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My answer 〜周回する者の導き〜  作者: 素想、草奏
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話せない耳…

一応言っておくがこれはフィクションです…


だが、、この事実にもしも耳を傾けてくれるなら…

今はまだ残る記憶であなたに伝えたいことがある。

これは妄想でもなく、私は何らかの中毒者でもない。

私の知ってしまった真実を、本当の世界の存在を、あなたの見解で紐解いて欲しい。


そして、私と同じ〝周回〟をしている人達へ託します。

私はそんなに知能も高く無く、伝える事は得意ではない。

真実を語らずにもっと上手く伝える方法は無いかと考えたが答えが出ないままだ。結局ありのまま伝える事しか今の私にはできない。本当に情けない…私にもう次は無いだろう…。

どうか良い方向に人々を繋げてください…。


私より聡明で頭脳明晰であればきっと解明し、回避する事ができると信じたい。これを書いた事すら私はきっと思い出せなくなる。私の存在は消えてしまう…

事実上は〝本来〟の私に戻るだけかもしれない。


〝輪〟の中でこの謎を解くことが人類のルーツを紐解き、少しでも長く我々の子孫が生きていける方法が見つかると確信している。

全てが手遅れになる前に勇気を出して世界を救う方法を見つけて欲しい。


全てを書き終え、私はその勇気ある一番目になれたのだろうか…。違う。伝えてしまった私はただの愚か者なのかもしれない…。


地球は、人類は、私たちのものではない…

私たちは〝魂〟を生産させられている…。


ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ……。


「ナミ、スポンジの水入れてくれる?」


心電図の電子音で目がさめると、近くで久しぶりに聞く家族の声がする。

スポンジのようなもので渇いた私の口を湿らせてくれている。

唾液も出ない乾ききった唇と歯に水分が染み込んでくるのを感じる。

家族が来てくれた時だけに与えられる憩いの時間だ。



〝私の目はもう開かない〟



体の感覚も無く、鉛のように重かった体はとうとう鉛になったように少しも動かせない。



〝皆には意識もないと思われている…〟



着替えなんかの時はひどい。

看護師にとって、私は物と同じ類いなのだろう。

何も抵抗できず辛くてもされるがまま…

ただチューブにつながれている皮でできた骨袋のようだ。


もちろん排泄も食事も自分でできない…。

どちらも大半、チューブで済ませている。


しかし、看護師に不満があるわけではない。

世話をする事の大変さを考えれば

せめて感謝の言葉を伝えたい…

その思いは募る。


マシになった事もある。


長年悩まされていた腰痛や痺れはもう感じなくなった。

あちこちにつなげられて苦痛だったチューブの不快感も感じなくなっている。



〝だが、話し声だけは聞こえるんだ〟



意識はないと思われているが、この2週間ほどはむしろ動けていた時よりハッキリと意識があるかもしれない。

それが余計に地獄である。

意思も伝えられず食事もできない。何よりずっと同じ体勢で目も開かない。

目を塞がれて拘束され、拷問を受けてるようだ。

1日に数回、気が狂いそうになる時がある…。

そんな日々を過ごしている私には、このスポンジに含ませた家族の優しさと水分補給が何より嬉しく孤独を和らげる。


久しぶりに枕元で私の方を向いて話す声が聞こえる。


「お母さん、おじいちゃんずっと起きないね

おじいちゃんもうダメなのかなぁ…

もう目を覚ますことないのかなぁ…

なんだか苦しそうな顔してる…

生きてるのかわからないよ…おじいちゃん…

久しぶりに顔見ると見てて悲しくなってきた」


孫のナミであろう声がする。


最後に孫と会話したのは小学校を卒業した時だったかな。

もう高校生くらいになるだろうか。

声はだいぶ大人びてきている。

私を心配してくれる優しい孫…。

小さい頃はよく食事に連れて行った。

それだけで、おじいちゃん大好き!と喜んでくれた可愛い孫…。

もう一度孫の喜ぶ顔が見たい…


違う方向からも話す声が聞こえてくる。


「そうねぇ。心電図でしか生きてるのがわからないわ。

正直お金もかかるようになったし…おじいちゃんもこのままにしとくのもかわいそうよねぇ…

お医者さんもできる事はもう無いって…

早く楽になる病院もあるみたいで、お父さんとも相談してるのよ…。」


娘の夏菜子であろう声だ。


それは安楽死というものか?

私のことなど心配してないようにも聞こえる。

だが、一体どれほど入院しているのだろうか。

よほど苦労をかけたんだな…

娘にこんな言葉を言わせるほど……情けない…。

できるならいっそ私の呼吸を止めてやりたくなる…。

それさえ叶わぬ

本当に申し訳ない。

そして、今回も娘と孫は手を握ってはくれない…。



あー。

私が耳だけの存在になってどれほど経つのか…



日々の看護婦の会話や、週に一回来る医師の無言の回診。

私の病室は二人部屋で、隣の家族は毎日誰かが来てくれている。

実に羨ましく思える。

話を聴いている限り、毎日のように来る隣の息子さんは立派な人格者だ。同室の馴染みで意識のない私にまで毎回差し入れをしてくれている。

人として他人の会話を盗み聞きするなんてマナー違反だが人の声を聞きたい。孤独なんだ。退屈なんだ。

耳だけの私はだんだんと隣の家族がくるのが楽しみになっていた。

だが今日の隣の会話はいつもと違った。

春から学校の教師になる為、今までのようにお見舞いに来れなくなると言うのだ。私までとても寂しくなったが、彼の努力が実って彼が教師という大変で素敵な選択をした事を私まで誇らしく思えた。

彼が帰る時、話せない私は心の声で感謝の言葉を呟いた。

しかし、美しいほどの若さに羨ましさが溢れ出る。


会話していた自分が懐かしい…

動けていた時の生活が恋しい…

家に帰って好きに美味いものを食べたい…

妻と行けなかった旅行に行ってあげたい…

もう一度生まれ変わって自由になりたい…


できるのにやらなかった事を今更後悔している。

私はなんて愚かなのだ。


〝いつでもできる〟

〝今じゃ無くていい〟

〝めんどくさい〟


何かと理由をつけ後回しにした事を、今はもう何もできない。

孫のナミの言う通りだ。

これじゃ本当に生きている実感がない…



だが…、もう十分生きたなぁ…。



私の人生は、なかなか波乱万丈であった。

決して人に自慢できるほどの生き方ではなかったが、

ボランティア、災害支援、募金活動など自分にできる事はやってきた。

「共済の輪」という団体を結成し、困っている方にも手を差し伸べられる人間として生きてきた。

人を苦しめるような事はしないように努めた。

孤独を感じない人生だった。


だが、〝死〟は必ずやってくるもんだ。

よく聞くフレーズだが、私もそう思った。

仲間に恵まれ、家族にも囲まれ、人と触れ合い続けた私の人生の最期はこんなにも孤独に横たわっている。

顔を思い出せない仲間たちの姿と声をたまに思い出し、

どうしているのか?元気にしてるのか?私の事は覚えてないのだろうか?と一人虚しくなっている。


しかし死が突然でなかっただけ私は幸せなのだろうか。

それとも突然だった方が良かったのか。

これから私はどうなってしまうのか不安だ…

はじめの頃はどうしてもまだ死にたくなかった。


それなりの理由がある。

可愛くて優しい孫の成長をまだ見ていたい。

娘のかなこも心配だ。

娘の旦那はほとんど帰らぬ仕事で家に男がいない時が多い。こんな物騒な世の中で女3人しか居ないなんてとても危険だ。老いぼれた私でも一応男だ。居ないよりは幾分かマシではある。

そしてなにより、親として祖父としては中々口にするものではないが…、


妻のさえがまだ生きている。


それが一番の理由である。

彼女を一人にする事だけはしたくないのだ。

正直言うと私はまだ共に生きたい。

子供も成人し50年以上も二人で支え合って生きてきた。

彼女は私が一番の支えになって生きてるはずだ。

私が死んだら妻はきっと生きていけない。

そう思うと耳だけの存在になってもまだ生きていたい!

私個人の身勝手な言い分ではあるが、

その想いが枯れた私の生命力という闘志に少し火をつけ、こんな姿になってまで永らえてきた…


〝ガチャ!〟


二人部屋病室の戸がまた開く


「あっ、おばあちゃん!」


孫のなみが呼びかける。


「遅いわよ〜。何してたのー?」


間髪いれずに娘の夏菜子も話しかける。


「ごめんなさい、おじいちゃんの着替えとりにいったら洗濯忘れてて、慌てて乾燥機かけてきたのよー。

今日タケさんのうちから来たから、タケさんにお願いしてお車出してもらったのよ。

だからこれでも早いほうでしょ〜」


妻の声で娘や孫に私の知らない男性の名前を普通に会話に混ぜて話してる。

付け足して、

「下で待ってもらってるから帰りは乗ってくよね?」と言う。


孫のナミが

「いいのここで話して?

でもあのルーズなタケさんと一緒にきたんなら納得ぅ〜。」

と少し語尾を伸ばして話す。


…ん?


娘の夏菜子が

「もうっ、お母さん!お父さんが意識あったら大変な事になるよ!そんな話をよくこんなとこでするよね?」

と、笑いながら言う。


……ん!?


「もう2年も意識ないのよ?

お父さんが意識ある時には散々尽くしてきたんだから、残りの余生は私のものよ!

さっ、着替えだけさせるから先に行ってて!」


と、妻の声で否定することもなく暴露する。


なんだと!

そんなはずはない。

私の事しか見てない女性だった。

若い時からずっと離れず寄り添ってくれていた。

苦しい時も、ボランティアの時も側にいてくれた。

尽くしてくれ、料理も教室を開くほどの腕前だ。

子供にも惜しみない愛情を注ぐ素晴らしい母だった。

申し分ない妻であり、母であった。

その妻から、私の前で当然だと主張し他の男性との生活を暴露されるとは…

その上、孫や娘ともう顔見知りなのか…。



〝これも人生…〟



たしかに妻は私に尽くしてくれた。

こんな体になって話も聞いてあげられない。

困っていても助けに行けない。

辛くても側にいる事さえできない。

せめて私の代わりになる男性がいるなら…。

それも辛いが妻の事を思うとそれでよいのではないか…。

私はここで死ぬかもしれないが彼女の人生はもう一度ある。そう思って見守ってあげるべきだ…



〝許そう…〟



唯一感覚がある耳だけの情報で、残っていた私の闘志が燃え尽きた…。


私の着替えを済ませて帰り支度をする妻。

付近でビニール袋に何か入れる音がしている。私の近くに居る音がする…


〝せめて顔を見せておくれ…〟

〝もう一度でいい、君の笑顔を…さえ…〟


ドクン!ドクン!ドクン!!

〝うっ…!〟


激しい胸の痛みを感じると同時に、

無くなっていた体の感覚を感じる。

スゥーと体に冷たい血が巡る。

指先まで血が巡る感覚と共に体が暖かくなり、

目が少し空いてぼんやり妻が見えてきた。

私と出かける時にはしなくなった化粧をし、小綺麗にしている妻の横顔が私といる時より生き生きしているように思える。こんな活き活きとした妻の顔を見るのは何年ぶりだろうか。

あぁ、これでいいのだ…

私はもう一度ゆっくり目を閉じた…。

そして胸にたまった息をゆっくり吐き出して

もう一度空気を吸おうとした瞬間!!



!!!ゴーンッ!!!




突然除夜の鐘のような大きな音が頭の中を振動させた。


ピーーーーーーーーーーー…。


心電図の電子音が鳴る。


胸が痛くて体が硬直してとても熱く感じる。


あたふたする妻の声…

数名の足音、大きな声で指示する医者の声。よく聞く看護師の声で妻に下がるように促す。

私の服を脱がしながら医師が延命するか妻に問う。


妻は

「もう大丈夫です。ありがとうございます…」

と泣きながら言った。


チカチカ、

目にライトを照らしてくる。

時計を見てる。


12時17分確認させていただきました。


なにっ?

私はまだ意識があるっ!

おいっ!


〝そんな、、、さえ…!。〟


その瞬間!



ギュイーーーーン!!




体験した事ないような速さで、下に下に意識が落ちていく。



ギュイーーーーン!!



感じた事の無い恐怖を感じる。

怖いだけではなく、呼吸を忘れるほどの憂鬱、不安、後悔に似た苦しさが体の真ん中から溢れて包まれる!


〝嫌だぁー!

頼む!助けてくれー!

落ちるぅ〜〜!

苦しいぃ〜…〟



グルグル回る。

よくわからないが、なんかもっと嫌なとこに引き込まれていく。というより押し出されている様にも感じる。

休みなく続く苦しみ…その渦の中でもがく事もできない。

音も光もない…段々と体の存在を認識できなくなっていく。

グルグル回りながら下に、下に、引っ張られて落ち、少しも和らがない、憂鬱、不安、後悔で呼吸ができない。

それでも無くならない意識。



〝たまらん…助けてくれぇ…〟




どれくらい落ちているのか…

気が遠くなるほどずっと下に引っ張られ、

その間も感じた事のない恐怖はずっと続いている。

意識が、自分が自分じゃない存在になりそうに感じる。

これが無なのか……無とはこういう事なのか……。

なんて虚しいんだ…。もうダメだ…消えたい…。


その時!



!!グンッッ!!



まるでロープで引っ張られたように、乱暴な急ブレーキがかかった。

下に落ちている感覚がなくなった。

凄い音がしている。


バンバンッ!バンバンッ!

ザァーーーーーーーーーー!


全身に振動が伝わるほどの轟音が鳴り響いている。


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