全ての学校の演奏が終わった。
授賞式が始まり賞が発表される。
たが、
惜しくも入賞できずに先輩達の夏が終わった。
泣き崩れる先輩と一緒に抱き合うのぞみ先輩。
カワイイ。
申し訳ないけど私の悔しさは先輩達ほどではなかった。
そんな中、先生がみんなを集めた。
先生は言う。
「よく頑張った。」
そして三年生の生徒に向け、
「君たちの青春の夏は、今日のこのコンクールではない!いい涙だ。その涙が先生には眩しい!
一生懸命頑張って、支え合い、励まし合い、そして時には熱くぶつかっていたじゃないか!
それが君たちの青春だ!
臭い言葉なんて思うなよ!」
そう言って笑う。
泣いてる横の生徒のおえつが聞こえる。
その横で私は、どの時代もこんな面白くて熱い先生って居るんだなぁ。と思ってなぜかホッとした。
先生はまだ話している。
…長い……、まだ話してる。
だが忠誠を誓った先生なので最後までちゃんと熱心に聞こう。そう思って余計な事を考えるのをやめた。
数分、先生の方を向いてしっかり話を聞いた。先生の話もそろそろ終盤になる。
そして最後に、
「先生はお前達が大好きだ!本当にありがとう!
この経験がお前たちの糧になる事を願う。お疲れさん!」
そう言って保護者の方に挨拶してさがった。
やっと先生の話しが終わった。
こんなにたくさんの思い出を語り尽くした先生。
来年はなんて言うんだろうか。
私はまた余計な事を考えていた。
生徒代表である部長があいさつして終わりかと思っていたら、保護者への感謝の気持ちを伝えた途端から泣き崩れてしまい、とても話せる様子ではなくなった。
どう行動するべきか分からなくなった色んな思いの混じった部員達の目線が無言で一斉に副部長へと向く。
副部長は大人しい先輩で人前で話すなんて事はできないと思っていたが、静かに前に出て部長を後ろに下げると、簡潔に保護者の方に挨拶をして私たちに前に立った。
そして来年に向かって明日から出来る心構えを私たちに話してくれた。とてもわかりやすく全て共感し、とても感銘を受けた事を覚えている。副部長も一生懸命で熱い人だった。
私は副部長を何も知らずに、印象だけで決めつけていた事に反省した。私の思うよりとても頼れる素敵な先輩だ。
残念ながら涙で先輩たちの最後の夏が終わったが、
帰りは遅くてみんな保護者が迎えに来てくれていた。
携帯を持っていない為、親に電話をしようと先生の元へ借りに行った。
先生を見つけて駆け寄ると一緒に立ってる人を見てびっくりした。
先生の横に奥さんらしき女性と、嬉しそうに先生と話す私の両親が居た。
〝おつかれサマでした!
先生、さようなら!〟
何故か恥ずかしくなった私は、そう言って慌てて駆け寄り先生と両親を引き離して車に向かう。
なぜか奥さんの顔が気になったがそれより両親と話された事が恥ずかしくてしょうがなかった。
先輩や友達に挨拶して急いで車に向かう。
私に言うと断られると思った母が、父に仕事を休んで貰って私たちの演奏が始まる前からこっそり来ていたそうだ。
帰りの車の中でも一年生で出場した私に賞賛をくれたあと、両親が前の席で嬉しそうに話しかけてくる。
なんだかとても照れ臭いが両親のすごく嬉しそうな気持ちが伝わってきて、私はその両親の喜んでくれてる横顔が大会に出させてもらった事よりすごく嬉しかった。
その日の夜はごちそうだった。
家族で私の大好きな高級天ぷらを食べに行った。
コンクールにほとんど捧げた今年の夏休み。
明日からやっと遅くて短い夏休みが始まる…
今日の1日に満足してその日はぐっすり眠った。